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時のキザミと時のハザマ
「きみのためにできること」
狩野雅明
Up:2003.4.5 Sat


「それで、今度のロケは誰と行くの」
彼女は大きな瞳で僕を覗きこむ。
僕は最近アイドルグループを卒業してソロになった女性タレントの名を告げる。
「ふ〜ん…あのコか…あのコ、結構可愛いよね」
「ピノコほどじゃないけどね」
「もう、俊くんったら…お世辞を言っても何も出ないわよっ…はい」
言葉の割には嬉しそうな顔をして、僕の前に立てた小指を差し出す。
僕はその指に自分の小指を絡める。
「浮気したらハリセンボンの〜ます。指きったっ」
僕と彼女の声が唱和する。
僕がロケに出る前に彼女とする児戯のような行為。
それをするのは、駅のホームだったり、デートの帰り道だったり、ベッドの中だったり。
それは、あの時のような哀しい思いをしないように。
それは、時間と空間を越える結びつきを信じるために。
それは、僕らにとっての神聖な儀式だった。

高瀬俊太郎SS
時のキザミと時のハザマ
「きみのためにできること」より


「は〜い、皆さ〜ん。ここが珍しい時計を集めているという博物館で〜す。本当は休館日なんですが、特別に開けてもらいましたっ」
カメラの前でレポーター役の女性タレントがオーバーアクション付きで元気を振りまいている。
個人所有としては国内屈指と言われる時計の博物館のレポートという仕事を聞いた時、僕は思ったことをそのまま口にした。
「近藤さん。それって、例の古時計の歌のヒットに便乗した企画っすか」
「高瀬、それを言ったら身も蓋もないぞ」
そう言って近藤さんが苦笑いしながら仕事内容についての説明をしてくれたのが2週間ぐらい前の話しだ。
50代半ばぐらいの温和な雰囲気を纏う館長さんの説明を受けながらロケは順調に進んでいった。
年季のはいった大きな振り子時計を背にレポーターと館長が並ぶ。
「それで、館長さんは何故こんなにも時計を集めるようになったのですか」
「それはですね…やはり時計の技術の素晴らしさとその美しさに惹かれまして……」
2人の会話をヘッドフォン越しに聞きながら慎重に機器を調整していく。
聞こえてくるのは少し癖のある声とそれに応える朗らかな声。
しかし、己の使命に忠実なるマイクロフォンはそれ以外のモノも僕の耳に運んでくる。
カチ カチ カチ カチ
それは、僕らを見下ろす振り子時計が発する音。
カチ カチ カチ カチ
それは、何気なく、でも、確かに在る、音。
カチ カチ カチ カチ
それは、何かを伝えようとするかのように。
カチ カチ カチ カチ
それは、たぶん、時計の、声。

ボーン…ボーン…ボーン………

「今日はどうもありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして」
レポーターと館長がお互いにお辞儀をする。
「はい。OKです。お疲れ様でした。西田さん、高瀬、そっちは」
「お〜う、こっちもOKだ」
「はい、僕の方も大丈夫です」
「それじゃ、撤収準備を」
近藤さんの号令で撤収準備が始まった。
後はロケ車に機材を積み込んで会社に帰るだけだ。
上手くすれば、今晩ピノコと会えるかもしれない。そう思うと面倒くさい片づけもテキパキこなせてしまう。
「高瀬、悪い知らせだ」
「うわ、なんですか、近藤さん。薮から棒に」
「俺達が乗るロケ車が事故渋滞に捕まって後2時間は来ない」
「げ…マジですか」
「残念ながらマジだ」
その言葉に僕の肩は床まで落ちた。
「そんなわけでな、館長さんの好意で事務所の一角に機材を置かせてもらえることになったから、機材はそっちに運んでくれ」
「はい…」
「まぁ、そうあからさまにガッカリすんな。機材置いたら車が来るまで自由にしていて良いからさ」
「はぁ…わかりました」
じゃ、よろしくと近藤さんは何処かへ行ってしまった。

機材を片付けてしまい手持ちぶさたになった僕は改めて館内を巡ることにした。
ロケ中は会話を拾うことに集中して気に留めていなかったが、時計毎に実に個性的な音を発していることに気づいた。
それはチッチッチッだったりカラカラカラだったり、高音もあれば低音もあった。
そして、ひときわ重厚な音を発する古い振り子時計の前で足を止める。
この博物館のシンボル的存在だと説明されたその時計はロケ中と変わり無く動き続けている。
こういうのもマイペースというのだろうか。ふとそんなことを思い、その下らなさに自嘲してしまう。
でも、と思う。常にマイペースであるはずの時計の音に僕らは急かされたり焦らされたりする。
超然と流れる時を計る機械はその声をもって時が刻まれるのを僕らに伝える。
それは無限に続く時の刻みの一瞬であり、有限の時が持つ何分の一かの時の狭間を指し示す。
耳朶を打つ時計の声は僕が持つ有限の時を消していき、そして同時に彼女の時も消していく。
消える時は変化という名のモノへと換わり、有限の時を持つモノ達の前に現れる。
もし、彼女と共に過すこと無く消えていく時があの時のように僕と彼女との距離として生まれ変わったなら。
僕達の下に不意に訪れる時の限りを超えた瞬間、ゼロ量の時は永遠の距離となり僕と彼女を分かつことになる。
彼女と共有しない時間が彼女と僕の距離を永遠にまで広げてしまう。そんな答えに恐怖し、僕は彼女の声が無性に聞きたくなってしまった。
後になって考えてみればまったくの妄想以外の何者でもないのだが、その時の僕が携帯電話を取出すことに正常な意識など必要なかった。

「はい。秋元です」
「ピノコ?俺だけど」
「俊くん?どうしたの、こんな時間に」
少しいぶかしむような彼女の声を聞いて、まだ彼女の仕事が終わる時間ではないことに気づいた。
「あ…ごめん…まだ仕事中だったか」
「ん…今ちょうど小休止だから大丈夫。それよりどうしたの?こんな時間に電話なんて珍しい…」
「あぁ…うん…その…」
ピノコの声が聞きたくなっただけとは気恥ずかしくて言えず、口篭もってしまう。
「あ〜わかった。私の声が聞きたくなったんでしょぉ〜」
「あっいや、そっ…そんなわけじゃないくて…え〜だから…その…」
図星をつかれて吃る僕の耳に受話器の向こうから彼女の笑いを噛み殺す声が聞こえる。
「俊くんってカワイイ☆」
「ばっ…あ〜もういいよっ。じゃぁな!」
「あぁぁ〜ごめん。ごめん。もうからかわないからぁ〜」
「ったく…今日の夜、空いてるか?」
「え…うん…え〜と…あ、大丈夫だよ。そっちも早く帰れるの?」
「あぁ、仕事は終わり。あとは帰るだけ。だからさ、今晩会おうか」
「うん。待ってるね…じゃぁ…指切り」
右の小指を立てている彼女の姿が思い浮かぶ。
そして、僕もまた右の小指を立てた。

ゆびきりげんまん、うそついたらハリセンボンのぉ〜ます。ゆびきったっ。

立てた小指がほんのりと温かい。

「それじゃ、私、仕事にもどるね…」
「ごめんな。仕事中に電話して」
「次はちゃんと時間を気にしてね…でも…本当は私も嬉しかったよ。俊くんの声が聞けて」
照れたような、はにかんだような彼女の声。
僕の胸が、甘く締め付けられる。
「あのさっ」
「何?」
僕は頭に「す」のつく言葉を発しようとしたが思いとどまった。
それは今晩、彼女に会ってから言おう。
僕の声帯が壊れるまで。
彼女に僕の想いが伝わるまで。
お互いの心が満たされるまで。
「いや、なんでもない…じゃ、今晩な」
「うん」
通話を切る。
指を絡めた感触のある小指。
それは僕の心が見せた幻覚。
それでも、僕は彼女と交わした指切りの儀式は幻ではない。
今、僕の小指は彼女の小指と繋がっている。そう信じたい。

ふいに鳴った着信音が近藤さんからの電話であることを告げる。
「はい。高瀬です」
「近藤だけど。ロケ車が着いたから、荷物を運んでくれ」
「わかりました」
出口に向かって2、3歩進んだところで振り返る。
その時計は、やはり何も無かったかのように針を進めていた。
でも、僕に焦りはない。
僕は歩を進める。
僕を待っていてくれる彼女のもとに帰るために。
それが、僕のできる全てだから。

<了>


*** あとがき ***
久しぶりの新作です。
が・・・ん〜・・・「あれだけ時間かけてこの程度かよ」って言われそうだな・・・。
ごめんなさい。これが今の精一杯です。

< 2003/4/5 初稿UP >



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