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原田SS
プレゼント
「おいしいコーヒーのいれ方」より
狩野雅明
Up:2001.4.10 Tue


暦も師走に入ったというのに寒くない。
温かい日が多い気がする。
確かに日が経つに連れ気温は低くなっている。
でも、なにかが違う。
「冬の香いがしないんですよ」
後輩がぽつりと言った。

ネアンデール・原田SS
プレゼント
「おいしいコーヒーのいれ方」より


「ありがとうございましたぁ」
 世間がクリスマスだと浮かれていても今日もラーメン屋でバイトである。
 お客さんが店のドアを開けるたびに街に流れる曲が聞こえる。
 君が来てくれないから一人っきりのクリスマスだ、とかなんとか唄っている。
「キリスト教徒でもないくせに邪な気持ちでクリスマスなんぞ祝おうとするからバチがあたったんだよ」などと心の中で毒づいてみてもただの僻みだよな。
バイト先がラーメン屋で良かったとこの時期ほど思うことはない。これでちょっと洒落たイタリアンレストランなんかだったら、煩悩の塊り野郎とそいつを利用して海老鯛を目論む性根の腐った女とか人目もはばからずイチャつくバカップルの間を愛想笑いを浮かべて対応しなくちゃならないんだから。と思ってみてもこれも独り者の僻みだな。

 明日は店が休みでもあり仕込みの手伝いが無くいつもより早くバイトを上がった。
 このまま家に帰って寝るには少し早い。しばらく繁華街をぶらつくことにした。
 しかし、繁華街をぶらつこうと考えた俺がバカだった。酔っ払いとカップルばっかりじゃないか。少し考えれば今日はこうなっていることぐらい気づいたはずだ。
時間を潰すことをあきらめて家に帰ろうと足早に繁華街を抜けようとした時、微かに泣き声が聞こえた。
目線を走らせると目立たない路地の影で女の子が泣いている。誰も気がつかないのか女の子の前を素通りしていく。見かねた俺はその子に声をかけてしまった。
「どうした、お嬢ちゃん」
「あのね、あのね、ふゆみちゃんがいないの」
小学校低学年ぐらいの落ち葉を連想させる茶色い髪の女の子は目を赤くしながら言った。
「友達とはぐれたのか」
「ふゆみちゃんと会う約束をしていたんだけどね、ふゆみちゃんが何処にもいないの」
「そうか…それで何処で待ち合わせの約束をしたんだ」
「………?」
女の子はきょとんとしている。
「待ち合わせ場所、決めてなかったのかい」
「うん。決めてないよ…あ、でもね、でもね、近くにいるよ。ほんとだよ。わたし分かるの。ふゆみちゃん、近くにいるよ」
あっちゃ〜という顔をする俺に必死に弁解する。
「でも、何処にいるか分からないんだろ」
「うん……」
俯いたその姿は小さな体をより小さくしてしまう。
それは木枯らしに翻弄される落ち葉のように脆く儚い姿に見えた。
「よし、じゃ、一緒にふゆみちゃんを探してやるよ。近くにいることは確かなんだろ」
「うんっ、ありがとうお兄さんっ」
ぱっと顔を輝かせて俺に抱きつく。
「ところで、お嬢ちゃんの名前は」
「あきほ」
「あきほちゃんか。俺は原田政志。よろしくな」

そして俺達は「ふゆみちゃん」を探して街を歩いた。
 あきほの言うことには「ふゆみちゃん」は色白で銀髪だそうだ。外国人なのだろうか。そのことを聞いてみたがあいまいに笑うだけだった。
そんな態度をとられるとつい怪しんでしまう。そういえばあきほ自身も日本人とは少し違うような気がする。
ふと見回すとあきほが今にも人波にさらわれそうな感じで付いてきているのに気が付いた。
「大丈夫か。ほら、手」
「え?」
「手を繋ごう。そうじゃないとはぐれるぞ」
「うんっ」
彼女の楓の様な小さな赤い手が俺の手をぎゅっと握ってくる。
彼女の手から冷たい感触が伝わってきた。
「冷たい手だな」
俺は繋いだ手をブルゾンのポケットに入れた。
「ねぇ、ねぇ、こうやって手を繋いで一緒に歩くのって、デートって言うんでしょう?」
「え?」
「デート、デート、お兄さんとデート」
楽しそうに笑っている顔を見ているとまぁ良いかという気持ちになっていた。
「あそこにいるかも」
と指さしたのはゲームセンター。
「はやく、はやく」
ぐいぐいと俺をひっぱていく。
「遊びに来たんじゃないぞ」
「わかってる、わかってるって」
最新ゲームが俺達を出迎えた。
「あー楽しかった」
結局ゲームで遊んでしまった。あきほはきょろきょろと周りを見渡す。
「次ぎはねぇ…あそこっ」
その指先にはかわいらしさを売りにしている雑貨屋があった。
「お〜い、あきほさん?」
「ほら、ほら、こっち、こっち」
と、そんな感じで俺はあちらこちらに引きずられていった。

繁華街の通りから少し離れた公園のベンチでさっき買った鯛焼きを頬張た。
「うん。おいしい」
あきほはニコニコ顔で鯛焼きを食べている。この子は何でもおいしそうに食べるんじゃないかな。ふとそんなことを思わせる。
「ねぇ、お兄さんには恋人がいないの」
その問いに思わず鯛焼きをのどに詰まらせかけてしまった。
「げほげほ…ん…いないよ。いたらこんなところにいないよ」
「ふぅ〜ん。どうして」
「どうしてって…そりゃほら、俺、格好良くないし」
「格好良くないと恋人ができないの」
「普通はね」
「格好良くなくても恋人がいる人もいるんでしょ」
「まぁね」
「お兄さんは好きな人、いるの?」
「…いるよ」
「どんな人?」
「明るくて元気な人だよ。でも、その人には好きな人がいて、その男はその気持ちに応えていない。発破かけてるんだけどな。うまくいってないよ」
「お兄さんの気持ちは伝えたの?」
「いや。伝えてない」
「どうして?」
「どうしてだろうな」
「……恐いの?」
その台詞に驚いてあきほを見る。彼女の大きな、そして真剣な瞳は俺を映している。
「……かもな」
そう言うと、ふっと優しい色の瞳になった。
「大丈夫だよ。その人には振り向いてもらえないかもしれないけど、きっと良い人がみつかるよ」
「そうかな」
「うん、だってわたしが見えるんだもん」
「見えるってどういう……」
そう言いかけた時にその声は聞こえた。
「あきほ?」
「あっ、ふゆみちゃん!やっと見つけたよぉ。どこにいたの?」
「ごめん。ちょっと道に迷っちゃって」
銀髪で透き通った白い肌。背格好はあきほと変わらないが落ち着きがある分だけ年上に見える。彼女が「ふゆみちゃん」か。
「良かったな。ふゆみちゃんが見つかって」
会えたことを喜ぶあきほに言った。
「うん。ありがとう、お兄さん。あ、このお兄さんは原田さんっていって、ふゆみちゃんを見つけるのを手伝ってくれたんだ」
「そうですか、ありがとうございます」
「いや、なかなか楽しかったよ」
「それからこれは俺からのクリスマスプレゼント」
ポケットから小さな箱を二つ取出し二人に渡す。
「開けて良い?」
「どうぞ。たいしたもんじゃないけど」
箱の中身はリボン。あきほのは赤。ふゆみのは青。
「似合いますか?」
髪にリボンを結ぶと聞いてきた。
「うん、良く似合うよ」
髪の色と同系色で派手さはないけど我ながらまずまずの選択だろう。
「あの、お礼をさせてください」
「お礼なんていらいよ」
「いえ、そうはいきません。ちょっと目を閉じてもらえますか?」
そう言われると素直に目を閉じた。
「シャン」という鈴の音が聞こえると幽かな芳香が鼻をくすぐる。
この香いは…そう、「冬の香い」。
「目を開けてください」
目を開けると、そこには舞い踊る白い妖精達。
「雪だ」
誰かが声を上げている。
「ささやかな、私達からのプレゼントです」
気に入っていただけましたか?ふゆみの顔はそう言っていた。
そして、俺の答えも彼女は感じていた。
「メリークリスマス。お兄ちゃん」
「メリークリスマス。原田さん」
「メリークリスマス」
あきほとふゆみの二人は微笑むとゆっくりと姿を消していく。
「またいつかお会いしましょう」そう言って。
雪の幕が下ろされて消えた二人のプレゼントは何だか温かいような気がした。
〈 プレゼント(了)〉


* ***あとがき****
この作品はサークルBlueWindが2000年冬コミで発行された同人誌「A・RI・GA・TO」No2に投稿したものを加筆修正したものです。
<2001・4・8 加筆修正><2001・11・3 何気に修正>



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