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抜けない棘
BAD KIDS
Shin
Up:2002.6.15.Sat



葉山響子SS
抜けない棘
〜BAD KIDSより〜

「ヤマアラシのジレンマ」
…精神科学用語。
ドイツの哲学者ショウペンハウエルの寓話が由来である。
ヤマアラシが寒さを和らげるために身を寄り添って温め合おうとしても、
お互いの硬く鋭い棘が刺さり、傷付けあってしまう。
同じように、身近に居たい人間と近ければ近いほど、
逆に相手の心も自分の心も傷付けあってしまうこと。




「ふぅ…。」
私はため息をつきながら分厚い学術書を閉じた。平日の昼食時とあって、小さな図書館は人もまばらで、聞こえる音といえば空調の軽いモーター音くらい。私はこの時間帯、この空間が好きだった。レンガ造りの壁を隔てて外界と隔離されたこの場所で、古い本の独特の香りを楽しむのが好きだった。あの頃、母さんの治療費を稼ぐために昼も夜も働き続けてどんなに疲れても、ここに立つと心が安らいだ。もっとも、それよりもずっと、あの人と居るときのほうが、はるかに安らいだけど。


 鷺沢隆義。私のすべてを託してもいいと思っていた人。物静かで、温かくて、でも、心の中には活動中の火山のマグマにも似た熱さを秘めている人。
私が…………………………私が、まだ愛している人。



「私には、忘れられない人がいるの。」
私が宏樹にすべてを話したときの彼の顔が頭にこびりついて離れない。彼は、筋肉で隆々としたその身体からはおよそ想像できない、少年のような純粋さで私を求めてくれた。結婚しようとまで言ってくれた。その彼に、不意に死刑宣告をしたような気分だった。
 私は怖かった。私に対する彼の想いが真っ直ぐであったが故に、その対象がいつか自分ではない他の誰かになってしまうのが、とても怖かった。愛する人を理不尽に失ってしまう。そんなことに二度も耐えられるほど、私は、強くない。


私の勝手で、私は彼をどれほど傷付けてしまったのだろう。ただ一途に私を求めてくれた彼に、私はなんというむごい仕打ちをしてしまったのだろう。彼が私を愛してくれたのと同じくらい、私も彼を愛していたのに。



 窓から見える日差しは、ただ静かに、冬の終わりを告げている…



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