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LOVE LIFE 「天使の卵−エンジェルス・エッグ」より makoto Up:2001.2.4 sun |
LOVE LIFE
「天使の卵−エンジェルス・エッグ」より 乳白色の闇が僕を包み込む。上も下もわからない。全ての感覚がはっきりしない。それどころか、自分の存在すら感じることができない。 僕はどうしてしまったのだろう。 『‥‥‥‥‥』 (!?) 何か聞こえたような気がする。ぼんやりとした意識の中に、とても懐かしいものが流れ込む。 『‥‥‥くん‥‥』 また聞こえた。女性の声だ。 その声が、僕の意識を徐々に覚めさせる。少しずつ、そして色々な記憶が、頭の中に浮かんでくる。そんな記憶の中のひとつの事実が、僕の意識を一気に呼び起こす。 (そうだ‥‥僕は死んだんだ) 80年以上生きた。最期はベッドの上で、痛みも苦しみもなく、意識が薄れていったように思う。ああいうのを、大往生というのだろう。 ということは、ここは『あの世』と呼ばれる所なのだろうか? そう知覚すると、目の前に、おぼろげながら何かの輪郭が浮かんでくる。乳白色だった目の前が、少しずつ色づき始めてきた。かすかだが、風を感じることもできた。 『歩太くん』 全身に電気が走った。 長い間、聞くことのなかった声だけれど、忘れるはずがない。その声が、僕のすぐ後ろから聞こえた。 考える前に、振り返っていた。 目の前に、あの頃の彼女がいる。 「春妃っ!」 白いワンピースに身を包んだ春妃が微笑んでいた。 僕らはしばらくの間、身動きもせずじっと見つめ合った。 「歩太くん」 彼女の声で、はっと我に返った。声をかけられなければ、延々と見つめ続けていたかもしれない。 急に視界が鮮明になった。 柔らかな陽光がふりそそぐ並木道の真ん中に僕らは立っていた。木々の間から吹くそよ風が、春妃の髪を撫でていく。この世界にそういうものがあるのかどうかわからないが、この風景はまさしく春そのものだ。 春妃がゆっくり近づいてくる。あと3歩で触れあえるというところで立ち止まると、彼女は僕を見上げて言った。 「‥‥‥逢いたかった」 涙があふれ出した。数十年の想いが胸の奥から次から次へとわき出してくる。 そんな僕を見て、春妃は泣き出しそうな、それでいて嬉しそうな表情を浮かべ、僕の胸に飛び込んできた。 夢でも幻でもない、とは言い難いけれど、春妃は確かにここにいた。 無我夢中で彼女を抱きしめた。 かなりの時間の後、僕が少し落ち着いてきたのを見計らって、春妃は僕からそっと離れた。そして僕の手を引いて歩き出す。 行き着いた所は、ものすごく大きな木の前だった。樹齢数千年と言っても不思議に思わないくらい立派な木だ。 その大きな木を正面に見たもう少し小さな木の根元に、僕たちは腰を下ろした。 「すごいでしょ?トトロが出てきてもおかしくないと思わない?」 最初はぴんと来なかった。しばらくして、若い頃に見たアニメ映画のことだと思い出した。森の守り神の大きな生き物だったと思う。 「この木はね、生きてる人たちも、ここに来た人たちも‥‥みんなを見守ってるんだって」 そうかぁ、と思った。僕と春妃のあの駅での出会いも、そして別れも全部見ていたのか、と。 「春妃‥‥‥」 春妃の視線が僕に向けられた。僕も春妃を見つめた。 「ごめんな‥‥‥」 首を傾げ、わけがわからないといったふうに僕をみる。 「どうしてあやまるの?」 実は春妃と別れた日からずっと、あの世で彼女に逢えたら最初に謝ろうと思っていた。 「最後の日‥‥嫌な別れ方をして‥‥‥どうしてあの日に限ってあんなに冷たい態度で部屋を出たんだろう、ってずっと後悔してた。それと、どうしてあの日、そばにいてあげられなかったんだろうって‥‥‥」 彼女の瞳がゆらゆらと揺れ、涙が溜まっていく。何度目かのまばたきで、一粒の涙が頬を流れ落ちた。その涙を隠すかのように、すっと顔を伏せて、僕の肩に額をのせた。 「‥‥‥ごめんなさい」 「なんで‥‥なんで春妃が謝るんだよ」 そう言って僕は彼女の手を握りしめた。 「‥‥‥だって‥‥つらかったでしょ?」 「そんな‥‥‥‥‥」 「私よりも歩太くんのほうがつらかったと思う‥‥‥残された人の方がずっとつらいもの‥‥‥」 僕はなにも言えなかった。春妃は僕と出会う前、残されるつらさも味わったのだ。 しばらくの間、僕らは何もせずじっとしていた。 沈黙を破ったのは春妃だった。 「歩太くん、夏姫と結婚したんでしょ?」 「えっ!?」 唐突にそう問いかけられて、僕はどう答えればいいのかわからなかった。 顔を上げた春妃は、驚く僕を見て微笑んだ。 「やっぱりそうだったのね。なんとなくそんな気がしてたの」 事実を知っている訳ではないらしい。どうしてそう思ったのか問うと春妃は、自分でもよくわからないの、と言った。 「ここに来たときにね‥‥‥一番最初にそのことが頭に浮かんだの。それ以外のことは全然わからないし、結婚のことも本当かどうかなんてわからなかったしね」 「僕らのいた世界が見える、ってことじゃないのか‥‥‥」 「‥‥‥本当のこと言うとね、私もこの世界のことがよくわかってないの。ここに来たのは3ヶ月ほど前だから‥‥まあ、1日っていうのもよくわからないんだけど」 「僕は春妃がいなくなってから、60年くらい生きたはずだけど‥‥‥」 「じゃあ時間が過ぎるのが遅いのか、私がここに来る前に空白の時間があったのか、そのどちらかね」 なんだか訳がわからなくなってきたが、春妃はここで何十年も暮らしていたわけではないらしい。 「‥‥‥今もね、なんとなく感じるの」 「感じるって?」 「夏姫の気持ち‥‥歩太くんのおかげで幸せになれましたって」 「そうか‥‥‥」 僕は遠い記憶の中から、夏姫と再会した頃のことを思い浮かべた。 春妃がいなくなってから数年後、春妃の墓の前で僕らは偶然再会し、そして少しずつ、本当に少しずつ関係を修復したのだった。恋人同士として再びつき合うようになるまで、実に2年の月日を要した。 ただ、そこから結婚を決めるまでは早かった。僕らはつき合い始めた頃には、すぐにでも結婚しようとした。しかし案の定と言うべきか、夏姫の両親の反対にあった。 僕と春妃とのことを、両親も知っていたからだった。 両親が渋々承諾してくれたのは、夏姫の必死の説得のおかげだった。 紙切れだけの結婚式をあげた時、夏姫のお腹の中には新しい生命が宿っていた。 それから数十年、僕と夏姫は2人の子供に囲まれ、穏やかな家庭を築き、生きてきたのだった。 「僕も夏姫じゃなかったら、幸せになれなかったと思う」 そんな言葉を聞いて、春妃は自分のことのように喜んだ。 「春妃を幸せにしてあげることができなかったから‥‥‥つぐない、じゃないけれど、夏姫のことはなんとしてでも幸せにしてあげたかった」 「そんな‥‥そんなことない!」 春妃は強い調子で言い、そして一転して優しい表情になった。 「短い間だったけど、とっても幸せだった‥‥‥五堂が死んだ後、私の生き甲斐は医師の仕事しかなかった。でも歩太くんと出逢ってから、歩太くんにはもっと普通の幸せをもらえた‥‥‥あなたと出逢えて本当に良かったって思うもの」 「でも僕のせいで春妃は‥‥‥」 「ううん、誰のせいでもない‥‥‥私の身体が他の人より少し弱かっただけ」 涼しい風が駆け抜けた。辺り一帯の木の葉が、ざわざわと大きな音をたてる。木漏れ日が万華鏡のようにきらきらと輝いている。この風景を見ていると、ある懐かしい日の出来事を思い出す。 「なあ、春妃‥‥‥」 「ん?」 「ここにいると‥‥‥僕たちが初めて話をした時のことを思い出す」 「‥‥‥そうね」 親父が入院していた病院の中庭(もちろんこんな大きな木はなかったけれど)での事が、昨日のことのように思い出される。柔らかな陽光、穏やかに吹く風、緑の香り、土のぬくもり、そして春妃との再会‥‥‥ 「あの日‥‥‥あなたと出逢えて本当に良かった」 しみじみと言った僕を見て、春妃はくすくすと笑って言った。 「ダメよ、そんな別れの言葉みたいなこと‥‥‥これからずっと3人で暮らしていくんだから」 「‥‥ゴメン、そうだな」 と、答えてから気づいた。危うく聞き流すところだった。 「‥‥‥‥‥3人‥‥で?」 にこっと微笑むと、春妃は僕の手をとって、そして彼女自身のお腹に導いた。 「春妃‥‥もしかして‥‥‥」 「ん」 驚いた‥‥‥ ゆったりとしたワンピースを着ていたため気がつかなかったが、触れると確かに、人一倍細かった、あのウエストとは違っていた。 「生まれるまでは、もう少し時間があるけどね‥‥‥でも元気よ」 「‥‥‥そうか」 横座りの彼女に膝枕をしてもらい、彼女のお腹にそっと耳をあててみた。トクントクン、と心臓の音が2重に聞こえるような気がする。 僕の髪をそっと撫でながら、春妃はささやいた。 「‥‥聞こえる?」 「うん、なんとなく」 見上げると目と目があった。彼女の顔は、もうすでに母の顔になっていた。 幸せそうに微笑む彼女‥‥‥そんな春妃を見ることができて、僕も本当に嬉しかった。生きていた頃には、見ることができなかった表情だから‥‥‥ 「私も聞こえる‥‥早くパパとママに会いたいよ、って」 僕は春妃と、そしてまだ見ぬ我が子にも聞こえるように言った。 「今度こそ幸せになろうな」 「うん‥‥パパ‥‥‥‥」 〜 あとがき 〜 約2年前、「天使の卵」を初めて読んだときから、心の中に描いていた話です。原作がアンハッピーエンド(?)だったため、幸せになれる続きのストーリーが欲しかったんです。 実は、春妃の人物像が今ひとつ固まってないので、違和感を感じる方もいるかもしれませんが、そこらへんはご勘弁を。 それでは、これにて。 01/1/29 makoto |
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