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「Love me.」
「青のフェルマータ」より
四方堂
Up:2001.6.DD WWW


俺が自分のそういった気持ちに気付いたのは、一体いつの頃だっただろうか。
とにかく、気付いた頃にはすでに女性ではなく男性に惹かれていた。
最初の頃はともかく、今となっては別にそのこと自体を嘆いたり、自分が人と違うということに悲しんだりはしちゃいない。
ただ、どれだけ自分が愛していたとしても、それを相手に伝えることすら思うように出来ない──という点だけは、今でもやっぱり寂しいことだと、そう思う。

「Love me.」
「青のフェルマータ」より


「ダグ!」

ノズルから勢いよく吹き出した熱いシャワーを全身に浴びながら、俺はリビングに向けて声を張り上げた。
そのまましばらく目を閉じて待ってみるが、水音の向こうからダグの声は聞こえて来ない。

「ダーグッ?」

もう一度、今度はさっきよりも大きく長く呼びかけてみるが、やはり返事の返ってくる気配は感じられなかった。

「……いないのか? くそっ……」

思わず悪態をつくと、シャワーのコックを捻る。身体を打つ水流が痛いほどに強くなった。
俺がシャンプーが切れていることに気付いたのは、いつものように身体中に残る海のカケラをすっかり流し終えたあとだった。
今さら取りに行くわけにもいかず、ダグの奴に持ってきてもらおうと思ったのだが、いかんせん反応がない。
このシャワールームに入る時には、確かにリビングのソファにだらしなく寝っ転がりながらテレビを見ていた。
人が「先にシャワー使うぞ」と言ったのをいいことに、一本しか残っていなかったビールを片手にカウチポテトを決め込んでいやがったのだ。

仕方なくいつもより念入りに髪から塩分を洗い流すと、今度はさっきとは逆にコックを捻った。
犬のようにぶんぶんと軽く首を振って、髪についた水気を飛ばす。まだごわごわした感じが残っているが、それはこの際諦めることにした。
それから、全身についた水滴を肌触りの良いコットンのタオルで丁寧に拭っていく。
一通り身体を拭き終えてから、顔と頭を拭こうとタオルに顔をうずめたその時、タオルに染み込んだダグの匂いに包まれて俺は動きを止めた。
アイツのことだから、どうせまたリオのところにでもビールを貰いに行ってるに違いない。
その光景どころか、リオになんて言うかまでがありありと目に浮かぶようだった。

『悪いな、リオ。アレックスの奴が全部飲んじまいやがって』
「……ふん」

半分以上はお前が飲んだんだろうが、と自分の想像の中のダグに突っ込みを入れつつ手早く着替えると、水滴のついたドアを押した。
湿気で重たさを増した空気と一緒にドアの外へと流れ出ると、室内のひんやりと渇いた空気が肌に心地よい。
もしやと淡い期待を胸に冷蔵庫を開けてみたが、やはりビールは一本も見当たらなかった。
仕方なしにミネラルウォーターのガラス瓶を一本取ると、グラスに注ぎもしないまま一息に半分以上を飲み干す。
あの喉越しの爽快感はないが、これはこれで身体中に染み渡るような心地よさがあり、俺はようやく一息ついた。

「ダグ?」

飲みかけの瓶を片手にリビングに入ると、テレビはつけっぱなしになったままで、やけに高そうなホテルの部屋で抱き合う男女を映し出していた。
こちらに背を向けたソファの上にはダグの姿は見当たらない。やはりリオのところだろうかと思いながら、ふとテレビに目を移す。
どこにでもありそうなありきたりのラヴシーンだったが、主人公の声が少しばかりダグに似ているような気がした。
途端、妙な喉の渇きを覚えて意味もなく唾を飲み込む。

「……やれやれ」

そんな自分自身に苦笑しながらテレビのリモコンを取ろうとして一歩足を踏み出した途端──危うく手にしたミネラルウォーターの瓶を取り落としそうになった。

「……ぁ?」

そこには、ダグがあった。
いや、正確には寝ていたのだが、その大きな身体を器用にたたんでソファに沈み込んでいるその姿が、まるで大きな子犬のぬいぐるみのように見えて、俺は思わず力いっぱい抱き締めたくなるその衝動を耐えるの、に思い切り奥歯を噛みしめないといけないほどだった。
あまりに必死だったせいか呼吸をすることも忘れていた俺は、肺が悲鳴をあげるようになってようやく、思い出したように息を吸い込み、そして吐き出す。
まるで、海の中にいるようだ。
そんなことを思いながら、自分の目どころか身体中の全てがダグに引きつけられて離れないのを感じていた。

日に良く灼けたその顔の、いったいどこにこれほど惹かれるのだろう。
でかくて丸い鼻。四角くてひげだらけの顎。まったくもって、ハンサムとはほど遠い。
それでも、これほどまでに引きつけられるのはどうしてだろうか?
──笑顔、だな。
ダグの、あの笑顔。まるで曇りのないあの笑顔が、何よりもチャーミングで、だから……

 『...Why!?』

と、突然響いた叫び声にまるで悪戯を見つかった子供のように俺は首をすくませる。
自分でも滑稽なほどに驚いたせいで、今度こそまだ半分近く中味の残った瓶をフローリングの床に落としてしまった。
思った以上に大きな音を立てて転がる瓶を横目に、おそるおそるソファの方へと視線を戻す。
が、ダグも奴は何事もなかったように、目を閉じたままだった。
ほぅっと大きく息を吐くと、再び甲高い叫び声が耳につく。
声の主はテレビの中の女優で、困ったような顔でおろおろする、ダグの声をした男優に向かって声を張り上げていた。

 『Love me... Love me, please!』

「私を愛して」──そんな風に叫ぶことが出来れば、どんなに楽だろうか。
今まで何度となく自分の想いをぶちまけてしまいたい衝動に駆られ、そしてそれと同じ数だけそれを飲み込んできた。
自分の想いを押しつけることはとても簡単なことだ。
だが、相手がそれを受け入れてくれるかどうかとなれば、それは別問題である。
たった一言で、今まで築き上げてきた全てが、音を立てて崩れ落ちてしまうかも知れない。
そんなリスキーな賭に出るには、今の俺には失うものが多すぎた。
たとえダグに触れることも、ダグの気持ちが一生俺に向くことがなかったとしても、いつでもどんなときでも、他の誰よりも近く、ダグのそばにいることが出来る。
それだけでもう、俺には充分すぎるほどに幸せだったのだから。

気がつくとやけに静かになっていた画面の中では、ついに泣き出してしまった女を男が優しく抱き締めているところだった。
なんとなく画面を見ていることが出来ず、俺はダグへと視線を移す。
かといってこんな状況でダグの寝顔をじっと見つめていることも出来ずに、仕方なくテーブルに置いてあったビールに手を伸ばした。
すっかり汗をかききってしまった缶をつかむと、何気なく口を付ける。
一口飲もうとして缶を傾けたところで、唇にビールとは違うダグの味を感じて思わず動きを止めた。
それからのろのろと唇から缶を引きはがす。と、何故だかさっきの女優の顔がふと頭をよぎった。

「……『Love me.』……か」
 『……Yes.』

弾かれたようにダグの方へ振り向くと、ダグはさっきまでと同じ姿勢のままで目を閉じていた。
ぎりぎりと音がしそうな動きで首を向けると、テレビの中で男優が同じセリフを繰り返している。
あまりと言えばあまりな自分の反応に思わず小さく吹き出すと、今度こそごくりと喉を鳴らしてビールをあおった。

「……人様のものを勝手に取っちゃいけないと、ガキの頃に習わなかったのか?」
「ぐっ!? ごほっ……!」
「おいおい……きったねぇなあ」

思わずむせた拍子に飛んだしぶきを拭う仕草をしながら、ダグがのっそりと身体を起こした。

「けほっ……起きてたんなら、俺の分のビールを用意しやがれっ」

なんとはなしにぶっきらぼうな言い方になりながらダグを見つめると、ダグはいたずらっぽい目で真っ直ぐ見つめ返してくる。
「ほんとに今起きたのか?」という問いが喉まで出かける。が、その瞳を見ているとなんだかどうでもよくなってしまった。

「アレックス……お前って奴は、まだ泳ぎ足りないのか?」
「ん?」

ダグは水浸しの床と転がった瓶を指さしながらにやりと笑う。

「このリビングまでプールにするのは、勘弁してくれよ?」

手にした缶を投げるフリをすると、ダグは笑いながら立ち上がってドアの方へと大股で歩いて行った。

「リオのところでお前の分のフォスターズを貰ってきてやるから、帰ってくるまでに掃除しとけよ」
「そんなこと言って、自分が飲み足りないだけだろうが」

それには答えずただにやりとひげだらけの口元を歪めると、ダグの姿がドアの向こうに消える。
そんなダグの様子にやれやれと肩をすくめると、俺は仕方なしに首に巻いたタオルをフローリングの上に落とした。
一度だけ、さっきのあの声は本当にダグじゃなかったのか?と、思ってみる。
が、すぐにそれをうち消すと拭き掃除に専念することにした。
ダグが戻ってくる前に終わらせておかないと、またアイツに恰好の口撃材料を与えちまう。
そうだ。今度は、俺が寝たふりをしてダグを迎えてやろうか。
そうしたら、ダグの奴は一体どんな風に俺を起こすだろう?
そんなことをぼんやりと考えているうちに、ドアの向こうから聞き慣れた足音がだんだんと近づいて来た。
俺は気を抜くとにやけてきそうな頬を引き締めながら、いそいそとソファに身体を沈めた。
ダグの匂いが染みついたそのソファはまるでダグの腕の中にいるようで、そのまま本当に眠ってしまいそうなくらい、めちゃくちゃに気持ちよかった。



***あとがき***

これはどうしても書きたかった、『青のフェルマータ』の助演男優であるダグ&アレックスのSSです。
といっても、アレックスからの視点で描かれていますが。
『Love me.』──言わずと知れた、リオが声を失って初めて自分の中から引っ張り出してきた言葉です。 しかし、これはリオだけの言葉でなく、全ての登場人物の、そして村山作品全てを通しての言葉ではないかと、うちはそう思っています。まぁ、個人的な見解ですが。
しかし、その言葉を言いたくても言えない人がいるとしたら。
しかもその相手が常にそばにいるとしたら、それは果たしてどのような気持ちでいるのか。
そんなことを思いながら書いた作品です。
少し長いものになってしまいましたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。

2001.6.24 四方堂拝


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