恐怖の女王◆正体編




  『八惑星』に住む人間は、遺伝子パターンで分ける方法とは別に、素質や能力別に3つの種類にも分けられる。
 特に際立つ能力を持たない者、もしくはその能力が自身個人の範囲に限られ他に影響を与えない者は、『一般人(ノーマル)』。
 ESP能力やPK能力に目覚め、その能力で自分以外のものに影響を与えることができる者は、『ESPER(エスパー)』。
 そして、踏み入れば一般人は迷いESPERは発狂するという森――各地に点在する『聖地』と呼ばれる『場』を闊歩でき、人間以外の生き物、とりわけ植物と意思の疎通を図ることができ、主に癒しの力である『至然力』を持ち、ESPやPKに影響を受けず、何かしら自然と深く関わるように運命づけられて生まれる者は、『森の巫子』。
 3種の中では世界的にもっとも少数である『森の巫子』の中でも、とりわけ強い能力を持つ者として生まれつくただひとりを、人は敬いと、かすかな恐れを込めて、『光主――ひかり』と呼んだ。



 「自分はッ、光主にお会いしたくてここへ来たのですッ。なのに会わせてもらえないッ。こんな理不尽で悲しいことがあっていいのですかッ!!」
 と、ガッツ=コルディスは当の光主を目の前にしながらバンッとテーブルを叩いた。
衝撃で3人分のカップがブレて中身の紅茶を波うたせる。
 食事時間以外は軽食や茶を出す本庁食堂の、現在午後、茶の時間あたり。1時間前とは違って賑わいを見せる広い室内で、コルディスのでかい声はよく響いた。
 「まあまあ、コルディスさん」
 ジェイク=ロッドが困り笑顔でなだめる。左手でコルディスを抑えるようなそぶりをしながら、右手でティーカップを自分のほうへ引き寄せた。かまわずコルディスはジェイクへぐいっと身を乗り出す。
 「ロッドさんは、光主にお会いしたことがっ!?」
 丸テーブルに大きく乗り込んで30cmの距離まで迫ったコルディスのいかつい顔から、反射的に少し身を引いて40cmをキープしたジェイクは、
「ええ、まあ」
 と答えながら椅子に座りなおす。するとコルディスはぐるっと首を巡らせて、
「ラウドさんはっ!?」
 涼しげな顔でカップを傾けている光主本人に訊ねる。森の巫子のトップに位置する当代女王、ケイティ=ラウドは、静かにカップをソーサーへ戻しながら、
「ないとは言いませんけど」
 と、にこりと笑った。
 「ではおふたりとも、光主をご存知なんですねッ」
 今にも立ち上がりそうにテーブルに両手をついてなおも迫るコルディスに、
「ええ、まあ」
「そうですね」
 ジェイクは歯切れ悪く同じ台詞を繰り返し、ケイティは笑顔で肯く。その答えに、とうとうコルディスは椅子を後ろへ倒して立ち上がった。
「会わせて…いえ教えて頂けませんかッッ」
「コルディスさんっ落ち着いてっ」
 落ち着けと言いながら自分も腰を浮かせるジェイク。あまりこの話で人々の注目を集めるのは良くない。気がする。
 一方ケイティは余裕で落ち着いているようで、ふたりの様子をにこにこ見ていた。
 「いや一応ですね、こーゆーのは教えてはいけないことになってるんですよ。そうですよねっ!?」
 どうして俺(のほう)が必死にならなきゃいかんのだと少しナーバスになりながらケイティを振り向くと、「んーそうねぇ」と当事者とは思えないのほほんな返事が来た。
 「…やっぱり」
 今度はコルディスは首が落ちるほどうなだれた。どうして俺が…とさらなるナーバスに陥りながらも仕方なく、ジェイクがコルディスの吹っ飛んだ椅子を戻してやる。
 用意してもらった椅子に力なく座りながら、
「誰に訊いても、『知らない』って言うんですよね…。たまに『知ってるけど教えない』とか。光主がこちらのセンターにお勤めだと聞いて2年間、研修願いを出し続けようやく受理してもらってやっと来たのに…」
 無骨な岩を連想させるような大男である。見かけによらず感情の起伏が激しいようで、大きな体を丸めてしょげて、ぶつぶつとグチをたれた。
 2年も研修願いを出し続けたという執念……いや情熱の結果が『知ってるけど教えない』では、とさすがにジェイクも同情したが、したと同時にまた嫌な気分も戻る。
『こいつ…センターの中で光主のことを訊いて回ったのか…』
 それは良くない。気がする。
 眉間に皺の寄ったジェイクの様子を知ってか知らずか、ケイティがのんびりと、
「教えたくない気分になるんですよ」
 言いながら優雅にティーカップを傾ける。
 自分の眉間の皺に気づいたジェイクが、背を伸ばして椅子に座りなおし、
「ええ、…なんか、やっぱりセーブが働くようで」
 横目でケイティを盗み見ると、気づいた彼女は笑むようにうすく目を細めた。
 森の巫子は、人類の財産だと言われている。自然と意思の疎通があり、癒しの力を持ち、PKやESPには屈しない。人なのに自然と深く関わって生きる彼女らを、生き物としての人間の本能が守るように働くためだ。
 ましてこの世にひとりしか存在しない頂点、光主となればなおのこと。
 教えてくれないふたりに嫉妬を覚え、上目で見ながらコルディスが食い下がる。
「でも書類に記録してあるわけではないのでしょう? 知っている人はどうして知ったのですか」
 戸籍や住民票に記録がされるわけではない、登録のシステムも義務もない。つまり調べてわかることではないのに。
 これにはジェイクが軽く肩をすくめて答えた。
「そりゃ、だんだんなんとなくわかっちゃうんです。つき合ってるうちに」
「へぇ」
 言葉で説明されても感覚のつかめないコルディスが気の抜けた返事をすると、ケイティがジェイクを見ながら腕を組み、
「記録はないと言いながら、厳密なわけではないのよ。だんだんなんとなくわかっちゃった人が、何か事情で売ったりとかね。だから闇市にでも行けばリストはあるんじゃないかしら」
 光主を知ってても闇市のリストについては初耳で、ジェイクが目を見開いてケイティを振り向いた。
「そうなんですか? じゃあ、光主の名前も?」
「世界中の森の巫子の網羅は不可能でしょうけど、逆に光主は簡単でしょ。ひとりっきゃいないもの」
 ESPやPKが発現し、一般人からESPERに『なる』のとは違い、森の巫子はそのように生まれつく。世界にひとりの光主は、先代が亡くなると同時にどこかの星で生まれるのだ。血筋は関係ないが、歴代の光主はみな女性である。(そして森の巫子自体、男性はきわめて少人数だ。)
 人として無意識に抱いている光主への敬愛を踏みにじられた気がして、ジェイクは胸が悪くなり、こらえるように唇を噛んだ。ケイティは平然と、
「世の中は広いものねぇ」
 他人事のように言った。
 「そっ、その闇市に行けば、光主のお名前がわかるんで?」
「コルディスさん!」
 欲にくらんで呟いたコルディスの言葉を耳にして、ジェイクは厳しく咎めた。ケイティは苦笑し、嫌悪をあらわにコルディスを睨むジェイクを片手で軽く制して、
「ジェイ。世の中は広いって言ったじゃない。わかると思いますよ、たいていの闇市なら」
 とコルディスに笑みかける。そして一瞬理性の揺れるコルディスに、さらりと付け加える。
「光主はとても悲しまれると思いますけど」
「じゃあやめます」
 光主を盲愛するコルディスはあっさり欲を捨てた。
 「当然でしょう。だいたいセンター員が闇市とはどういう了見ですか」
 まだ怒りの収まらないジェイクは、視線はコルディスから外したものの、声の険は変わらない。
乱暴にカップを掴み、冷めかけた紅茶を飲み干す同僚にケイティは、
「ジェイってば。コルディスさんは言ってみただけよ。良くないことだって、ちゃんとわかってらっしゃるわ。 …実際ね、光主の名前はあまり闇市でも売れないらしいのよ」
 苦笑を強めたケイティの言葉に、ジェイクとコルディスが首をひねる。
「どういうことです?」
「さあ。心の問題じゃない?」
 ケイティはあいかわらず他人事のように肩をすくめ、
「よっぽど壊れている人間でないと、光主の名前をやましい下心で売ったり買ったりしてもいいことないから、らしいわ。発狂したりとかね」
 …沈黙が落ち、穴があいたかのようなテーブルの上に食堂の和やかな空気が流れ込む。
 発狂、という単語にゾッとして身を硬くしたコルディスとは違い、眉をひそめてジェイクが問うた。
 「…よっぽど壊れている人間なら、平気で森の巫子や光主を傷つけることができる?」
 力なく発せられた呟きに、ケイティは綺麗にルージュを刷いた唇を大きくあけて笑い、手を伸ばしてぐいとジェイクの肩を押した。
 「やーね。森の巫子に限らず、他人の権利を侵害するものを取り締まるのがセンターの仕事でしょ」
 ジェイクは我に帰る。
 暗い道をさまよっていたのに、よく見知った、家へと続く明るい街道へ出られたような気分だった。
 コルディスさんもセンター員なんだから闇市は撲滅するよう尽力してくださいね♪ とまだ口をあけて笑っているケイティを見、彼女に触れられた肩を見下ろす。
 不安な気持ちを、取り上げられて持っていかれたような感じ。
 そして改めて実感する。
 ジェイクの周囲にいてそれと知る森の巫子は、ケイティと彼女の娘のセイラだけだが。
 こういう感じこそが、森の巫子の力なのだと。
 どんなに面倒をかけられたり手を焼かせられたりしても(面倒や手はケイティがかけている。セイラはたいへんかわいい良い子だ)、イヤな気持ちになれないのは……なんだろう。
 ずるいんじゃないのかそれは。
 ひそかに首を傾げるジェイクの横で、コルディスはきっぱり言った。
「わかりました。闇市へは行きません。でも諦めません」
 グッと拳を握って天を仰ぎ、宣言。
 「細かい情報なら集めたんです! それを手がかりにきっと! 光主と巡り会ってみせるッ!!」
 再び立ち上がらんばかりの勢いで言い切るコルディス。あいかわらずニコニコなケイティ。『大声出すなっつってっだろこいつムカつく』とうっかり口に出してしまいそうになり奥歯を噛み締めるジェイク。しかしコルディスの台詞は聞き逃せず、いったん噛んだ奥歯を解放する。
 「情報?」
「いやあ、と言っても憶測50%なんですが」
 なぜだかテレ笑いしながら頭を掻いた大男は、自分のキャラクターを無視して、瞳をキラキラうるませ、うっとりと空を見た。岩系のごつい顔が心なしか上気し、地黒とあいまって絶妙な赤黒さになる。
 「ほら、森の巫子って髪や瞳に緑の色を持つのが基本じゃないですか。だからね、きっと瞳が深緑とかオリーブとか、あ、金緑もいいですよね、髪は長くて黒! 少女のように気持ちが純粋でたおやかで情け深く控えめながら芯も強く男の影を踏まずに三歩下がって従うような気品が内からにじみ出るような、慈悲の微笑みで人々を癒すような! 気高く美しい森の女王!! ああ早くお会いしたいッッ!!!
 脇を締め、胸の前で祈りの形に手を組んでもじもじしながら夢に浸るコルディスを、ジェイクは思わず奇異なものを見る目つきで眺めてしまった。 …いかんいかん、研修とはいえこれもはるばる遠いセンターからやってきた客なのだ。でも気持ちわるいからそのポーズで身をよじるのはやめてほしい。
 「ですよねっ!?」
 まだ半分ドリーマーなコルディスは違うとは言わせない迫力で、ジェイクに同意を迫った。
「ねっ!?」
「………」
 ジェイクは口から、魂が出るかと思うほどの長い溜息をつく。 …この人の相手は、とても疲れる。
 「…おそらくあなたが得たその情報とやらも、光主を教えたくない善良な人々の無意識な気持ちによってかなり歪んでいるようですよ」
「へっ」
 もしくは100%おめーの妄想じゃね−のか、とは理性でこらえて口には出さず、ぽかんと目と口をあいているコルディスに、ジェイクはこめかみを指で揉みながら、
「ひとつも当ってません」
 と告げた。
「………」
「………」
 いささか間の抜けた沈黙。
 「容姿はともかく」
 言いながら、気づかれないようにジェイクはケイティを伺う。
 ホワイトシルクのマオカラーブラウスに細いストライプの黒いパンツ。黒のパンプスに、マニキュアと口紅がダークチェリーのケイティの本日の装いは、もっとラフないつもの彼女にしては珍しい、やや毒気を含ませた印象すら受ける。これも光主としての保身なのだろうか。 …違う気がするけど。もっと、ただ単にこーゆーカッコがしたかったからとか、気分の問題ぽい気がするけど。
 そんなケイティの髪は流れる金。首を振るとサラサラと音を立てそうな上質さで、肩につかない長さに切りそろえられている。くっきり二重で長いまつげの瞳は深い青。年齢より若く見られがちな、かわいらしい感の美人であると思う。
 コルディスの言う、森の巫子の特徴である『緑』が、彼女には含まれていない。
 そこを深く突っ込まれるのは良くない、気がするので、ジェイクはコルディスの目をじっと覗き込んで、念押して繰り返す。
 「あなたが今並べられた憶測50%の情報は、ひとつも当ってません」
 …テーブルの上に、3度めの沈黙が降りた。
 「…違うのですか」
 きょとんと見つめ返すコルディス。ジェイクは覚悟を決めるつもりで大きく息を吸い、吐いた。
 「気性はおちゃめないたずら好きで、人の好き嫌いが激しく嫌いな人間には容赦なく、かなり気分で生きてるし、後さき考えずに行動し周囲を慌てさせ困らせることもけっこうあり、しかし本人それをあまり気にしていないふしもあり、周りの視線を気にしないくせに噂話のネタにされることはイヤで、こうやって私が喋ってるのバレたらいびられるんだろうなー…、って人です」
 隣のケイティは全然変わらずにこにこしているのだが、言ってるうちになにやら嫌な汗をかいてきて、ジェイクは思わずテーブルのボタンを押してウェイトレスに暖かい飲み物の追加注文をした。
 でも本当のことだから謝らないぞ、と、いつも何やらの尻拭いをさせられている同僚として、唇をへの字に結んで身を硬くする。
 口をあけて聞いていたコルディスは、しばらく後に眉を変な形にひそめた。
「…ロッドさん、それはどうかと思いますよ」
 小馬鹿にしたような口調。
「とうてい信じられません。ロッドさんと光主のおつきあいは浅いのでしょう? でなきゃ言えませんよねぇそんなこと。光主のことをよく知らないのに、そんなふうに言うのはやめたほうがいいですね」
 …そうまで言われてはもはや何も言う気はない。ジェイクは肩をそびやかし、あとは腕を組んでそっぽを向いたまま口をつぐんだ。
 ケイティはにこにこ微笑んだままである。
 にこにこ微笑んだままのケイティに気づいてジェイクは己の怒りを静め、こっそり心の中で、この人『嫌いリスト』の中に入りそうかも? と推測する。人の好き嫌いが激しい女王様は、とりあえずまず失礼な人間が嫌いだ。ということを、1回や10回ではない尻拭いのつきあいのうちに知った。
 さすがに己の不躾さに気づいたか、コルディスは視線を泳がせしばらくためらった後に、思いつめた顔でジェイクとケイティを交互に見つめ、
「…実はこの研修の間に、すごい美人を見かけたんです」
「すごい美人?」
「ええ、すごい美人です。魂抜かれそうな」
 『すごい』というのがどのくらいのレベルをさすのかは主観が伴うのでどうとらえればよいのか…と思案しつつ、しかしこの話の流れではケイティのことを言っているのではなさそうで、ジェイクは訊ね返した。オウム返しに肯くコルディスの目は思いつめて真剣だ。
 「黒っぽい茶の髪で、たぶん瞳も同じ色で…情処の制服で、バッジは情報課でした。…でも、『森の女王』というよりは…雰囲気が、『闇の女王』って感じで…あの、まさか彼女が光主だってことは…」
「! ああ」
 茶の髪と瞳、情報課、闇のイメージの超絶美人、とキィワードがそろって、ジェイクの頭の中にひとりの人物の映像が結ばれる。手を打ってややコルディスに向き気味に椅子に座りなおし、
「彼女かぁ。『闇の女王』ね、うまいこと言いますねぇ。彼女は違いますよ、ねえ?」
 同意を求めてケイティを振り向くと、
「あっはははははははは」
 彼女は顔の半分を口にして大声で笑った。
 やさしさとかやわらかさ、暖かさといった普段のケイティのイメージを一掃する、芯からおかしくてゲラゲラ笑っているといった風情に、何か間違ったのかとジェイクが焦る。
 「…あの、何か俺おかしなこと」
「ああ、いいえ、ごめんなさい」
 口元を右手で押さえ、左手をひらひらとジェイクに振る。殺しきれない笑いを喉の奥に溜めたまま、
「そうね、あそこのご姉弟は綺麗満載ですもんね」
「ほう。弟がいるんですか」
「弟さんも超絶美人でね。行処だったかな? 顔立ちはよく似てるんだけど、お姉さんのほうは喋ってみると人当たりも愛想も良くて、なんていうか、大人の女性のかわいらしさっていうか、そういうのがあって、最初のちょっと近寄りがたい雰囲気は消えるんだけど…弟のほうは、綺麗なんだけどわりといつも無表情で、鋭そうでキレ味良さそうでキツそうでとっつきにくい感じ……あの…ケイティ…?」
 コルディスの方を向いて話すジェイクの視界の端っこに、とうとうテーブルに突っ伏して、肩を震わせながら必死で笑いをこらえるケイティの姿が映る。だんだん不安になってきて、ジェイクがおそるおそる声をかけた。コルディスもまったくわけがわからずに、目を見開いてケイティの様子を見つめる。
 「あ、もしかして俺の弟くんの印象って実像とは違う?」
 そういえば、弟は行処でケイティは研究課と行処をかけもちだ。つまり同僚ということで、いかに広いセンターで大きな部署と言えど、自分はたまにしか見かけない彼のことを、ケイティのほうが良く知ってる…のかも。
 と思いついて訊ねるジェイクに、ようやく身を起こしたケイティは目尻の涙をぬぐいながら、
「…いえ、そんなこともあるというかないというか…」
 曖昧に返事し、ジェイクがさらに追及する前に視線をフロアの中ほどへ移した。
 「マフィ」
 テーブルから少し離れたところを通り過ぎる少女に、ケイティは声をかける。
 呼ばれて振り向いた彼女は、ジェイクも多少見知っている、ケイティの同僚だった。
 フルネームは覚えていないが、確か行処で、鳶色の髪をショートにしてあることもあってか見た目は少年ぽく、でも女の子で、しかも細くて体格があまり良くなくて顔も小さく丸く茶の瞳は大きく鼻低く唇小さく総じて幼げだがこれでも16歳で(確かフィンアル出身だと聞いた。フィンアルで16の女子ならば成人である)、細くて体格があまり良くないのに気性が激しく鉄火で鉄砲玉でおまけに時どき毒舌だ、ということは知っている。そして、高レベルのESPERだということも。 …本日は外勤なのか、行処の制服を着ていた。
 「どうだった?」
 こちらへ歩いてくるマフィに、ケイティは組んだ腕をテーブルの上へ乗せる形で肘をつき、身を乗り出して訊ねる。
 「いや別に。10人くらい殴っただけ。ただのケンカらしい」
 どうやら出動だったようだ。
 「ごくろうさま」
「ありがと」
 にこ、とケイティが笑うと、にこ、と笑顔が返る。こうして見ている分には小動物みたいでかわいいのに。中身はだいぶ凶暴なんだけど。
 と心の中で呟きながら、
「こんにちは」
 ジェイクが声をかけると、
「こんにちは。彼女がいつもお世話になっています」
 と挨拶を返しながら、ちらりとコルディスを見た。
 まったくです、とジェイクは大きく肩をすくめて溜息をつき、ふたりのやりとりにケイティは、まーなによふたりともその態度は何かわたしに問題あり?それってたとえば?と鼻息荒く交互に見返す。問題ありすぎだとツッこみたいのをツッこんだらこの場は泥沼だと予想し避けて、ケイティを無視することに決めた。
 「こちら、ガッツ=コルディス氏。研修でいらしてるんだ」
 マフィの視線に応え、コルディスを紹介する。
「光主にお会いしたいんだそうよ」
 心持ち楽しげにケイティが言うと、マフィはわずかに目を見開いて、「へぇ」と呟いた。
「はじめまして、行処のマフィ=F=レードです」
 あ、フルネームはそうなのか、でもまた忘れそう…、とぼんやり思うジェイクの横で、コルディスは機嫌よく立ち上がり、ぐいと右手を差し出した。
「H−Wセンターから来ました、ガッツ=コルディスです。よろしく。あなたは光主とお会いになったことは?」
 握手を求められ、マフィはその手を見下ろして一応控えめに手を出しながら、
「自分、ESPERですが、その点ご了承を」
 そう返すと。
 コルディスの表情が、硬くなった。そのままサッと右手を引っ込める。
 マフィはひょいと肩をそびやかして、自分も手を引く。
 ケイティは笑顔のまま。しかしジェイクは、森の巫子でもESPERでもないのに女王のこめかみのあたりにぴきっと筋マークが浮いた感じを敏く感じ取って、「あ」と呻いた。
 「…失礼しました」
 引っ込めた手でタワシ頭を掻きながら、言葉とは裏腹にあまり悪びれていない口調でコルディスは言う。
「自分、ESPERはどうも…」
 度重なる心証の悪さが寄り集まって大きな塊となり、無視できずにジェイクが口を出した。
「コルディスさん、相手のESPレベルも聞かないうちにその態度は…」
 そりゃあマフィのESPレベルは本当は、人が聞いたらビビるような高ランクだけど。
それを聞く前に、しかもその『不快』そうな態度が癇に障る。
 「しかし」
 コルディスはしたり顔で熱弁をふるった。
「『森』はESPを認めていません。『森』が認めない異質を自分が受け入れるわけにはいきませんよ」
「コルディスさん」
 思わず立ち上がったジェイクを制しながら、マフィが、
「いいんですよ。慣れてますから」
 ありがとう、と目で語り、ジェイクにうすく笑んで肯いた。嫌なものを見る目つきで見下ろしてくるコルディスを、ちろりと斜めに見上げ返して、
「たまにいますから。森の巫子でもないくせに、森の巫子でもとらないような言動する人。っていうか、光主に心酔するあまり勘違いしてしまう人」
「…なんだと」
 あきらかな挑発にあっさり乗って、コルディスは声を低めた。
 マフィはさらに目を細め、腕を組みふふんと鼻で笑って、
「光主に会ったことがあるかと訊きましたね」
 光主に対して敬語を使わないその喋りにも苛立って、コルディスはますます声を低める。
「…あんたはあるってのか。ESPERのくせに。 …ま、光主は心が広い御方だから」
 しかしこんな小さな子と互角でやりあうのも大人げない、という(少なめの)理性で考えて、気持ちを光主への敬愛を高めることで静めようと努める。
 その努力を、マフィは軽くつぶした。人さし指でちょいとコルディスをさし、
「そこ訂正です。ご存じないようだからお教えしますけど、光主は、実は心がものすご―――っく狭いです。その心のせまーい光主と、もう何年も親しくつきあってる、いいですかここポイントですよ、『親しくして頂いてる』んではなくて『ダチのようにつきあってる』、自分から忠告さしてもらいますと、あなた自身がESPを怖い、気持ちわるい、不快だと言うならともかく、『森』の決定に疑いもなく肯いているようでは、」
 一呼吸ためて、
「一生、光主には会えませんね」
 そう斬った。
「なっ……こ、この……っ」
 単純なコルディスは単純な方法でさくっと一刀両断されて、頭に血が上り湯気を立ち上げこめかみに血管を浮かせて汗を流す。ぶるぶる震える拳まで視線を下ろして確認すると、マフィはふんと鼻息1回吹いて、
「失礼」
 背を向けて歩き出す。
 その小柄な背中に(でも棘はびっしりだ)、うたうような声でケイティが声をかけた。
「マフィー」
 呼ばれて足を止め、首だけ振り返る。
「今日の退勤後、あいてる? デートしましょうよ」
 楽しげに声を弾ませる上機嫌のケイティに、マフィは目を細めて笑う。
「喜んで」
 開け放してある大きな扉をくぐり、廊下へ消えた影をまだ睨んだまま、激情を抑えきれずにコルディスが毒づいた。
「…なんだあのガキ、目上の者に対して」
 ESPERのくせに、とか小声でブツブツ続けているコルディスを、ジェイクは遠い気持ちで眺める。
果たして目上の者というのは、どういう意味での発言なのだろうか。しかし敵を知らないから言える言葉であって、彼がマフィよりも勝っているのはおそらく年齢だけだろう。純粋に、年の数としての。
 なんてことを、落ち着きなく考えてしまう。
…落ち着かないのは……
…なんか…なんて言ったらいいんだろう…この感じは……。
「先に礼儀を欠いたのはそちらでは?」
 応えるケイティの声は冷ややかだ。笑顔は笑顔なのだが目が全然笑っていない。
…この感じは…。
「しかし」
「さてと」
 なおも言い募ろうとするコルディスを、ケイティは遮ってテーブルに手をつき、立ち上がる。
「あ」と見上げるコルディスに、感情のまったくこもっていない笑みを向けて、
「わたしもそろそろ仕事に戻るわ。ごきげんようコルディスさん。お元気で」
「えっ、あ、はい」
 呆然気味にうろたえるコルディスを能面のような笑顔で振り捨てて、ジェイクには一眼もくれずにケイティはその場を去った。
 …コルディス、光主に一生会えないこと、確定。
 とジェイクは確信する。
 そして。
 ぽつ―――んとテーブルに残されたふたり(片方は自分)。
 お茶どきの食堂はそれなりに賑わっているのに、自分と彼のこの空間だけが妙に寒い。
 混んでいるため、ようやくジェイクの注文した暖かい飲み物がテーブルに届けられる。「お待たせしました」と明るい笑顔でブレンドを置くウェイトレスの声にも、テーブルの冷えた空気は癒されなかった。
 先ほどからジェイクをじわり…と侵食していたのは、嫌な予感だった。
何がなんだかわからなくてもわからないなりに何か感じるところがあるのか、微妙な視線で自分を見つめてくるコルディスに、ジェイクはおも――い溜息をついた。
『…この場を俺にどうおさめろと……』
 コルディスを『嫌いな箱』に分別して入れたケイティの気持ちもよくわかる。そしてやっぱりどうしても、『光主』を恨めない正常な自分。
 ケイティを、ではなく『光主』を、だ。
 と強く強く自分に言い聞かせ、せめて自分が正常であることを小さな喜びとしよう、と、ジェイクは自己暗示さながらの強靭な意志力で前向きな自分をイメージした。

…でもどうして、いつも俺なんだろうな…。
 女王様の後片づけは…………。

 理不尽だ。
 







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