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信頼‥‥そして愛の形 「すべての雲は銀の…」より thor Up:2003.6.7 Mon |
信頼‥‥そして愛の形 第一話「帰郷」 「すべての雲は銀の…」より ドアを抜けると懐かしい景色が目に映った。 僅か半年足らずにすぎないのだが、不思議と懐かしい様に感じる。 僕の居場所は、もうここではなくあの田舎町なのだと、今更ながら気づいた。 「さて、どうしようかな」 ホームの時計を見ると既に二時を回っていた。 大学は三時前には到着する必要があったから、こちらを先回しするしかない。 今日、由美子に会うのは諦めるしかないだろう。 面倒ごとは早めに済ましておきたかったのだが、これは仕方がないことだ。 苦笑と共に荷物を肩にからうと改札への階段に向かった。 大学に行った後は、とりあえず家に向かうしかない。 今後のことはそこで考えるべきだろう。 大学のことは無論だけれど、由美子のこともあるし、家族にも今後のことは話さない訳には行かない。 家に戻るつもりはないのだということを家族にどう説明すればいいのか、今更ながら悩んでしまう。 いっそのこと手続きの後すぐ由美子に会い、家に向かわず帰るのもいいかもしれない。 階段を上りきると改札が正面に見えた。 見知った駅員は見あたらない。 半年もすれば移動してしまうのか、単に気づかなかっただけなのか、他愛もないことを考えながら改札を抜ける。 タクシーの乗り場は左手の方だったと思った時懐かしい人影に気づいた。 「父さん。」 目の前の人影は最初驚いた表情をしたがすぐに喜びの表情で迎えてくれた。 「元気そうだな。」 兄貴と同じセリフだったことに気づいたが不思議とイヤミには感じなかった。 それよりも、目の前の父親の姿に少なからぬ違和感を感じていた。 ‥‥‥こんなに背が低かっただろうか‥‥‥ 確かに父親の姿であることは理解できたのだが、以前より雰囲気が丸くなった様に感じられた。 背も低くなり、表情も不思議と年齢を感じさせる様に思える。 考えてみるとこの人も定年まで一年もないのだ。 世間一般の価値観から言えば、そろそろ老人の仲間入りをしても不思議のない時期ではある。 「どこか逞しくなったようだな。」 嬉しそうに見つめる表情に泣きそうに思えてくる。 「そりゃ、毎日こき使われているから。」 照れ隠しにそっぽを向き、ぶっきらぼうに答えた。 親父は嬉しそうにうなずくと、車で迎えに来たことを告げどうするつもりか聞いてきた。 僕は少し悩んだが、有り難いことには違いない。 好意に甘えることにして親父の後について出口へと向かった。 階段を下りて少し歩き駅専用の駐車場に向かう。 車の助手席に乗り込むと親父は車を発進させた。 窓から眺める風景は懐かしさで満ちあふれていた。 本当に半年足らずの時間しか経っていないはずなのに、十数年ぶりの風景を見ているような気がする。 「仕事はどんな風だ。」 場が持たないのか親父が話しかけてきた。 「まあ、始めはきつかったよ。肉体労働だしね。」 親父がうなずく。 「ただ、酷使している内はイヤなことを考えずに済むから、かえって有り難かったかな。」 ピクッとふるえたように思えたのは気のせいだっただろうか。 「そうか。」 親父は無表情に答えた。 「この頃は仕事にも慣れてきてさ、『かむなび』の園主さんからもだいぶ信頼されるようになってきたよ。」 雰囲気が怪しい方向に行きかけた事に慌てた僕は、とってつけたように付け加えた。 「そうか。」 親父は同じ表情で同じセリフを繰り返した。 そのまま話が続かなくなった僕たちは、無言で大学までの道を走らせた。 大学の裏手に着くと親父は裏門の近くに車を止めた。 「少し待っていてくれるかな。たぶん三十分もかからないと思うから。」 僕は鞄の中から身分証明書や印鑑など必要と思えるモノを取り出すと親父に頼んだ。 「一緒に行かなくてもいいのか。」 親父は心配そうな風で問いかける。 「よしてくれよ、これでも大学生だぜ。これから休学するけど。」 僕は苦笑して答えた。 「休学するのか。」 親父は驚いたように答える。 そうだった、と今更ながら気づく。 こんな事すらもまだ話していなかったのだ。 それにしても、なんの為に大学へ行こうとしていたと思っていたのだろう。 「とりあえず手続きをしてくるよ。話は後にしよう。」 僕は慌てて車を出た。 親父はなにか言い足そうな素振りをしたが、思い直したように運転席に座り直した。 手続きはあっさりと終わった。 身分証明書を見せたら、幾つかの書類を提示され書き込んで印鑑を押しそれだけで休学手続きは終わった。拍子抜けした気分だった。 今更ながら大学の個人主義的な風潮に驚き、有り難くなる。 正直、あの事件以来かまわれる事に苦痛を感じるようになっていたから、それが一つでも少なくなることは有り難かった。 「ホントに三十分もかからなかったな。」 三十分どころか二十分もかかっていない。 建物の出口へ出ようとして公衆電話が目に入った。 この状態では日帰りはできそうもない。 そのことをとりあえずは言っておかないと不味いかもしれない。 『遅いじゃないの。』 瞳子さんの第一声は予想通りだった。 『着いたらすぐ連絡しないと心配するでしょう。』 僕は苦笑しながら答えた。 「ごめん、列車の中で眠ってしまって、予想以上に後れてしまったんだ。」 すると瞳子さんは慌てたように、答えた。 『お父さんが迎えに来ていなかった。連絡したら迎えに行くと言っていたんだけど。」 そうか、 「瞳子さんが連絡してくれたんだ。来てたよ。親父の車に乗って今大学にいる。」 『君のやろうとしていることは日帰りでできるような事じゃないのよ。やろうと思ったら何かを省くしかないわ。だったら家族団欒を省こうとするでしょう。』 さすが、知り尽くされている。そう言うとこう返ってきた。 『当然よ、だてにベットの上で組んでほぐれつ抱き合った仲じゃないでしょう。』 慌てた僕に、 『じゃあ、明日いつ帰るか連絡しなさいよ。』 と一方的に告げるといきなり電話は切れた。 園主さんにも話をしたかったのだけど、 まあ瞳子さんが連絡してくれるとは思うがあいかわらずの人だ。 案外冗談じみたつもりが恥ずかしくなって切ってしまったのかもしれない。 だとしたら、案外可愛い所もあるな、と思ったが本人に確かめることはできない。 どんな風に反撃してくるか分かったモノじゃないし。 そう考えて、苦笑した。 由美子といい瞳子さんといい、僕は強い女性が好みだったのだろうか。 由美子も他愛のない冗談で場を和ませ、こちらの冗談には必ず一言返してくるような女性だった。 間違っても人前で涙を流したり、心労で倒れたりするようなキャラではなかったはずなのだけれど。 兄貴が由美子を変えたのだろうか、 あるいは彼女の本質はそういった弱々しい所のある女性だったのだろうか。 そう思うとまた胸の中がキリキリと痛む。 心の汚れは病気と一緒に流れ出たと思っていたけれど、 傷の方はしっかりと健在のようだ。 こんな事で由美子に優しい言葉をかけることなどできるのだろうか。 下手すると、彼女に対してなじるような責めるような言葉を放ってしまうのではないか。 僕が憎んでいるのは誰に対してなのか、 そう考えると兄貴ではないことがよく分かる。 裏切ったのは兄貴ではない、由美子だ。 少なくとも僕はあの時まで彼女と愛し合っていると思っていた。 由美子が他の男に抱かれていることなど想像することすらできなかった。 兄貴が裏切りをそそのかしたとしても、決断したのは間違いなく由美子だ。 抱かれて、その男の胤を宿し、産む決断をしたのも由美子のはずだった。 このことで考えれば兄貴は第三者にすぎない。 僕が憎むべき相手は由美子なのだ。 不思議と胸の痛みが薄れてきた。 憎しみが心から消えたわけではなく、何か納得できた気分だ。 どうやら瞳子さんとの一夜は、僕を変えたらしい。 『恋の傷を埋めるのは新しい恋だぜ』 タカハシがあのバイトを紹介してくれた時言っていた言葉は、あながち冗談でもなかったのか。 別に僕が瞳子さんと恋愛関係にある訳ではないけれど、 彼女が一つの区切りを与えてくれたのは間違いないようだ。 女性と一晩寝ただけで変わってしまうとは、僕も案外単純な性格をしている。 時計を見るとまだ三時前だった。 これなら由美子に会う時間は充分にある。 今の精神状態なら自制心を失うこともないだろう。 親父の車に乗り込むと病院に向かってくれるよう頼んだ。 「会うのか。」 親父はやや意外そうな顔で尋ねた。 「赦すことができたのか。」 「まさか。」 僕は躊躇なく答える。 「ただ、許した振りぐらいはできるさ。」 親父は寂しそうに尋ねる。 「赦すことはできないか。」 「僕自身驚いているんだけどね、意外と執念深い性格だったらしい。」 僕は苦笑した。 「半年経った今でも、怒りと苦しみで眠れないことがあるよ。」 親父は首を振った。 「無理か。」 「無理だね。」 親父は車のエンジンをかけた。 * **後書き*** 「すべての雲は、銀の…」は、主人公祐介が郷里に一時的に帰るところで話が終わっています。 けれど、ここから先もかなり面倒な修羅場が起きそうな気がするのは私だけでしょうか? この話は、祐介の一人称である故に、なぜこんな裏切り劇が起きたのかという部分が、まったく謎のままになっているのです。 友人であるタカハシは祐介を薄情な人間と評していますが、 これはこの一件に関する限り正しい。 祐介は自分の苦しみが一番重要で、由美子の苦しみにはほとんど考えていない。 というか、苦しんでいる可能性すら考慮に入れていないのです。 由美子という女性は、今祐介をどう思っているのか? 祐介は彼女の気持ちを色々と忖度していますが、これはどう見ても彼自身の勝手な思い込みに過ぎないのです。 なぜ今頃になって、彼女は罪悪感に押し潰されてしまったのでしょうか? そして本当に、彼女は祐介を裏切っているのでしょうか? |
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