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藤沢恵理SS

「BADKIDS 〜海を抱く〜」より
狩野雅明
Up:2001.1.15 Mon


女の子が泣いている。
小さな身体を丸め、震えている。
まるで何かから必死に身を隠そうとしているかのように。
「何を泣いているの?」
―恐いの―
「何が恐いの?」
―追いかけてくる…追いかけてくるの―
「何が追いかけてくるの?」
―助けて…わたしを助けてよ―
すがるように助けを求める。
「いいわ。あなたを助けてあげる」
女の子の細い首筋に手をあて、力をこめる。
指が肉に食い込む。
「助けてあげる。永遠に脅えることのないように」
ギリギリとさらに力を込める。
ふと、女の子の全身から力が抜ける。
永遠に動くことのなくなった女の子の顔には笑みが浮かんでいた。
それを見る私の顔を映したかのように。

藤沢恵理SS

「BADKIDS 海を抱く」より


「……さわ」
「…じさわ」
「ふじさわ」
「藤沢っ」
意識が急速に覚醒する。
「は、はいっ」
私を呼ぶ声に反射的に返事を返し辺りを見回す。
見慣れた教室。席に就いているクラスメイト。そして、その手には教科書。
今は授業中らしい。最後に視野に入った先生の顔がそれを証明している。
「授業中に居眠りなんかするんじゃないぞ」
「は、はい…すいません」
「授業中の居眠りなんて、藤沢らしくもない。以後気をつけるように」
「はい」
教師の苦笑いと級友のクスクス笑いを聞きながら席に就くと授業が再会される。
"藤沢らしくもない"
何かあると必ず言われる台詞。
"藤沢らしさ"って何? 真面目で成績優秀な優等生。それが"藤沢らしさ"なの?
"藤沢"って誰?…ねぇ、誰よ?……私?私なの?
あの人達の言っている"藤沢恵理"って私のことなの?
あの人は私のこと知っているの?
私が何者なのか知っているの?
知っているなら教えてよっ!!私は、私は何者なの?
チャイムが鳴る。
先生は教室を出て行き、生徒たちは席を立つ。
私はその中に埋もれ、ただ溜息を吐いた。

薄暗い部屋の中を荒い息遣いが満たす。
触れ合う肌は熱を帯び、伝う汗も気にしない。ただ獣のように快楽を貪る。
こいつに聞いてみようか。
―ねぇ、私どんな顔してる?とっても淫乱な顔してるでしょ?―
こいつも言うのだろうか。"藤沢らしくない"と。
―ほら、見て、こんなに濡れてるの。すごいでしょ―
それとも"これが藤沢の本性だっ"と断罪するのだろうか。
―止まらない、止まらないのぉ。もっと、もっとぉ……―
突き抜ける快感が私を消し去った。

わたしは"自分らしさ"という言葉が嫌い。
"自分らしくありたい"と人は望み、"あなたらしくあれ"と人は詠う。
あの人達は自分が何者なのか知っているのだろうか。
―あなたは誰?―
「私は藤沢恵理」
―本当に?―
「そうよ」
―藤沢恵理ってどんな人?―
「そ、それは……」
『模範的な生徒ですよ。生徒会の副会長もやっている責任感のある子です』
違う。
『礼儀正しくて家の手伝いとかやってね、とっても良い子よ』
違うっ。
『勉強も良く出来るし、真面目な人かな』
違う、違う、違う違うっ私は、私はそんな立派な人間じゃない!
―じゃぁ、どんな人?―
『偽善者で淫乱な女さ。俺の腹の上でひいひい鳴いてる雌犬さ』

私は夢を見る。
小さな女の子の夢を見る。
女の子は私に語りかける。
―人は自分を愛したいために他者に愛を求めるの―
「どうして?」
―他者に自分への好意を持ってもらえることで、自分を認めてもらえることで自分の価値を確認することができるから―
「だから他者を求めるの?」
―自分を赦すことが出来ない苦しみを癒してくれるのは他者の温もりだから―
「でも、そんな弱い自分は嫌い」
―でも、あなたは求めている。彼の温もりを―
「わたしはあいつに愛なんか求めていない」
―彼に何を求めているの?―
「一緒に堕ちていくことよ」

人は自分の過ちを自覚した時、何を想うのだろう。
贖罪の場を求めるのだろうか、逃げ場を求めるのだろうか。
その時、人は誰に赦しを乞うのだろう、罰して欲しいと誰にすがるのだろう。
すがれるモノを持っている者は幸せなのかもしれない。
すがれるモノも無く、勇気も無い者は何処へ行くのだろう。
行き場の無い気持ちを持て余したままさ迷うしかないのだろうか。アキ兄のように。
罪を犯した者は罰せられなければならない。
でも、罰を受けることはただの自己満足なのではないだろうか。
零れた水は二度とグラスに戻らないのだから。

―あなたの願い叶えます―
女の子はおどけたようにそう言った。
―さぁ、何がお望みですか?―
「わたしの願い?」
―そう、あなたの願い―
わたしの願い。そう、今まで何度も願ったこと。
「……わたしを…殺して…」
―死が、あなたの望みですか?―
わたしの首に手が添えられる。
「そう、わたしは罰せられなければならないから」
―そうですか―
首に食い込む指先に力が加わる。
わたしの願い。それはわたしが消えてなくなること。
わたしの罪。それは、わたしがこの世に存在すること。
自分が存在すること、そのことが赦せない。
矛盾と嫌悪と欺瞞に満ちた自分が赦せない。
だから罰するの。だから願うの。わたしを殺せと。
―何を泣いているの?―
「え?」
頬に雫を感じる。
それは、涙。
私は泣いているの?
―何故泣くの?あなたの望みが叶うというのに―
それは…

『俺が……覚えていてやるよ』

しにたくない…死にたくないの…
口からはただ、ヒューヒューという音だけしかでない。
―「生きたい」じゃなくて、「死にたくない」なのね―
そう、生きたいわけじゃない。でも、死にたくはなかった。

『お前のしてきたこと、全部』

―何故?−
分からない、分からないよ、そんなこと。
でも、でも、死にたくない。
熱い雫が頬を幾筋も流れる。
―でも、これはあなたの望んだこと―
メキメキと音を立てる首筋。

『お前が忘れてくれって言ったらちゃんと忘れる。でも、それまでは俺が、ずっと覚えていてやる。絶対、赦さないでいてやる。だから……安心しろよ』

いやだ、いやだ、いや、いや、いや、いや、いや、いや、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

―その涙が流せるなら、まだ、大丈夫だよ―

暗転する意識の中、耳に残るその声は私の中にそっと染み込んでいった。



目を開けると、あいつの厚い胸板があった。
感じるあいつの鼓動と熱に何故か胸が締め付けられる。
「ねぇ…」
頬を流れる雫の跡を見られないように俯いたまま、そっと呼びかけてみる。
「ん…なんだよ」
気だるそうなあいつの声が聞こえる。
「わたし達の間柄って、なんだろうね」
「……なんだろうな」
恋人、友人、共犯者……いくつもの単語を思い浮かべるが、どれも違うような気がした。
ただ、わたしは失ってはいけないと思わせるモノを手にいれた。それだけは分かっていた。
< 涙 (了)>


*****後書き*****
うぐぅ……話がエヴァになってる…
ちょっと分かりづらいモノになったような気がします。
田中ユタカの「愛人(あいれん)」というコミックがあります。
その第11話にこんな台詞があります。
「あなたは、あなたの存在を望んでくれないこの世界と戦いなさい。
あなたには戦う理由があるハズよ。だって…好きな人がいるんでしょ」
この台詞の前にこの世界に望まれているから生きている者などだれもいない。
そして、生きるとはこの世界に逆らい続けることだとも言っていました。
戦う理由と生きることを望まれることを欲して彼女達は身体を重ねていたのでしょうか。
あなたの死ねない理由ってなんですか?
< 01/01/11 初稿UP >


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