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あたしの気持ち‥‥‥
「夜明けまで1マイル」より
makoto
Up:1999.8.27 Fri


 あたしの気持ち‥‥‥

「夜明けまで1マイル」より  


「すごいね、涯は‥‥‥」
 目の前で眠っている涯の寝顔を見ながら、あたしはつぶやいた。
(あたしがつらいとき、いつも一番そばにいてくれる。いつも元気づけてくれる)
 あたしから涯のところへ来たこともあった。直樹にふられたとき、吉田くんにふられたとき‥‥‥
 気がつけばこの部屋の前にいた。
 涯は素直に慰めてくれなかったれけど、それでもこの部屋を出るときには失恋の痛みはすっかりなくなっていた。
 でもあたしから涯のところへ来たのはその2回だけ。直樹のことで悩んでいたとき、オザキさんの誘いに迷っていたとき、『ヴァルハラ』でトラブったとき‥‥‥そして今日。あたしが心の中で助けを求めていたとき、声に出さなくても涯は一番に飛んできてくれた。あたしの心の声はいつも涯に届いていた。
(どうなってるのかな、あたしたちって)
 今夜、あのホテルで涯に会ったのなんて、本当に奇跡としか思えない。
 ホテルだってあそこしか無いわけじゃないし、涯だって毎日働いているわけじゃない。受付だけじゃなくて他の仕事もきっとあるだろう。ほんの少し、本当にほんの少しでも、なにかが違っただけで涯に会うことはなかったはず‥‥‥
 それでもあたしは涯に助けられた。
 偶然が重なった、なんて簡単なものじゃない。あんなところで会うなんて、普通ではどう考えたってあり得ない。
 やっぱり偶然?それとも奇跡?
(‥‥‥運命‥‥なのかな)
 あたしにとって『運命の人』は、他の誰でもない、今、目の前にいるこの人なのかもしれない。あたしがなにかあると涯のもとへ吸い寄せられるのも、涯があたしのことを助けてくれるのも‥‥。涯にとってあたしが『運命の人』なのかはわからないけれど、あたしにとって涯は『運命の人』なんじゃないだろうか?
 『運命』なんてものはあってないようなものだとは思う。以前読んだ本に、『せいいっぱいできることをやって出た結果、それが運命』というようなことが書いてあった。それを読んだときは、特になんとも思わなかったけれど、今ならほんの少しだけわかるような気がする。結局、世の中で流れている時間はすべてが『運命』で、人との出会いも出来事も何もかもが『運命』なのだろう。
(‥‥そうよね、今あたしのまわりでおきてる事すべてが『運命』なのよね。いきなりデビューしろなんて言われたのも、今日助けてもらったのも、‥‥‥こうやって涯と抱き合っているのも)
 今を大切にするしかない。結局、それ以外のことはあたしには何もできないのだから。人間関係だって、出来事だって、1秒先のこともわからないんだから。今できることをがんばるしかない。
「決めたよ、涯。あたしがんばるね」
 直樹もセイジもマスターも、あたしの近くにいる人みんなが、あたしにとっての『運命の人』。でも涯は‥‥涯だけは他の人と違う。あたしにとって涯は『運命の人』の中でも一番『大切な人』。
 もう気がついていた。涯にたいして幼なじみ以上の感情が心の中にあることに。
 実際いつからそんな感情を抱いていたのかは、今となってはもうわからない。もしかしたらずっと昔から心の奥のほうに潜んでいたのかもしれない。
 それに気がづいたのはつい最近だった。

 大学の掲示板で吉田くんと一緒にいるところを涯に見られたときだ。涯に声をかけられた瞬間、逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。最初はただ気まずいだけだったのだけれど。
 その後、涯にいろいろと言われているうちに、ずきずきと胸に痛みが走りだした。涯はあたしを傷つけるようなことを言っていたわけではない、あたしを心配して言ってくれているんだってわかっていた。涯の言葉に傷ついたわけではなかった。好きな人を想って胸を痛める、っていうのに似ていたんだと思う。
 涯の話に答えながらも、あたしはすごく混乱していた。自分の気持ちにとまどっていた。もうどうしようもなかった。
 心の中はこんな状態なのに、口だけが先走っていた。
「涯なんか‥‥‥涯なんか、大ッ嫌い」
 こんなこと言いたくなかったのに‥‥‥でも止まらなかった。気持ちとは裏腹に、口では涯にひどい言葉を投げかけていた。涯は悪くない、悪いのはあたしなのに‥‥
(どうして‥‥どうしてあたしは涯のことを責めてるの?)
 涯になにを言われていたのか、よく思い出せない。きっとあたしにとって痛いところを突かれたんだろう。向こうっ気の強いあたしの頭は勝手に反応し、勝手に口に指令を出していた。あたしの気持ちなんてお構いなしに。
 胸の痛みがどんどん増していった。このときにあたしは自分の本当の気持ちにはっきりと気づいたのだった。
(大嫌いなわけない‥‥‥)
 もう耐えられなかった。涯から無理矢理目を離し、くるりと振り返る。振り返ったとたん涙があふれ出した。
(涯のこと‥‥いつの間にかこんなに‥‥‥)
 その後、あたしは心の中でひたすら謝り続けていた。

 今考えると、あのときの涯との喧嘩は、いつもの喧嘩とそんなに違っていなかったと思う。でもあの後から今日まで、あたしの心の中は絶望感に支配されていた。バンドの練習で涯と会ってもやっぱりぎこちなかったし、謝ろうと思っても話もまともにできなかった。涯の目を見ることすらできなかった。
 ひとりで部屋にいると後悔ばかりが募っていく。いやなことばかりが頭の中に浮かんでくる。枕に突っ伏して泣くことも何度もあった。もうあたしひとりでは立ち直ることができなかった。誰でもいいから助けて欲しくて、部屋を飛び出したのが今日の夕方だった。
 そして吉田くんと会ってしまった。彼と話してはいけないとわかっていた。彼と話をしたのが、涯との喧嘩の原因なのだ。今話すときっとまたなにか悪いことが起きてしまう、涯の言うとおりあたしがしっかりしなければ‥‥‥
 でもだめだった。すっかり疲れ果てていたあたしに、彼をはねつける力なんて残っていなかった。そのときのあたしには、本当の意志というものがなかった。確かにそのときは、いろいろと考えていた。彼にホテルに誘われたときだって、ちゃんと考えて返事をした自分がいた。でもそれは本当のあたしじゃなかった。あたしの中にいる、ただ弱いだけの『内山浅葱』だった。もう少しだけ強くて、もう少しだけしっかりしている『内山浅葱』は、胸の奥底から出てこようとはしなかった。その『内山浅葱』は、まだあたしの部屋のすみっこで膝を抱えて泣いていたのだ。
 その後は涯も知ってるとおりだった。
 今、思い出しても自分がいやになる。結局、あたしは自分の力で立つことができなかった。あそこで涯に助け起こされなければ、あたしはきっとダメになっていた。いっそのことダメになっていた方が、もしかしたらもう少し強くなれたのかもしれないけれど、その裏には今よりももっと傷ついた自分がいたと思う。それは「好きでもない人に処女を奪われた」とかそういうことよりも、「あれだけ心配してくれた涯を裏切ってしまった」ことがあたし自身を追いつめ、自分でどんどん傷つけてしまっていただろう。
 こんなふうになったあたしを、いくら強くなっても涯はきっと認めてくれない。もちろんあたしも望まない。今、あたしがあたしに望むのは、涯に認められる女になることだけだった。
 きっと涯はあたしが自分自身のために強くなることを望んでいるんだろうけど、今のあたしはまだ全然そんなレベルに達していない。本当に弱い女なのだ。そんな弱い女が少しでも強くなるには、何か目標とか、心の支えのようなものが必要で、それが今のあたしにとっては涯なのだ。
 もしかしたらこんなことは、あたししか思わないのかもしれない。他の女の子は、自分のために強くなれるかもしれない。あたしみたいな考え方は、それこそ弱い女の考えだと軽蔑するかもしれない。
 でも、あたしはそんなに間違っているとは思わない。確かにベストではないと思うけれど、好きな人のおかげでがんばれるのなら、それはそれでいいのではないだろうか?
 好きな人‥‥‥あたしにとって涯はそれ以上の存在だった。
 今まで好きになった人と違って、涯のかわりになる人はいない。直樹のかわりに吉田くんがいたようにはいかない。たとえ涯と容姿性格が全く同じ人がいたとしても、その人でもきっと涯のかわりにはならない。そのくらいあたしにとっては特別なのだ。何故そう思うのかと聞かれても、理由なんてよくわからない。涯と過ごした十年以上の時間がそう思わせるのか、涯があたしのことをこの世で一番よくわかっている人だからなのか。とにかくあたしの心は、涯に引きつけられるようにプログラムされていた。
 涯にだけは心を許すことができた、他の人には話せないことも話せた、涯といると心から安心できた、涯にだけはもたれかかることもできた、弱音を言えるのも涙を見せられるのも涯だけだった。
 あたしがなにもまとわない、裸の自分を見せることができるのは、目の前にいるこの人だけなのだ。
(ごめんね、涯。いつもいつも弱音ばっかりで‥‥)
 たとえそんな人にでも、やはり弱音ばかり吐いてるわけにはいかない。もたれかかってばかりではいけない。だからこそあたしは強くならないといけない。強くなりたい。
「弱音を吐く前にせいいっぱいがんばるね、がんばればきっと強くなれるよね」
 涯に誓うとともに、自分に言い聞かせた。
 眠っている涯が微笑んでくれたように見えた。もちろん目の錯覚だけど。
「あっ‥‥‥」
 涯が身じろぎした。あたしの背中に回した腕に少しだけ力がこもり、あたしを引き寄せる。鼻と鼻が触れそうだ。
 急にあたしは意識した。涯との距離がこんなに近いことを。
 鼓動が速くなるのが、自分の耳で聞き取れる。身体中の血液が顔に集まってくる。頭がぼんやりする。息をするのがつらくなる。
 ついさっきまでは何ともなかったのに、一度意識すると、もう意識せずにはいられなかった。
 どきどきしながら涯の髪、頬、そして唇を指でなぞっていく。
(‥‥‥キス‥‥しちゃったんだ)
 実際、そんなことになるなんて思ってもみなかった。

 部屋の明かりを落として、ふたりで横になった。最初のうちは、目が合うとふたりとも吹き出していた。酔っていたのか、それとも照れくさかったのか‥‥どうにも間がもたなかった。しばらくはそんな時間が続いた。
 会話が途切れた。薄暗い部屋に静寂が舞い降りる。
 ふたりして天井を眺めていた。
 そのとき、あたしはなにを考えていたのだろう。今までのこと?これからのこと?それとも隣にいた涯のこと?
 いろんなことを考えていたようで、なにも考えていなかったような気がする。ただその空間に身をゆだねていた。
(涯は寝ちゃったのかな‥‥‥)
 涯の方を盗み見た。涯は天井をじっと見ていた。涯はなにを考えているんだろう、なんてことをぼんやりと思いながら、あたしはその横顔をずっと見つめていた。
 そんな静寂を乱したのもあたしだった。なんだかどうしてもそうしたくなって、涯の手にあたしの手を重ねた。
「‥‥どうした?」
 涯があたしの目を見てそうつぶやいた。あたしはなにも答えなかった。答えるかわりに涯の手をぎゅっと握った。
 1センチ、また1センチと涯との距離が近くなる。涯はそっとあたしを抱き寄せ、あたしは涯の背中に腕を回す。あたしの無意識のうちにまぶたを閉じた。そして‥‥‥

 思い出している今の方が恥ずかしい。
 とってもロマンティックな時間だった‥‥‥んだなぁと今になって思う。そのときはそんなロマンティックな気持ちはそれほど持っていなかった。じゃあどんな気持ち、と聞かれてもよくわからないし、どうしてそんなことになったの、と聞かれてもよくわからない。素っ気ない表現だけれど、「なんとなくそうなった」というのが一番ぴったりなのかもしれない。
 なんだかすごくもったいないことをしたような気がする。
 唇と唇が触れただけのキスだった。それでもあたしと涯のファーストキスだったのだ。「なんとなく」なんて気分じゃなくて、もっとこう‥‥なんて言うか‥‥‥もっとうっとりしていたり、ドキドキしていたりしたほうが思い出に残ったのに、なんて思う。
(そんなのぜいたくだね)
 そう、あたしは一番大切な人と初めてキスをした、それだけで充分だった。
 今日のことは一生忘れないと思う。めちゃくちゃイヤな思いもしたけれど、それよりもこうして涯と過ごした時間、涯と交わした初めてのキスは忘れられないだろう。そして、こうやって抱き合っていることも‥‥‥
 またしても無意識にあたしがしようとしていることに気づいて、心臓がさらに大きな音をたてる。
(涯‥‥起きないかな)
 頭の半分ではダメだと自分に言い聞かせようとしているのに、身体は、そして意識はもう飛んでいた。
 止まらなかった。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 さっきよりも少しだけ長いキス‥‥‥
 あたしの今の気持ちを目一杯込めたキスだった。
 そっと唇を離す。止めていた息をふ〜っとはいた。
「涯がいけないのよ。あたしを抱きしめたまま寝ちゃうから‥‥」
 眠っている涯に言い訳している自分におかしくなって笑いがもれる。
 でもとっても幸せだった。涯のそばにいることで、こんなに安らいだ気持ちになれるなんて今日初めて知った。今まで生きてきた中で、一番幸せで、一番温かい時間だった。
 涯の胸に顔をうずめて目を閉じる。涯の鼓動が、そしてぬくもりがあたしを柔らかく包み込んでくれた。
「‥‥おやすみ、涯。今日だけは許してね」



〜 あとがき 〜
 この作品は「夜明けまで1マイル」ラストシーンの前夜の話です。涯を慰めるシーンでうさぎが言った言葉「ゆうべ、涯が寝ちゃってから考えてたの」、まさにそのシーンです。短いストーリーの中に回想シーンが3箇所もあるため、少しわかりにくいかもしれませんが‥‥‥
 涯がうさぎを異性として意識し始めたのと同じように、きっとうさぎも同じように涯を意識していたはずです。ラストシーンのうさぎの言葉に、そんな気持ちが見え隠れしていたように思います。
 うさぎにとってとてもつらかった一日の終わりに思ったことは?うさぎの涯への本当の気持ちは?そんなうさぎの素直な気持ちを表現してみました。
 最初は原作のエピローグ的なストーリーを書く予定でした。原作のラストシーンから更に12時間後、といったあたりです。今回書いた作品は、回想シーンになる予定だったのですが、なんだか書いているうちに結構な量になり、また回想シーンの中に更に回想シーンが出てくるといったややこしいことになりそうだったので、今回はラストシーンの前夜をピックアップして書いてみました。
 いかがでしたか?感想などありましたら、教えてもらいたいです。
                         99/8/27 makoto


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