その九 八広之景

一昔前までは、田畑多い農村地帯でした。また、向島界隈の一部には、江戸期のころから旗本や商人の別荘が建っていました。文人や絵師たちの出入りもあって、近代になると、この町特有の気質が感じられる一風変わった雰囲気がありました。その田園地帯だった所に、隅田川を越えて多くの職人が移り住んできて工房をもつようになりました。それが次々町工場に発展していきました。今、このあたりを歩いてみると、かつて曲がりくねっていた、たんぼ道の跡をなぞるようにして狭い路地が続いています。小規模の工場と住居が肩を寄せ合うように混在して建ち並んでいます。その中でも特徴的なのは、手仕事の伝統的工芸品をつくる職人さんたちが多いことです。機会による大量生産ができない手仕事本位の工房ですから仕事場は大工場へ発展はしません。この手仕事の伝統的工芸品は、昔から地域の生活文化に根づいた職人たちの誇りある伝統技術が育んでできたものです。京成電鉄・八広駅近くの「小林人形資料館」(墨田区内の小さな博物館運動の一つ)は、近代的な建物になっていますが、母屋と工房は、大正時代の荒川放水路の開削工事の時に、そのまま移転して残した、墨田区内で最古の現存する農家のk建築物です。