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渚にまつわるエトセトラ
「天使の卵」より
まみ
Up:2001.3.12 Mon



渚にまつわるエトセトラ
「天使の卵」より

 春妃を失ってから、10年の月日が流れた。
 初めて開いた個展。
 今日は、春妃の命日だった。
「いやあ、一本槍先生、おめでとうございます。初日から、大成功じゃないですか」
 画商が、大喜びで僕に言った。
「ありがとうございます」
 僕は礼を言った。
 ギャラリーに集まった大勢の人たち。小さい子供を連れた母親、年配の夫婦、若いカップル、意外と幅広い年齢層の客が集まった。
 展示されているのは、すべて春妃の絵だ。僕と出会って間もない頃に描いたものから、大学時代に描いたもの、卒業してから世界各地を旅行中に描いたもの。
 春妃は、僕の心の中で生き続けている。
「一本槍先生、向こうで、お客様がお待ちです」
 受付にいた女性が、僕を呼んだ。

「ひさしぶり」
 ロビーで待っていたのは夏姫だった。
「やあ、全然変わってないね」
 夏姫と会うのは、10年ぶりだった。彼女は、あの頃のまま、長い髪をソバージュにしていた。
「歩太くんこそ、すごいじゃない。今では立派な絵描きさんね。天国のお姉ちゃんもきっと喜んでるわ」
 夏姫は、昔のことをもう気にしていないと言った。3年前に結婚し、1歳になる娘もいると言う。
「じゃあ、外でダンナと娘が待ってるから」
「じゃあ」
 僕たちは、手を振って分かれた。

 ギャラリーに戻ろうとしたとき、
「あ、すみません」
 若い女性とぶつかった。
「すみません…」
 顔を上げた彼女は、僕の顔を見て驚いた。
「一本槍先生ですよね?」
「はい」
「私、三島渚っていいます。先生の絵、大好きです。あの…、握手してもらっていいですか?」
 三島渚と名乗った女性は、右手を差し出した。
「あ、いいですけど」
 僕は軽く彼女の手を握った。彼女は強く握り返してきた。熱い手だった。
「私、今、高校3年で受験生なんです。先生と同じ芸大を目指してます。小さい頃から絵を描くことが大好きで、先生のような優しい絵を描きたいんです」
 彼女は、大きな瞳を輝かせて言った。
「大丈夫さ。僕は一浪して芸大に入ったんだ。将来の目標をしっかり持っている君だったら、必ず受かるよ」
「ありがとうございます」
 彼女は頭を下げた。

 初めての個展から3ヵ月後、仕事関係の仲間と行った居酒屋で、バイト中の三島渚と再会した。
「父が昨年亡くなって…。だから、大学の学費稼ぎに…」
 彼女はそう話した。
 父親を亡くし、母親と二人暮らし。それを聞いて、僕は三島渚を他人だとは思えなくなった。
 店を出るとき、僕は自分の家の住所と電話番号を書いた紙を渡した。
「何か困ったことがあったら、いつでもおいで」  僕は、渚の力になりたかった。
 渚は、次の日、さっそくやって来た。彼女は、ちらかった僕の部屋を見て、
「これが、芸術家の家なんですね」
 と笑った。
 僕は渚にタダで絵を教えることにした。
 渚は毎日遊びに来ては、掃除をしたり、料理を作ってくれた。
 僕はいつしか渚に淡い恋心を抱くようになった。
 
そして、芸大の合格発表の日、渚が息を切らして部屋に駆け込んできた。
「先生、受かりました。ありがとうございます」
 彼女は僕の胸に飛び込んだ。僕はぎゅっと抱きしめた。
「私、芸大に受かったら、言おうと思ってたことがあるんです」
「何?」
 渚は僕の体から離れ、僕を見つめてきた。初めて会った日と同じように、輝いた瞳をしていた。
「先生のこと、好きです、尊敬してます。絵の師匠としてではなく、ひとりの男性として愛してます。私、先生に愛してもらおうなんて、これっぽっちも思っていません。先生は、大人だから、私みたいな子供が恋愛対象にならないことわかってる。それに、先生には、忘れられない大切な女性がいることも知っています」
 渚は、涙を流しながらにっこり微笑んだ。
「だから、今日で、ここへ来るのは最後にします。さよなら…」
 渚は、部屋を出ようとした。
「待って」
 僕は渚の腕をつかんだ。
「渚に先を越された」
「どういうことですか?」
 渚は不思議そうな顔をした。
「僕から、渚に告白しようと思ってたんだ」
「先生…」
「春妃は、僕にとって生涯忘れられない大切な女性だ。でも今僕に必要なのは、渚、君だ。君がいつも僕の前で見せる明るい笑顔に、どんなに癒されたことか。逆境に負けずに、夢に向かって生きている君を見て、僕も見習わなくちゃと思った。それで、もう一度、恋をした。だけど、ずっと言えなかった。僕は渚とはひとまわりも年が離れている。君から見たら、僕なんて、おじさんだから…」
 渚は笑い出した。
「先生ったら。わかりました。明日もあさってもしあさっても、ずっとここへ来ます。先生は私がいないと掃除しないから」
 渚は、僕の弟子兼恋人になった。



 ≪あとがき≫
 SS初投稿作品です。『天使の卵』のラストから、10年が経過したという設定で書きました。春妃の死後、歩太は夏姫とくっつくのではと考えた皆さんも多いと思うのですが、私はあえて、歩太と夏姫は別れ、別々の道を歩んでいくというストーリーにしました。
 『天使の卵』本編では、歩太は年上の女性に恋をして悩み苦しんだから、このSSでは、年下の女性に恋をさせてあげました。こういうパターンもありでしょ?
 最後まで、読んでくださってありがとうございました!
 もしよろしければ、感想を聞かせてください。



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