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疫病神
「翼」より
LaughCat
Up:1999.11.25 Thu


 疫病神


彼女は疫病神と呼ばれていた。

篠崎真冬が疫病神と呼ばれるようになったいきさつを、私はよく知らない。友達に聞けば、人を殺しているとか、何人もの子に怪我をさせただとか、怪しい呪文を唱えているのを聞いただとか、どれもこれも納得のいかない話ばかりだ。

そんな彼女と話すきっかけが訪れたのは、ちょっとした偶然だった。

その日も家に向かって通学路を歩いている時、見覚えのある子が前を歩いているのに気付いた。スピードを上げて横に並んで見ると、それは篠崎さんだった。
「篠崎さん家こっちの方なの?」
「うん」
「じゃあ途中までいっしょに帰ろ。この辺変な人がいるって先生言ってたし」
「うん」
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その日は大した事は話さなかった。
普段から除け者にされがちな彼女だ。馴れ馴れしく声を掛けた私を警戒しているみたいだった。



翌日の帰りにも私は篠崎さんを誘った。
「篠崎さん、これから帰り?」
「うん」
「じゃあ途中まで一緒に帰ろ」
「うん」
彼女は普段から無口なほうで、一緒に歩いていても彼女の方から話し掛けてくる事はない。
「篠崎さんて、どんな番組見てるの?」
私がそう聞くと、彼女は大抵の子達が見ている番組をいくつかあげた。
「それ、私も見てるよ」
「そう?」
「私、あの歌大好きなの」
私が言うと彼女はその曲を口ずさみはじめた。
私も彼女と一緒に口ずさんだ。
彼女の歌はとても上手かった。私は所々舌が回らずにつかえるのだが、彼女の口からは滑らかにメロディーが流れでていた。



この日の出来事が彼女と打ち解けるきっかけになったのだと思う。
でも、この時の私はまだ彼女の事を知らなかった。



「あの疫病神に近づくのやめた方がいいよ」
クラスの女の子達が私にそう言った。どうやらきのう彼女といっしょに帰った事を言っているようだ。
「疫病神?」
「篠崎よ」
「どうしてよ?篠崎さんて悪い人には見えないわよ」
「あなた知らないの?あいつ人殺しなのよ」
「なんでよ!本当に人を殺したら、警察に捕まってるわ」
「知らないのね。外人なら殺しても警察に捕まったりしないのよ」
「え?」
「あいつはハーフで、外人の父親を殺したの」
篠崎さんがハーフ?
篠崎さんの髪は黒いし、目の色も普通だ。確かに色白ではあるけど、日本人とそれほど違わない。
なんで、彼女がハーフなの?



この日も彼女と一緒に帰る事にした。
彼女意外に同じ方向の子がいなかったせいもあるが、周りの子達が忠告する毎に彼女に対する興味が大きくなっていた。

「篠崎さんの下の名前、真冬って言うのよね?」
「そうよ」
彼女は少し不機嫌そうに言った。
「篠崎さん、もしかして自分の名前嫌い?」
「…嫌い」
「そうなんだ、でも篠崎さんて呼ぶの言いづらいし」
「…」
「ねえ、まふって呼んじゃだめ?」
「まふ?」
「うん、真冬を縮めてまふ」
「…」
「真冬って名前よりずっとかわいいでしょ?」
「かわいい?」
「どう?だめ?」
「まふの方がいいと思う?」
そう聞いた時の彼女は少しテレているみたいで本当にかわいかった。
「私は、いいと思うよ」
「うん、いいよ。まふって呼んで」



この日から「篠崎真冬」は「まふ」になった。
普通、小学生にとってニックネームは単なる呼び名でしかないが、彼女の場合は少し違っていたようだ。

「ねえ、まふのお父さんて何やっている人?」
私がそう聞いたのは、彼女に関する誤解が少しでも早く解ければと思っての事だった。
でも、彼女は怒ったようなそれでいて悲しそうな顔をして
「私、お父さんいないから」
と言った。
彼女の表情は…教室でいじめられている時の彼女の表情と同じだった。
「ごめんなさい、私いやな事聞いちゃった」
「ウワサ、聞いていると思った…」
ウワサ?
ウワサってまふがお父さんを殺したってウワサの事?
そのウワサって本当なの?
でも、私は誤解なんだって信じたかったから
「私はウワサを信じないの」
とだけ言ってしばらく彼女の様子をを見た。
その日はそれ以上話さないでわかれた。



彼女は噂を否定しようとはしなかった。
今にして思えば、彼女は父親の死に対して罪悪感のようなものを持っていたのではないかと思う。
だからこそ彼女は自分を嫌っていた。
そう、彼女は自分を嫌っていたのだ。
嫌いな自分が、他人から愛されることが許せなかったんだと思う。
そして彼女は孤立した。それが彼女のあるべき姿。きっと彼女はそう思っていたに違いない。
でも、
私が彼女に「まふ」という名を与えた時、彼女は愛されるべき少女「まふ」に生まれ変わろうとした。
生まれ変われるはずだった。
生まれ変わるはずだったのに
私の不注意で…



帰る時少し遠回りすれば広い道がある。車が多いので通学路にはなっていなかったけど、人気も多いし、街灯も多くて少しくらい遅くなっても、こっちのほうが安心して帰れると思った。
「横断歩道まで行くと遠回りになるから、この辺で渡れないかな?」
私が彼女に言ったときちょうど車が途切れていた。
「そうね、今なら渡れるよ」
彼女はそう言って一足早く車道に出た。
「まってよ」
私も彼女のあとを追った。
あと2、3歩だったと思う、あと2、3歩で渡りきれるところだった。そこで私の体がくるりと一回転した。
私の背負っていたランドセルに車がぶつかったのだと理解したのはずっとあとの事だ。
バランスと崩した私はそのまま地面に倒れこんで、次の瞬間にはとても重たいものが足の上に乗っかってきた。
「痛ぁい」
痛い。
痛い。
早くどけてよ。
痛いんだから
早くどけて。
痛い。
痛い。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
イタい。イタい。イタい。イタい。イタい。
イタい。イタい。イタい。イタい。イタい。イタい。イタい。イタい。イタい。イタい。
イタい。イタい。イタい。イタい。イタい。イタい。イタい。イタい。イタい。イタい。
イタい。イタい。イタい。イタい。イタい。イタい。イタい。イタい。イタい。イタい。
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…………………………………………………………………………………………………………
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それから気がついた時、私は病院のベッドの上にいた。
気がついてから、看護婦さんに痛いところはないかと聞かれて、私はよくわからないと答えた。
その後でお医者さんらしい人が来て、私の足がなくなった事を説明した。
その時私は何か言ったと思うが、よく覚えていない。



クラスの子達がお見舞いに来た時には、だいぶ冷静になっていた頃だった。
「大変だったわね。あいつに突き飛ばされたんだって?」
「あいつ?」
「篠崎よ。あの疫病神」
「違うわ。まふはそんな事してない!」
「大丈夫よ。あいつにはちゃんとオトシマエつけてもらうから」
「いいかげんにしてよ!どうしてそんなにまふの事を悪者にしたがるの」
私が場所をわきまえず怒鳴ったので、その子達も少し驚いた様子だった。
「あなた、どうしてあんな奴の事をかばうの?」
「理由なんかない。かばっているわけじゃないもの。理由なんかないの…まふのことを悪く言う理由なんか…」
これほどくやしいと思った事はない。
自分の事じゃなく。まふのことなのに、とてもくやしかった。
「まふが…何をしたって言うの?」
「あなただって知っているはずよ。あいつは…」
「ちがう!あなたによ。あなたにまふをうらむ理由があるの?」
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結局お見舞いに来たのはそれっきりだった。
何よりも残念なのは彼女が…まふが一度もお見舞いに来なかった事だ。



数えてみればあれから10年が過ぎていた。
私は退院後施設に入り、施設の教育プログラムに従って勉強し、大検で今の大学に入った。
大学には私と同じように車椅子の学生が何人かいて、時々情報交換をしている。
車椅子のままでも利用できるところは意外と多いのだが、それでもいろいろと不便は多い。
講義の無い日には施設に行って、私が出来る範囲でお手伝いさせてもらっている。
時々高校生のボランティアの人達がきて、一緒に仕事をする事もあった。

「大変ですね」
彼女は私の手伝いをしながらそう言った。
「確かにあなた達よりも手間がかかるけど、私にとってはこれが普通なのよ」
こう言う時私は何でも無い事のように言って見せる。
「あなたにとっては不自由に見えるでしょうけど、私にとってはこれが普通。だから決して不幸ではないわ」

…私は不幸じゃないよ。まふ、


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