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狩野達也SS
さくら
「もう一度デジャ・ヴ」より
狩野雅明
Up:1999.7.30 Fri

女の子はあの娘だけじゃないのよ。
わたしだって女の子なんだから。
はぁ・・・・・・・・・
この・・・鈍感馬鹿っ


狩野達也SS
さくら
「もう一度デジャ・ヴ」より



矢崎と夕子の仲が最近おかしい。
この前の怪我以来、矢崎の奴が夕子を避けている。
そのことを問いただしてもたぶん「そんなことねぇよ」って言うだけだろう。
何があった。何があったんだ。矢崎。
女の子達を連れて校門を出て行く矢崎を見送る夕子の姿が痛々しかった。
そんな彼女に掛けてやる言葉すら見つけられない自分が苛立たしい。

「くそったれっ」
無意識のうちに悪態をつく。
「何を苛立ってるの。狩野君」
頭上から女の声がした。
「ん・・・なんだ、柴崎か・・・」
柴崎みやび。
同じクラス、同じ部活ということで結構親しい女子だ。
長距離を専門にしていて、実力のほどは並程度で目立った活躍はしていない。
ただ、人当たりが良く面倒見が良いので後輩から慕われている。
「なんだ、とはご挨拶ね。深刻そうな様子だったから心配してあげてるのに」
「なんでもねぇよ」
「そ、なら良いけど。後輩達の気が散っちゃったら可哀想だし」
グランドの端の草むらに注意を向けられるほどうちの練習は甘くない。
「隣、良い?」
俺の返事も聞かずに柴崎は腰を下ろす。
「俺は良いなんて言ってないぞ」
「いいじゃない。別に」
しばらくお互いに何も話さなかった。
時折なる雷管。グランドを周回する足音。高飛びのバーが落ちる音。
読み上げられるタイム。激しい呼吸。
「ねぇ」
最初に切り出したのは柴崎からだった。
「なんだよ」
「一緒に、走らない?」
「はぁ?」
思わず、彼女の顔を見る。
「わたしこれからランニングに出るの。一緒にどう?」
「俺は短距離部だぜ。長距離部の練習に付き合うのかよ」
「3年はもう自主トレよ。短距離も長距離もないわ。ね?」
『ね?』に催眠術でも施しやがったのか、俺はこの誘いを受けてしまった。
「で、どこまで行くんだ?」
軽く体をほぐしながら柴崎に聞いた。
「ここから大通り沿いに走って行くとインターの陸橋があるでしょ、あそこで折り返してここまで戻ってくるの」
「インターの陸橋?結構あるぞ、何キロあるんだ?」
「え?そうね、5キロぐらいかしら」
てことは往復10キロか!
「あら、大丈夫よ。1年生だって完走できるもの。軽いジョギング程度よ」

俺は柴崎の誘いに乗ってしまったことを猛烈に後悔していた。
2歩前を軽やかに走る彼女とは対照的に俺はついていくのがやっとだった。
「全身の力を抜くの。それは短距離も一緒でしょ」
彼女はそう言っていたが持久力がもたない。体が重い。
もぅ、何も考えられない。ただ機械的に手足を前に出す。
それでも彼女において行かれることも無く無事完走した。
なれない長距離「ジョギング」にへとへとになり草むらに横になった。
「お疲れ様」
柴田はタオルを俺の顔の上に落とす。
息がまだ整いきれず抗議の声をあげる気にもなれない。
「なぁ」
前から気になっていたことを聞いてみた。
「なに?」
額についたベリーショートの髪を掻き揚げる彼女に聞いた。
「長距離を走るとき、何を考えてるんだ?」
「ん〜そうねぇ、他の人はどうか知らないけど・・・わたしは何も考えてないわね」
「何も?」
「えぇ、何も。走ることに集中するとね、何も考えられないのよ。自意識は無いわ」
「そうか・・・」
俺はタオルを目の上に置き、また草の上に寝た。
「ねぇ」
俺の額に手が乗せられ、頭を撫でるように動かしていく。
「あなたは、忘れられた?あなたが抱えている何かを・・・・・・」
動けなかった。ただされるがまま。
「突然の事」では説明のつかない何か。
だけど、どこか懐かしい感覚だった。
「あなたが何に悩んでいるのか分からないし、たぶん、わたしでは力になれない」
「でも、何があっても自分を見失わないでね。いつか、必ずゴールがあるはずだから・・・」
彼女の手がふと止まる。
『ね、嵐・・・』
その名を聞いた時、全身に電撃が走った。
俺は弾かれたようにタオルを外した。
そこには、漆黒の長髪を泳がす彼女が俺を慈しむように微笑んでいた。
『さくら・・・・・・』

「みやびせんぱ〜い」
柴田を呼ぶ下級生の声に俺は我に返った。
そこにいたのはベリーショートの柴田だった。
「は〜い。今行くわ」
「じゃ、わたし行くね」
「あぁ、ありがとな。さくら」
「ふふ、わたしはさくらじゃなくてみやびよ」
「あ、あぁ、そうか、なに言ってんだろうな俺」
「そうね、嵐・・・」
「俺は達也だ」
「あら。ふふふ、ごめんなさい」
「ふふふ・・・」
「ははははは」
何がおかしいのか分からないが、久しぶりに笑ったような気がする。
「ありがとう、みやび」
「どういたしまして」
穏やかな陽光を思わせる彼女の笑みに、あのデジャ・ヴはなかった。
(狩野達也SS さくら 了)

* *あとがき**
前世の記憶をテーマに書かれた「もう一度デジャ・ヴ」ですが、物語の中に出てきた人物以外にも人はいたはずで、「嵐」にひそかに想いを寄せていた「さくら」とその後世の「みやび」というキャラを創作してみました。前世の因縁についてもう少し触れても良かったかもしれませんね。
私も高校のときは陸上部で長距離を走っていました。
作中の「インターの陸橋を折り返す」というコースは実際に私達が走っていたコースです。
私は雑念があるときは絶対にタイムが上がりませんでした。ここら辺の体験を作中にフィードバックしてみました。
私の駄文で楽しんでいただけたら幸いです。


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