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Silent Night
〜 7日遅れのクリスマス 〜

「おいしいコーヒーのいれ方・雪の降る音」より
makoto
Up:2001.12.25 Tue


Silent Night
〜 7日遅れのクリスマス 〜

「おいしいコーヒーのいれ方・雪の降る音」より

「かれん」
「‥‥はぁい」
「こっち来てみな」
 薄暗い部屋の中から、かれんを呼んだ。
「‥‥‥ちょっと待ってぇ」
 洗面所の方から水音がする。どうやら、泣きはらしてぐしゃぐしゃになった顔を洗っているらしい。
 しばらくして、ドアの影から顔をのぞかせた。
「なぁに」
「ほら」
 窓の外を指さした。
「わぁ‥‥‥」
 僕らは並んで冬の空を見つめた。
 ゆっくりと雪が舞い降りてくる。まるでスローモーションを見ているようだ。
 僕らはこの無音の空間で、お互いの息づかいだけを聞きながら、しばらくの時間を過ごした。

「寒い?」
「ん‥‥少し」
 そっと窓を閉め、カーテンを引いた。枕元にあるスタンドに灯をともし、ヒーターのスイッチもいれる。
 僕の動作をじっと見ていたかれんの手を引いて、ベッドに座らせた。あの、鴨川の夜と同じように‥‥‥
 かれんも同じ事を思い出したのか、顔を真っ赤にそめて、うつむいてしまった。あの時と同じようにかれんの前に膝立ちになって、彼女の瞳をのぞき込む。そして、膝の上に置かれた彼女の手を取った。
「メリークリスマス」
「えっ?」
 手のひらに、銀色のリボンで飾られた小箱をそっと置いた。
「1週間‥‥遅れたけど‥‥‥」
 置かれた小さな箱に目を落とし、またすぐに僕を見つめた。
「開けてみな」
 言われるままに、丁寧にリボンをはずし、包装紙をはがし、紺色の小さなジュエリーケースを取り出した。
 ふたに手をかけたところで、上目遣いに僕を見た。僕と目が合うと、恥ずかしそうにすぐに目を伏せた。そして、恐る恐ると言ってもいいくらいゆっくりと、ふたを開ける。
「‥‥‥‥‥」
 息をするのも忘れているかのように、かれんはケースの真ん中をじっと見つめていた。
 僕もかれんの隣に座って、中に入っているであろう指輪を覗き込む。僕も実物を見るのは初めてだ。由里子さんが描いてくれたスケッチを見たときも目を奪われたのだけれど、いざ実物を見ると、指輪なんかにあまり興味のない僕でも引き込まれるような思いをした。淡いオレンジ色のライトの下で、元は乳白色であろう真珠が柔らかく光り、アクアマリンと呼ばれた石が紫色にきらめいていた。細かなデザインまではよく見えないが、かれんの表情を見ていれば、なんとなくわかる。僕は改めて由里子さんに感謝した。
 ようやく僕の存在に気づいたかれんは、顔を上げて、なんだかすっとぼけた言葉を口にした。
「‥‥これ‥‥‥私に?」
 思わず笑ってしまった。
「なに言ってんだよ」
 他に誰がいるんだよ、と続けようとした言葉を飲み込んで、そのかわりに彼女の手から小箱を取り上げた。
 きらきら輝くリングを手に取り、反対の手でかれんの手をそっと持ち上げる。彼女に目を向けると、僕をじっとみていた。薄暗がりでもわかるぐらいに、瞳が赤く潤んでいる。大泣きしたあとだからなのか、それとも新たにわき上がってきたものなのか‥‥‥
 ゆっくりと左手の中指にリングをすべらせる。何年か先には、この隣の指に同じ事ができるように、と祈りを込めながら‥‥‥
「ショーリ‥‥‥」
 目を上げると、かれんは自分の手ではなく、僕のことを見続けていた。僕の目を見つめて、ほんの少しだけ唇を動かした。
「‥‥‥‥‥ありがとう」小さくかすれた声だった。でも、十分だった。

 しばらく無言で指輪を見つめてたかれんは、何かを思いだしたように急に顔をあげた。
「ショーリ‥‥‥ちょっと待っててね」
 そう言うとかれんは、いそいそと部屋を出ていった。階段をのぼる音がした、かと思うとすぐに降りてきた。
 後ろ手にそっとドアを閉めると、僕の前に立った。にこっと微笑むと、
「メリークリスマス」
 僕の目の前に、リボンで綺麗に飾られた箱を差し出した。濃い青地に雪の結晶が描かれている。窓の外の風景と同じだ、と思った。
「俺に?」
 ‥‥‥‥‥思わず言ってしまった。
「なにいってんだよ」
 僕の真似をしたかれんは、くすくす笑った。
「開けてみて」
 プレゼントは海の絵だった。
 白いシンプルな額縁の中に、パステルと色鉛筆で描かれた海の風景が描かれている。絵自体はA4サイズ程度、それほど大きくはない。
 夏の海‥‥‥だろうか、もう少し春に近いかもしれない。夏の海ようにギラギラしていなくて、春の海のような寒々しさもない。ぬけるような明るい青空に、所々にかかる薄い雲、少し濃いめの青い海の表面はきらきらと輝き、そしてその手前には白い砂浜が広がっている。
 額縁と同じくシンプルな絵に見えた。しかし、目を凝らしてよく見ると、ものすごく細かく描き込まれている。空には2羽の鳥、水平線には船、砂浜には点々と足跡が続いている。その足跡をたどっていくと、影があった。ものすごく薄いシルエットで男がひとり、本当にうっすらと描かれている。
 タイトルは「始まり」、手書きのパネルが添えられていた。そしてその文字は、まぎれもなくかれんのものだった。絵の右下にアルファベットで小さく「Karen」とサインもある。裏返して見てみると、いつか見た「花」という刻印が押されてあった。
 いつの間にか、さっきと同じように僕の隣に座るかれんに目を向けて言った。
「これ‥‥‥お前が描いたのか‥‥‥」
 微笑みながらコクリと頷いた。
 そう意識してもう一度見てみると、なんだか見覚えのある景色のような気がする。
「鴨川の海‥‥‥か?」
「ん」
 初めてかれんを好きだと意識したあの日の、そして、初めてかれんの出生の秘密を聞いたあの時の、そして、大泣きするかれんを抱きしめたあの海だった。
 今でも昨日のことのように覚えている。ズボンの下にはきめ細かな砂、背中に伝わる熱いコンクリート、潮の香りを運ぶ風、荒れた波の音、高いところから時折ふってくるトンビの鳴き声、目の前いっぱいに広がる青い空と青い海、そして初めて抱きしめたかれん‥‥‥
「あれからもう1年半、か‥‥‥」
「‥‥‥ねえ、ショーリ」
 僕の肩にコトンと頭をもたれさせて言った。
「ショーリは‥‥‥いつから私のことを‥‥その‥‥‥想ってくれてたの?」
 かれんの顔は真っ赤だった。
「いつから‥‥だろう」
 かれんの手を握りしめた。
「最初に意識したのは、初めて鴨川に行ったあの日だけど‥‥多分‥‥‥」
「たぶん?」
「‥‥‥風見鶏で再会した、あの時だろうな」
 風見鶏の扉を開け、マスターと話をしていたかれんがドアベルの音で振り返ったその時、僕の心の中にかれんという存在が入り込んできたのだった。
「かれんは?」
「‥‥‥私はね」
 僕の手を引き寄せて、両手で包みこんだ。
「‥‥‥ショーリの腕の中で泣いた、あの海での出来事から」
「じゃあ、この絵のタイトルの『始まり』っていうのは‥‥‥」
「ん‥‥私の心の中にショーリが住み始めた、その思い出の場所‥‥‥」
「それじゃあ‥‥俺のことを初めて意識したのはいつ?」
「‥‥‥ショーリがマスターに向かって言ってくれた、あの少しあとから」
「なんだよ‥‥それからキスまで半年もかかってんじゃないか」
「だってそのころ、和泉くんは私の生徒だったんだもの」
 そう言って、いたずらっぽく笑った。
「その半年が‥‥‥私にとっては大切だったの」
「どうして?」
「‥‥毎日毎日、いろんな事を考えて‥‥‥いろんな事で悩んで‥‥少しずつショーリのことを考える時間が増えて‥‥‥」
 かれんの手に力がこもる。
「ショーリが私のことを好きだって言ってくれたことが、だんだんと嬉しくなってきて‥‥‥なんか上手に言えないけど‥‥そんな時間があったから、今こうしていられるんだと思うの」
 かれんの言うことは僕にもよくわかった。仮にもいとこ同士の僕らがこうやっていられるのは、ゆっくりと時間をかけた結果なのだ。何事も時間に勝るものはない。
 僕に身体を預けて、ふぅ、と大きく息をはいた。僕にかかる重みが少しずつ大きくなっていく。
「眠い?」
「ん‥‥‥ちょっと眠い」
「かれんもここで寝る?」
「え?」
 みるみる真っ赤になっていくかれんを見て、僕は慌ててつけ足した。
「不安がらなくても大丈夫‥‥‥今日の俺に、そんな体力も気力も残ってないから」
 言ったことは本当だった。かれんがいなくなってからの数日は、ろくに眠れなかったし、かれんと仲直りできたことで、張りつめていたものがぷっつりと切れてしまった。身体の芯からぐったりしていた。
「な、かれん‥‥‥」
 かれんはさんざん迷った末に、コクリとうなずいた。

 かれんは寝る準備をすると言って、自分の部屋に戻っていった。
 僕も年越しそばを食べた時からそのままになっていたダイニングに行って、テーブルの上を片づけ、明日の朝(正確には今日の朝)食べるため用意した、気持ちばかりのおせち料理のふたを開け、丈がつまみ食いをしていないのを確認してから、電気を消して部屋に戻った。
 部屋に戻ると程なく、コンコンと控えめなノックが聞こえた。
 ドアを開けると、三つ編みのかれんが大きな枕を抱えて立っていた。夜中に眠れなくて親の部屋を訪ねてきた女の子のようだ。

「ねぇ、ショーリ‥‥もう寝ちゃった?」
「うん」
「なぁんだ、寝ちゃったのかぁ‥‥‥」
 恨めしそうに、僕の脇腹をぐりぐりぐりっ。
「なに?」
「ショーリはクリスマスの思い出って、なにかある?」
「クリスマス?」
「うん」
「2年前‥‥‥おまえと再会する前のクリスマスに、そのとき付き合ってた彼女にふられたんだけど」
「クリスマスに?」
「そう、イブの日に‥‥‥その時に、初めて『風見鶏』に行ったんだ。マスターのコーヒーがめちゃくちゃうまくてさ」
「あ、それ聞いたことある。マスターにいきなり『弟子にしてください!』って言ったんでしょ?」
「なんだ、知ってたのか」
「彼女にふられた、っていうのは知らなかったけど‥‥‥」
 最後はゴニョゴニョと口ごもる。悪いこと聞いちゃったなぁ、と思っているのがバレバレだ。
「もし、あの時『風見鶏』に行ってなかったら、かれんとこうやって一緒にいることもなかったかもしれないな」
「‥‥‥どうして?」
「マスターがこの同居をすすめてくれたんだ。それがなかったら、この家に来ないで一人暮らししてたかもしれない」
「そっかぁ‥‥‥」
「かれんは?」
「わたしはねぇ‥‥‥今年のクリスマスが一番素敵なクリスマス」
「あんなに大喧嘩したのに?」
「ん〜ん、そうじゃなくて‥‥‥‥‥」
 今まで少しだけあいていた身体と身体の隙間を埋めるように、かれんはぴたっと僕に抱きついた。今日のかれんはいつになく大胆だ。
「いま‥‥こうやって一緒にいられるから‥‥‥」
「かれん‥‥‥」
 かれんの熱くなった頬を胸に抱き寄せた。
「ねぇ、ショーリ‥‥‥」
「ん」
「起きたら‥‥初詣行こうね」
「そうだな」
「ねぇ‥‥ショーリ‥‥‥」
「ん」
「‥‥‥だいすき‥‥‥‥‥」
 すぐにかれんの穏やかな寝息が聞こえてきた。

 今日のかれんを見ていて思った。クリスマスからの1週間、苦しんでいたのは僕だけではなかったのだ、と。
 かれんからのキスをもらい、世界にひとつしかないプレゼントをもらい、そしてこうやって隣で眠ってくれる。あのかれんが、そこまでしてくれる。これ以上の幸せを望むほうが間違っている。
 すやすやと眠るかれんをみて、かれんの求めていることもこういうことなんだろうなぁ、と思う。そっと寄り添いながら、他愛のない話をして、時には相手の気持ちを確かめあって、手を伸ばして髪や頬に触れて、そして時々キスをして‥‥‥
 こうやって改めて考えると、それだけでもめちゃくちゃ幸せなことなのだ。たとえ彼女と最後の一線を越えたとしても、本当に幸せだと感じるのは、こういう時なのだと思う。
 かれんのことを求めるばかりでなく、かれんが求めることをもっと叶えてあげたい。もっともっと、かれんのことを大切にしてあげたい。強く強くそう思った。


〜 あとがき 〜
え〜、おわかりかと思いますが「雪の降る音」の続きです。
更に‥‥おわかりかと思いますが、かれんからのプレゼントが違います。原作を読む前にかれんからのプレゼントはぜっっっったい絵だと思ってたんですが‥‥‥ものの見事にハズレでした。まあ、そんなわけでプレゼントは鴨川の海の絵に変わってます。
それでは、これで。
                          01/12/24 makoto



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