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風見鶏 〜「故郷」と呼べる場所〜
「おいしいコーヒーのいれ方」より
Shin
Up:2001.5.12.Sat



「コーヒー」SS
風見鶏 〜「故郷」と呼べる場所〜
「おいしいコーヒーのいれ方」より

「ったく、女ってやつはよぉ」
丈がどっかで聞いた台詞をはく。
「男ってもんをほんっっとにわかってねーんだよな。」
僕は思わずちょっと苦笑した。
「今年に入って何回目だ?」
空になったカップにコーヒーを注いでやりながら聞いてみる。
「京子ちゃんとケンカするの。」
たっぷりと入れたミルクをかき混ぜながら(未だにブラックは苦手らしい)、丈はふくれっ顔で言った。
「だってよぉ、酔っ払った後輩に抱き付かれてる写真を平気でオレに見せんだぜ? そんなもん見たらそりゃ腹立つだろうが!」
あまりの剣幕に押されながら、僕はいつだったか酔っ払ったかれんがセミヌードになったときのことを思い出していた。
「うーん、でもな丈、酒ってやつは理性を失わせるからな。お前だって経験あんだろ。 だから、あんまりその後輩を責めるもんじゃないって。もちろん、京子ちゃんもな。」
僕の言葉に丈は不満顔だったが、しばらくしみじみと僕の顔を眺めた。
「な、なんだよ…?」
あまりに長いこと見られてるせいでちょっと不気味になって、恐る恐る聞いてみた。すると丈は
「なんか、勝利っておとなになったよな。」
とほざいた。当たり前だろ、もうオレはオトナなんだぞ。そう思って固まってる僕に、続けて丈が言った。
「なんか、マスターみたいだぜ。あ、姉キの、兄貴の方ね。」
そう言われて初めて、丈なりの褒め言葉だと気がついた。そして、それは最高の褒め言葉だった。でも、こうして単純に喜んでるようじゃ、まだあの人には及ばないなとちょっと反省してみる。







 僕がマスター、つまりかれんのお兄さんのヒロアキさんにこの店を任されたのは3年前の夏だった。ちょうど僕が就職の内定というやつをもらって安心していた頃だ。カウンターの向こうでいつものように仕事をしていたマスターがふと手を止め、
「実はな」
と、いつになく真剣な顔で切り出した。
「由里子のやつが今度パリのメーカーに呼ばれてな。ちょうどいい機会だし、オレも一緒に向こうへ行こうと思うんだ。」
そう言ったマスターは、僕らの相談役の顔から一人の男の顔になっていた。みんなから「おめでとう」を言われたマスターは、照れながら話を続けた。
「それで勝利に折り入って頼みがあるんだが…。この…店を頼めないか。そりゃ一度は閉めようとも思ったが、オレにとっても少なからず思い入れのある店だからな。
 出来れば残したい。そうなると、この店を任せられるのはお前以外には考えられん。 せっかく内定の出たこの期に及んで突然無理を言ってすまんが、考えてくれんか、勝利。」
そう言われて、マスターが僕はこの店を開いた経緯を思い出していた。マスターは、花村家にいる妹のかれんを見守るために、この街に「風見鶏」を開いたと以前聞いたことがあった。確かに、マスターにすればいろいろな想いの詰まった店に違いなかった。確かに突然のことではあったが、僕は結局たいして悩みもせずに承諾した。僕としてもこの店が好きだったし、何よりもマスターがこんなふうに僕に何かを頼むなんて初めてだったからだ。

あれから3年、季節はめぐり、僕らは少しだけ大人になった。でも、この店ではみんなちっとも変わらない。「変われない」んじゃなく、「変わらない」ことの意味。この、穏やかな気持ちをずっと覚えておこう。この店を疲れたときにいつでも帰れる「故郷」と呼べる場所にするために。



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