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たとえばこんなアフターストーリー
「おいしいコーヒーのいれ方」より
Shin
Up:2001.4.25 WED



たとえばこんなアフターストーリー
「おいしいコーヒーのいれ方」より

僕、桜庭真樹がこの店に初めて来たのは3ヶ月ほど前になる。ちょうど 大学受験の勉強に疲れていた頃、気分転換のつもりで入ったこの店で飲ん だコーヒーの味が忘れられず、無事に大学に合格した今に至るまで、2日 と間をおかずに通いつめている。

 いつものようにカウンター席に座り、不思議に心地良い古い洋楽を聞き ながら真新しい教科書越しにマスターの仕事を見ていた。すると突然に
「真樹、オレの仕事なんか見てて面白いのか?」
と、カップをふきながらマスターが聞いてきた。
「もちろん。世界で一番おいしいコーヒーをいれる人の仕事なんて、そ  うそう見れるもんじゃないからね。」
それが僕の本音だった。事実、僕はこの店よりもうまいコーヒーを出す 店を知らないし、そんな店があるとも思えなかった。しかし、マスター は首を横に振った。
「いや、オレなんかまだまださ。少なくともオレの知ってる人で、それ  こそ奇跡みたいなコーヒーをいれる人がいる。その人と比べたらまだ  足元にも及ばないよ。」
そう言ってマスターは小さな写真立てを僕の前に置いた。まだ若い…多 分マスターと、その隣にきれいな女の人、その隣にはひげを生やした体 格のいい男の人が写っている。マスターが言うには、その男の人がその 奇跡のようなコーヒーをいれる張本人で、しかもマスターの義理のお兄 さんだということだった。なんでも、現在はデザイナーの奥さんと一緒 にパリにいるらしい。
 と、いきなりドアベルが鳴り響き、少女が駆け込んできた。彼女は持 っていたカバンを手近な席に放るなり
「マスター、水、冷たいの、ちょうだい」
と、息も絶え絶えに言ってカウンターに突っ伏した。マスターはちょっ と苦笑しながらも氷水を出してやった。
「どうした?またなにか悪さでもしたんだろ。」
マスターが言うと彼女は
「ちが…う、わよ。」
と言いながらグラスを受け取り、一気に飲み干した。それでいくらか落 ち着いたのか、僕を見るなり
「あ、真樹君、やっぱり来てたんだ。よくまあ飽きないもんだねー。」
とのたまった。通い始めの頃は、この客にしては失礼な態度にずいぶん 驚いたもんだけど。何の事はない、彼女はマスターの妹だった。ついで に言っておくと、大学では同級生だった。縁というのはどこから来るの かわかったもんじゃない。
「こら綾乃。大事な常連客を減らす気か。」
とマスターは怒ったけど、その目は優しかった。歳の離れた妹だけに、 かわいくて仕方ないらしい。
「大丈夫ですよ、マスター。これは彼女のあいさつみたいなもんです。」
彼女の方を見ながら言ったけど、当の彼女は知らん顔で2杯目の水を飲 み干し、カバンを拾ったかと思うと
「じゃ、ね。常連さん。」
と言い残し、店を出て行った。まるで今日の風のようなさわやかさだと 思ってみる。
 再び僕とマスターだけになった店には、優しいスローテンポの曲と、 水道の音だけが響いた。と、ぶしつけにマスターが僕に言った。
「真樹、お前綾乃のことを女としてどう思う?」
僕は思わず、飲んでいた冷めかけのコーヒーを吹き出してしまった。
「いや、いきなりすまん。でも、聞いてくれ。あいつはあの通りさっぱ りした性格なんだが、こと異性に関しては奥手もいいとこでな。さっき だって、あの美術部で運動音痴のあいつが息切れするほど走って来たの は、お前にはやく会いたいからなんだ。なのに、ろくに話もしないで帰 っちまうし。お前とはまだ短い付き合いだが、お前なら綾乃を預けられ る気がするんだ。もちろん、嫌なら断ってくれてかまわんが…。」
そう言ってマスターはじっと僕を見た。何も言えなかった。マスターが 僕を信頼して、あんなにかわいがっている妹を預けてもいいとまで言っ てくれたことがうれしかった。しばらくして、ようやく口が動いた。
「そんな…断るなんてとんでもない!絶対にあいつを泣かすような真似 はしません!」
僕の言葉を聞いてマスターは満足そうにうなずいた。そしてちょっと考 えて手招きをした。「え?」という顔の僕にマスターは言った。
「…礼だ。オレがマスター、義兄さんに聞いた、とびきりうまいコーヒ ーのいれ方を教えてやる。」

…そして、ここから始まる。



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