日本の入院日数はなぜ長いのか
      ――日本医療の良さと問題点を考える指標
 

 欧米に比べて長いと言われる日本の病院の平均入院日数について、今後の日本の医療のあり方とかかわる大きなテーマだけに、その背景なども含めて考えてみましょう。
 平均入院日数は、日本の39日に対して、米国は5.9日ですし、EUは平均13日です。ドイツは以前、EU平均の2倍と長かったのが、最近の包括払いの導入で大幅に短縮しています。日本も療養型病床などでの長期入院を除くと平均23日となりますが、それでも欧米に比べずっと長くなっています。
 しかし、角度を変えると別のことが見えてきます。受診率や入院率といった指標です。日本では病院の外来に来る患者の受診率は6.7%なのに対して欧米は4.5%で、簡単に言えば病気になってもお医者さんにかかる人の割合が日本より少ないのです。
 一方、入院率のほうは、日本の6.4%に対して欧米は2〜3倍も多くドイツやフランスは約18%、米国・イギリスは12%台となっています。
 これは、日本の医療制度、つまり国民皆保険制度が世界的に見てもうまくいっているため、だれでも、いつでも、どこでも比較的気軽にお医者さんに見てもらえるので、大事に至らない前に治療できているということがると思います。
 ところが、皆保険制度でなかったり、医療機関へのアクセスのしやすさ(かかりやすさ)の点で制度的にも日本より「敷居の高い」面のある欧米では、病気が重くなってからお医者さんにかかる傾向があるので、入院する患者の割合が多いと見ることができます。それでも患者側は入院を嫌い早期の社会復帰を求めますし、病院側に対しても医療費の包括払い制度が日本より徹底していますから入院日数は短いのです。
 こんな側面や背景を持つ日本の平均入院日数に対して今、大きな「短縮化」の波といいますか、圧力がかかっています。1つは2003年4月から始まった健康保険のサラリーマン本人3割負担です。患者負担については、すでに9年前(平成6年)から入院の時の食事代が上限はあるものの自己負担になっていますし、ベッド差額や、療養施設協力費、入院介護のお世話料など特定療養費という名のサービス料、さらに習慣として根強く残っている医師などへのいわゆる「お礼」なども加えると10%くらい自己負担していたのですから、実質4割の大きな自己負担となる計算です。
 欧米の自己負担の平均が7%くらいですから、これはちょっと多すぎます。保険があっても、40%も自己負担しなければならないというのでは、世界に誇れる日本の国民皆保険制度もダメになりかねないのです。この自己負担分をカバーするために私的保険(個人保険)や、金持ち層向けの自由診療が広がったり保険医療と自由診療をミックスした混合診療の導入が考えられています。そのため皆保険制度が揺らいでいく心配があるからです。
 医療保険財政の問題が背景となっているわけですが、この解決策として私は、効果のない公共事業の削減や明確に健康に害のあることが分かっているタバコとアルコール中毒の恐れをはらんでいる酒類、環境汚染をするガソリンの税金引き上げや消費課税などによる消費税で対応するのが妥当だと考えます。医療保険に対する現在の日本の税金投入(国庫補助)は、欧米諸国に比べて少ないのです。
 このまま自己負担が増えると、医療を受けようとする行動にブレーキがかかって日本でも外来の受診率が下がり、その結果、逆に入院率が欧米並みに跳ね上がる心配があります。そうなると、外来治療の3倍近くかかる入院医療費のアップ、つまり国民医療費が大きく膨らんでいく恐れがあるのです。だからといって、もちろん私は日本の入院日数の長さを肯定しているわけではありません。そのへんを、もう1つの短縮化の圧力である、高度医療を行う特定機能病院で2003年4月から実施され始めた入院医療費の包括払い(DPC)を通して考えてみます。
 これは、大学付属病院やがんセンターなど高度医療を行っている全国82病院(特定機能病院)が対象です。簡単にいうと、入院患者の病気を1860の診療群に分類し、それぞれにかかる医療費の総ワクを決めておき、支払いをしていこうというのです。従来、これらの急性期の患者を治療する病院では、出来高払いといって入院日数が長いほど病院の収入も増える仕組みになっているのですが、これではどうしても入院日数が長くなる傾向になりますから、入院日数が長くなるに連れ入院単価を下げ、増え続ける医療費を抑制しようとのねらいです。しかし、一般の病院に適用するには改良が必要です。実際、私の専門の心臓のバイパス手術を取ってみると、私は米国で手術した時は1週間くらいしか入院させないのですが、日本の大学病院では短いところでも9日、長いところは30日となっていますし、一般の病院となると30日でも短い方と聞きます。
 私が米国で手術した日本人の患者さんの場合、まだまだ入院しているだろうと日本からわざわざ見舞いの人が来た時には、「元患者」はもうゴルフ場でプレーしていたといったことがありました。
これは、米国の入院費が高いこともありますが、日本ではこれまで保険医療は安いとった考えや、病院にいる方が安心といったことで必要以上に、また安易に入院日数が長くなっていた面があったと思います。これは患者・国民側の問題ですが、医療提供側、施設側も長い入院ほど収入増につながるといったところがあったのです。
 この極端なケースが慢性病のお年寄りの患者などのいわゆる社会的な入院なのですが、急性の病気でも平均23日という日本の入院日数はやはり長いので、米国のように1週間以下にするのは無理がありますけれど、EU並みの2週間程度にしていく必要があると思います。
 しかし、自己負担問題にしろ入院日数の短縮問題にしろ、あまり急激な変化、変革は患者・国民への負担や混乱を生じる恐れがあるだけに、今後の成り行きを注目してほしいと思います。
 いずれにしても、患者・国民の側も漫然と「お任せ入院」するのではなく、入院日数に関する情報にも関心を持ち、自分の病気の「治療計画」や「退院計画」などについて医師などに積極的に尋ねることが、より良い治療を受け、また医療費の面でも効率的な医療を実現していく上で大事になっているのです。

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