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多岐川飛鳥SS 遺し伝えるモノ 「野生の風」 狩野雅明 Up:2002.1.31 Thu |
拝啓 多岐川飛鳥様 季節の変わり目を迎え気候が不安定ですが如何お過ごしでしょうか。 この度、周囲の方々の御尽力により藤代一馬の写真展を開催する運びとなりました。 つきましては、貴女様にも御来場していただきたく案内状を送らせていただきました。 お時間がありましたら是非足を運んでいただきたいと願っております。 日時、会場等は同封の案内状をご覧下さい。 貴女様の御来場を会場にてお待ちしております。 敬具 多岐川飛鳥SS 遺し伝えるモノ −幸せの在り処− 「野生の風」より 『そう。僕は、いのちを撮っているつもりです』 ベルリンで聞いたあの人の言葉を今も鮮明に思い出せる。 そして、目の前にはあの人の撮った『いのち』が輝きを放っていた。 「ようこそいらっしゃいました。高名な多岐川先生に足を運んで頂けるなんて光栄ですわ」 その声に振り向くと旧知の女性が立っていた。 「祥子…ちゃかさないでよ」 「ふふ、久しぶり。でも、あなたに来てもらえて嬉しいことは本当よ」 「ありがとう。写真展、盛況ね」 「ええ。多くの人達に協力してもらえたから」 「これも、あの人の凄さなのね」 「…そうね…私もあらためて彼の凄さを実感したわ」 祥子に促され先に進む。 写真は撮られた年代順に並べられ、私が見たことの無いモノから徐々に見たことのあるモノへ、そして、あの人が見せてくれたモノへと移り変わる。 あの人が見せてくれたモノがここにあり、あの人と共に見たモノがここにある。 あの時の風が、匂いが、熱が…『いのち』が…深く沈めたはずの記憶の底から湧き上がる。 胸の奥をギュッと締めつけられるような感覚。 忘れかけていた感覚…『古傷が疼く』そう表現する者もいるだろう…が涙腺を刺激する。 しかし、私はその傷を誇りに思っている。 私は確かにあの人を愛した。そして、それは決して間違いでも嘘でもないのだから。 瞳の堤が決壊しないように、そのことを祥子に悟られないように気を静め足を進める。 再び私の知らないモノが増え始める。 ……少し、写真の作風が変わったかな…… 「ねぇ、動物達は何のために生きているのかしら」 突然の祥子の言葉に返事が返せない。 「私ね、彼が撮ってくる写真を見ながら時々疑問に思っていたの。動物達は生きるために捕食し、子孫を残すためだけに命を懸ける…そんな生活に何があるんだろうって」 「ピラミッド、万里の長城、古墳……」 最後の展示写真から目を離し祥子の方に向く。 「何、それ」 彼女も疑問顔を私に向けた。 「人は不死ではいられない。人の記憶もいつかは薄れ消えていく。だから人は自分がいた証を残そうと必死になった」 権力者は時の流れにも朽ちない建造物を造り、芸術家は語り継がれる作品を創造し、武人は英雄として歴史にその名を刻んだ。 人間が理解できる形では歴史や文明を持たない動物達は何を思うのか。 彼らとて死を理解できないわけではないし、不死でもない。 彼らは子孫を残すことで自分が存在したことを残そうとしているのではないだろうか。 この世界に初めて生命が誕生してから一時も止まることなく続いてきた生命の連鎖。 自分の次に新たな鎖が繋がれることは自分が存在したことの確かな証拠になるのではないだろうか。 子は親の存在証明であり、遠い遠い先祖達の存在証明なのだ。 「だから、彼らは子孫を残すことに命の全てを懸けるのよ」 そして、あの人もそれを欲した… 「壮大な話ね」 「やだ、恥ずかしい。こんなことを語ってしまうなんて」 「うんん、興味深い話しが聞けて良かったわ」 展示場の片隅に設けられたテーブルに就くと祥子は見せたいモノがあると言って布に包まれた何かを持ってきた。 それは一枚の写真。 初めて目にしたはずのそれに私の中で閃きが起こった。 「………風を抱くイヌワシ」 「そう、それがこの写真の名前なのね」 「これは…」 「これは彼が決して公の場には出さなかった写真。彼は自室でこれを良く眺めていたわ」 あなたならこれを理解できると思ってね。と何事もなかったように布に包む。 「彼はあなたを愛し続けていたのね」 「…祥子、あの…」 「でもね、私は、あなたに負けたとは思っていない」 「ままぁ〜」 その時、小さな男の子が祥子に近づき彼女の袖を掴む。 「お兄ちゃんとおばあちゃんが帰るって」 「そう、分かったわ」 「下のお子さん…遊馬くん…だったかしら」 「ええ、そうよ」 「こんにちは。遊馬くん」 「こんにちは」 彼女の子供は挨拶を返すとえへへへぇ〜と笑う。 「飛鳥…私は決してあなたに負けていない。何故なら彼の…藤代一馬の血を残せたのは私だけだから」 祥子は立ち上がると息子に先に行っているように促し私に向き直った。 「あなたの言葉を借りるなら、藤代一馬は翔馬と遊馬という新たな鎖を繋いだわ。そしてその半分は私の鎖でもある」 私は何も言い返せない。 「彼のあの最後が彼に相応しかったのかは分からない。でも、彼がこの世にいなくなっても…」 私はその言葉を発したときの彼女の瞳を一生忘れないだろう。 「飛鳥、私は幸せよ」 言えない、何も言えない。ただそう言いきった彼女を見つめるだけしかできない。 それじゃ、と彼女は席を離れていった。 分かっていた。 自分にあの人の…藤代一馬の子を宿せないことを自覚したあの瞬間から分かっていた。 私には子孫を残す…最も原始的な自己存在証明の機会が永遠に失われていることを。 最も古い幸福。それを得られない私には何があるのだろう… 「あ、あの……せ…染織家の多岐川飛鳥先生…ですか」 そのおずおずとした声に視線を向けると制服姿の女の子がいた。 「ええ、そうですが」 「わっやっぱり!…って、あ、す、すいません。あの、その、私、先生のファンなんですっ…それで…その…サインください!!!」 最敬礼の状態で生徒手帳とペンが差し出される。 突然の出来事に暫し呆然としたが気を取り直してサインに応じた。 「ありがとうございますっ。こんな所で多岐川先生に会えるなんて感激です!私、先生の作品を見たのはほんの偶然だったんですけど初めて見た時から凄く惹かれて、それからずっと先生の作品を見てきました。どれもすっごく素敵で、特にこの前の個展の…ってあぁすいません私ばっかり喋ってしまって。なんか、先生に会えた興奮と緊張でこうハイになっちゃって…」 顔を真っ赤にして彼女は恥ずかしそうに俯いた。 彼女のそんな姿が微笑ましくてさっきまでの沈んだ気持ちが癒されてしまった。 「ありがと。そんなにも私の作品を気に入ってもらえてうれしいわ」 「い、いえ、そんな…私が勝手に気にっているだけでその…先生にお礼を言わ、言われるほどどのの…あやややや…」 「ふふふふ。将来は染織の方へ?」 「は、はい。出来ればそっちの方で…美大で勉強できればって思っています」 「そう、がんばってね」 「はいっ。私もいつか先生みたいな作品を…うまく言えないんですけど、見てくれた人が何かを感じとってくれるような…私が先生の作品から感じたような…そんな作品をつくりたいんです」 そう語る彼女が眩しくて、目を細めてしまいそうになる。 「そう。良い作品が造れるようになると良いわね。期待しているわ」 「はい。いつか、きっと。ありがとうございましたっ」 彼女は頭を下げると同じ制服を着た子達の中に戻っていった。 想いとはこうして受け継がれていくのだろうか。 私の作品を見て、何かを感じて、それが新たな何かに生まれ変わる。 布に織り込まれた私の"何か"をどこかの誰かが継いでくれる…それは幸せなことではないだろうか。 遺し伝えられていく想い。 想いの連鎖。 それは最も新しい幸せ。 それが、私の幸せ。 <遺し伝えるモノ(了)> ****後書き**** このSSを書いている最中で結構色々なことに気づきました。 その1つに、「人は神の似姿に創られた」と言う有名な文句について。 あえて自分の似姿に人を創ったのは、ひょっとすると世界の創造主という存在も不死ではないのかもしれませんね。 <2002.1.30 初校UP> |
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