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Together 「おいしいコーヒーのいれ方」より makoto Up:2000.4.19 Wed |
Together
「おいしいコーヒーのいれ方」より 真冬だというのに教室の中は春のような暖かさだった。窓の外には雲ひとつない青空が広がっている。1月8日、今日は光が丘西高校の始業式。 たった2週間の短い冬休みが終わり、今日から短い3学期が始まる。 体育館での始業式が終わると、途端に暇になった。担任を持つ先生方は、ホームルームやら掃除やらでクラスに顔を出さなければならないが、担任を持たない私のような教師は、この時間はすることがない。もしかしたら他の先生は用事があるのかもしれないけれど、私は暇だった。 することもないので、とりあえず美術室に来てみた。 教室の中はビニールハウスのように暖かくて、光が満ちあふれていた。真っ白な石膏モデルや流し台のステンレスなんかが、窓から差し込む陽光を反射してきらきらと輝いている。この教室が私の職場で良かった、と改めて思った。 窓辺で日向ぼっこをすること約30分、校庭や廊下に生徒の声がしはじめた矢先にガラガラと教室の扉が開いた。 「あっ、かれん先生」 教室に入ってきたのは2人の女子生徒だった。清水さんと伊藤さん、2年生で美術部員だ。 美術部は運動部のように毎日部活があるわけじゃない。そもそも部活らしくなるのは、展覧会や文化祭のようなイベントがある時だけなのだ。普段は本人の意思で自由に活動している。 2人は比較的熱心に美術室に足を運んでいる方だ。と言っても、美術室にいる時間のほとんどは他の生徒と、あるいは私との雑談に費やしているのだけれど‥‥ 「あけましておめでとうございます」 「先生、今年もよろしくね」 「おめでとう、こちらこそよろしくね」 どうやら今日もおしゃべりをしに来たようだ。 冬休みはどうしていたとか、初詣はどこに行ったとか、普通の近況報告をしばらくしていたら、清水さん(かなり好奇心旺盛な子だ)が唐突に切り出した。 「先生、やっぱり彼氏いるんですね」 「えっ!‥‥‥ど、どうして!?」 「へへっ、あせってるあせってる」 悪戯っ子のように目を輝かせて、2人してくすくす笑っている。 「かれん先生、ゆ・び・わ」 あっ、と気づいて左手を隠したけれど、もちろん手遅れだった。2人は一層にやにやとしながら私の顔をのぞき込んだ。その顔はまるで何かを企んでいるときの丈とそっくりだ。 「隠すってことは当たりですね」 「彼氏からのクリスマスプレゼントですかぁ?」 (あ〜あ、やっちゃった‥‥‥) 今朝、パジャマから着替えるときに、無意識にはめてしまっていたのだった。最初に気づいたのは、通勤電車の中で吊革を持った時だったのだけれど、はずしてどこかに失くしてしまうのが怖くて、そのままつけていた。今までは目立たないように気をつけていたのだけれど‥‥‥ 「先生、安心して。誰にも言いませんから」 「そうそう、だから指輪見せて」 私は観念して手を差し出した。 「わあ、素敵な指輪」 「ホント、いいデザインですね」 2人は羨ましそうにまじまじと見ている。私も最初、ショーリにこの指輪をはめてもらったときは、同じように時間を忘れて眺めてしまった。そのくらい素敵な指輪なのだ。 「ねえ、先生。この指輪、やっぱり中沢先生に貰ったんですか?」 「中沢先生じゃありません」 「だってみんな言ってますよ。かれん先生と中沢先生はつき合ってるって」 「つき合ってません」 「え〜っ、そうなんですかぁ?」 2人そろって意外そうな顔をしている。そんなに私と中沢先生をつき合わせたいのだろうか? 「でも、『中沢先生じゃありません』ってことは、誰か他の人なんですね」 「そ、それは‥‥‥」 「別にいいじゃないですか、話してくれても。中沢先生じゃないってことは、きっと私たちの知らない人なんでしょ?」 「それは‥‥そうなんだけど‥‥‥」 それからは結局、質問責めにあってしまった。 いとこ同士だとか、5歳も年下だとか、一緒に住んでいることとか、そういったことはさすがに話さなかったけれど、それでも色々なことを白状させられた。ただ、今まで誰にもショーリとのことは話せなくて、胸に溜め込んできたことだから、少し気持ちが軽くなった。 「指輪を貰ったときって、どんな気持ち?」 「どんなって言っても‥‥‥」 「一生この人についていくわ、なんて思ったりして」 「‥‥‥‥‥」 「『かれん、手を出して』とか言われて、指輪をはめてもらいながら『好きだよ、かれん』って‥‥あれ、かれん先生どうしたの?」 「ど、どうもしないわよ」 「だって顔、真っ赤ですよ」 「あ〜っ、もしかして私が言ったこと当たってたんでしょ」 実は彼女の言うとおりだった。ショーリが同じ台詞を言ったわけじゃないけれど。 大晦日の夜、静かな部屋の中で指輪をはめてもらったあの時のことは、今でもはっきりと覚えている。きっとこの先、何年たっても忘れることはないと思う。 あの時のことを思い出すと、そのたびにドキドキして顔が熱くなってしまうのだ。 「先生、とっても幸せそうですね」 「そ、そう?」 「もしどこかで会ったら、その時は紹介してくださいね」 ◇ ◇ ◇ 「それで?」と、僕は聞いた。「それでって、なにが?」と、かれんは首を傾けて聞き返してきた。 「だから、かれんは『とっても幸せ』なのか?」 「えへへ、ショーリは幸せ?」 僕の問いには答えず、にっこりと笑って、かれんは再び聞き返した。 ここは僕の部屋だった。夕食の片づけを終えてベッドに大の字になって一息ついているところに、かれんが訪ねてきたのだ。実は、一昨日も同じような時間に、かれんは僕の部屋に来ていた。今までこんなことはなかったから、かれんにはなにか考えがあるのかもしれない。でも、そのことは聞かなかった。せっかくこうしてふたりきりになれるのだから、余計なことは詮索せずに、この時間を大切にしようと思う。 かれんが話してくれたのは、今日の学校での出来事だった。「放課後に美術部の生徒に指輪が見つかっちゃって」と言って、そのときの事を話してくれたのだ。 「ねえ、ショーリ」 「なに?」 ベッドの縁に腰掛けていたかれんは、くるりと振り返り、ベッドの上に飛び乗った。そのまま僕の目の前で横座りになる。かれんは真正面から僕を見つめた。 「私はね、こうやって‥‥‥誰にも邪魔されずに、ふたりっきりで過ごせる時が一番幸せ」 「‥‥‥かれん」 めちゃくちゃ嬉しくて、何を言おうとしても言葉にならない。 何も言えずにじっと見つめていると、かれんは近づいてきて、とりわけ明るい調子で言った。 「今度の日曜日、久しぶりにデートしよ。最近のショーリ、なんだか少し元気ないみたいだし‥‥‥気分転換も兼ねて。ね、いいでしょ?」 かれんは気づいていたのだ。星野りつ子と話をしてから、どうにも気持ちが晴れないことを‥‥。もしかしたら、その理由も気づいているかもしれない。 そんな僕を心配して、かれんは部屋まで来てくれていたのだ。 「私、ショッピングがいいなぁ。少し遠くの知らない街へ行って、いろんなお店を見て歩くの」 「かれん」 「ん?」 「心配しなくても、もう大丈夫だよ。かれんの顔見てたら、元気になったから」 「よかった」と、にっこりして、こう付け加えた。「じゃあ、デートはやめよっか」 「えっ!!」と、驚いた僕を見て、かれんは笑いころげた。 「あははは、う・そ」かれんは小指を立てた右手を差し出した。「はい、それじゃ約束」 かれんにあわせて小指を差し出すと、かれんは細い指を絡ませてきた。 「ゆびきりげんまん、うそついたら、はりせんぼんのー‥‥きゃっ!」 歌い終わる前に、僕はかれんの腕をつかんで、ぐいっと引き寄せた。かれんが胸に飛び込んでくる。 「かれん」 「‥‥‥ん」 彼女の小さな身体をそっと抱きしめて、さっきの問いに答えた。 「俺もさ‥‥お前がそばにいてくれるときが、一番幸せだよ」 かれんも僕の背中に腕を回し、ぎゅーっと抱きしめて、かすれた声で呟いた。 「ショーリ‥‥これからもずっと一緒にいて」 初めてキスをかわしたときのことを思い出す。 『いて欲しい時にちゃんとそこにいる』 改めて思う。いつもそばにいることが、僕たちにとって一番大切なことなのだ。 そばにいて、かれんを大切にし、かれんの気持ちを信じること。それができなければ、かれんを幸せにすることはできない。もちろん、僕も幸せになれない。 かれんの幸せと僕の幸せ、そのふたつは同じものなのだから‥‥‥ 〜 あとがき 〜 『雪の降る音』に出てきた指輪にまつわる、ちょっとしたエピソードです。 ジャンプノベル最新刊(まだ読んでない人はゴメンナサイ)で、かれんは早朝から嬉しそうにあの指輪をしていました。その調子で新学期を迎えたら‥‥という話です。 書いてみてわかったのですが、かれんが一人称だと非常に書きにくい。台詞以外の部分の文章は、どういう風(口調?)に書けばいいのか‥‥‥書き終わってからも、未だに答えがでていません。あのふわふわとした雰囲気は、台詞でしか表現できなかったです。でも、あの口調で書くと締まりがない文章になりそうですね。ま、よしとしよう。 それでは、今回はこの辺で。 00/4/17 makoto |
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