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ずっとふたりで‥‥‥ 《後編》
「夜明けまで1マイル」より
〜 Epilogue 〜
makoto
Up:2000.1.1 Sat


 ずっとふたりで‥‥‥ 《後編》

「夜明けまで1マイル」より  
〜 Epilogue 〜  


「あたしの歌を聴きたいって言ってくれてすごく嬉しい‥‥あたしも‥‥‥あたしも涯のそばで歌っていたい。これからもずっと‥‥ずっと‥‥‥‥‥」
 頬を少し赤く染めたうさぎが、大きな瞳でじっと僕を見つめる。
 いつも鈍いと言われる僕でも、さすがに今の言葉が何を意味しているのかわかる。
「うさぎ‥‥‥ふられて間もないような奴なんだぞ、俺は」
「‥‥‥あたしも似たようなものだよ」
「口も悪いぞ」
「あたしも悪いよ」
「もしかしたら昔みたいに、またいじめるかもしれないぞ」
「いいよ、同じだけ優しくしてくれれば」
 こんなことを言いたいのではない。もっと大切な言葉があるはずなのに、その言葉が出てこない。土壇場で思っていることを表現できないというのは、僕の心の弱さなのかもしれない。以前、誰もいない『ヴァルハラ』で兄貴に指摘された性格のこととも、無関係じゃないのだろう。
 そんなことをあれこれ考えているうちに、結局うさぎに先に言わせてしまうことになってしまった。
「ねえ‥‥‥」
「ん?」
「‥‥‥涯はあたしのこと嫌い?」
「そんなわけないだろ」
「公園で指輪埋めてたときに、言ってくれたよね?『つきあってくれって言ったかもしれない』って。‥‥‥その気持ちは変わってない?」
「‥‥‥」
「変わっちゃった?」
「‥‥‥変わってないよ」
「‥‥じゃあ他のことはなにも言わなくていいよ。涯があたしのことをよくわかってるように、あたしだって涯のことはわかってるつもりだもん。わかってて涯のそばにいたいって言ったんだから‥‥‥」
 ほんの20センチ程の距離で僕らは見つめあった。僕の意識がうさぎの瞳に吸い込まれる。
「涯‥‥‥あたし‥‥‥‥帰ったほうがいい?」
 うさぎの肩に手を回し、ゆっくりと引き寄せる。
「それとも‥‥‥帰んないほうが‥‥‥‥‥」
 あの日と同じ台詞を、最後まで聞くことはなかった‥‥‥‥‥
 そっと唇を離し、そのまま彼女を胸に抱き寄せた。小さな身体をぎゅっと抱きしめる。そして耳元であの日と同じ言葉を返した。
「‥‥‥帰んないほうがいい」
 彼女は小さくうなずいた。

「まだ言ってなかったな」
「‥‥‥えっ?」
「好きだよ‥‥‥あさぎ」
 顔を上げて僕を見つめると、浅葱はささやくような声で恥ずかしそうに答えてくれた。
「‥‥‥‥‥あたしも‥‥大好き」
 浅葱はそっと目を閉じ、優しくキスしてくれた。
「‥‥‥初めて‥‥名前で呼んでくれたね」
「そうだな」
「どうして?」
「‥‥‥区切り、かな」
「区切り‥‥」
「うさぎって呼んでると、いつまでもただの幼なじみなんじゃないか、って。名前で呼ばれるの嫌か?」
「ううん」
 浅葱は再び僕の胸に顔を埋め、大きく息をはいた。彼女の身体から力が抜け、全ての重みが僕にかかる。でもそれが心地よかった。
「でも、みんなにすぐばれちゃうね」
「そうだろうな」
「別にいいよね、そのうちわかっちゃうことだもん」

「なあ」
「ん?」
「さっき、どうして俺が答える前に突然『答えが見つかった』なんて言い出したんだ?」
「え?‥‥‥デビューの話のこと?」
「ああ」
「‥‥‥涯の目を見てたらね‥‥なんか迷ってるように見えたから」
 どきりとした。
「涯のことだからきっと、デビューするべきだ、って言うと思ってた。今も多分そう思ってる‥‥‥でも涯は答えに迷った。その理由はあたしにはわからないけど‥‥そんな涯を見てすぐに決心したの。あの話は断ろうって‥‥‥」
「‥‥‥」
「あのまま答えを待ってたら、きっと涯は自分の迷いなんて関係無しに、あたしにはデビューするように言ってたと思う。その迷いの理由がどんなことでも‥‥‥だから涯の答えは聞かなかった」
 全て浅葱の言うとおりだった。あのまま続けていれば、きっと浅葱の言うように「やってみろよ」と言っていたと思う。浅葱の言うように、僕が浅葱の気持ちを色々とわかってやれたように、彼女も僕のことを色々とわかるようだ。お互い隠し事はできないらしい。
「もちろんそれだけじゃないよ。あれからずっと考えてきたし、断ろうって気持ちに傾いていたし‥‥‥最後の最後に涯の本当の気持ちが知りたかっただけ」
「‥‥‥すごいな」
「え?」
「おまえの言ったこと、全部当たってる」
 さらさらとした短い髪を撫でながら、僕は正直な気持ちを打ち明けた。
「今でもおまえの歌なら絶対に通用すると思ってるし、挑戦して欲しいと思ってる。でも、心のどこかにそれを望んでない気持ちがあるんだ。それが何なのかは、俺にもよくわからないんだけど‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
「だから断るって言ったとき‥‥‥‥‥ちょっと嬉しかった」
「‥‥‥よかった」
 浅葱の安堵感が僕にも伝わってきた。それはそうだろう、何週間もずっと悩み続けていたのだから。
「涯の腕の中って、すごく気持ちいい‥‥‥眠くなってきちゃった」
「俺はおまえの髪がくすぐったいんだけど」
「それくらい我慢して」
「おまえが言うなよ」
 浅葱が駄々をこねるように頭を左右に振る。髪が僕の首筋に当たって、ますますくすぐったい。
「ばか、やめろって!」
 くすくすと幸せそうに笑う浅葱を見て、僕もめちゃくちゃ幸せな気持ちになった。
 浅葱とこんなふうに抱き合うなんて、少し前まで考えもしなかった。月並みな表現だけれど、きっとふたりの距離が近すぎたのだろう。一緒に過ごした時間は、もしかしたら家族より長いかもしれない。そんなふたりだから、今日までかかったのだろう、と思う。
 昔から浅葱に惹かれていた‥‥‥
 それが僕の知らない、僕の胸の内だったと思う。彼女のことを好きだと気づいた今なら、はっきりとそう思える。
「ねぇ、涯‥‥‥」
 静かな部屋でも聞こえないくらい小さな声で、浅葱はつぶやいた。
「あのね‥‥‥えっと‥‥‥‥‥」
「なんだよ」
 何度も何度もためらった後、浅葱の口にした言葉は‥‥‥
「あたし‥‥‥心の準備はできてるから‥‥‥‥‥」
 頭の中が真っ白になった僕は、浅葱の身体を思いっきり抱きしめた。

◇         ◇         ◇

 カーテンの隙間から差し込む光のまぶしさに目を開けた。目に入ってきた景色を見てびっくりした。意識だけが跳ね起きる。
 でもそれは最初だけだった。
 昨日のことを思い出し、「そうかぁ」と納得すると同時に、心臓はさらに大きな音をたて始める。
 そこは涯の部屋だった。
 半分開け放たれたカーテン、ぎっしりと詰まったCDラック、鈍い光を放つアンプとステレオ、チューナー、部屋の隅には大きなスピーカー、音楽雑誌から大学の教科書までいろんな物が詰め込まれたカラーボックス、その横に立てかけられたベース。全てが見慣れた空間だった。ただ1カ所、ベッドの上を除いては‥‥‥
 胸まで下がっていた掛け布団を、涯が起きないようにそろそろと引き上げる。
 涯はあたしを抱き寄せるようにして眠っている。触れあう素肌がじんわりと温かい。あたしは布団に潜り込んで、眠っている涯をじっと見つめた。
 見つめれば見つめるほど、全身が熱くなっていく気がする。顔に触れる空気がさっきよりも明らかに冷たい。今のあたしの顔は、40度を越える熱を出したときよりも赤いかもしれない。
「あたしってこんなに純情だったのか」と、なんだか感心してしまった。涯のそばにいると、あたしも知らないあたしが顔を出す。あたしが一番素直になれるのは、涯と一緒にいるときだというのは、自分でもよくわかっているのだけれど、自覚している以上に涯には色々なあたしを見せているのかもしれない。
(涯もあたしにしか見せない顔ってあるのかなぁ‥‥‥)
 今はなくても、これから見せてくれると信じたい。あたしも知らない涯を見てみたかった。
(こうやって眠ってる涯を間近で見れるだけでも大きな進歩だよね)
 頭の中でいろいろと考えていても、心臓のドキドキはおさまらなかった。涯は眠っているにも関わらず、だんだん恥ずかしくなってきて涯から目をそらした。視線が涯の胸に添えたあたしの右手で止まった。
 薬指で新しい指輪が光っていた。

 1週間前、涯に買ってもらったのだ。細いシルバーのリングにピンク色の小さな石がひとつ。前のうさぎの指輪の何倍も値段のする、クリスマスや誕生日にプレゼントするような指輪だった。
 あたしは前と同じようなファッションリングで良かったのだけれど、涯は「今度はもう少し高いのを買ってやる」と言って、あたしをジュエリーショップへ連れて行った。
 石はトルマリンというものらしい。淡いピンク色で、小さいけれど、よく見るとハート型にカットされている。
 ショーケースに並んだ指輪を眺めていると、何故かその指輪に目を奪われた。でもあたしには全然似合わないような気がした。
「あたしなんかには似合わないよね」と、あたしが聞くと涯は「穴あきジーンズに似合うとは確かに思わないけど、でもお前に似合わないなんてことはねえよ」と言って、ショーケースから出してもらった指輪をその場ではめてくれた。
 それ以来、毎日身につけていた。服装にはとても気を使ったけれど‥‥‥

 枕元の目覚まし時計は、もうすぐ8時になろうとしている。
 ずっとこうして涯の隣で眠っていたいという気持ちはある。でも今日はやめておこうと思った。眠っている涯を見ているだけでも顔から火が出そうなのに、涯と目をあわせることなんてできそうにない。きっと話もできないと思う。それならば涯が起きる前にこの部屋から出よう。
 あたしは未練を残しながらも、ベッドからそっと抜け出した‥‥‥

◇         ◇         ◇

 僕が起きたときには浅葱の姿はなかった。浅葱が眠っていたはずの場所がぽっかりと空いている。
 眠い目をこすりながら部屋みわたすと、テーブルの上に一枚の紙が置かれていた。のそのそと起きあがって見てみる。
 それは浅葱からのラブレターだった‥‥‥


 涯へ

 おはよ、昨日はよく眠れた?
 なにも言わずに帰っちゃってゴメンね。だって、あんまり気持ちよさそうに寝てるから起こすのも悪いと思って‥‥‥なんて。
 ホントはね、涯と顔をあわせるのが恥ずかしくて‥‥今だって涯が起きたらどうしようって思ってドキドキしてる。
 だから涯が起きる前に帰るね。
 今日はバイトだよね。バイトが終わったら夜遅くなってもいいから電話してくれる?ほんのちょっとの時間でいいから。
 手紙を書くことなんてきっとそんなにないだろうから、口では言えそうにないことを今のうちに言っておくね。

 これからもず〜っとそばにいて

 P.S.世界は違って見えないけど、涯だけは昨日よりもっと素敵に見えるよ

あさぎより  

〜 あとがき 〜
『夜明けまで1マイル』3部作の完結編です。
 このストーリーを書こうと思ったきっかけが、原作中にある浅葱の台詞「あたし帰ったほうがいい?それとも帰んないほうがいい?」というものでした。この台詞を次に使うのは今回のようなシーンかなぁ、と思ったことから話を広げていきました。原作のこの台詞は、浅葱の優しさが一番感じられて、村山作品の中で一番印象に残ってる台詞なんです。
 後編はかなり読んでて照れくさくなるようなストーリーになっちゃいました。村山作品ではあまり見られない展開ですね。単純にこういうストーリーが好きなんです。
 思っていたより長編になってしまったので、最後はかなり雑になってしまったことを反省しています。次はもっと短い作品が書ければ‥‥‥書く予定はないですけど。
 最後に村山センセ、もし読んでいらっしゃったらごめんなさい。原作の設定と違うことも多々あったと思いますが、僕が原作を読んだ最初の印象がこうだったと思ってください。

99/12/26 makoto



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