Happy Birthday
レグルス星、リーグ大陸の真ん中より左上に、Eセンターはある。
このあたりは海へも山へもほどよい距離で、雨はやや少なめだけれど水は豊富、夏は暑いがカラッとしていて死ぬほどでもなく、冬は寒いが肺が凍るほどでもなく、雪はあまり降らない。
珍しく朝方ちらりと雪が降って速攻やんだその日の始業20分前。
いつものようにいつもの位置に、タイヤを鳴らして車が停まった。
流れるようなボディラインの、白のスポーツカー。微妙にシャコタン気味。
運転席から降り立った北見冬青は黒のグラサンをシートへ放り投げ、ドアを閉めた。
カツカツと踵を鳴らして歩く本日の装いは、ボディコンシャスな黒の超ミニワンピに黒いショートブーツ、上から白のショートコートを羽織っている。ボタンを留めてベルトを締めるとコートしか着てないのかと思われるような、太っ腹な超ミニである。
人の視線がないのを良いことに手も添えず大あくびをしながら、冬青は別館の玄関をくぐった。IDカードを機械に通し、頭上のカメラにVサインを出してロビーへ踏み込む。
「さて今日はァ、書類の続きと、端末チェックと、車の整備と、セイラと、インストール…あれ?」
週なかの出勤時刻ちょい前とはいえ、今日はとりわけ人が少ない。なんとロビーには誰もいない。 自分ともうひとり以外は。
ロビーから奥へ伸びる廊下の手前に壁に寄りかかって立っているのは、同僚の浜名雪尾だった。本日はオンナの格好で、しかも淡いパープルのショート丈&膝上プリーツスカートのスーツ、パンプスは黒、イヤリングはアメジストというラフな盛装だ。
「おはよーゆきおさん。どしたの? 仕事? 麗しいカッコだねv」
雪尾は花の咲くように笑って、
「おはよー冬青。ありがとv でも仕事じゃないのよー」
そう言うと、手に持っていた花束を差し出した。それはピンクやオレンジやイエローのガーベラが2,3本ずつ束ねられたミニブーケ。
「はい。お誕生日おめでとうv」
「…あ」
驚いて言葉に詰まる。実はすっかり忘れていた。いや2、3日前までは覚えてたんだけど。
照れくささに口をもぐもぐさせながら、そっと花束を受け取って、
「…ありがとう」
小声で礼を言って上目で見ると、雪尾はまたにこりと笑った。
「でね。今日の仕事は何?」
「え?」
「ああ、セイラを迎えに行くのよね。その他には何?」
「…ええと、書類整理の続きと、端末の定期チェックと、行処の公用車の整備と、あとセイラを迎えに行くついでに宙港に書類出して、新しい端末のインストール…かな」
「雑務デーなのね」
「うん。今週は。来週半ばに情処からネタが来ることになってるんだ」
「なるほど」
雪尾は肯いて、
「じゃ私、書類整理の続きをしたげるね。セイラは…いいや、譲ろう」
「え」
冬青は目をわずかに見開いて見返した。
「そんな…どうして」
雪尾は三度、今度は思い切りにっこり笑んで、
「お誕生日だからv」
かわゆく首を傾げた。
沈黙が流れる。
冬青は天井を見、横に伸びる廊下の果てを見、靴先を見た。実は彼女は無条件に示される親切に慣れていない。クールビューティな外見に似合わず姉御な彼女はこういう時に「じゃああたしがしてあげようか」と言って「ありがとう」と礼を言われるパターンのほうが多いのだ。
「ね?」
にこにこ笑ったまま、雪尾は反対へ首を傾げる。
「…ありがと」
ダメ押しに微笑まれて、雪尾のファンである冬青はそれ以上を言えなかった。
「うん。資料室は第3よね?」
雪尾は肯くと、冬青の肩に手を置いて少し屈み、頬にスマックする。
「じゃね」
ひらひらと手を振って、雪尾は廊下のすぐ角を曲がった。
心地よいくすぐったさに冬青はまだ照れたまま、手元の花束を見つめる。やわらかなパステル色、あざやかなビビッド色のガーベラの繊細な花びらに見とれ、我に帰って顔を上げた。
そうそう雑務の日なんだった。雪尾さんのおかげで仕事1コ減ったし、気分良いからがんばってお仕事しましょう。 他に誰かの何かを手伝ってあげてもいいな。
とっくに雪尾の気配のない廊下の角、階段を上がる。
「ん?」
雪尾の気配はなかったが、2階にはマフィがいた。
「おはよ…うわー」
階段の上がり口に立っているマフィは、襟元がスクウェアに開いているすっきりしたアイボリーのミニタイトワンピ、首に白いリボンを巻いて、白のロングブーツという、滅多にやらないパーティ仕様。カラービーズのたくさんついたヘアピンを何本も使って、サイドを上げている。
「似合ってるよ。見違えるね。かわいーv」
耳を出して(なけなしの)女の子度が上がっているマフィを見上げ、冬青は手放しで誉める。
冬青自身はパーティメイクではめいっぱい遊んで化けるタイプなので、マフィの化けっぷりに興味を示して覗き込み、観察した。
「あ、ちゃんとお化粧もしてる」
「させられたんだよ。顔ペタペタしてやっぱ苦手」
16歳といえば出身星では成人していることになるマフィは、しかしやはり化粧が好きではないようで、うすく眉を寄せる。
「いいわねぇ化粧しなくてすむ肌って。若いっていいわねぇ」
「何言ってんの。2つしか違わないじゃん」
「今日で3つよ。さっき思い出したのよ」
「そうなんだよね」
頬に手を当てて、はァ、と大仰に息をついてみせる冬青に、マフィは、
「はい。お誕生日おめでとう!」
後ろ手に持っていた花束をぐいと冬青へ押し出して、満面笑顔で言った。
「えっ…あ、り、がと」
反射で受け取ってから驚いて、冬青はマフィの笑顔と花束を交互に見つめる。
ミニひまわり5本。黄色いリボン。
マフィらしいとくすりと笑ったところで、
「で、今日の予定は?」
と訊かれ、またも驚きつつ反射で答える。
「え? あ、えーと、書類…はなくなったから、端末のチェックと、行処課の車の整備と、新しい端末のインストールと、セイラを迎えに行くついでに宙港に書類を」
「やりぃ! んじゃぼくがセイラ迎えに行ってくるー♪」
マフィはぱちんと指を鳴らし、今の格好に似合わないいつもの調子で言った。
「セイラ迎えに行って、んで宙港がどうしたって?」
「え、書類を届けるんだけど」
「りょーかいっ」
ケイティの娘であるセイラはメンバーに溺愛されていて、ケイティの仕事の都合で祖父母(ケイティの父母&隣に住むリザーディル(ケイティの夫・セイラが生まれる前に他界)の父母)とこの場をよく行き来する。
セイラの送り迎えはケイティをさしおいて、皆がやりたがる人気の高い仕事なのだ。
今回勝ち取ったその仕事をマフィに奪われそうになり、冬青はあわてて、
「なっ、なんで?」
するとマフィは譲らない気満々で、
「誕生日だから!」
と言い切った。
とすれば冬青には断れず、
「…ありがと」
と言うほかない。
マフィはポンと冬青の肩を押して、
「だいじょぶ。次ぼくがセイラのお迎えの時、冬青の都合がよければ譲ったげるから」
マフィの心遣いに冬青は小さく笑って、
「うん。ありがとう」
重ねて礼を言った。
マフィは満足げに肯き、冬青の方に手をかけて伸び上がると、頬にスマックし、
「書類は情処に取りに行けばいい?」
「そう。ミレイのとこ」
「はいよ。じゃあね」
手を振ると、廊下の向こうへ歩き出した。すぐに本部へ戻らず別棟の奥へ向かうということは…
着替えちゃうのかな? もったいない。
マフィいぢりは雪尾が好んでやることだが、今回のメイクもそうだろうか。あたしも次やらしてもらおう。やっぱ小顔で色が白いから、口紅も明るいピンクで…などと考えつつ、花束2つを抱えて階段を上がる。
―― 果たして3階には。
「…ケイ」
「誕生日おめでとう」
3階の上がり際、壁に寄りかかっているケイティは、深いブルーで胸元の広く開いた、プリンセスラインの膝下ロングフレアワンピース。同色のパンプスで、胸にぽつんとサファイアのネックレス、という盛装。瞳の深青とあいまって、落ち着いた青なのにあざやかに目に映る。
「今日の仕事は?」
そう声かけられてさすがに皆の意図を汲み、冬青は眉尻をハの字に下げた。
「…そんな、悪いよ」
ケイティはからっと笑って、
「いーじゃない、年に1度の誕生日くらい。わかってるでしょ本音のところ」
みんなの本音と言われれば、それはただ単に純粋な親切ばかりでもなくて、
「…実はこの『お祝いごっこ』を楽しんでる」
ことくらいはわかるつきあいだ。
「ご明察v んで? 今日の仕事は? セイラの迎えは…」
「あ、それはマフィが」
「むー。やっぱり取られたか。じゃ後は?」
そこに実の母親がいても遠慮しない。それほどセイラはかわいくて良い子だ。
ケイティは腕を組んで唸り、諦めて冬青を振り向く。
「…行処の車の整備と、端末のチェックと、新しい端末のインストール…」
「じゃあ、わたしは端末のインストールをしようかな」
「………」
冬青は背を丸めて眉をハの字にしたまま、上目でケイティを見る。ケイティはにっこり強く笑んで、
「そんな顔するより、もっと適切な表現があるでしょお?」
言いながら、ぷにっと冬青の頬をつまんだ。
「…ありらろう」
「よろしい」
もう一度笑うと、ケイティはぺちぺち冬青の頬を叩き、手にしていた直径10cmくらいの、平たく丸い缶を差し出した。
「はい。水は1日1回もしくは2日に1回、陽の当たるところに置いてね。でも思いっきり祝福しといたから、水忘れても日陰でもちゃんと育つと思うけど。何が出るかはお楽しみv」
ということは、この平たい缶ケースは土と種か。『光主』に思いっきり祝福された種ならば、…むしろ育ちすぎないように気をつけないと。
「ありがとう」
受け取って、ようやく笑顔を返すと、ケイティはまた強く笑んだ。 …缶の中で微妙な気配がし、ケイティは手を伸ばして「ああ、まだもうちょっと待ってね」とフタ表面をとんとん叩く。
…『笑顔ひとつで花も咲く』という表現は、ケイティに限って比喩ではない。
ケイティは、「じゃあね」と言って冬青の頬にスマックし、廊下を歩き出した。
首を向けて見送りつつ、冬青は困惑を嬉しく思う。
祝福されっぱなしだ。ということはこれが祝福スタイルのコンセプトというわけで、んじゃあもしかして、京やディレも祝ってくれるのかしら。
そして階段を上がると、4階の上がり際に壁にもたれ、黒スーツ、タイ代わりに黒ほど深い青のリボンを蝶結びにして花束を抱えている人物。
「…雪尾さん」
「はい」
雪尾(♂)はオーソドックスな形で根本が白、花びらの先が紫がかった淡いピンクのチューリップ20本という、かわいくてゴージャスな(そして重い)花束を冬青へ差し出した。
「…だって、さっきも」
もらったのに、と冬青が首を振ると、雪尾は冬青の持つガーベラをちょいと顎で示し、
「さっきの花束とは違うよ。ほら」
冬青が返事をしないので、雪尾は茶目っ気を混ぜて、冬青の前に人さし指を立ててみせた。
「冷静によく考えてごらん」
「…なにを?」
「僕が2つ花束を用意するのも、その花が違うのも、当然だと思わない?」
「…そうかなぁ」
きっと花束もらうのが自分でなけりゃ「そうよね!」と答えただろう冬青だが。
「そうとも」
もちろん承知している雪尾は、弱い冬青の呟きを重々しく肯いて消去する。表情を切り替え、にこっと笑って、
「で? さしずめ残ってるのは、車の整備と端末チェックってとこかな」
「うん。 …えっ?」
肯いてから、まさかと雪尾の心情を探る冬青に、
「じゃ僕は端末チェックってことで」
やっぱりセイラは残ってないよな、と雪尾は呟きながら、抱えた花束を冬青へ押しつけた。
思わず受け取ってしまってから、冬青は慌てて、
「だって雪尾さんっ、さっき」
「ん? …ああ、だからさ冬青」
綺麗にウィンク決めて。
「花束が2つなんだから、そりゃ当然だろ?」
「…そんなことないと思う…」
盛装して普段より男性度の増している雪尾にこっそり見惚れながらも、今度は一応否定する。
そんな冬青の小声も、
「いいや当然だ」
重々しく肯いて消し飛ばし、雪尾は強く笑んだ。
「誕生日おめでとう。京には内緒ってことで」
目を細めるとキツい瞳が和む。その瞳に冬青しか映していない状況で彼女の意識を虜にしながら、雪尾は冬青の頬をすくい、軽く唇を合わせた。
ぼんやり見惚れて離れた美貌を見つめながら、冬青は少し笑って、
「ありがとう」
と呟く。
雪尾はうんうん肯いて、
「じゃ」
うすく笑んでひらりと手を振ると、階段を下りていった。
見送って花束を抱え直し、歩き出す。
「いやあ、残り仕事1つになっちゃったし…それにしてもこの花いったん活けないと…」
照れのせいでつい思考が口から漏れてしまい、結構かさばる花束を大事に抱えて廊下を歩くと、花と花の隙間から、司令室の入口に人影が立っているのが見えた。
司令室の扉に腕を組んで寄りかかっているのは、黒スーツに控えめな銀糸を編み込んだ黒ネクタイを締めている、ディレッガー。アップにしたコシの強い髪が整髪剤では止めきれなくて、額にこぼれている。
「おはよう。残ってんのは?」
「…車の整備…」
「俺、それな」
仕方なく答えた冬青に、何の気負いもなく肯くディレッガー。耐えかねて訊いてみる。
「…ねえディレ。誰の計画?」
「何かしたいと言い出したのはマフィ。具体的計画を練ったのはケイティ」
なんと2人がかりだったかと冬青は口の中で呟き、上目でディレッガーを見た。
もうここまでくると、遠慮している場合でもない。
「…どうも、ありがとう」
ディレッガーは目を細めるようにしてかすかに笑い、足下に置いてあった胡蝶蘭の鉢を取り上げる。
鉢物とはディレらしい、と思いながら受け取ろうと手を伸ばし、冬青は気づいて緊張した。
ハッ。今までのコンセプトはすべて盛装と花(束)とキス!!
ということは、ディレとも!!?
これはある意味雪尾とのキスよりも身構える。つーか照れる。アリなのか!?
動揺してびしりと固まった冬青の心情を知ってか知らずか、ディレッガーは鉢へ伸ばされた冬青の手を取り前へ屈むと、その手の甲にごくわずか、唇を触れた。
「どうぞ」
その手に鉢を渡し、扉の前から退いて促す。
あ、こーゆーのはアリか…と汗をかきながら、進められるまま扉をくぐると、
「よぉ」
中央の丸テーブルの縁に尻を乗せるようにして、京がいた。生成のソフトジャケットの袖をまくって、ブラックジーンズという軽装で。
「おめでと」
差し出されたのは、派手さでチューリップを抜く、白いバラ30本以上らしき花束。
「…ありがとう」
ようやくここで初めて、素直に花束を受け取れた。もう腕はギリギリ満杯で、他に何も持つ余裕はない。
「今日の仕事は…」
京が言いかけるのを、花束を抱え直しながら、慌てて冬青は遮った。
「京にやってもらう仕事、もうない」
「そうだろうな」
「?」
「俺、今日休みなんだ」
「あ、そうだっけ? じゃもしかして花くれるために来てくれたんだ? ありがとう」
何度抱きかかえてもおさまりの悪いたくさんの花束を、
「だからさ。いつもの勘の良さはどこ行ったんだ?」
呟いて半分引き受けてやりながら京は、
「俺は今日休みで、冬青は今日『何も仕事がなくなった』んだろ?」
そう言って冬青を覗き込む。
冬青は目をまるくし、目をまるくしたまま京を見上げ、京の抱えた花束を見、自分の抱えた花束を見下ろした。
「ちょっとこれにサインしてくれれば」
京はあいた手で、テーブルの上からひらりと紙を取り上げる。
「どっか出かけることもできるけど」
京の取り上げた休暇届の用紙の他にも、テーブルに何枚か紙の残っていることに冬青は気づき、
「それは?」
「みんなの考えてくれたデートコース」
合計4枚あるそれは、海に行ったり映画を見たり買い物したり食事したりドライブしたり、それぞれ様々な予定がぎっしり書き込まれていて、なのに最後の1行だけは4枚とも全部『外泊』で締められている。
―― やっぱりおもしろがられている。
呆れて冬青は顔を上げた。もう皆に申し訳なくなど思うまい。ディレまで『外泊』って。
冬青は喉の奥からこみあげてくる笑いを殺しながら、
「そうだね。出かけようか」
抱えた花束に顔を近づけ、うっとりと花の匂いをかいだ。
いったん冬青の自宅へ行って花を活けようと司令室を出、ロビーへ向かった京と冬青は、メンバー4人に盛装のまま待ちかまえられ、「行ってらっしゃーい」「今晩は帰ってこなくていいからねー」「明日も遅刻してもいいからねー」等と囃したてられて速攻逃げ出し車に向かった。
そしてああまで言われて果たして2人は『外泊』するかどうか賭けられていたと、京と冬青が知るのは翌日のことである。