| TOP | 作品リスト | Webドラマ | 意見・感想 | アイデア | このページについて | 投稿のルール |

クリスマスSS
キスの温度
「洋介くんの幸運」
狩野雅明
Up:2001.12.22 Sat


「いいのよ〜、べつに。行きたくなけりゃ、行かなくたって」
そう言いながら浮かべる姉貴の笑みは悪魔の笑みに見えた。
俺が拒否できないことを分かっていて言ってやがる。
目の前には悪魔の契約書…
もとい姉貴の会社が企画した春スキーツアーの申込書が俺のサインを待っている。
そうだよっ。どうせ俺に選択の余地なんてあるわけないんだ!!
こうして、申込書のサインと共に俺と彼女との物語が始まった。
まだ春と呼ぶには肌寒い日のことだった。

(たぶん)クリスマスSS
キスの温度
洋介くんの幸運より


悪魔の世界では誰が事務処理をするのだろう。
車窓から入る夏の夕日を眺めながら、海から帰る列車の中で俺はそう思った。
その傍らでは俺に身を預け、小さく寝息を立てる彼女がいた。
姉貴の策略(本人は善意だと主張しているが)で彼女と春スキーに行ってから正式に交際することになった。
いきなり恋人と呼べるほど親密ではないから友達からのスタートだ。
でも、俺は彼女と付き合い出してから幸運の連続だったように思う。
学生生活も受験勉強も絶好調だ。彼女と同じ大学にいこうと密かに決意しているぐらいだ。
どうしようもない俺に舞い降りた女神様。
悪魔の契約書は何処をどう間違えたのか、巡り巡って神様の下へ届いたらしい。
ありがとう、魔界の事務官よ。君の尊い犠牲は無駄にしないよ。安心して閻魔様に叱られてくれ。


私、秋って好きです。
赤や黄色に色づく葉っぱや果実。
夏と違って重ね着ができて、おしゃれの幅が広がるから。
でも、一番嬉しいことは洋介さんの温もりを実感できるから。
洋介さんと恋人関係になったのは季節が秋と呼ばれる頃でした。
図書館からの帰り道。初めて繋いだ手の温かさを私は忘れません。
私達は学校も違うし、受験生だし、なかなか会うことが出来ないけど、もっともっと寒くなったら、もっともっと洋介さんの近くで温もりを感じられるのでしょうか。


「なんだ、お前らまだキスもしていないのか」
小林正人が呆れたようにそう言ったのは2学期の期末テストが終わった日のことだった。
「なんだよ。悪いかよ」
「いや…良いとか悪いとかじゃなくてな、お前ら付き合ってもう1年経つんだろ?それなのにいまだにキスもしていないとは…小学生じゃあるまいし」
小林の言葉にグウの音もでない。
「いまどき1年も付き合っていれば1度や2度はヤッていてもおかしくないぞ。もしかして、おまえ彼女に嫌われてるんじゃないのか?」
「な、なんだとっ。そんなことあるわけないだろ!!」
小林の制服の胸座を掴みあげて俺は食って掛かかった。
「いや、だから、ひょっとしてってことだよ。そう熱くなるなよ」
「あ、あぁ、すまん……」
「もうじきクリスマスだ。ウブなお前らにはその時がチャンスだろう。彼女、きっと待ってるぜ」


「で、どうするつもり?」
「え?…何のこと?」
友人の台詞の意味が分からず私は聞き返しました。
「クリスマスよ、クリスマス。今年は彼と過ごすんでしょ」
「え、えへへへへへ〜うん…昨日洋介さんから電話があったの。クリスマスにデートしようって」
思わず頬が緩んでしまいます。
「はい、はい。幸せでなによりですわね」
やれやれと言った感で溜め息をつかれてしまいました。
「プレゼントは用意してあるの?」
「うん。でも、何かはヒミツ☆」


クリスマスといえばプレゼントだ。
ということで矢崎や和泉に女の子へのプレゼントは何が良いか冷やかされながらも聞き出したところアクセサリーが無難だろうという結論に達し、姉貴との聞くも涙、語るも涙な交渉の末、資金も調達した。勇んで向かった初めての貴金属売り場では終始緊張しっぱなしだった。
そんな苦労の末の結果がこの手の中にある。
明日のクリスマスデートで渡すつもりだ。
喜んでくれるかな…で、そのお返しに
『洋介さん…私をア・ゲ・ル』
とか言われちゃったりしたりしてぇ〜それからあ〜んなことやこ〜んなことまで…はっはったまりませんなぁ。
ビデ倫の検閲を受けること請け合いな想像(いや妄想か)をしながら歩行者信号が「通ちゃんせ、通りゃんせ」と歌う横断歩道を渡った。
俺はこの時まで大事なことを忘れていた。
彼女と出会ってから浸っていた幸福感にすっかり忘れていた。
"俺はとことん運の悪い人間だ"ということを。

世界が、反転した。


『気を確かに持って聞いてちょうだい』
洋介さんの姉であり私の先輩からの電話はそう切り出されたのです。
10分後、私はタクシーに飛び乗り病院を目指していました。
洋介さんが車に轢かれて病院に搬送された。
先輩はそう言って病院の名前と病室を教えてくれました。そして、すぐに来てほしいと。
怪我の状態を聞いても『お願い…時間が…無いの…』と言って切れてしまいました。
私の頭の中は最悪な、でも決して信じたくない状況が駆け巡っていました。
「洋介さん!!!」
いつもより長く無機質に感じる廊下を駆け抜け病室に駆け込んだ私の目に入ったのは、力なくうな垂れる先輩と白い布を顔に被せられベットに横たわる洋介さんでした。
嘘…嘘ですよね…洋介さん…嘘ですよね!!!
「ん…あら、早かったわね」
先輩のそんな言葉も耳に入らずベットに駆け寄りました。
「洋介さんっ洋介さんっ洋介さんっ洋介さんっ洋介さんっ洋介さん!!」
こんなこと信じられない。私は力いっぱい洋介さんの身体を揺すりました。
「あ、ああああ、駄目よそんな揺すっちゃ」
嫌、嫌、死んじゃ嫌ぁぁぁ。
その時、洋介さんの身体がぴくりと動いたのです。そして…
「いっってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜!!!!」
………生き返った。


「いっってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜!!!!」
身体を走る激痛に俺は思わず声を上げた。
「いっ…って…誰だ…よ…」
「洋介…さん?」
その声に顔を向けると彼女がいた。
何故に君がここに?
「洋介さんっよかったぁ!」
彼女に抱きつかれて嬉しいんだけど…痛い!!


洋介さんのうめき声に私は我に帰りました。
「ご…ごめんなさいっ」
すぐに離れましたが、よほど痛かったのか涙目になってます。
「でも、無事で本当に良かった…私、先輩から電話をもらった時に驚いちゃって」
「無事ってわけじゃないけどね。とりあえず生きてるよ」
左手にギブスをはめていて、肋骨もひびがはいっていると説明してくれました。
「じゃぁ、顔に乗せていた布は?それから先輩の『時間が無い』って言うのは?」
「姉貴ぃ〜〜」
「おほほほほ…怒っちゃや〜よ。お茶目よ、お・ちゃ・め☆」
「先輩、しゃれになりませんよぉ…私、本当に洋介さんが死んじゃったのかと思いましたよぉ」
「でも、時間が無いのは本当よ。私はこれから会社に戻らなくちゃいけないから。その前にアナタに会いたかったし」
と、いうわけで、と先輩は帰り支度を始めました。
「じゃ、後はよろしくね」
器用にウインクをして病室を出て行きました。


「心配かけてごめんな」
パタンと閉じられた扉から目を離すと彼女に謝った。
「うんん。生きているから、それで十分」
「あぁ〜これで明日のデートもおじゃんか…」
「だったら明日はここでパーティーしましょうね」
そんな彼女の言葉に救われた気がした。あ…プレゼントが無い。
折角用意したプレゼントは事故のどさくさでどこかにいってしまい、無くなってしまった。
どうしたものかと暫し思案すると1つの答えを見つけた。
「ちょっと耳かして」
「何?」
「内緒の話」
そう言うと彼女は無防備に耳を近づけてきた。
「あのね…」
「……!」
彼女の軟らかな頬から唇を離すと少し惚けたような彼女の顔がみるみる赤くなっていく。
「えっと…その…1日早いけど、俺からの…クリスマス…プレゼント…」
うわぁ…自分でやっておいてなんだけど、なんかすっげー恥ずかしい。


頬に感じる感触が洋介さんの唇であることを理解したとたん顔が熱くなっていくのがわかりました。
不意打ちとは卑怯です。
まだ心の準備ができていないのにこんなことをするなんて…
ずるいです。
だから、お仕置きです。
「ずいぶんと古典的な手を使うんですね」
「え〜と…怒ってます?」
「…洋介さん」
「は、はいっ」
「こんな悪い人にはお仕置きです」
「あ、や、その、ごめん」
「目を瞑って歯をくいしばってください」
「あ、あの」
「瞑ってください」
「は、はい…」
片手を洋介さんの頬に当て顔を固定すると私はお仕置きを実行しました。


きつい一発を貰うと構えていた俺にはそのあまりにも予想外の感触に戸惑った。
俺、彼女とキス…してる。
そっと離れる彼女の影。
「はい。お仕置き終了です」
目の前にある照れを含んだ言葉と笑みに俺はときめいてしまった。
「自分だって、ずいぶんと古典的な手をつかうじゃないか」
照れ隠しに彼女に言う。
「私は良いんです」
おすまし顔で言う彼女。
「ずるい奴め…お仕置きしてやる」
ギブスをしていない手で彼女を抱き寄せる。
「はい。お仕置きしてください」

重なる想いはキスの温度より温かいと、俺達は感じていた。


Merry Christmas to you


<キスの温度(了)>




* **後書き***
なんかすっごく恥ずかしいモノを書いてしまったような気がします。
書いて思わず赤面したのは今回が初めてじゃないかな。
元ネタの「洋介くんの幸運」って何?と思った方もいるのではないでしょうか。
これは「キスまでの距離」のJブックス版に収録されている短編です。
今回のSSは本編の後日談という位置づけで書いています。
短編では彼女や姉貴の名前が無いうえに詳しい性格も分からないので全て私の好みに合わせました。
1年塩漬けだった奴がようやく日の目を見ました。良かった良かった。
<初校2001・12・22 UP>



| TOP | 作品リスト | Webドラマ | 意見・感想 | アイデア | このページについて | 投稿のルール |