その十八 扇之景
小台が荒川放水路の開削工事によって切り離された扇一帯は、今でも一部に畑地を残しています。都心の中で昔の面影を残す貴重なスペースです。ここもかつては湿地帯でした。寒の入りのころになると、浮き下駄のような長桶を履いて泥池でセリを栽培してた所です。時代の流れが農業から産業社会へと変わり、農業は後継者不足で離農していきました。ここでも他の地域の発展と同じように、農地を宅地化し、さらにマンションへと転換をはじめました。畑の中に瀟洒な高級マンションが建ち、それとは対照的に、生け垣に囲まれた古い農家は豪邸に変わりました。江北には、都営団地ができて景観はすっかり変化しました。宅地化へと転換した中にも、あちこちに区民農場が点在していますが、これらの農地は、都会の中で自然の恵みを知る上で貴重な空間になっています。さらに、このあたりの古い歴史を伝えるものとして、居ながらにして八十八カ所めぐりのできる善応寺や、吉祥院のちびっ子地蔵など、由緒ある神社があります。道端には、農耕と深い関係のある庚申旗がはためき、祭囃子の音色が聞こえてくると、かつての農村だったころの雰囲気が甦ってきます。