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飛鳥
「野生の風 WILD WIND」より
LaughCat
Up:1999.10.10 Sun


 飛鳥


「全くどうしようもないバカだわ」
今日も祥子の愚痴が始まった。
他の子達は「よくあんなのに付き合えるわね」などといって来るが、
飛鳥は聞き役と言うのをそれほど苦痛に感じない。
むしろボロを出さないように気取った話し方をする彼女たちよりも、
こうやって何もかもをさらけ出してしまう祥子の愚痴の方が聞いていて楽しいと思った。
「レコードなんか買うお金があるのなら、スニーカーくらい買い換えなさいってのよ」
今祥子が愚痴っているのは、田部洋司の事。田部と祥子は中学が一緒だった。
飛鳥自身は『田部クン』との面識が薄い為、祥子の言い分にどれほどの脚色があるかなど知らない。飛鳥には知る必要もない事だ。
「そんなにスニーカーが見苦しいのなら、祥子が買ってあげれば?」
別に『田部クン』をフォローしようと言うんじゃない。こう言う事で、祥子に相槌を打っているのだ。
「そんな投資をする価値ないわよ、あんな奴」
言うだけならタダよね。
祥子は誰かを蔑みたいだけなのだ。誰かを蔑んで優越感を得たいのだ。
しかし、そう言った感情は多かれ少なかれ誰もが持っているものだ。
飛鳥にもそういう経験がある。
蔑んだ経験も、蔑まれた経験も、

「多岐川さん」
帰りがけに声を掛けられて振り向くと、
そこには例の『田部クン』がいた。
「柴田さん、一緒じゃないんですか?」
私と祥子は友達と言う訳じゃない。
「田部君が考えているほど、私は祥子と親しいわけじゃないのよ」
そう言いながら飛鳥は考える。
祥子にとって都合のいい愚痴聞き役。
それが飛鳥に与えられた役割と言う訳だ。
それじゃあ私にとっての祥子の存在って何なの?
「田部君は祥子と仲良いの?」
「いいえ、どちらかと言うと泣かされまくってます」
「そうでしょうね」
「多岐川さんはなんで彼女と付き合っているんですか?」
「そうね、強いて言うなら断る理由がないからかしら」
「そうですかねぇ。俺が多岐川さんの立場だったら泣きまくっていますよ」
「大丈夫よ、祥子ならあなたに愚痴をこぼす様な事はないから」

シニカルさこそが飛鳥を『付き合い辛い相手』にしている原因だった。
それは飛鳥自身も理解している。
ドライでシニカルでクール。
しかしそんな性格を変えたいなどとは思わない。
この性格が気に入っているわけでもないが、気に入らない理由もない。
ドライでシニカルでクール。それが混じりっ気なしの多岐川飛鳥の性格なのだ。
少なくとも飛鳥はそう思っている。

「あなたって絶対損をしている」
『女友達』の一人はよくそう言って、飛鳥の考え方を改めさせようとした。
「そう言うヒネクレた考えをしているから、家庭の事を引き合いに出される事になるのよ」
飛鳥には父親がいない。そして父親のいない子は普通に生きて行く事は出来ない。
飛鳥流の哲学の一つだ。
「あなたが疎外されるのは、あなたの家庭のせいじゃないわ」
しかし彼女も両親健在の世間知らずにすぎなかった。
だから飛鳥を変えられると思ったのだろう。
結局は彼女が飛鳥を受け入れる事が出来ず、飛鳥から離れていった。
彼女は慈悲深いつもりのエゴイストだったのよね。

柴田祥子はそう言った偽善を良心としている人たちとは少し違っていた。
祥子に自覚があるかはともかく、祥子はれっきとしたエゴイストだ。
今まで飛鳥と付き合ってきた人々は飛鳥を何等かの形で推し測ろうとしたが、
結局飛鳥と言う人間を測りきれなかった。
しかし祥子にとっては飛鳥がどんな人間であるかは大した問題じゃないらしい。
似た者同士なのね。きっと…
飛鳥もまた祥子がどんな人間であるか等気にならない。
祥子のエゴと飛鳥のエゴとはおたがい衝突することなく擦れ違い続ける。
だからうまくいっている。

「私の知っている限りでは、飛鳥ほど『孤高』と言う言葉が似合う人はいないわね」
祥子が珍しく飛鳥の事に話題を振った。
「孤高?」
「教室の中で飛鳥が一人でいるのは、除け者にされているからじゃないのよね。飛鳥のプライドが一人になる事を望んでいるからなのよ」
「人に頼るのが嫌なだけよ。そう言うのをプライドとは呼ばないわ」
実際、誰かに頼って良い結果を生んだ事はない。大抵の場合は人に頼った事による代償が大きくつく。それに相手が自分の思い通りに事を運ぶ事自体稀な事だ。
そうやって物事を棄ててかかる飛鳥よりも、祥子の方がプライドがある。
飛鳥にはそう思えてならない。

「田部君はプライドが高い方?」
飛鳥は声を掛けてきた田部にそんな質問をしてみた。
「どうでしょう?人並みなんじゃないですか?」
田部は飛鳥が一人の時に限って声を掛けるようだ。
「じゃあ、田部君から見て祥子はプライドが高い方だと思う?」
「彼女ですか?彼女はプライド高いですよ。ものすごく」
「私は?」
「多岐川さん?」
「私ってプライド高い方に見えるかしら?」
「そうですね…確かにプライド高そうに見えますよ」
『田部くん』から見ても私は『プライドの高い女』なわけね。
自分のプライドを意識した事の無い飛鳥にとって、それは奇妙な感慨だった。
「…それじゃあ多岐川さん。多岐川さんから見て僕ってプライド高い奴に見えます?」
田部はそう言って飛鳥に切り返した。
「そう聞かれても困るわ。私田部君の事よく知らないし…」
しかし田部と付き合いの無い飛鳥ではあるが、『田部クン』については祥子の口から色々聞かされてている。
「祥子の言い分ではあなたは学習能力の無いバカと言う事になるけど、私が聞いた限りであなたの事を判断するなら、あなたはしっかりしたポリシー持った人間と言う事になるわ」
「嬉しいですが、買被りかもしれませんよ。案外柴田さんの言う通りなのかも」
「ご謙遜ね」
田部は照れくさそうに笑って見せたが、少し考えたあと
「プライドが高い者同士ってうまくいくんですかね?」
と飛鳥に尋ねた。
「プライドが高い者同士?田部君が祥子とうまくやっていけるかって事?」
「違いますよ!多岐川さんと柴田さんがうまくやっていけるのは、おたがいにプライドが高いからだと思うんですよ」
「そうかしら?」
飛鳥と祥子はうまくいっているとも、いっていないとも言える。
「柴田さんて、自分が認めた人としか付き合わないから…」
「そうなの?彼女は愚痴聞き役なら誰でもよかったんじゃないかしら」
「それは違いますよ。自分の弱みを見せるのは、自分の認めた相手くらいじゃないですか?」
弱み?祥子の弱み?
祥子が粋がるのは卑屈さの裏返しかもしれない。でも…
「柴田さんが多岐川さんを信用しているのは、多岐川さんがプライドの高い人だからですよ。きっと」
祥子が私を信用しているのなら、私は祥子を信用しているのだろうか?
「私は誰に弱みを見せればいいの?」
飛鳥はそれまでの経験の中で弱みを隠す事を覚えていた。
弱みばかりではない。
隠す事が出来るのならあらゆる欠点、あらゆる美徳…隠せるもの全てを自分の内に秘めてきた。
見せる汚点など、それらを隠すためのカムフラージュにすぎない。
「…見せる必要は無いんじゃないですか?」
田部はそう言った。
「どう言う意味?」
「見せようと思って見せるのと、大抵は嘘になるんじゃないですか?」
その通りだ。飛鳥は今までそうしてきたのだから
「自分を曝け出そうとするんじゃなくて、相手を信用するんですよ」
「あなたを?」
飛鳥がそう聞いた途端に田部は笑い出した。
「信用に足ると思いますか?」
田辺は笑いながら飛鳥に訪ねた。
「思うわ」
飛鳥自身自分の口からこんな言葉が出るとは思っても見なかった。
それは田辺も同様で驚いた顔で飛鳥を見返していたが、すぐに真顔になって
「期待に添えるかどうかは判りませんが、善処はしてみますよ」
と答えた。

飛鳥にとっての田部は誠実であり続けた。
気さくであり、聞き上手でもあった。
そして田部は飛鳥が求めない限りアドバイスをしようとはしなかった。
飛鳥は人の考えに従うのが好きでなかったし、アドバイスが必要になるほど飛鳥は考えない人間ではなかった。
飛鳥の行動は全て飛鳥の意志。田部もまた田部の意志で行動していた。
そんな二人でも相容れる部分は多かったし、飛鳥はより田部との逢瀬を望んだ。
二人が肌を合わせるようになったのも自然の成り行きと言うものだろう。
そして、その体験は飛鳥の価値観を変えさせるほどのものがあった。
居心地の良さね。
行為のあと飛鳥はそんな風に感じていた。
そうとしか表現のしようが無いわ。快楽とかそういうんじゃない。洋司に寄り添うだけでこんなにやすらぎを得れるなんて…
これまでの私は身の置き場所がなかった。どこにいても、どこにもいないのが私だった。
そして田部洋司は唯一『飛鳥が存在する場所』になっていた。

洋司と飛鳥の関係は祥子の自殺によって破局を迎えた。
結局未遂で終ったものの、飛鳥と祥子の関係は修復不可能なものとなった。
「あんたはその気になればどんな男手も引っ掛けられる。そうなんでしょ!」
祥子が自殺を図る直前、飛鳥に向かって突き付けた言葉が、飛鳥の頭から離れず、繰り返しその言葉を叫んでいる。
…結局、私は祥子の親友ではなかったのね
「祥子のそばに居てあげて」
洋司に申し入れた時もそうだ
「それは出来ない。そうする事で彼女は余計に屈辱を覚える事になる」
洋司はそう言って飛鳥の申し入れを断った。
洋司の方か飛鳥よりも祥子の事を理解していたのだ。
「結局君にとっての僕って何だったんだい?」
飛鳥の言葉は同時に洋司をも侮辱した事になる。
「僕は一時的な止り木でいたことを屈辱に感じたりはしないよ。君が僕の手に余る存在である事は十分に承知していたからね。そうだろFlying bird」
「Flying bird?」
「そうだよ。飛ぶ鳥、飛鳥。Flying bird.君はひとところに止まるべきじゃないんだ。」
去ったのは私ではなくアナタの方だわ。
でも…
「Flying bird」
その言葉を口にする。
何度も…何度も…
Flying bird.


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