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キスまで何マイル
「おいしいコーヒーのいれ方」
狩野雅明
Up:2008.11.02 SUN


星野はぶうっとふくれて、食べかけのピザの残りを口に押し込んだ。
「はい、よく出来ました」
「もう二枚、続けていきましょうー」
「待ってよ、もう。わんこそばじゃあるまいし」
じゃれあうような会話。
越後湯沢での夜から続いているギクシャクした関係や、
そこに端を発する星野の摂食障害とか、
僕達の間にあったそんな気まずい空気が徐々に消えつつあるように感じた。
(こんないいやつなのにな……)
こぶしで胸を叩きながら水を飲む星野を見てふと思う。
『もし』という言葉をどれだけの人が使ってきたのだろう。
『もし』という想像をどれだけの人がしてきたのだろう。
そして、僕も想うのだ。
『もし』と。

おいしいコーヒーの入れ方 IF
キスまで何マイル (1)
「おいしいコーヒーの入れ方」より


高校三年の四月から始まった花村家での居候生活にも慣れた頃、
不意に何処かへ出かけるかれんの行動が気になって仕方が無かった。
何故こんなにも気になるのか、何故彼女の一挙一動を追ってしまうのか。
形にならないモヤモヤした感覚だけで答えが見えないもどかしさを僕は抱えていた。

六月第三土曜日。
東京駅。
僕はかれんを追ってここまでやってきた。
こんなストーカー紛いのことをやってしまう自分に自分でも驚いているが
それはこの胸に抱えたモヤモヤの理由が見つかることを期待しているからかもしれない。

かれんは自動券売機ではなく窓口で切符を買っている。
これでは何処までの切符を買っているのか分からない。
隠れている柱の陰で小さく舌打ちをする。
しばらくして改札口の向こうに消えたかれんを追うために切符売り場へ。
かれんの後ろには誰もいなかったため、今ならば直ぐに切符が買える。
早足で横切る旅行客の間をすり抜け、さらに切符売り場直前でおばさんを振切る。
「すいません、今の人と同じところまでお願いします」
かれんの向かった方向からどのホームへ向かったかを考えながら窓口の駅員に言う。
駅員は訝しげに僕を見る。僕の後ろには唸るおばさん。
もう一度同じ言葉を駅員に告げる。
しかし駅員は僕の言うことを理解してくれない。
この間にもかれんを乗せた列車は出発してしまうかもしれないというのに。
焦りと苛立ちと怒りを全力で抑えて切符を催促する。
言うことを聞かない駅員。イライラで足踏みをするおばさん。
説得するかのように関係者だからと言葉を発する僕。
怪しむというより馬鹿にするような態度の駅員。
「いいかげんにしろって言ってんだよ!」
バンッとカウンターを叩く。流石の僕もキレてしまった。
口が止まらない。声が大きくなっていく。
「こっちは急いでんだよ。あんたまさか、俺に改札口を強行突破させたいのか?
え、それとも何か?人の恋路を邪魔する権利があんたにはあるとでもいうのかよっ」
僕の激昂に辺りがシンとなる。
自分自身は妙なことを口走ったことなど気づいていない。
しかし駅員は一瞬ひるんだものの「しかし…」と口を開く。
「そんなわけの分からない理屈が通るとでも」
メガネの位置を直しながら冷ややかな目で僕を見る。
「こっんのお……」
再度怒鳴ろうとする僕の肩が叩かれる。
「なんだよっ」
叩かれた方を見てぎょっとした。
「鉄道警察の者ですが、どうされましたか」
その姿を見て天辺を突き抜けていたはずの血の気が急降下する。
別に犯罪を犯したわけではないが警察官と向き合うのは初めての僕には
無条件で自分が犯罪者になったような錯覚を覚えた。
「い…いや、その…切符を買おうと…」
しどろもどろに応える。
「とりあえず他のお客様の邪魔になりますのでこちらへ」
促され、連れていかれ、話をし、説教をされ、途切れることのない急流のような 雑踏の中に戻ったのはどれくらいの時間がたったころだろう。
「なにやってんだよ…俺は……」
既にかれん後を追うことなどできるわけもなく、そんな気力も無くなっていた。
恥ずかしいやら、情けないやら、様々な負の感情が渦巻く中で家に帰った。
もう、この事には深く関わるのは止めようと思いながら。

数日後、かれんはいつも通りに帰ってきた。
そんなかれんを僕はいつも通りに迎えた。

次の月、かれんはまたどこかへ出かけていった。
その後を僕が追う事はなかった。
その次の月も。
その次の月も。

ある日、丈が僕に聞いてきた。
「そういえばさ、勝利の好みの女性ってどんな感じなんだ」
夕食後の何でもない時間。ふと思いついただけの話題。
食器を洗う手を止めずにしばし考えて答える。
「そうだな…明るくてハキハキしていて、スポーツ万能とまではいかなくても
せめて『運痴』じゃなくて……できれば小柄な女の子…ってところかな」
間違っても、放浪癖のあるような、おまけにうすぼんやりしていてババくさい女なんかじゃない。
丈は半ばあきれたように僕を見る。
「いるのかよ、そんな女の子」

問題 雪がとけたら何になる?
答え 春になる。

ばたばたと高校生活が終わり、テレビ画面の向こうで北国の雪解け風景が映される頃、僕の肩書きは『大学生』に変わった。


*** あとがき ***
久しぶりの更新です。
同人誌で発表後、どうしても完成度に納得がいかず書き直しをすることにしました。
もし、かれんではなく、りつ子を選ぶとしたら?というIFものです。
シリーズ最後までお楽しみ頂ければ幸いです。
< 2008/11/2 初稿UP >



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