佐知子の歌日記・第五集
佐知子の短歌集3〜日々の暮らし(秋から冬へ)
十八の目が見てる

ネイチャークラフトのトンボ

雑踏をかきわけ進む雨上がり とんぼがするりぬけて行くなり

もどりくる暑さを少しなつかしみごくりと麦茶のどに浸しぬ

長月の雨を恋う人請わぬ人 思わせぶりな天
(あめ)のご機嫌

大空に祭太鼓の音がひびく我が家はお鈴
(りん)が控えめに鳴る

つるつるの門扉
(もんぴ)にバッタがしがみつき一足一足登りゆきたり

雨あがりのこの青空を胸にだきララランランと図書館へゆく

見慣れてる建物だけど「老人いこいの家」にはじめて入る

水やりの鉢からぽんと飛び出でてバッタは次のすみかを探す

台風に祭ばやしの聞けぬ午後ゆっくり二度目の朝刊を読む

肌寒いこんな初秋の夕食はたっぷりきのこのクリームシチュー

娘より竜胆
(りんどう)の鉢をもらいぬ「今日は敬老の日だからね」って

プランターを逆さまにして土ほぐす宿を追われたみみずが五匹

アフリカの国々を歩く夢を見た第一候補はアルプスなのに

石柱に旧東海道と彫られたるミハラ通りはシャッター通り

木の枠の玻璃戸より入る隙間風 強弱つけて太鼓のごとし

集まった担ぎ手わずか八人に大人も入る子供神輿よ

レジ係に「ツルハのですよ」と云われたり あわてて捜すライフのカード

勘違い聞き違いなど多くありわがアクセサリーとするしかなくて

さざ波の寄せる岸辺の能舞台するりすり足篝火に映ゆ
 
月の道・薪能(熱海にて)

台風の去りし朝方あたらしき風入れよと窓開け放つ

親類が集まり来たる秋彼岸 話題は生きる者らの病
(やまい)

まんまるの大きな白菊飾られて少しはにかむ父の墓なり

テレビにて中秋の名月を知りすぐ路地に出て空に確かむ

町会の班長なれば軒めぐり「赤い羽根募金を」と言うんです

リビングに体重計を置いてみる一キロ減に二ヶ月が過ぎ

この十年パーマをかけない剛毛に前髪なぜかほどよく巻き毛

俳壇に衣被
(きぬかつぎ)あり 辞書ひけば なんだ千葉ではオッペシ芋だ

珈琲の香にめざめ朝を知る伸ばす手足がほぐれてゆくよ

保育士の「あっ柿」の声に一斉に園児ら見上げる路地のおさんぽ

雨あがりそれとばかりに眼科へといそぐもすでに患者は五人

「日が短くなってきたね」「ほんとにね」そんな会話をきょうは三回

大雨にワイパーすばやく反応す 時速百キロ盾なる車

この世にはもういない人と思い知る ちょっときついね墓参りって

「秋」にのみ表紙がかかるすりきれた父の形見の俳句歳時記

蒸し暑さもどりてけだるい月曜日 刑事ドラマをじっくりと観る

ホームにてクリームパンを口に入れコーヒーを飲む通勤の女

この映画 筋はとっくに忘れたわ再放送っていつも新鮮

よい年になりますようにと来年のカレンダーを買う十月一日

雨上がりの空気をたんと吸い込めば肺がおどろく青色の香に

換算をすればあのボルトより速く走れるというカピバラの足

強風や地震をすぐに感知する昭和の我が家はスマートハウス

ハロウィンが終わればすぐにクリスマス コンビニで知る歳時記かしら

藻の陰にかくれて金魚お昼寝す えさの気配によたよた泳ぐ

食卓に家族写真を飾り置く十八の目がやんわり見てる

ぬばたまの黒髪復活あるらしい知らずにきのう茶髪にしたわ

全機能使われずにいる我がスマホ質問待ちの教師のように

「虫の音?」と問えば「違うよ耳鳴り!」と云われせつない老い行くパーツ

人様にかかわりなきも秋晴れにこっそり悩む体重増加

ドラえもん観ながらつつくおでん鍋 湯気にほかほか家族が集う

頬つたう涙をふきつつ中五個の玉ねぎ刻む 明日はカレーだ

接骨院ばかりが増えるこの町に内科とマンション少なくくらす

画面暗く視野の低下と気をもむがリモコン操作の誤りと知る

母親は「お昼を買いに行こうネ」と幼子に言う 作らないんだね

割引は5%なりシニアデーいそいそと行くドラッグストア

雨音が歌っているよな夜ひとり つられて足がタンタンタタン

白菜の高値つづきに漬物をひと休みするとひとり宣言

子を背負う八百屋の夫婦にこやかで たくあんうまく出来る予感す

辣韮
(らっきょう)と梅・茄子・沢庵・漬ける吾は東京生まれのカントリー嫗

霜月の小雪まじりの雨の日はテレビにてとくと「ベン・ハー」を観る

挟まったケーキのナッツが取れなくて舌をころがし百面相をする

白菜とたくあん漬けた樽を置く我が家の玄関グルメの入り口

分離してチーズフォンデュー失敗す鍋とワインのせいにしておく

来年は四十歳になる息子 嫁はいつ来る体重いつ減る

歌声のテレビに拍手プロの技 由紀さおりと森山良子

覚えてるつもりでいても次の日はおおかた忘れる健康番組

はじめての駅に降り立ちその灯り なんだか落ち着くセブンイレブン

11月29日はなななんと「イイニクノヒ」で牛肉を買う

股引
(ももひき)はないかと問えば「タイツならある」と答える若い店員

うなりつつポルシェは我を追い越せり 負けじとペダル漕ぐ冬の道

傘カバー・ハンカチ・手袋・道にあり 拾わず過ぎる蒲田駅前

灰色の介護施設のカレンダー 数字大きくメモ欄ひろし

インド人の彫り深き顔に見守られチキンカレーとナンを注文す

笑顔なきトム・クルーズの映画など 醤油をつけない刺身のような
 
「アウトロー」をテレビで観て…

おしゃべりの合間に食べて少し飲む全員主役の忘年会

悪玉のコレステロール上昇に買わない豚肉買えない牛肉

肉眼で世の中みたのは十数年めがねをたよりのああ半世紀

手をくじき腫れたる甲にしわがなく痛みはあれど二十歳の張りなり

手のくじきやっと良くなりなめらかに指でかぞえる短歌のリズム

たまにはと仏壇まわりを掃除する写真の義母(はは)が笑っているよ

満月の白い光を追いかけて赤信号を気づかず渡る

わけもなく気ぜわしくなる十二月 深呼吸せよわが生まれ月

ぴったりと鉛の板を背につけてぎっくり腰の今日が始まる

ハンドルにはちきれそうなレジ袋カゴなし自転車を漕ぐ外国人

飛んでくる黒い糸くずよけきれず老人病ゆえ眼のなかにしまう
 
飛蚊症かも…

外食のつもりが昼はインスタントラーメンになる年の瀬である

現実を告げられるのがこわくって体重計にのらない十日

わが腕は規格の外にあるらしいユニクロのシャツ3センチ長い

炊事終えハンドクリーム塗る夜に今年も冬が来たと思えり

値上がりを告げし灯油屋いつもより素早くポリタン置いてゆきたり

湯気の中がんも・ちくわぶ選びとりいちめんにぬるチューブのからし

染みてくる小指に5ミリの傷口の理由がわからず苛立つ二日

子の話題 もうなくなりておのが身の病を語る忘年会よ

クリスマスツリーやリースを飾りたて新年は氏神様へ参ります

何年も家族そろってクリスマス祝う我が家は日蓮宗なり

年の瀬にもう十センチ背がほしいカーテンはずし窓ふきおれば

年末の掃除したてのガス台を今日は使わず出前とりたい

広告のおせちの写真手本にし正月用品メモ帳に書く

喪中ゆえ用意はせぬと言いながら煮しめ塩辛お餅が揃う

まえうしろ若者多い星の夜 氏神様へ初詣の列

元旦に「電気ブラン」とう強き酒に酔って寿ぐわがファミリーよ

二つ三つ花芽ふくらむサクラソウ春よ春よと正月二日

二秒なり目の前過ぎる若人ら ぐいと胸張る箱根駅伝

ゆがみつつ食いしばりたる白き歯の男子に見とれる箱根駅伝

お節はもう十分なのでポトフーをじっくり煮込む正月五日

正月のストレス全部ためこんで増える体重眠れぬ夜中

寒の朝 指先ふるえて掴みいる洗濯物は冷凍品か

レジに待つ日本男子のかごのなかキャベツに醤油缶ビールなど

鉄瓶の湯気立つ部屋で居眠りすアメリカ映画はハッピーエンド

門番のような雪だるま陽をうけて午後にはあららおばけになりぬ

寒に入りハエが手をすり日向ぼこプランターの隅風やわらかく

土曜日の患者がたった三人の待合室はなんだか不安

無気味なり山手線の昼下がりあいつもこいつもスマホすりすり
(Tamu)
→ 雪の日の山手線の乗客はスマホでゲームしているだけよ

はずすのは辞書をひくとき かけるのはテレビ見るとき わたしはだあれ?
 
→答え…近視メガネ

試にと脳トレゲームのスマホ繰(く)る 反応にぶい暗算できない

大森の洋食屋にてなつかしき海苔の佃煮小鉢に盛られ

大鍋のカレーは二日で食べ終わり またしても増す後悔の辛味

山手線の席につくなり若い女
(ひと) 雑穀米のおにぎりを食う

リビングの芳香剤を詰め替える いっとき森に遊んだような

舟盛りの鯛や平目がピクピクとこちら見てるが我らは食べる
 
真鶴の海鮮料理店にて

たえまなく来る高波に水鳥は春一番を感じたろうか

世話をする甥のまなざしあたたかくボケてる母が結婚式にいる
 
親戚の結婚式に参列

カキフライ六個はちょっともたれるねなんて私は言ったりしない

マスクする女に会釈をしたけれど人違いだと気づく二分後

乳飲み子のほおにそっと指おけば歯のない笑顔万人を救う

あちこちのボタン押せどもグラタンを焼くに手間取るオーブン操作

ウィスキーを口にふくんで飲みほすとなぜだか「カァッー」と言いたくなるね

二枚ならなんなく終わるワイシャツのアイロンがけの三枚はおっくう

その苗字考えなしにもう読めり大活躍のテニスの錦織

恋人を待つかのごとく路地に出る ゴミ当番に待つ収集車

一玉が五百円ものレタスなりカイワレダイコン好きになりそう

冬五輪羽生結弦の金色のうれし涙が銀盤に落つ
 
冬季・平昌オリンピック

どのようにもぐり込んで来たものか わがスリッパに乳液のふた

平成25年〜30年の秋から冬にかけての、日常を詠んだ短歌を編集しました。

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