BODYGUARD.

 

 

 




レグルスEセンター別館のメイン使用権が”B.L.”にあるとはいえ、実のところはメンバー6人こっきりで使用しているわけではない。
もちろん、巨大な建物を3つも占有している、星代表であるEセンター本庁とは比べようもないが、”B.L.”メンバーが当然本庁のいろいろな部屋を使うように、本庁勤務の者も別館の資料室やトレーニングルームを有効利用していた。(ただし別館の食堂・喫茶室は機械制御で料理に人の手は入らない。味気ないと感じる者は自分で食材を持ち込んで調理するか弁当持参か本庁の食堂まで食べに行く。本庁と別館は300m近く離れているので、食事のためだけに往復する者はあまりいないのだが)
 週明けは活気に満ちた者が、週末は異様にハイな者が多く出入りしては資料を漁ったりトレーニングルームでハイスコアを競ったりするが、週の中ごろは比較的静かなものである。そんなわけで、週なかのこの日はそれほど人の気配が濃くない。さらにひとけの減る午後2時頃に、ディレッガーは分厚いファイルを9冊抱えて司令室に入った。自動扉のプレートを『使用中』に変え、大きな丸テーブルにファイルを投げ出す。

 部屋の真ん中に丸テーブル、椅子6脚。角のほうにでかいテーブルと予備椅子2脚。反対側の角にはパソコンが1台。天井はライトと、今は片付けられているスクリーン。入口の扉の向かい側の大きな窓には淡いグリーンのブラインドが下ろされている。あとは観葉植物の鉢が2つほど。床や壁、備品がやわらかいアイボリーの色調でまとめられているこの部屋は、これしかモノが置いていないわりにはやや広すぎる感じだ。
 真ん中のテーブルに、5人はもう着いていた。
 厳密に言えば、席に着いているのは京、冬青、マフィの3人で、ケイティと雪尾はワゴンで茶を淹れている。さらに厳密に言えば、雪尾は紅茶を3人分、ケイティはコーヒーを2人分淹れたところだ。紅茶はティーサーバーから、コーヒーはサイフォンと、略式ながらこだわりの伺えるスタイルである。
「ディー、コーヒーでいい?」
 空のカップを持ち上げ、ディレッガーを振り返ってケイティが訊ねると、彼は椅子に座り1冊めのファイルからぺらい書類の束を取り出しながら、
「ああ。ありがとう」
 顔を上げて礼を言うと、手元に1部残し隣へ回した。
 そうして書類が全員に渡る頃、カップを配り終わった2人も席に着く。
「ごくろうさん。で、仕事だ」
 ねぎらいの言葉と次の指示をディレッガーがいっぺんに伝えると、向かいから5つの声が、
「うぃーす」
 と返った。
「しかも良いんだか悪いんだか、ボディガードばっか。学会近いからな」
 というディレッガーの言葉に、護衛が得手ではないマフィが、
「げー」
 テーブルの上に半身を乗せ、つぶれた形で頬杖をつきながら呻いた。他のメンバーはオトナなので態度には出さないが、もともと犯罪者を狩るのがメイン業務の行動処理課Aランクにとって生身の人間を守る護衛はちょっぴりイマイチな気乗りだ。
もちろんイマイチだからといってミスは許されないし、とりあえず庇護者を守れなかった件はないのだが。


 司法をあずかり犯罪と犯罪者に対抗する部門、それに協力し能力の発揮向上を担う研究部門、そして住民登録など一般市民の皆様の窓口となる人事部門、3つを合わせたこのお役所を中央管理局(センター)という。八惑星間共通の公務組織として発足してから30年を超えたところだ。
 そして対犯罪(者)部門の片柱である行動処理課の上位能力者をぽつぽつ拾ってきて作られた”B.L.”――"BLUE=LEOPARD"というチームの構成員は非公式(というかヒミツ)なのだが、本当は今ここで丸テーブルに着き書類眺めながら茶をすすっている6人のことである。
 ぽつぽつ拾ってきただけあってそのメンバーは個性バラバラで、出身地も違えばリーダーであるディレッガーと最年少のマフィとでは年齢差が16もあったりする。
 もともと単独もしくはペアでの行動が基本の行処課員をチーム編成とした初例が ”B.L.”であり、今は結成されてから4年すぎた頃である。他人になじまない性格の面々が相手を認めるまで1、2年ほどかかったが、もうたいがいのことはオッケーになって久しい。このチーム編成はまず成功したといえるだろう。

 出入り口の扉に背を向けるようにして座っている、グレーのシャツに黒ネクタイの男が、チームリーダーのディレッガー=トルク。
 実年齢は30歳を超えているが後天的な体質変化により年を取りにくくなっていて、肉体年齢は27,8歳でストップしている。老衰ならば150歳まで生きる人種の彼なので、27,8歳といえばまだひよこだ。そのわりに持つ雰囲気が大人びすぎていて、仲間うちでは「親父」とか呼ばれたりもする。
 2mほどの身長にがっしりした骨太い体格。立っているだけでそれなりの存在感を持つこの男、夜道を歩けば前を行く女性にビビられ、子どもを見下ろせば泣かれたりする。が、本人あまり気にしていないようだ。
 髪は暗灰色、瞳は茶。左の目尻に傷がある。プライベートでは現在、年齢がひとまわりも下の女性、というより女の子、ていうか見た目はかなり男の子、と兄妹(というより父娘)のように同居している。
 そのディレッガーを6時の位置に、丸テーブルを時計回りにして隣に座るのがケイティ=ラウド。女性。ふんわりした暖かな笑みで人々を和ませる、金髪碧眼の『癒し系』美人。背をおおう長さだった髪は少し前に起こった事件の最中に自分で切ってしまって、今は顎のラインでそろえられている。
 メンバー唯一既婚者だがダンナはすでになく、早くに産んだ愛娘セイラは今年9歳で、”B.L.”陣のマスコットだ。
 詩心のある者には「凍てつく氷土に春をもたらす」とか言われ、信望者が遠くからうっとり見守る彼女の中身は実はおちゃめがぎっしり詰まっている。それを知り被害を被っているのは主にかけもちしている研究課のほうで、それでへこむほどヤワでもないのがこっちの”B.L.”陣。
 呼び出しにその研究課から駆けつけたらしく、胸元の広く開いた暗赤のフレアーワンピースの上に白衣を羽織っている。
 ケイティの隣は北見冬青(きたみ=そよご)。女性。地球出身で漢字の名前を持つ者は髪や瞳に黒い色が入ることが多いが、彼女は明るい栗色の髪を肩をすぎるくらいの長さでシャギー入れて軽く跳ねさせている。瞳は深青。
 ケイティとは逆にクールビューティ系で、本当はあねご肌な性格なのだが他人の第一印象は「美人だけど冷たそう」「カッコよくてお近づきになりたいけどヘラヘラしてたら切って捨てられそう」である。
 車に乗るのも車をいじるのも大好きでスピード狂な彼女は車に限らずメカ全般に強く、ヒマな時はたいていスパナやドライバーでなにかを組み立てたり壊したりしている。その最中に呼ばれたのか、今は白のツナギ姿。
 冬青の隣、ディレッガーの真向かいに座ってコーヒーカップを傾けるのが麻直京(まなお=きょう)。
男。180cmの身長に均整の取れた肉体、黒髪で前髪をやや長めに伸ばし、瞳は緑。
 イヤミのなさそうなところがイヤミなんじゃねーかという二枚目で、自他ともに認めるフェミニスト。性別が「女」に限り、下は乳児から上は老婦人まで分け隔てなく親切親身。下は乳児から上は老婦人にまで初対面で嫌われたことがないという実績は、フェミニストが徹底していて女性の力になりたいという気持ちが相手に(乳児にまで)伝わるからであろう。女性ウケするフェロモンも出しているのかもしれない。
 いわゆる女性関係も手広くソツなくこなしているが、”B.L.”結成してしばらく後から、冬青とは恋人同士である。京の女性交遊にはあまりこだわらない器の大きい冬青だが、たまにキレて京の左頬に手形をつけたりもしている。
 そのくらいのものであまりケンカらしいケンカもなく、かといって甘々な雰囲気でもなく、他者から見れば仲間なのかつきあってるのか線引きが難しいところであろう。
 なのでふたりの事情は”B.L.”以外にはあまり洩れていない。本庁から呼ばれたのか、行動処理課の制服、淡茶ベースに黒ラインの入ったジャケットを着ている。
 京の隣はマフィ=F=レード。14,5歳にしか見えず性別不詳な外見と雰囲気だが、これでももうすぐ17歳で、いちおう女の子である。
 茶褐色の髪はショートで、同じ色の瞳は大きい。色が白く鼻が小さく口も小さいため、キレイに着飾れば美少女風にもなれそうだが…やっぱりその瞳の強さで不可能だろう。
 実際のところ「男の子っぽい女の子」というよりは「女の子っぽい少年」な印象である。もっと言えば、「女の子に見える外見を級友にからかわれて華奢な体をフル活用してケンカで勝ち相手を泣かせるような少年」の印象である。
 そしてそのイメージを裏切らず、中身も鉄火で過激で直情ストレートだ。オプションで毒舌もついている。プライベートでは現在1つ年上の彼と兄弟(もしくは兄妹)のように同居している。
 トレーニング&シャワー後らしく、Tシャツに黒の膝上スパッツ、肩にタオルをかけていて、首を振るとまだ髪から水滴が散った。
 マフィの左隣でディレッガーの右隣が、こちらもまだ髪が生乾きな浜名雪尾(はまな=ゆきお)。
175cmの身長のわりには細身で、ショートの髪はセピア。同色の瞳は目尻がやや上がり気味で澄んでいて、鼻筋まっすぐ唇うすく、肌はきめ細かく白く、要約すると「猫的超絶美形」。
 性別は男だが京というより冬青系、クールビューティ極まって氷よりも闇の印象の強い、魂抜かれそうな美人ぶりである。
 当人それを百も承知で幼少の頃から趣味は女装(完璧率99.9%)、それが高じてか性嗜好はバイ・セクシュアル。(…だったが現在はプライベートでこれまた超絶美形な彼と暮らしていて、永劫この彼限定になってしまった。長い片想いが実った結果なので、雪尾としてはこれ以上の幸福はない。)
女装時はその演技力により精神年齢が上がるためか、事情を知らないセンター員からは「美人姉弟」と思われていたりする。
 「性根が歪んでいる」(京・談)ため、にっこり笑いながら誰にもなつかず、高笑いしながら鬼畜なコトもいろいろする(メインターゲットは京)。
 髪が生乾きなのは女装を解いてシャワーを浴び、オリーブグリーンのたっぷりしたプルオーバーとジーンズに着替えたからだと思われる。センターの言い分に難癖つけて協力を渋る余所のオヤジ連中には、あでやかな美女を演出して色香に巻いて交渉を成立させる策もある。今までオチなかった人間はいない。

 ”B.L.”構成員は機密扱いのため、別館は”B.L.”メンバーがメインの使用権を持つとはいえ、ほとんどの行動処理課員は出入りできる。そうして外向きには「”B.L.”メンバーとは何人いてそれは誰なのか」をはっきり示さないまま、当人以外のセンター員も誰が”B.L.”なのかははっきり知らない。
 その”B.L.”の、正式メンバーがこの6人なのである。


 「概要見てもらえばわかると思うが」
 コーヒーを一口飲みながら、ディレッガーが皆にも回した薄い書類をひらりと振った。
「護衛が8件来てる。で、ちょうど俺たちはスケジュール的にどれか1件ずつ担当することになるだろう。残り2件をA−2かA−3班で分けることになってるから、悪いけど即決で」
「護衛ねぇ」
 頭の後ろに手を組んで椅子からのけぞりながら、斜め下の目線で書類を眺める京。テーブルにつぶれているマフィ以外はおとなしく書類をめくって見ているが、顔やオーラにはっきりと「うざい」とにじみ出ている。
 そんな全員を見回し、もう一口コーヒーを飲んでから、ディレッガーが、
「とか言いながら、条件や難易度からして誰がどれを担当するのかはだいたい決まってそうなんだがな」
 自分も書類をめくりながら続ける。
「難易度は、難しいヤツが2件、比較的易しそうなのが1件、やや難が1件、残りは普通。ちなみに護衛対象が、76歳のじじい、42歳の女性、28歳の女性、26歳男、15歳少年、18歳の女の子、貴族、詳細まだ不明。5件が学会がらみ」
「男やだなー」
「貴族やだなー」
「じじいやだなー。おじいさん、とか老紳士、ならいいけど」
「難しいのやだなー」
「あたしなんでもいー」
 京、雪尾、ケイティ、マフィ、冬青の順でだらだらと挙手する。ディレッガーはケイティに「たぶんじじい」と告げてから、冬青に向き直り、
「本当に?」
 なんでもいーと言った冬青は、ディレッガーにちょいと肯いてみせた。
「難しいのはやだけど、それは2つなんでしょ? 8つあるなら、みんなが1つずつ選んでも残り3つでしょ。3つの中から選べるんならそれでもいいよ」
「ほんっと、冬青っていい女」
 一見そうは見えないが本心から言われていると4年の付き合いでもうわかっている冬青は、ディレッガーに「でしょ」とウィンクしてみせる。
 マフィが京を真似て、頭の後ろで手を組みのけぞって椅子の前脚を浮かせ、膝をテーブルの裏につけてゆらゆらバランスをとりながら、
「希望を口に出すくらいの権利はあるじゃん。どーせ他にもいろいろ条件があって、結局京は男で雪尾が貴族でケイティがじじいとか言うんじゃないの?」
 半分投げやり口調なマフィの台詞に、ディレッガーは重々しく肯いた。
「おおむねその通り。京は男で雪尾は貴族」
 つるりと言われた京と雪尾が同時にテーブルに手をついて立ち上がる。
「「なんだとう!?」」
 ユニゾって怒鳴る2人を無視してディレッガーはケイティに、
「ちなみにケイティはじじいでなくて少年」
「まあ。日頃の行い?」
 ケイティは背を伸ばして両頬を手のひらで押さえる。ふんわり言われたその言葉に、本人以外の5人が一瞬、
『いいのか!?』
 と戦慄した。
 唯一それを顔に出さず心中にとどめておいたディレッガーがいち早く立ち直り、
「俺が28歳女性でマフィが18歳少女。お言葉ありがたく、冬青は残り3件のうちの1件」
 業務報告を続行する。
 京がディレッガー担当と言われた人物に反応し、声をつぶした。
「28歳じょせえー〜? 美人?」
 ちらりと空を見た後、ディレッガーが、
「そうだな」
 すると京はマフィのように椅子の前脚を浮かせ、マフィよりも激しくガタガタ椅子を鳴らしてスネた。
「いーいぃーなーあー」
 テーブルが揺れて6個のカップがブレる。自分のカップを持ち上げて被害を回避しながらディレッガーが無表情で「じゃあ代わるか?」と言うと、京はピタリと動きを止めた。
「俺的にはな、どれでもいいんだ。じじいでも男でも」
 その言葉がダメ押しになり、京は足を床に戻してぶるぶるかぶりを振る。
「じゃあやめとく。難しいんだろ」
「まあな。 …そこで目つき悪くしてる奴もとりあえず聞いとけよ。順に根拠挙げるから」
 斜め前にちらりと視線を走らせ、書類に戻る。機嫌の直らない雪尾は仏頂面で腕組みしたままディレッガーを睨んで動かない。
「まず俺。28歳女性、地質学者。理由は8件の中でいちばん長期で惑星間の移動もアリで十中八九狙われることがわかってるから。難易度は『難』」
「期間は?」
「前準備も含めて11日間。他は…10日、7日、5日2件、6日2件、3日」
 ケイティの問いに顔を上げずに、ファイルの中からもう1枚書類を引き抜いて読む。
「難易度がいちばん低いのがマフィ。18歳女性、植物学者、7日間。依頼人の話からして命を狙われるというより誘拐のほうが心配らしい」
「今年の学会…植物学科はフィンアルだっけ」
 学会情報に明るい雪尾が顎に手を当てて呟くと、隣でマフィが舌打ちした。
「奴隷狩りと重なるってか」
 男尊女卑や身分制度が根強く残るフィンアルは、女性の誘拐や殺傷事件が他に比べて群を抜く。奴隷狩りという因習も残っていて、年に数回あちこちで行われるそれは、自星者・旅行者問わず女性の誘拐・拉致監禁・傷害・殺害事件が普段よりさらに増加する。
 センターも総出で警戒にあたってはいるが、もともとフィンアル人は他星人との遺伝子交配率が極めて低いので、性奴隷として他星の闇市にも出され続けてきたのだ。
 身分差別が激しく治安も良くないフィンアルでは、急激にこの闇の歴史の流れを止めることは難しい。
 地道な努力の積み重ねで年々減ってはいるが、そうすれば今度は低い身分や旅行者であれば男性も捕まり売り飛ばされ始めているらしい。
 お年頃、という以前に個人的なしがらみもいろいろあって、人一倍母星に愛のないマフィが眉間に縦皺を3本も刻んでいると、
「地の利ってのもあるし…余談だが、依頼人の希望は『年の近い女の子』。ま、難易度低いし。希望は適ってるだろ」
 ディレッガーがマフィに向かってひょいと右肩をそびやかしてみせる。マフィは肺の空気を細く長く吐き、腕を組んで深く肯くと、
「そだね。日頃の行いのおかげかな?」
『いいのか!?』
 今度はマフィ以外の5人が硬直する。チームメイトを固まらせたマフィはその事態に気づかず(あるいは無視し)、腕を組んだままディレッガーに首をかしげた。
「でもその『年の近い女の子』ってなんだ? ふつう護衛って、ディレのよーな男を希望しない?」
「だから難易度が低いんだ」
 やはり動揺を外に出さなかったディレッがーはとりあえず我にかえり、チームリーダーとしての自分を取り戻す。
「ガーダーとしては重要視されてないってこと。ただし危険度が0%なわけじゃない。だからマフィ。スタミナ面でガーダーには不向きだが、フィンアルで有利に動ける瞬発力はある」
「フィンアル、ESPER多いしね」
「非常時の瞬発力を期待するなら、並なESPERじゃダメってことか」
 冬青と京の言葉に、ディレッガーが肯く。
「そう。ESPERが多い場所、つまり犯罪防止用の対ESP装置が多い場所。それを超えるESPレベルでないと。幸い、他を見ても特にESPERが必要な件は入ってないようだし」
 他星に比べて平均的に治安が悪く、また古い因習も影響してか、フィンアル人は平均寿命が他に比べて短い。短いからなのか、それともだから短いのか、フィンアルは高能力のESPERが多かった。
 ESPER(エスパー)――八惑星の人間を遺伝子配列で6星人に分けるのとは別に、能力的に分類した場合の、3点の一端を表し、ESP検査で陽性と出る特殊能力を持つ者を示す。大きくESP能力(精神感応系)とPK能力(観念動力系)に分かれ、マフィは八惑星で登録されているESPERの中でも十指に入るほどのPK能力者だ。
 これが、マフィが若干10歳でセンター入りを認められ、さらに12歳で”B.L.”チームメンバーに選ばれた理由である。
「じゃ、同世代の子として庇護者とおトモダチしつつ、奴隷狩りから守ればいいわけ?」
 言いながらもなんだか腑に落ちなくて、つい念を押して確認してしまう。『なんだそのおトモダチってのは』と上目で伺うマフィに、ディレッガーはうーんと唸って、
「どっちかってーと、学会出席の学者ってことの方を頭に入れといたほうがいいだろうな。詳細は情処から来てるから見てくれ。やはりこちらも本人の身柄目的の誘拐ってとこか」
 わかったようなわからないような、すっきり納得できない自分の心情に素直に従い、マフィは眉を八の字にして目をまんまるく開けたまま、首を60度ほど傾けた。
 全身ででっかい「?」を示す彼女に、ディレッガーは肩をすくめてみせる。
「危険度が0%じゃないって言ったろ? 比重はこっちのほうが重いんじゃないかと俺は思うね。先回の学会で不穏な動きがあってな。…彼女は、ライヴァラーザを学会で発表した学者なんだ」
 ライヴァラーザ。
 という言葉に、3人が中途半端に反応した。
「ライヴァラーザ?」
「聞いたことあるな」
「なんだっけ?」
 腕を組んで空を見るマフィ、京、冬青。記憶力のすさまじく良い雪尾は目を細め、自分の管轄であるケイティが「へぇ」と冷めたあいづちを打つ。
「『森』の、変身能力のある植物」
 ケイティの説明に、3人ともすぐに思い出し、顔をしかめて肩を落とす。
「げ」
「あれか」
 規模は様々だが『聖地』と呼ばれる特殊な森が八惑星内には点在する。普通の人間を寄せつけないその森には未知の不可思議な動植物が棲息し、ライヴァラーザはそのひとつだった。
 個体数が少なくきわめて育ちにくいその植物は、まだ種も作れない若木のうちから捕食されるのを防ぐために、触手に触れたものの遺伝子情報をコピーし、違う植物に『化ける』。
 それに目をつけた某組織がよからぬことに使おうとし、結果ディレッガーたちでその組織を再起不能に潰した件が数ヶ月前にあった。
 あまり愉快な記憶ではなく、いろいろ思い出してしまった3人がさらにシブい顔になる。
「あれはずいぶん利用価値の高い植物だ。ケイティの話じゃ、きわめて数が少なく『聖地』の外では育たないらしいが、だからよけいに情報が欲しいんじゃないのか」
「今回も狙われる可能性が?」
 わずかに緊張し、背筋を伸ばしてディレッガーを見つめるマフィに、首を一度横に振る。
「狙われる可能性としちゃ今回に限らず四六時中だと思うが。請け負ったのは7日間だ。それも狙う組織の壊滅ではなく、護衛」
 マフィは肯き、
「…なるほどね。0%じゃない程度の可能性なんだ。了解、引き受けるよ」
 自分の内で打算し、折り合いをつけると、ディレッガーにもう一度肯く。
 行動処理課上位ランクの仕事は、上から無理を通されることが比較的少ない。引き受けるか受けないかの判断は、状況や自分の能力と照らし合わせて、本人が決めるのだ。
 自分も含めて人の命に関わることが多いので、受けるかハネるかから始まってすべての判断を本人が決める。無理を要請されても、とりあえずセンターもバックアップを惜しまない。ということはつまり、結果がすべてで失敗は許されないということだ。
 特攻タイプで護衛の苦手なマフィだが、求められているのが瞬発力とPKだとすれば難しいことではない。
 マフィの返事にディレッガーも肯いた。
「よろしくな。 …さて、次、京。26才男性、5日間。難易度は『並』」
 次ページをめくって読み上げるディレッガーを眺めつつ、気の抜けた声でとりあえず質問する京。庇護者が男だというだけで気力が半分萎えている。しかし仕事に私情をはさむのもカッコ悪いので一応確認。
「なにもの? 学者?」
「いや。某新新興宗教の『ご神体』らしい」
「ごしんたい? なんだそりゃ」
「さあ」
 無宗教の京が理解しがたく訊ねると、同じく無神論者のディレッガーはあっさり返す。
 2人の会話は途切れてしまったが、かといって何かしらに入信している者はこの場にはなく、沈黙は続いた。
「巫子のことなんじゃないの?」
 とりあえず雪尾が可能性を挙げてみる。ディレッガーは書類をめくったが、答えは見つけられずに、
「情報課。資料不足だな」
 とひとこと言ってこの問いかけを強引に終わらせた。
「この宗派、2派に分かれてモメてて、分離した派がもう一方に残った『ご神体』はニセ者だとか言って消そうとしているらしい。…なんかやっぱり巫子っぽいか? あんまり資料が回ってないのは情報課のせいだけじゃなくて、あちら側の思惑とか都合もあるのかも。引き受けてから詳細、ってことかな」
「なぜ俺?」
「地の利から。5日間の護衛はアルパレスのディアナ都市とその周辺がポイントだから」
「……」
「出身都市だよな。地理、頭に入ってるだろ」
「まーな」
 あくまで気乗りしないのか、それとも別の理由からか、顎に手を当てて俯き加減な京に、
「でもまあそのくらい…もひとつ言や、依頼人の希望が『若い男』ってくらいで、誰かとトレードも可能だと思うが。俺と替わるか? 冬青と協議して違うヤツでもいいが」
 依頼人の希望というのは、とりあえず言ってみろ的なニュアンスで、条件の順では最後につくものである。どれでも良いと言ったディレッガーが選択肢を示すと、京は眉間に皺を寄せる。
「ディレとだけは嫌だ」
「美人だぞ」
「惑星移動のあるガードなんて嫌だ」
「宇宙船が落ちる心配はないと思うが」
「なんで?」
 雪尾が口を挟むと、ディレッガーはなんでもないことのように、
「船が並でないからさ。最高級のVIP御用達、クィーンセレスだ」
 と答えた。船の名を聞いて5人は目を開く。冬青が口笛を吹いた。
 クィーンセレス号は流線型のフルメタル・ボディで連邦所有の宇宙船である。船そのものの耐用年数を短めに設定していて、それをクリアすると代替えする。今まで民間人を乗せたことは数えるほどしかなく、些細な事故すら起こしたこともない、安全性AAAクラスの客船だ。
 しかし過去AAAだからと言ってこれからなにがしかが起こらないとも限らないので、
「ますます嫌だ。そんな超ゴーカ船でくつろげないなんて」
 京はしわい顔で却下した。
 マフィほどではないがやはり特攻系の京は、護衛という『たるい緊張感』が好きではないのだが、そういう意味では庇護者が男であるほうが仕事と割り切れてやりやすいだろうかと気持ちを切り替える。しかも男ならば若いほうが自分で動ける分護衛しやすい。無茶な行動を起こされない限りは。難易度も『並』だし。
 …相手の希望も『若い男』というのも気にならなくもないが、えてして普通は『若い男』がガーダーに希望されるものではある。
 …そう、思いたい。
 過去にオトコ関係で2度ほど世にもおそろしい目に遭っている京としては、己の第六感を信じたくない気持ちだ。
 そんな京の胸中を知ってか知らずか、
「ま、考えてみてくれ」
 そう言ってディレッガーはケイティに向き直った。
「で、ケイティ」
「はい」
 ケイティは良いお返事をして、膝の上に両手を置き背筋を伸ばしてディレッガーを見る。
「パスミア大陸にいる、15才の少年。この少年の生体データが狙われている。従って誘拐と殺害の阻止。で、ここまで護送する。期間はガーダー次第、最長1週間。やや難」
「ここって、Eセンターのことね? ガーダー次第の期間というのは?」
「ああ。着いた後のガードは行処でまた選出するそうだ。期間は…」
 ディレッガーは書類をめくりながらコーヒーを一口飲み、
「某犯罪組織の犯罪証拠が、少年の生体データに溶け込んでいるという話。暗示で深層心理に埋め込まれているのか、生体データが歪むほどの記憶なのか、それとも物理的に肉体に何か食い込んでいるのか、よくわからない。そのへんを見極められる人物がガーダーだと都合が良い。さらに、もしも生体データに溶け込んでいるとか、半外圧的な事象なら、それは少年に悪影響はないのかどうかを察知でき、あればそれを軽減できる人物が都合が良い。そして実際生体データが歪んでいるとしたら、彼本来のIDカードが使えない。使えないと、街での行動がかなり制限される。とりあえず今この場に本人がいないので、再発行も偽造もできないし、ヒマもない。問題の事件について10日後に裁判なので、それに間に合うように連れてきて欲しい、と」
 パスミア大陸は、Eセンターのあるここ、リーグ大陸とはレグルス星の反対位置にある。ここまで護衛するには、
「暗示が得意で人間の気配に能力的に敏感で、具合悪いのを癒せて、街以外にテリトリーを持つ人物…」
「まさしくケイってか」
 京が空で条件を並べ、冬青が締めくくってケイティを見た。
 条件的に厳しいものばかりがそろっているが、中でも特にマズいのは、『IDカードが使えず、街で動きにくい』ことだろう。IDカードとは己の身柄を証明するもので、キャッシュカードも兼ねている。(防犯のため、現金を持ち歩く人間は年々少なくなっているが、完全に消えてもいない。裏商売では現金がすべてという事象も深く関係しているのだろう)
 カードには『バイオパターン』と呼ぶ、双子でも複製でも共有しない個体の生体情報が刷り込まれていて、本人が本人のカードを持って初めて身分証やキャッシュカードとして機能するものである。
 本来ならば成長しても変化することのないバイオパターンの、本人のほうが歪んでしまっているとしたら、彼のIDカードは彼を持ち主と認めない。街ではIDカードなしで動ける場所は少なく、高度文明惑星であるレグルスで街を通らずに大陸移動というのは相当シリアスでシビアな条件だ。
 そこでケイティの出番、ということなのだろう。
 前述の通り、一般に使われる「××星出身の○○人」という名乗りとは別にまた、特殊能力で分類する方法があり、これだと人間は3種類に分けられた。
 1つは、特殊能力を持たない、または自分にのみ限定された能力を持つ者。『一般人(ノーマル)』と言い、八惑星の人間のほとんどが『一般人』である。
 1つは、ESP検査で陽性を示し、ESP能力もしくはPK能力を持つ者。『ESPER』という。
 そしてもう1つが、『森の巫子』。ESPERは、一般人がESP(PK)能力に目覚めてESPERと『なる』ものであるが、それとは違い、『森の巫子』は『森の巫子』として生まれ、ふるう『至然力(しぜんりょく)』は能力と言うより体質に近い。人間以外の生き物、とりわけ植物と感情の交流、意思の疎通があり、癒し系である至然力を使い、各星の各大陸に点在する『聖地』と呼ばれる特殊な森――開拓を拒み、一般人が立ち入れば迷子(最悪は餓死や森内の生物に捕食される)、ESPERが立ち入れば狂死するというその森を、唯一自在に行き来できる、自然にもっとも近い位置に生まれつく人間。それが、『森の巫子』。
 公にはナイショで文書にも記録されていないのだが(元来『森の巫子』はESPERのように管理記録されるシステムにはなっていない)、ケイティは『光主(ひかり)』という、『森の巫子』の頂点に位置する者なのである。
 高位の『森の巫子』であるとセンターに認識されていて、実際最高位の光主であるケイティならば、一般人の少年を連れて森を移動することも可能だし、至然力である程度はカバーできる。怪我の治療など、どこをどうすれば治るのかがはっきりわかっている時は、ESPERによるPKの応用のほうが有効だが、調子が悪かったり疲れて微熱が出たりという、体調・体力的な問題の場合は、癒しの力である至然力が効くのだ。
 そのあたり、すべてを納得した上でなお、ケイティは首を傾げる。
「条件的には雪尾さんも半分は該当するけど。トレード可能?」
「いや、雪尾は貴族担当だから」
「キャップぅ?」
「順番だからちっと待ってろ」
 棘でギザギザの雪尾の声を振り向きもせず一言で片づけて、ディレッガーはケイティに続けた。
「すまないが、この件はケイティと他では成功率が違いすぎる。受けてくれないか」
 ケイティは肩をひょいとすくめて、
「いいわよ。じじいじゃないんだし、よしとしましょう」
 ごめんね雪尾さん、と苦笑して、『やや難』と言われた仕事をあっさり承諾する。雪尾はぶすくれたまま、ケイティに「うん」と肯いた。
 ディレッガーも肯き、また書類へ目を落とす。
「ありがとう。で、雪尾は貴族だから、冬青は残りのじじい学者と中年女性学者と…」
「…あのう、ディレ」
 すらすらと先を続けるディレッガーに、首をすくめたまま小声でマフィがそーっと挙手する。
「…隣の人、すごく寒いんですけど…」
 順番だからと言われておとなしく引いたのに詳細を吹っ飛ばされて、雪尾は腕組みして半眼のまま氷点下の冷気を放っている。今にも吹雪きそうだ。
 ものともせず、ディレッガーは隣に積み上がっているファイルの山から一番上を取り上げ、腕を伸ばして雪尾へ差し出した。
「決定なんだから資料読めよ。ほら詳細」
「納得いかないわー」
 うっすら目を細めた雪尾は、唐突な女言葉も違和感なく、壮絶に美しい。しかしまとう空気がとてつもなく寒かった。
「ケイとアタシのこの扱いの差はなぁに?」
 腕を組んだままファイルを受け取ろうとしない雪尾に、ディレッガーは軽く溜息をつき、ファイルを持って立ち上がると雪尾のそばへ行って、前屈みに顔を覗き込んだ。
「なんだ、拗ねてんのか?」
 雪尾は応えて伸び上がるように顔を寄せ、世の中の男を100人くらいまとめて悩殺するようなうっとりした微笑みで、
「やさしくして?」
 甘い毒を込めて囁く。
 それを見ていたケイティ以外の3人は一瞬固まり、しかしいいかげんつきあいも長いのですぐに復旧する。
「あらまあ」
 わずかに目を開き、口に手を当ててケイティが呟く。
 京が脱力して片手で頭を支えながらテーブルに前のめりにつぶれかけ、
「そうやって遊んでっから、ディレと雪尾デキてんじゃねーかって噂が立つんだぜ」
「えっホント!?」
 初耳な冬青が体ごと京に向き直って聞き返す。京の代わりにケイティが、口に手を当てたままにこやかに、
「そうねえ。立ってるわねえ」
 と答えると、マフィが重ー―――――――い溜息をつき、ケイティを横目で見た。
「…ケイティだろ流したの…」
 ギャラリーを完全無視してふたりの世界を作っているディレッガーと雪尾。今にも指先を相手の頬に触れそうな甘々な空気の中で、声と会話内容だけは、
「そんなら言うけど、相手は貴族。向こうの希望は、『20代美形』。護衛の詳細は依頼主との相談で決める」
 と乾いたものだ。
 マフィがタオルでがしがし髪を拭いていた手を止めて、ヘンな声を出す。
「20代美形ぇ? なんじゃそりゃ。難易度低いの?」
「いや、高いうちのひとつ。雪尾に選択権がないのは、これが情処がらみの仕事だから」
 蜂蜜のように濃密な空気を、立ち上がることでスッと消して、自分の席に戻りながらディレッガーは説明する。
 情処――情報処理課は、行動処理課と並んで行動部門の片柱である。
 行動処理課は元来、強盗・誘拐・ジャック等の突発事件に対応するのが主であり、かたや情報処理課は、麻薬密売や汚職贈誘賄等、地道な調査との連携で息の長いものを扱う。とは言うがけっこう線引きはあいまいで、互いに仕事を引き受けたり依頼したり、協力したりもする。”B.L.”と言えば組織犯罪を対象として動くので、仕事内容は情処に似て、線引きはますます曖昧だ。
…要するに”B.L.”とは、『きわめて小規模の情報処理課+行動処理課』というわけである。
(ちなみに、地道な調査と行動するための情報収集は、情報課という部署が行う。情報処理課と兼ねて扱われることも多いが、とりあえず情報課の人間は前線に出ることはない。)
 雪尾は全国でもあまり例のない、行動処理課と情報処理課のかけもちをやっていて、どちらかといえば情報処理課をメインに動く。もっともそのへんは考慮されて、大きな事件の担当枠に組み入れられたり期間の長い仕事を当てられたりすることはないのだが。
「情処がらみ? がらみって?」
 ディレッガーの省略しきった言葉では要領を得ず、冬青が首をひねる。
「ガードの件は渡りに船だったってこと」
 さらに難しい説明をしてから、ディレッガーは顎に手を当てて、
「俺もよく知らないんだが、情処で調査したいと目をつけていた貴族から、護衛の依頼があった、ということらしい。何か聞いてるか? フォードから」
 情報処理課長の名前を出して、雪尾を振り向く。
「貴族ねぇ」
 こちらももうさっきの花の咲きこぼれそうな雰囲気をキレイに消し去って、斜めに傾けた体を頬杖で支えながら、投げやりにべらべらと書類をめくる雪尾。
 眉を上げ、半目で事務的に眺めるようなその表情が、ふいに改まる。ページをめくる指を止め、わずかに見開いたその瞳を今度は細めて、
「…マクナイトか」
 ややシリアス味を帯びたその呟きに、向かいのケイティが首を傾げた。
「なぁに? 聞いても良い内容?」
 自分の声の重さに雪尾は気づき、振り払うように湿った髪をかき上げて、ケイティに肯く。
「レグルスの貴族で、レベルは中の上、最近大きく企業進出してきたのが、マクナイト家。ネットワーク形態がハイレベルで、情処課員がハックできなくて苦戦してる」
 これはオフレコ、と雪尾は唇の前で両手の人差し指を重ねてばってんを作る。
「なんでハックしたいの」
「さあ。詳細知らない」
「今回は? 内部侵入してハック?」
「うーん…そうだな」
 マフィの問いには肩をすくめ、冬青の質問には資料を見返して、
「内情調査? 不審な点もあるようだし」
「どのくらい不審?」
「かなり。マクナイトを訪れて、そのまま行方知れずな人が複数いるらしい」
 ケイティには目を細めて答える。京が頬杖ついたまま、「うっわ」と小さく呻いた。
 ディレッガーが顎に手を当てながら、
「護衛の件も全然背景が見えてこない。胡散臭い。プラス内偵。よって難易度が高く、担当は雪尾」
 情処がらみで内偵とくれば、誰の手が空いていても雪尾に打診されるような仕事だ。一見博愛なふりをして実は心がとても狭い雪尾はしかし、相手が貴族ということで渋い表情を崩さない。
 政治に携わる議員の半数以上を占める『貴族』とはすなわち家柄を示し、古ければ古いほど位が高いとされる。
 遙か昔から比較的裕福な家が、その家を潰すことなく保たせてきたという証の称号である。財がある上に古いものを守ってきたということもあり、概して貴族は身分にこだわり、他人を見下したり我を通すことにプライドを賭けたりする者が多かった。世間ではなく自分の基準で動くので、それがたとえば『犯罪』であっても罪の意識がないことも多い。
 もちろんまっとうな感覚の貴族もちゃんと多く存在する。しかし見た目が良いうえに比較的そういった者たちの『コレクション欲』を刺激するタイプであるらしい雪尾は審美眼は確かな貴族に目をつけられ、常識から外れた無体もいろいろしでかされてきた。『貴族』というだけで拒絶反応が出てしまうのも仕方ないと言えるだろう。
 低い身分だが貴族の家出身であるマフィが、まるきり他人事の顔で、
「なんで条件が『20代、美形』なの?」
 どちらかというと貧しい家で、スラムに近い下町出身の冬青が、これまた他人顔で、
「美しいものをはべらせるのが好きなんじゃ? 貴族って多そう」
 実家は第一級の貴族で(実は自分は嫡男で)小さい頃からお家のごたごたに巻き込まれまくっているため雪尾の不機嫌もよく理解しているディレッガーが、しかし他人顔で、
「マクナイトの人間からして美形揃いだって話だ。先天的なものか、後天的なものかは知らないが」
 父も母もセンター員、実力主義と貴族のコネを使ったセンターへの介入と、両方を知っている京が、やはり他人顔で、
「んじゃせいぜい目の保養…って、別にいらねーか雪尾の場合。鏡1枚と彼氏の顔見てりゃ」
 ごくごく普通の家庭に生まれながら自分は光主、ある意味もっとも身分に関係なく、または最高位とも言われかねないケイティは、自分の位置よりもその性格により他人顔で、
「でもやっぱりタイプ違う目の保養もしたいと思わない? どうかな?」
 ケイティの言葉を受けて、5人が何とはなしに雪尾に注目する。
 生まれを言えば京と同じサラブレッド系、より優秀なセンター員とさせるべく最優秀の情処課員と最優秀の行処課員との人工授精で生まれた雪尾は、5人の視線にまったく反応せずに、腕を組み、渋い顔のまま沈黙を守る。
 すると今度はこそこそと、
「あれは『別にわざわざしなくてもいい』って表情?」
「雪尾ってナルシー入ってたのか。納得」
「のろけなんじゃ?」
 小声で言い合う冬青、京、ケイティにマフィが呆れて、
「…あんまり逆撫でするなって…」
「ま、そーゆーことだ。後でフォードと打ち合わせしとけよ。俺も行けたら行く。――さて、気を取り直して、冬青」
 まだ納得いかないような雪尾を置き去りにして、ディレッガーは冬青へ声をかける。
「はーい」
 飲みかけたコーヒーから唇を離し、返事すると、ディレッガーのほうへ向き直りながらさらにカップを傾ける冬青。
「残り3件は学会がらみ。じじいの護衛、中年女性の護衛、まだ未定の護衛、それぞれ5日、6日、3〜4日、難易度が並、並、たぶん並」
 …ディレッガーの説明を聞いているうちに、だんだん眉が寄ってくる冬青。
「…なんか、その、よくわからないヤツ、なに?」
 3件のうちラストに言われた、あいまいなヤツのことだ。
「まだ詳細決まってないんだ。デビアス教授は知ってるか?」
 冬青はディレッガーを見上げた視線を、ゆっくり首を巡らせながら宙にすえて、
「…どっかで聞いたことあるような…」
 首をかくっと横へ倒し、なおも記憶をたぐる冬青の努力をマフィが、
「誰それ」
 の一言で片付ける。
「俺もよく知らん。雪尾?」
 記憶力はザルなディレッガーが、高性能フィルターのような記憶力を持つ雪尾に問いかける。ザルな記憶力は能力の限界ではなく、逆に自分に必要なものとそうでないものを判別する能力の高さと、不必要な情報の管理はめんどくさいという性格から来ていると承知している雪尾は、
「ロブ=デビアス教授、アルパレス人、80歳近いけど異様に元気な超偏屈頑固じじい。独身、妻なし愛人なし子なし孫なし、時空論理学についていくつかの定理や理論の提示者で、ギョーカイでは著名」
『歩くデータベース』の異名に恥じない説明を聞かせる。
「の、別宅がレグルスにあって、ファンタリオンの本宅のほうから別宅へ、学会に必要な資料とそれを運ぶ人間を護衛してほしい、と」
 マフィが、初めて見る奇妙なものをイヤイヤ観察するような目つきでディレッガーを見上げる。
「…ヘンな話…」
「まあな」
 ディレッガーも(無表情だが)同意する。
「どうして電送しないの? 権威ある学者の本宅と別宅なんて、センター並みの電送システム構築してるんじゃ?」
 頬杖をついた冬青の至極もっともな質問に、ディレッガーはくるぅりと体ごと向き直った。
「それがな」
 非常にシリアスな表情で、
「別宅はおろか本宅にも、そこんちにはパソコンもFAXも電話もないらしい」
 こそっと告げられた情報に、5人は点目になった。
「………なぜ?」
 沈黙の後に、これまたもっともなケイティの質問。
 今度はケイティに向き直るディレッガー。
「嫌いだから」
……………………。
「おまけに極度の人嫌い。自分の周囲にも優秀な専属ガーダーと専属メイドが2人ずつ、あとマネージャー1人がいるだけ。それ以外は近づけさせないとか」
「…ガーダーが取ってこないのか? そもそもそのメイドをガード?」
 いまいち話が飲み込みづらい皆を代表し、京が片眉を上げながら訊ねる。ディレッガーは京に肩をすくめてみせ、
「いや、ガーダーもメイドも教授のそばを離れられないらしい。まぁ確かに、車椅子のじじい付きにしてはよく今まで保ったって最低限人数だ。実際ここ50年の間にガーダー4人メイド12人殉職」
 もったいない、と呟く京の台詞はメイド限定であろう。そして、いよいよ核心の質問を、ケイティがぶつけた。
「じゃあなぜ、センター員が資料を取りに行かないの? 資料を運ぶ人物もガード、なんて二度手間じゃない」
 その核心の質問に、ディレッガーはすぱっと明快に答える。
「信用ならないらしい。じじいは、この世でいっちばん、センターが嫌いなんだと」
 マフィがキレた。
「んじゃーセンターに頼むなッ」
 椅子を後ろへぶっ倒して立ち上がったマフィを、「どーどー」となだめながら、隣同士のなりゆき上、京が椅子を直して座らせる。毛を逆立てているマフィの頭をかいぐりしながら、
「だよな。民間のガーダー改めて頼みゃーいいじゃねーの。センターがいちばん嫌いなら、民間はまだマシなんだろ?」
「ところがだなー」
 ディレッガーは顎をなでながら、
「じじいにはかなりお気に入りなセンター員が1人いるらしい。おそらくじじいの本宅が所属センターの管轄なんだろう。じじいに何かあると、そのセンター員が請け負ってるらしいんだが、今回は別件に手をつけてて動けないらしいんだな。んで、そのお気に入りセンター員のゆかりの者が代理ということになって」
「民間人なんだ」
「だろうな。書類を届ける人間ごと、書類を届ける、なんてこ面倒くさいことやらせるからには」
「ふーん」
 腕を組む冬青にディレッガーは続けて、
「なんにしろ、まだ詳細が届いてなくて、難易度がつけられないんだ。まぁ『難』てことはなさそうなんだが。明日までには来ると思う」
「ふーん」
「あとの2件は本当にふつうの護衛。詳細見るか?」
 テーブル越しにファイル2冊を押し出すと、受け取った冬青はぺらぺらと中を覗いて首を傾げ、
「その、よく決まってないヤツにする。おもしろそうだから」
 頷いて、ファイルを押し戻した。
『おもしろそうだから』というのが決定打とはいかにも冬青らしい、と、鉄火の割に意外と慎重派のマフィがしみじみ冬青を見つめる。実はバクチ打ちな性格の冬青はそれ以外にも、こういった賭には勝ちやすい運のようなものがついているらしい。
 と、なんとなく納得しているので、誰も反対も忠告もしなかった。
「んじゃ、一応出そろったけど」
 戻されたファイルを手元に引き受けながら、ディレッガーは5人を見渡した。
「トレードしたければ、今のうちに頼む。ケイティと雪尾以外な」
 雪尾を除いた4人が「はいよー」と返事したのでディレッガーは肯き(雪尾のことはもう無視)、カップのコーヒー、最後の一口を飲み干して立ち上がった。
 ファイルを抱え直し、もう一度皆を見渡す。(雪尾は無視)
「じゃ、つーことで、各自資料持ってってくれ。よろしく頼む







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