タイトル■ニューヨーク貧乏 〜金が尽きたら、さようなら〜
書き手 ■マイティー井上Jr

現在ニューヨーク在住のフォトグラファーによる
貧乏生活報告を含めた、ニューヨークの今を伝え
る身辺雑記です。あくまでも1個人のみの視点で
お送りするエゴイズム通信であります。「
セプテ
ンバーイレブンで激減した観光客を1人でも多く
ニューヨークへ呼び戻したい!そんなピュア−な
気持ちもありますよ」という、そんな企画です!


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第22回

 俺もぬいぐるみに話しかけていた ■

なんてコッタ!また雪!
今年に入って7〜8回は降ってます。

雪国生活の経験のない私には
このぐらいの雪でも外に出るのが億劫になります。
雪国で暮らす人の精神的タフさに敬服。


さて、最近これといって個人的には何かあったわけではないので
書く事はないが、ウルフ谷田氏の人形偏愛記事は考えさせられた。

そういえば、俺もぬいぐるみによく話しかけてたよ。
幼稚園の頃から鍵っ子だったので
家に帰り、その日の報告とかぼやきを奴に聞かせてた。

それはスヌーピーで、5才ぐらいのときに
本物の犬の代わりと言って、親爺が買ってきてくれたもので、
当時としては安くなかったはず。
それからというもの、家に帰ると風呂以外は一緒だった。

近所のおばさんが、おんぶヒモで背中にくくりつけてくれ
「おしん」状態で外に遊びに行ったとき、
近所の年上の女の子にからかわれ、
あわやスヌーピーが誘拐されそうになったことを今でも覚えている。

家に帰っても危険が待ち受けていて、
姉がよく意地悪をして隠したり、引っぱり合いになり、
何度となく母親の手によりスヌーピーは縫合手術をうけた。

かなりの重傷患者で、手、足、首、シッポに縫合の痕は残っていて、
姉は勝手に「フランケン」と俺のスヌーピーを呼んでいた。

月日と共にモップのようになっていったが
そんなことはお構いなく、
祖母が「新しい物を買ってやるから捨てろ!」と言った時も
かたくなに拒絶したと、大きくなってから笑い話として聞かされた。

あの時は、ただのぬいぐるみという物体を遥かに超越して、
ほぼ生物として感情移入していた。
ペットというよりは子分だった。従順な文句ひとつ言わない子分。

親に叱られ凹んでいた時、熱に浮かされていた時は
支えてくれ、何時も自分を待っていてくれ、
拠りどころにしてくれていると本気で考えていた。
姉なんかより遥かに信頼できる頼もしい奴だった。

そんなスヌーピーも小学校に行きはじめ、
友達が増えるに従って接する機会は減ったが
5〜6年生までは一緒にふとんに入っていた。

いつ捨てられたかは覚えていないが、たぶん
「大きい子が、いつまでもぬいぐるみと遊んでいるじゃない。」と
取り上げられたように思う。

今、実家にいたら「大変お世話になりました」
「最近どう?」とまた話しかけるだろう。

そうすると「ニューヨークはどうよ?」
と返答してるような錯覚をしてしまいそうだ。

これは年齢に関係なく、
あって然るべき感情だと思っている。
だから、映画館のおじいさん、
谷田氏の友人の気持ちが少しわかる。

ただ、程度の差と言ってしまえばそれまでだが、
「彼女よりぬいぐるみが良い。」
とは何かトラウマがあるとしか考えられない。

たぶん彼らにとってぬいぐるみは
傷を癒す薬で、その傷が癒え、
ぬいぐるみ依存から離れることを祈らずにはいられない。

ところで、ニューヨークでは
クマのぬいぐるみがいろんなところで売っていて、
特に今はバレンタインだからだけど、
結構いい親爺が堂々とクマを抱えて帰る微笑ましい光景を目にする。

また、消防車やトラック、チャリンコに
でかいのがマスコットとして付けられたりしていて、
クマさんだらけの街だ。

なぜかアメリカ人はクマ好きのようだ。


(つづく)




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