(大切なのは仏教文化を保護すること)
曹 長青:
チベット人居住区を取材していて気づいたことですが、僧尼、一般チベット人を問わず、みな心の中でチベットの独立を望んでいますね。一方、あなたは高度の自治を主張しておられます。あなたとチベット人民、どちらに実権があるのでしょう?
ダライ・ラマ:
もちろん人民にあります。これには言うまでもないことです。しかし責任を担っている一人の指導者として、わたしは“中庸の道”のほうがよりよくチベット問題を解決できると考えています。もし大多数のチベット人がこの方案をまったく受け入れないという結果になったなら、わたしは人民に従いましょう。しかし今のところわたしは、どうして“中庸の道”を採らなければならないか説明を試みているのです。率直に言って、チベット独立を求めるという考え方は感情的な域を脱しておらず、理性的でもなければ現実的でもありません。
曹 長青:
チベットに高度の自治を求めると言っても、それは一種の便宜上の措置ではありませんか?
ダライ・ラマ:
そうではありません。これは長いこと考え抜いたあげくに定めた目標なのです。仏教文化はチベットの政治や独立よりももっと大切なものだと、わたしはずっと考えてきました。仏教文化を保護することは国家ではなく人に関わることです。もしチベットへ戻ったら、チベットを一つの平和区域にして、最低限必要な警察を除いてはいかなる軍隊も置きません。そうすることでわたしたちは強大な中国の保護を必要とし、また中国の物質的援助を必要とします。わたしたちは他の国々の援助を得ることもできますが、チベットが中国の一部分であるなら、中国がわたしたちを物質的に援助する責任を負っているのです。一方、わたしたちは中国に仏教文化を提供します。こうして相互に助け合って互いに益を得るのです。中国には現在数百万人の仏教徒がいます。将来、さらに仏教が必要とされるでしょう。チベット仏教はもっともすばらしい仏教です。もちろん仏教が唯一の宗教ではありません。わたしは他の宗教も非常に尊重していますが、チベット仏教はチベット人にとって有益であるばかりでなく、十二億の中国の兄弟姉妹たち、とりわけ若い人たちの精神を立て直すのに信仰は有益です。中国の仏教徒と他の中国人たちがこの一点を認識すれば、こういった仏教文化が滅ぼされないように自ら関心を抱くようになります。
中国人がチベット文化を尊重し、チベットの環境を大切にし、チベット人を自分たちの兄弟姉妹とみなすなら、どうして分離独立しなければならないことがありますか? まさにわたしにとって仏教文化はチベットの政治的地位よりも大切であるからこそ、わたしはチベットが独立することではなく、真の自治を獲得することを求めるのです。
曹 長青:
あなたのおっしゃる高度の自治とは、“一国二制度”のようなものですか?
ダライ・ラマ:
まったくそうであるとは言えません。ただ一つの意味において“一国二制度”であると言うことができます。つまり、わたしたちは自分たちの文化伝統、自分たちの言語、自分たちの生活様式を保持し、中国の他の地区がどのようであるかに関わらず、チベットにおいて真の民主選挙を実施し、チベット議会と指導者は選挙によって選ばれなければならない、ということです。
(二十一世紀に向けて)
曹 長青:
最後に一つ質問します。二十一世紀はどんな時代になるでしょうか? もっとよくなりますか、それとももっと悪く?
ダライ・ラマ:
今世紀において人類は多くの教訓を学び、さらに成熟しました。いまやたくさんの兆しが現れ、共存の精神、非暴力の精神は以前より影響力を増しました。同時に、国連の“人権宣言”に世界価値の概念が言及され、民族自決の権利、少数民族の文化保護といったものが以前より受け入れられやすくなりました。もちろん人々は生態環境にもさらに関心を寄せています。中華人民共和国でさえも民主を口にするようになり、江沢民は党会議の席上、さらに多くの民主が必要であると語りました。これらはすべて積極的なサインです。世界では、異なる宗教の間でも以前より多くの交流と理解がなされるようになってきています。こういったところから、二十一世紀はもっとすばらしいものになるだろうとわたしは考えています。
−ニューヨークより−