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おいしいコーヒー豆の煎り方 「おいしいコーヒーのいれ方」より あとべっち Up:2000.9.10 Sun |
「花村先生、なんか感じが変わったな」 矢崎が、僕に耳打ちした。 「なんていうか、こう・・・ぐっと女っぽくなったと思わないか?」 「そうかな。俺にはよくわかんないけどな」 つれない返事を返して、僕は石膏像のデッサンに打ち込んでいるふりをした。そうしながら、ちらりとかれんを盗み見る。 おいしいコーヒー豆の煎り方 「おいしいコーヒーのいれ方」より 「花村先生ってさ、もしかして和泉のこと好きだったりする、のかなぁ?」 矢崎が唐突に言った。 そうなったらどんなにうれしいだろう。僕だってそうなったらいいと思ってる。でも、かれんはそんな素振りは全然見せてくれない。 「ま、まさか。そんなわけないだろ。なんだよいきなり」 うろたえつつも、僕は答える。 「うーん、お前のほうが惚れてるってのはまぁバレバレなんだけど、確かになぁ。花村先生がお前を好きなんてのは、普通は考えないよな。でもな、なぜか和泉に対して話すときだけ花村先生、目が優しくなってる気がするんだよ。教師と生徒っていうより家族と接する感じ、みたいな」 それはそうだろう。なんてったって一緒に暮らしているのだ。家族と言われれば、立派な家族だ。 「お前の気のせいじゃないのか?」 なんとか平静を装いつつ、必死にごまかす。 かれんが僕に惚れている、そう言われて悪い気はもちろんしない。 が、だからといって「うん、あともう一押しだと思うんだ」なんて言うわけにはいかない。 「そうかなぁ、気のせいかなぁ。この前の美術の時間、花村先生寝てたじゃん。お前、粘土たたきつけて起こしたよな。あんとき花村先生、お前のこと「ショーリ」って呼びそうになってた。・・・どうもあやしいんだよな」 うぅ、なんと目ざとい奴。いや、この場合は耳ざとい奴か。 ここはなんとしてでもごまかさなくてはいけない。 「だ、だいたいさ、花村先生は先生だぜ? 俺みたいなガキを相手にするかってーの。それにあんだけ美人なら引く手あまた、きっと彼氏くらいいるさ」 これはさすがに自分で言ってて悲しくなった。そうなのだ、普通に考えれば社会人であるところのかれんが高校生の僕を相手にするわけはないし、言い寄る男もたくさんいるはずなのだ。 もちろんそんなことは百も承知だ。だが、そんなことは問題じゃない。それよりも、かれんの想いの先をマスターからこちらに向かせなければならない。そっちの方が大仕事だ。やるぞ、オー!ってなもんだ。 しかし、そんな僕の決意をよそに、矢崎の執拗な追求は続く。 「でもさ、教師とか生徒とかって関係ないと思うぜ。俺だってそんなの全然気にならなかったし」 「ま、そりゃそうなんだろうけどさ・・・」 ん!? そうか、そうだったのか。コイツ、彼女がいたのか。しかも年上の。どうりで小島夕子が言い寄っても全く相手にしないわけだ。しかし年上の彼女とは・・・、ちょっとだけ親近感がわくじゃないか。 「そっかー、お前に彼女がいたとはね。で、どんな人なんだ? 大学生か? それとも社会人?」 やっと見つけた反撃のチャンスを逃すまいと、すかさず突っ込む。 しかし、同い年とは思えないほどクールなこの男は、僕の攻撃をいとも簡単にかわした。 「って俺の話はどうでもいい。それよりお前の話だよ。お前と花村先生、実は昔っからの知り合いなんじゃないのか? たとえば幼なじみとか」 まったくコイツにはかなわない。まるで何百年も前から生きてるみたいに察しがいい。なんでもお見通しだ。しかたがないので半分本当の話でごまかすことにする。 「実はな、風見鶏って知ってるだろ、僕がよくいく喫茶店。あそこのな、常連さんなんだ、花村先生も。で、何回か顔をあわせるうちに仲良くなってさ。だからあだ名のショーリってのも知ってるんだ」 よし、ウソはついてないぞ、ウソは。 「ふーん、そうだったのか。しかし、そんなうらやましいこと黙ってやがって。独り占めはいただけないな」 とりあえずそれ以上の矢崎の追求は無かった。プライベートのかれんはどうだとか、コーヒー派か紅茶派かとか、そんな質問に適当に答える。 そんなわけだから、なんとか危機を乗り切ったことですっかり安心し、このあと訪れる悲劇を止められなかったとしても、いったい誰が僕を責めることができるであろうか。 そう、その悲劇は授業の終わりとともにやってきた。 50分の授業の終わりを告げる鐘が鳴り終わる。 それぞれがクロッキー帳やらなにやらをかたつけ美術室を後にする。 と、矢崎が突然、何を思ったのか、かれんに声をかけた。 「花村先生、和泉から聞きましたよ、仲いいらしいじゃないですか。学校じゃない和泉って、先生からみるとどんな感じですか?」 えっ、とかれんの目が一瞬大きく見ひらく。なんだ、しゃべっちゃったの?という表情で僕を見る。そして、ちょっとだけはにかんだような顔をして矢崎の方に向き直る。 ヤバイ、と思ったが、もはや時すでに遅し。僕にはどうすることもできなかった。 「そうねー、ショーリがいてくれると、とっても幸せかな。実は私、料理ってあんまり得意じゃ無いのよね。だから時々ショーリに朝ご飯作ってもらったりするんだけど、ショーリの作るハムエッグなんてもう最高なの。すっごくおいしいんだから」 矢崎の動きが止まる。鳩が豆鉄砲くらったような顔してやがる。 そしてゆっくりと口を閉じ、絞り出すように声を出す。 「は、花村先生。もしかして、和泉と一緒に住んでるの?」 「ええ、そうよ。ってショーリに聞いたんじゃ・・・」 今度はかれんの動きが止まる。 僕は頭痛を覚え、頭を抱えた。 「えぇ〜っ!?」 矢崎の叫び声だけがいつまでも美術室に響き続けたのであった。 ※冒頭の5行は「キスまでの距離 LET IT BE」の10章の最初の部分を引用しています. |
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