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星野姉妹SS つばさ 「おいしいコーヒーのいれ方」より 狩野雅明 Up:2001.5.20 SUN |
人は言った。 「おぉ神よ、何故私には翼が無いのですか」 人は答えを与えられなかった。 「宙はこんなにも広いのに」 人は宙を仰ぎ見る。 「私はそこを舞うことが許されないのですか」 人は叫ぶ。宙は何も語らない。 星野姉妹SS つばさ 「おいしいコーヒーの入れ方 V 緑の午後」より 「お風呂、あがったよ」 私は濡れた髪を拭きながら居間に顔を出してそう言った。 「ん〜わかった」 座椅子にもたれながらテレビを見ていた姉が面倒くさげに返事をする。 姉はお正月に実家に帰ってきて以来、旦那さん…お義兄さんの所に戻っていない。 事実上の別居状態だ。 両親も夫婦仲が最悪な状況にあることは承知しているが打つ手が見つからず現状を容認するしかなかった。 「りつ子も飲む?」 座卓から琥珀色に透けるグラスを掲げてみせる。 「私はいいわよ。体調が戻ってないもの」 「む〜良いじゃない。ちょっとだけ、ちょっとだけで良いから。ねっ」 「でも……」 「たまにはお姉ちゃんに付き合ってくれても良いじゃない」 だだっこの様に姉は拗ねてしまう。 「もぅ、ちょっとだけだからね」 酔っ払いの勢いに負けてしまい。しぶしぶ座った。 「そうこなくっちゃ。さすがりっちゃん。我が妹☆」 馴れた手つきで水割りをつくると私の前に置いた。 「はい、じゃぁ、りっちゃんの快気を祈願して、かんぱーい」 グラスを軽く当てると姉は一気にグラスをあおった。 私が舐める程度にグラスを傾けているうちに姉は次の水割りを作り出す。 「お姉ちゃん。飲みすぎじゃないの?」 「いいじゃない。別に。りつ子の方こそ、どう、体調は」 「ん〜前よりはだいぶ良くなったよ。少しづつだけどご飯も食べられるようになったし」 「ふ〜ん……新しい男でもできたの?」 「ぶっ、な、なに、けほっけほっ、いって、けほっ、言ってるのよ。けほ、けほ」 「何咽てるのよ。だいじょうぶ?」 私は涙目になりながらこくこくと肯いた。 「……新しい男なんていないわよ」 「じゃぁ、昔の男と寄りが戻ったのかしら?」 「そんなことっ……」 和泉くんの顔が浮かぶ。 元々恋人同士じゃなかったわけだから「昔の男」というのも変だし…でも、まぁ、そうといえないといえないわけでも…… 「やっぱり昔の男ね」 「あ、いや…その…一緒にご飯食べてもらってるだけよ」 「自分をふった男とご飯食べてるの?あんた?」 「…うん」 「自分をこんなにした奴と良く食べられるわねぇ……っていうか、それって嫌がらせ?」 「嫌がらせって…」 「だってそうでしょ?こんな今にも死にそうな姿で目の前に現れたら誰だって良心が痛むわよ。況してや自分が原因ならばなおさらよ。相手の言うことを聞こうとするわよ。なんなら今度『あなたが私を愛してくれなかったら私は死んでやる』とでも言ってみたら?恋人にしてくれるかもよ」 ショックだった。 それは自分の体調不良が摂食障害へと深刻化した時から思っていたことだった。 それを計画的に狙っていたと言われたのだ。 「ひどいっ、なによそれ。私はそんなつもりはないわよっ。私だって会わなくてすむなら会わないわよ。会わないようにしようとしたわよっ。でも、同じ大学で同じ学科だし、同じ部活だし、しょうがないじゃない。私だって卑怯だと思ったわよ。でも、こうなっちゃったんだからしょうがないじゃないっ」 今の状況が和泉くんの弱みに付け込んでいると言われても完全は否定できない。 だから余計に悔しかった。 「ごめんね」 頭の上に手が乗せられ優しく撫でられた。 「ごめんね、りつ子。あなたも苦しんでいたのよね」 「……お姉ちゃん?」 「私ね……羨ましかったのよ。あなたが」 「羨ましかった?」 「そう、羨ましかった。そんなになるくらい真剣に恋をしているあなたがね」 「でも、お姉ちゃんだって……」 「そう、私も…あの人と恋をして愛し合って、結婚して…子供まで産んで……そして、このざまよ」 自嘲の笑みを浮かべて、溜め息を吐く。 「もし私がりつ子の様な状況になった時に私はどれくらい傷つくことができたか分からない……もしかしたら次の日にはケロっとしているかもしれない」 「でも、私みたいになってたかもしれないでしょ?真剣に恋をしていたなら」 「してたのかな…あの人と……忘れちゃったよ…もぅ……」 「お姉ちゃん…」 自虐的になっていく姉に掛けてあげる言葉が見つからない。 「ねぇ、りつ子…原人は恋をしたのかな……」 「え?」 「原人は恋をしたのかなって言ったの」 「ゲンジンってペキン原人とかネアンデールタール人とかの事?」 姉はそうだと首を振る。 「う〜ん…どうかな…」 「人間が日々生きることで精一杯だった頃は自分が生きることと子孫を残すことが至上命題だったと思うの。だから、男女の結びつきって『生殖』の意味が強かったんじゃないかな…」 だから『恋の駆け引き』など無く、もっと単純明解だったのではないだろうか。 生きるために他者の力の必要性が現代と比べ物にならないくらい高かった時代には男女関係に『恋』や『愛』と名づける必要など無かったのではないだろうか。 何故なら、生きるために普通に自分を必要としてくれるのだから。 今、そんな時代が羨ましいと思う。 姉はそう言って言葉を切った。 「たくさん、たくさんの可能性があった。いつか宙を飛べると思っていた。でも、私はここにいる」 だから、姉はそう言って私を見る。 「りつ子。あなたはもっともっと恋をしなさい。色々見て、感じて、そしていい女になりなさい。宙高く飛んでいきなさい。あなたなら私には仰ぎ見ることしかできない宙へ飛んでいけるから」 「そんな…お姉ちゃんだってまだ若いじゃない。まだ飛べるよ」 姉は寂しそうに首を横に振る。 「もぅ、私は飛び方を忘れてしまったわ……いつからかしら…宙が仰ぎ見るモノになったのは…」 「………私の翼は、どこにいってしまったのかしらね」 姉は懐かしき宙がそこにあるかのように天を仰いだ。 「買い被り過ぎだよ。私なんて男に振られて墜落しちゃったんだから」 「そっか…姉妹揃って男に撃墜されたか…しょうがない姉妹ね…ふふふふふっ」 「ホントだね。姉妹そろって男運が悪いよねぇ〜」 二人で見合って笑った。 「ん〜何か気持ちが楽になったなぁ〜…あ、りつ子、お水ちょうだい。もぅ寝るわ」 「ん、分かった」 台所から水を汲んできたが、姉はすでに座卓に突っ伏して寝息を立てていた。 「もぅ、しょうがないな…」 私は隣の部屋から毛布を取ってくると、丸まった背中に掛けてあげた。 『私の翼は、どこにいってしまったのかしらね』 姉の言葉を思い出す。 そう、私達は翼を見失ってしまった。 でもね、お姉ちゃん。私達に翼は無いけど、二本の足があるんだよ。 宙を舞うことは出来なくても、地を駆けることはできるんだよ。 私達のこの手は彼方を掴むことは出来ないけれど、確かに何かを掴むことが出来るんだよ。 ねぇ、お姉ちゃん。私、思うんだ。 私達の足元にはきっと綺麗な花が咲いているって。 ぬかるみに足を取られて惨めな気持ちになっても、その先に目をむけたら、名も無いでもとても可憐な花が咲いているのを見つけることができるんじゃないかって。 だから、ね、明日は笑っていようよ。 いつの日か自分にしか咲かせられない花を咲かせられるように。 < つばさ 了 > * ***後書き**** 前作「緑の〜○劇」のフォローSSとして一緒に掲載するつもりだったのですが手間どってしまいました。 羅針盤は何処も示さず、アビオニクスは沈黙したまま。 星は雲に隠れ、足元は霧に覆われている。 その時、どうすれば良いのでしょうね。 <2001/5/20 初稿UP > |
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