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秋元日奈子SS
あなたのためにできること
「きみのためにできること」より
狩野雅明
Up:2000.11.2 Thu


アクセスしてみると
映るcomputer screenの中
チカチカしている文字
手をあててみると
I fell so warm
―宇多田ひかる「Automatic」―

秋本日奈子SS
あなたのためにできること
「きみのためにできること」より

『この感情を名づけるなら、やっぱり「恋」しかないんだろうな』
そこに書かれていたものは私の知らないあなたの心。
『僕は、確かにピノコを必要としています』
それは、漠然と抱えていた不安が現実となった瞬間だった。
『でも、同時にあなたのことも必要としているんです。』
これは、裏切られた、というのだろうか。
私のもとに送られた鏡耀子宛てのメール。
これが、あなたの答えなの?
私は、どうすれば良いの?
ねぇ………おしえてよ……。
なにも…なにもわかんないよっ。


「お姉ちゃーん。でんわー!」
美奈子が呼んでいる。
「お姉ちゃーん?」
出る気など起きない。
「お姉ちゃん、電話だよっ」
私の部屋を覗き込む様にして私の背に呼びかける。
「電話。高瀬さんから」
その名に一瞬身体を強張らせる。
「出ない」
「でも」
「出ないっ」
「…良いの?」
「良いのっ、私は今仕事に行ってるってことにしておいて!!」
「……わかった」
電話にでなくても内容ぐらい見当がつく。
きっとこのメールのことだ。
"あのメールは冗談だ"とでも言うつもり?
それとも"鏡耀子とはなんでもなかった"とでも言うの?
今更何を言われても信じられないよ。
何を信じろというの?
私のことも必要だって言っているけど、私の場所なんかすぐになくなってしまう。
求めていた温もりが自分ではなく、他の人を暖めている。
何時か私を暖めてくれると信じて、待ちつづけていた。
でも、もぅ…もぅ耐えられないよ……

「お姉ちゃん、良い?」
美奈子が様子をうかがうように部屋に入ってくる。
「何?」
「…お姉ちゃん、目、赤いよ……高瀬さんと何かあったの?」
「なんでもないよ…それで、何か用なの」
「うん…高瀬さんがしあさって長野から帰るから会ってくれって。それからメールも送るからって伝えてくれって言われた」
「そう、わかった」
「ねぇ、高瀬さんと何かあったんでしょ?『言い訳させてくれ』ってどういうことなの?」
「何でも無いわよっ」
ここで何かを話したら、きっとすごくひどいことを言ってしまう。
「お姉ちゃんがこんなになってるのに何んでもないわけないじゃないっ」
知っている限りの罵詈雑言を吐き出してしまうだろう。
「何でもないってば」
いっそう吐き出してしまおうか…
「お姉ちゃんが苦しんでるの見過ごせないよ…私、心配だよ。何か力になれないかな」
でも……
「お願い、だったら、何も聞かないで……」
でも…駄目……
だって、だって、まだ…好き……なんだもん……

次の日も、その次の日も俊くんからのメールが来ていた。
電話も掛かってきた。でも、私は無視した。
受信メール一覧には未読の表示がされたまま。
美奈子の『どうする?』という顔にただ頭を横に振る。
なんだかとても子供じみているように思えたけど、俊くんと向かい合えるほど心の整理がついていなかった。
今日も、来るのだろうか……
「お姉ちゃん」
美奈子が声をかけてくる。
「お姉ちゃん、高瀬さんから電話……」
「出ない」
「うん、そう言うと思った。高瀬さん、今夜こっちに来るって言ってた」
身体に緊張が走る。
「でも、来ないよ。たぶん。だって、私がお姉ちゃんは今日から友達の家に泊まりにいっているって言ったから」
その言葉に美奈子の顔を見た。
「どうして…そんなことを…」
「会えるの、今、高瀬さんに」
自信はなかった。でも、会いたい気持ちは確かにあった。
「ねぇ、お姉ちゃん。賭け、しない?」
「かけ?」
「そう、賭け事。今晩、ううん、明日の晩までに高瀬さんが来なかったら、高瀬さんと別れる。どう?」
「そんな……」
「このままじゃ駄目だよ。どっかで、どちらかがはっきりさせなくちゃ」
「でも……」
「私、憧れてたんだよ。お姉ちゃんと高瀬さんに。情熱的な激しい恋愛じゃないけど、とても温かそうだった。あぁ、こういうのも良いなって思ってたんだよ……でも、もう駄目ならはっきりさせちゃおうよ。このままだとお姉ちゃん駄目になちゃうよ」
「美奈子…………」
私と俊くんの間で起こった事情が分からないなりに、この妹は私を心配してくれている。
正直、嬉しかった。
「うん、そうだね。この賭け、乗ったっ」
私は明るく答えた。
「OK。勝負よ、お姉ちゃん」
2人して顔を見合わせて笑いあった。久しぶりの笑顔だった。


結局、私は賭けに負けた。

遂に俊くんは来なかった。


終わったな……


俊くんには夢があって、
それを叶えるために一生懸命で、
本当に一生懸命で、
私が我が侭なんか言ったら迷惑で……
私が俊くんにしてやれることなんか、何も無いのかもしれない。
だから…………
終わりに、しようか。
ね、高瀬くん。

今日、メールソフトの新しい操作を覚えた。
久しぶりに開けたマニュアルの項は、削除。
ディスプレイの受信メール一覧に未読の表示がされている高瀬くんからのメール。
キーボードに手を添える。
マニュアル通りに操作をしていく。
そして、パソコンは削除の是非を聞いてきた。
アイコンはOKの上で点滅している。
後はクリックすれば終わる。

クリックする。

キャンセルの、ボタンを。
そして、高瀬くんのメールを開く。
消せなかった。
何かが私を引き止めた。
それは幽かな希望?俊くんへの未練?
……わからない。
でも、私は高瀬くんからのメールを読んでいた。

そこに綴られていたのは鏡耀子さんとのこと、そして私への想い。
『そばにいて欲しいはピノコだけだ』
メールはそう叫んでいた。
俊くん、その言葉、直接聞きたかったよ。
俊くんが私にできることがあったように、私にも俊くんにしてやれたことがあったんだね。
ちょっと安心しちゃった。
そのままパソコンの電源を切る。
今晩はなんだか安らかに眠れそうな気がする。

私は窓に何かが当たる音で目が覚めた。
カーテンを開けてみると、そこには石を拾おうとしている俊くんがいた。
どうして、俊くんがここにいるの?
寝ぼけた頭が上手くまわらないのか現実感が乏しい。
でも、確かに俊くんがそこにいる。
「ピノコ」
「ピノコ、俺さ……」
「俺――お前にいてほしい」
私はただ溜息をつく。
「俊くんてば、勝手」
「……うん」
「私だって、ずーっとそういう気持ち我慢してたんだよ」
「わかってる」
「ほんとうにわかってる?」
「ほんとうにわかってるよ。ごめんな」
ずるいよ、俊くん。やっと吹っ切れそうだったのにやってくるなんて。
鏡さんとのこととかなんとなく分かったけど、まだ頭の中を整理しきれていないよ。
私があなたのためにできることが何なのか、まだ分かっていないよ。
それでも良いの?
「うん」
「ゆっくりでいいよ」
「まだ何にも約束なんかできないよ?いいの?」
「いいよ。今度は、俺が待つよ」
ねぇ、美奈子、私、勝ったのかな?あの晩の賭けに。
俊くん、来てくれたよ。そして私にいてほしいって言ってくれた。
勝ったんだよね、きっと。
「ピノコ」
「なあ、着替えておりて来いよ。海を見に行こう。会社まで、まだ時間あるんだろう?」
「……もう」
「ほんとに勝手なんだから」
だから、やり直すよ俊くんと。
俊くん、今度は一緒に探そうね。私達のためにできることを。

だから、今、私があなたのためにできること。
今、ここにいるあなたへ、私の全ての想いを込めて。

「おかえり、俊くん」

<あなたのためにできること 了>

* ***後書き****
というわけで「きみのためにできること」からピノコSSです。約半年ぶりの新作ですね。
メール誤配信事件からラストシーンまでのピノコサイドの話を書いてみました。
いかがだったでしょうか。美奈子が妙に良い娘なのが気になりますが、まぁ良いか(笑)。
この2人に必要なのは「きみのためにできること」でも「あなたのためにできること」でもなく「私達のためにできること」なんじゃないかと思います。願わくばそうあらんことを。
<初稿UP 00/10/25>


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