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工藤都SS
背中合わせの温もりを
「BAD KIDS」
狩野雅明
Up:2002.6.15 Sat


「それ、何て曲?」
光輝は隆之の問いに、そっとささやく。
「――BAD KIDS」
そっか、この曲、BAD KIDSっていうんだ。
あたしは頭の片隅でそんなことを思いながら安らかな闇の中に意識を沈めた。

工藤都SS
背中合わせの温もりを
「BAD KIDS」よりより


ゆらゆらとたゆたう水中からゆっくりと浮上する感覚。
水面を染める薄明かりのカーテンを抜けると身体の感覚が真空管のようにゆっくりと目覚める。
「お目覚めですか。お姫様」
頭上から降ってきた言葉に顔を上げると隆之の顔があった。
状況を思い出して、また目を閉じる。
「う〜ん…今何時ぃ…」
「10時ぐらいかな、夜の」
「そっか…ずっとこうしてくれていたの?」
背中から隆之の温かさを感じる。あたしの肩から垂れる彼の太い腕は安全ベルトのようだ。
「あぁ。良く寝られたか?」
「ベットが硬い」
「悪かったな、筋肉ダルマで」
「ごめん。冗談よ。でも、この温かさは好きよ」
あたしは隆之の胸で甘えてみせる。
「光輝は?」
「帰ったよ。嫉妬深い恋人にどうやって機嫌を直してもらおうか頭が痛いって言ってた」
「そう。光輝には悪いことしちゃったかな」
「そう思うんなら今度謝っとくんだな」
「そうね。そうする」
「それから、光輝さんからの伝言だ。『気持ちが落ち着いたら今後のことについてゆっくり話し合おう』だと」
「そう…」

「都は、どうしたいんだ」
しばらくの間を置いて隆之が私に問う。
「……分からない」
「分からない…か」
「うん。わかんない…どうしたら良いかな」
「…わかんね」
2人で溜め息を吐く。
「…北崎を待つのか?」
「待って…どうなるんだろ」
「北崎は産んでくれと言うと思うか?」
「あたしはその言葉を拠り所にしてこの子を産む…そして、母子そろって捨てられる…」
「捨てたりはしないだろ。さすがに」
「ねえ、もしその時は…隆之、この子のパパになってくれる?」
あたしの問いに隆之は衝動的に何かを言おうと口を開き、ためらうように閉じた。
数瞬の間を置いて隆之は再び口を開いた。
「俺がお前にしてやれることは、お前の話しを聞いてやることぐらいだ」
その答えにあたしは少し複雑な気分だった。
肯定の言葉など期待していたわけではないのに。
「きちんと答えない俺を卑怯だと思うか?」
「ううん。それが普通よ」
「臆病なだけかもしれないぞ」
「軽率よりは、良い」
「そっか」
「うん」

「ねえ、隆之はあたしのこと、好き?」
「嫌い」
「もぉ、そんなこと即答しないでよ」
「ははは。冗談だ。そんなこと考えたこともないな」
「あたしね、何度か考えたことがあるのよ。もし、北崎より先に隆之と出会っていたら、あたし達はジュニア向け小説のような甘々な恋をしていたのかなって」
「で、そうなっていたらどうだと思ったんだ」
「想像してみたけどね、あまりにもらしくない自分の姿に鳥肌が立った」
隆之もそんなあたしの姿を想像したのか、吹き出して笑いだした。
乙女チックなあたしがそんなにおかしいのかと自分で言っておきながらちょっと傷ついた気分だがあたしも一緒に笑った。
そう、恋愛という括りで見れば、隆之より北崎との関係がそれにあたるだろう。
あの人の前ではあたしはどうしようもなく女なのだ。
北崎という男はあたしが身もココロも女であることを知らしめる。
お互いに相手が眼中に無いふりをしているくせに何時も相手を追いかけている。
度し難いな、と自分でも思っている。

「甘々の恋人関係じゃなかったら、今の俺達の関係ってなんだ」
ようやく笑いが止まった隆之が聞いてくる。
「さぁ、なんだろうね」

でも、隆之とは違う。
隆之の前ではあたしは女ではなく、工藤都だった。
あたし達は背中合わせに違う方向を見ている。
でも、お互いに背中を支えあわなければ立っていられない。
お互いに欠けたモノの痛みを和らげるために。
背中合わせの温もりを分かち合うことで自分が独りではないことを確認し、そして安心させられる。
それだけで十分だった。
こんな関係はたぶん、世間のいう「恋」とは違うと思うし、「恋」である必要などなかった。
「ココロのお隣さん…かな?」
「ココロのお隣さん?」
「うん。なんとなくね、そう思ったの」
「たぶん、あたし達の距離ってそれぐらいじゃないかな」
「良く分からないな」
「何て言うかな…現実の世界みたいにココロの世界があって、そのある場所にあたしのココロがあって、その隣の敷地に隆之のココロがあるの。声を掛ければちゃんと届いて、そこにいてくれるだけで何となく安心できて…遠くの親戚より近くの他人って感じかな…」
「味噌や醤油を借りに来る気か?」
「そうね、今度借りに行くわ。とにかく、あたしに一番近いところにいてくれるのよ、隆之は」
「北崎は?」
「あの人はあたしの敷地に土足で入ってきてめちゃめちゃに荒らして、またどこかへ行ってしまう自然災害かな…あたしが抗う術を持てないところなんか特にね」
「俺はお前のお隣さんであることを喜んでいいのかな」
「喜んでほしいわね」

隆之は「了解」とでも言いたいかのようにあたしをぎゅっと抱きしめる。
「それじゃ、お隣さん。お腹が空いていませんか?」
「お腹?」
「そ、お腹。光輝さんがオジヤを作っていったんだ」
「光輝が?」
「味は食べてのお楽しみ、だそうだ」
「あらあら、それは楽しみね」
ほい立った立った、と促され身体に巻きつけていた毛布を床に置きながら立ちあがる。
温まっていた体に一瞬寒さを感じた。
「うわ、寒い」
「大丈夫か?」
「大丈夫。今まで暖めていた背中が冷えただけだから」
「ずっと俺が抱きかかえていたしな」
あたしはふわりと隆之の方に振り向いた。
「ねぇ、またあたしの背中を暖めてくれる?」
「お前がそれを望むなら」
「うん。ありがとう」
あたしは微笑んだ。
とても気持ちがよかった。

< 背中合わせの温もりを (了)>

***あとがき***
今回はBAD KIDS本編終了直後を舞台に書いてみました。
BAD KIDSは「海を抱く」も含めて主役の男女が不思議な関係にありますね。
都と隆之、恵理と光秀。最も近くにいる他人の関係とでもいうのでしょうか。
「恋人ですか?」と尋ねたら絶対に「違います」と答えるでしょうね。
しかし、こういう関係の人は実は一番必要な存在なのではないか。そう思います。
<2002.6.15 初校UP>



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