・・・ 花道(はなみち) 番付(ばんづけ)
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・・・ 変化舞踊(へんげぶよう)
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花道

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語源ははっきりしないが、相撲でも支度部屋から土俵までの力士の通路を花道と称
し、贔屓(ひいき)が花(纒頭)(ご祝儀)を贈るところという意味があったと言われる。
歌舞伎も同様に、花形役者の通り道という意味も含めて「花道」と呼ばれたようだ。
現在は、鳥屋(とや)という舞台下手後方の幕(揚幕)のかかった奥から、舞台までを
通る道を花道という。 上手に仮花道を作って、両方の花道で芝居をする時もある。
花道は舞台の延長として使われたり、別の場所、次元として使われたりと自在な使
い方をされる。 花道の舞台から3/10くらいの位置を七三(しちさん)といい、花道で
の芝居は主にこの位置で行われる。 その場所は穴が切られていて、普段は閉まっ
ているが、上下に動くようになっていて、役者がセリ(穴の蓋の部分にあたる)に乗っ
て現われたり消えたりする。ここは「すっぽん」と呼ばれる。(役者が下からセリ上がる
のを、スッポンが首を甲羅から出す様子に例えたと言われる) この「すっぽん」から
出入りするのは主に妖怪変化、幽霊など人間ではない役である。

番付

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相撲の番付と同じように、江戸時代の歌舞伎では「顔見世番付」という、一座の役者
を紹介するものが売られていた。 相撲の番付と違うのは、紙の上半分は役者、囃子
方をはじめ、振り付け師までの名前がかかれているのだが、下半分に、鳥居派(浮世
絵の一派)が描く役者絵(当月の扮装をした主な出演俳優の絵)が摺られている。
この「顔見世番付」は、毎年11月の顔見世興行(この月に一年間の座組みが決まる
ため、一座の紹介興行)の時だけ売られたので、かなりの高額だった。
通常の月は「辻番付」という現代のチラシとかポスターにあたるものが各所に貼り出さ
れた。
劇場や、芝居茶屋(切符の手配から、飲食までの世話をする)などで売られていたの
が「役割番付」(役者の名前、家紋、役名などが書いてある。「紋番付」とも言われる)
や「絵本番付」(芝居の内容を絵にしたもので、土産物としても買われた人気商品)で
明治期になるとこの二つが合わさった「絵本役割」というものになっていった。 これが
現代の筋書き(プログラム)の元になっている。
番付の一番目には人気のある役者を載せ、二番目には格好のいい役者(二枚目と
いう言い方はここから来ている)、三番目には滑稽な役をする役者(三枚目の語源)と
いう風に載せている。(一から三までは立役のみ)
一番最後は座頭が載り、その一つ前が女形、もう一つ前に敵役を載せる。 もし座頭
と同格くらいの役者がいれば、中軸(なかじく)と言って、真ん中に載せる。
これで一目で役者の位付けや、種類がわかるようになっている。
尚、女形を後ろに持ってきたのは、番付が確立してきたのが「野郎歌舞伎」になった
時期で(この経緯は「歌舞伎の歴史」参照)、男だけでの芝居だと幕府に強調する為
もあったと言われている。

変化舞踊

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「へんげぶよう」と読む。 初期は妖怪変化に関した踊りが多かったが、今では短い
舞踊を、次々と衣装を替えながら踊りつないでいく舞踊をいう。江戸の中期頃までは
変化は「七変化」「七化け」というように七種類の変化がほとんどだったが、後期にな
ると更に増えた変形も現われてきた。「六歌仙容彩」などが現代でも演じられる。
変化の中の一つが独立した踊りとなって演じられるようになったものがある。例とし
ては「藤娘」「鷺娘」「近江のお兼」「三社祭」「越後獅子」「玉兎」「保名」等々。