ランランと悪魔

 ロイダルには二つの有名な兵団がある。草原騎馬隊レッドランスと森林警備隊ブルーアローだ。騎馬戦闘では並ぶもののない勇名を誇るレッドランス、隠密行動と長弓を扱うことにかけては誰にも負けないブルーアロー。その優秀さと共に両隊長の中の悪さは<諸王国>中に知れ渡っていた。

 

 昨夜は第二小隊長ジョルディの結婚祝いを、ブルーアローの兵営で盛大に祝った。大いに盛り上がったのはいいが、夜が明けると兵舎のそこここに隊員達のしかばねが転がっていた。時間通りに中庭へ集合したのは、各隊長クラスと一握りの隊員だけだったので、警備隊長は「午後まで自由時間」と申し渡すなり、さっさと自室に引き上げてしまった。

 第一中隊第二小隊長のジャックと第三中隊長グレイが厨房の片隅でコーヒーを飲んでいると、暗い顔をしたレイナス隊長が入ってきた。重い足取りで部屋を横切り、どさりと椅子に座り込むと、片腕を椅子の背に掛けて、無言でコーヒーを催促する。

 ジャックがコーヒーを注ぎながら言った。

「隊長〜、もしかして宿酔ふつかよいですかい?」

「ちーがーうーー。ただ朝っぱらから山猫が頭の上で後ろ足をトントンしているだけーー」

 椅子の背に伏せたまま、地の底から響いてくるような声で答える警備隊長。

「やはり、宿酔いですな」

 グレイがぼそりと呟いた。

 

 しばらくして、ランザラスの部下がレイナスを呼びに現れた。あっさり無視しようとした瞬間、イオルス兵団長の用事だと告げられ、仕方なく重い腰を上げる。兵団長の御用なら仕方ない。呼び出しがランランの用事だったら、忙しいと言って代わりにグレイを行かせたのだが。

 顔を顰めながら作戦室の扉を開けると、直立不動のランザラスがじろりとこちらを睨んでいた。気分の悪い時にガンのとばしっこは願い下げだった。ぷいっと視線を外して中に入る。

「遅いぞ。貴様がそれだから隊の規律が弛むのだ」
いきなり野太い声が降ってくる。気分はさらにデッドゾーン。

「いちいちウルサいわね。兵団長もいらしてないし、ちっとも遅くないじゃない。そんなんだからハゲるのよ」

「誰が禿げているか! 貴様のようなだらしのない嫁き遅れに、とやかく言われたくないわ!」

「なっ……! 言うに事欠いて嫁き遅れとは何よ! ランランの分際で! このくそ親父!」

「まだ言うか、この―――」

「いい加減にせんか、二人共」

 呆れたような低い声に、二人は反射的に「気をつけ」の姿勢で振り返った。罵詈雑言の応酬で気がつかなかったが、イオルスは先からそこに居たらしい。

「兵士の上に立つ者としての自覚に欠けておるぞ。お前達の口喧嘩は外まで聞こえておったわ」

 兵団長の叱責に、二人は神妙にこうべを垂れた。