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《華夏文摘》#382(1998年7月)より

【サタンに対抗する平和の砦】

−曹長青、ダライ・ラマに聞く−

曹 長青(ツァオ・チャンチン)


  “亡命チベット区見聞記”に続いて、曹 長青(ツァオ・チャンチン)氏が1997年11月にダライ・ラマ法王に直接インタビューしたものをご紹介します。人生について語られる法王の言葉には、宗教者として、また一人の人間としての真骨頂が感じとれるようです。

  尚、インタビュー部分の小見出しは訳者が便宜上つけたもので原文にはありません。


【目 次】  



  彼は“孤独、死。恐れ、同性愛”を読み解き、「ダライ・ラマは女性、或いは中国人に転生するかもしれない」と考え、“毛沢東と李登輝”を比較し、かつ二十一世紀を預言している。

  1937年の冬、二歳半の男の子ラモ・トゥンドゥプは多数のキャラバン隊に守られて生まれ故郷のアムド(現在のの青海省)からラサへ送られた。後に世界にその名を知られることになるダライ・ラマ十四世は、この時から千の部屋を有するポタラ宮でひたすら仏典を学び、隠遁生活を送ることになった。たまに外出することがあっても、法王専用の輿に乗せられ、周囲はものものしい衛兵と騎馬隊に守られ、一般庶民は彼を見ることもかなわなかったのである。

  しかしいまやダライ・ラマはおそらく世界で最も多く旅行している人だ。一年の半分は世界を廻り、講演や教えを説きに各地を訪れている。彼はすでに五十ヶ国近くの国々を訪れ、北京(中国当局)の抗議と威嚇にさらされながらもなお二十ヶ国以上の国家元首と会談し、その中にはハベル大統領(チェコ)、マンデラ大統領(南ア)、それにクリントン大統領も含まれている。

  彼はおそらく世界でも最も忙しい人の一人だ。一昨年オーストラリアを訪問したときは一日のスケジュールに十七項目もあり、朝の七時五十分に始まり、夜の八時には二万人の人々を前に“心の平和と世界の平和”という講演を行い、さらに欧米の富豪たち向けに “道徳とボーダーライン”という講演をしている。

  彼はその叡智、謙虚でへりくだった慈しみ深い態度と神秘性によって一千万人以上に上る信奉者を獲得し、その中にはハリウッドの大スター、リチャード・ギア、スチーブン・セガール、ハリソン・フォード、シャロン・ストーンも入っている。彼の講演があればそのチケットはあっという間に売りきれ、彼が行くところ人々は我も我もと殺到し、彼に頭に手を置いて祝福してもらうことを望まないものはまずいない。

  西側のメディアは彼のことを“サタンに対抗する人類の最後の平和の砦”と呼んでいる。あるジャーナリストが、「人々はチベットよりもあなたのほうに興味があるのではありませんか?」と質問したところ、彼は冗談交じりにこう答えた:「中国政府がわたしを譴責し批判してくれるおかげで、すっかり有名になり一層重要人物になってしまいましたよ。」


−世界的に沸き上がる“チベット・ブーム”−


  インターネットで“ダライ・ラマ”と入力して検索すれば、全世界のメディアが提供する一万二千八百六十件の関連記事が出てくる。最近ではアメリカの《ニューズウィーク》誌の表紙を飾り、その大きく打ち出されたタイトルは “なぜチベットが問題となるのか?”というものだった。ハリウッド映画の“セブンイヤーズ・イン・チベット”や“クンドゥン”が上映されてから、世界中にさらなる“チベット・ブーム”が沸き起こったのだ。

  全世界のメディアからジャーナリストたちが続々とインド北部の小さな町ダラムサラにやって来て、ダライ・ラマに取材するのを待っている。彼の語る一言一句に、仏教徒は注意深く学ぼうとし、チベット人たちはさらに真剣に耳を傾ける。ほとんどのチベット人がチベットの独立を渇望しているにもかかわらず、ダライ・ラマが“中庸の道”−すなわちチベットに高度の自治権が与えられればよい−を打ち出せば、64.4パーセントの人々は、「ダライ・ラマがなんとおっしゃられようとわたしたちはそれに同意します」と答えるのだ。最近亡命チベット人を対象に行われた調査によれば、ダライ・ラマは北京に妥協していると批判する者もいる。ダライ・ラマはこう語る:「人は過去を見るが、わたしは未来に目を向けます。人が感情的になるならわたしはさらに現実的に理性的にならなければなりません、たとえそれが愚かなものだといわれようとも。」

  ダライ・ラマがインドへ亡命した後、彼の生家は中共によって打ち壊されてしまった。1986年に北京が彼との話し合いを提案した時に再建されて、現在彼の甥が管理しているが、毎年平均四千人の巡礼者が訪れている。

  ダラムサラで、彼は早朝四時に起床すると、六時まで祈ったり仏典を深め、それから入浴し朝食をとる。朝食は通常、チベット伝統のバターと蜂蜜を混ぜたツァンパである。毎日朝食と昼食の二食のみで、夜はミルクティーを飲むだけだ。三十分ほど自転車に乗り、夜はイギリスBBC放送のニュースを見てから、仕事部屋に入って時計の修理をしているらしい。子どもの頃から複雑な機械が大好きで、いまだにその趣味からは離れ難いのだ。


−率直に真心をもって、友情を大切にする−

  97年11月28日、ダラムダラでダライ・ラマを取材したとき気づいたのだが、彼の住居は警備が厳重で、セキュリティーチェックはケネディ空港より厳しかった。チベット人の友人で保安責任者のツェ・ギャの話では、数年前、一人のチベット人売春婦がラサから逃げてきて、ダライ・ラマの祝福を受けているときに突然わっと泣き出し、自分は中共に送り込まれたのだと言ったそうである。世界で一番平和を愛する人が厳重な警備の中で生活しているとは実に悲しいことだ。

  今回は三度目の取材である。普通会見は十五分で長くても三十分ということだが、わたしが「どのくらいお時間をいただけますか?」とお伺いしたところ、法王はユーモアたっぷりに「百時間さし上げましょう、でもきょうは一時間ですよ、そうしたらまた九十九時間さしあげます。」と応えられ、それからあのいつもの大笑いをされた。しかしわたしたちは一気に三時間話したのだった。チベットの友人は、「破格だね」と言ったが、わたしは法王に「まだ九十九時間ありますよ」と念を押すことを忘れなかった。

  取材は英語で行い、以下は録音に基づいて要約整理したものである。取材中、ダライ・ラマはたまに二言三言中国語を話されたが、それがどの程度のものであるかは法王ご自身同様、まったくの神秘である。



(心の平和を得るには)

曹 長青: 以前、ニューヨークとボストンでお目にかかった折りにはほとんど政治の話でしたので、今回は人生についてお尋ねしたいと思います。人はどのような状態において平安で楽しくすごしていけるとお考えですか?

ダライ・ラマ: どんな状態ですって? 警察国家とか強権的な社会においてでしょう(大笑)。きびしくコントロールされていた旧ソ連の共産主義社会においては、スリも売春婦もおらず醜聞もありませんでした。毛沢東が権力を握っていた頃の中国も同様に、スリや売春婦はいませんでした。こういう社会こそ“平和”といえるのではないですか(大笑)

曹 長青: それではあなたの“平和”とはどのようなものですか?

ダライ・ラマ: わたしは、人間には当然、慈悲の心や人を思いやる心がなければならないと考えています。人の気持ちを思いやってこそ人を傷つけることもなく、己を律するようになるのです。そうすれば警察も要らず、政治的な役割も不必要なわけです。内的な信仰と価値観が生まれれば、人は平安になり喜びを感じるようになります。

曹 長青: どうしたらそういう境地になれるのでしょう?

ダライ・ラマ: 教育を通してです。よい家庭と学校はいずれも非常に大切です。人に同情する心、慈しみの心、人を思いやる心に満ちていれば、そういう境地に至ることができますよ。


(孤独と僧侶の独身生活)

曹 長青: 孤独、これは現代人にとって大きな問題で、それで人は妻や夫を必要とするのですが、あなたはずっと僧侶として独身を守っておられて孤独を感じられたことはありませんか?

ダライ・ラマ: ありません。孤独とは、独身であるか伴侶がいるかどうかによるのではなく、正しい生活を送っているかどうかによるのです。もしその人の生活態度が正しくないなら、たとえ結婚して伴侶がいたとしてきょうは幸せを感じているとしても、一ヶ月後、一年後、そういった情熱や真実の感覚といったものは少しずつ消えていき、ついには互いを敵とみなすようになってしまうかもしれません。もしたくさんの友人がいれば、その人たちとよい関係でいるなら孤独は感じないでしょう。

曹 長青: これまで誰かに自分の心の内にある思いを聞いてもらえたら、と渇望されたことはありませんでしたか?

ダライ・ラマ: 最も親しい友人にはなんでも打ち明けています。わたしは子どもの頃から人づきあいが好きでしたから、いつでもそばに心の思いを分かち合える人を見出せるのです。

曹 長青: あなたのお考えでは、僧侶の生活のほうが結婚生活に優っているということでしょうか?

ダライ・ラマ: それは一概には言えませんが、しかし仏の教えを学ぶという点から言えば、当然、僧尼の独身生活のほうがよいでしょう。独身生活は、妻、夫、子ども、孫といった自分を中心とした多くの付加的な関係から逃れさせてくれます。子どもができれば、その子の教育、結婚そして将来に心を砕かなければならず、それはとても面倒なことです。結婚は非常に複雑な関係を生み出します。自分の友人とそうでない人、また妻の、そして息子のお嫁さんの場合、というふうにその関係はどんどん複雑化していきます。自ずとしなければならないこと、解決しなければならない問題が出てきます。一方、僧侶の生活はあらゆる精力と時間を集中させることができ、仏教からみれば、こういった生活はもっと有益なものなのです。カトリックもそうですね。しかし宗教から一歩遠のけば、おおざっぱに言って人それぞれということになるでしょう。たとえば、妻と思いを分かち合い重荷をともに担い合うならば、二人の心は一つになっているのも同じです。そうならとても幸せでしょうし、とてもすばらしいことですね。

曹 長青: インド南部の亡命チベット人居住区でわたしは一人の若いラマ僧に取材しました。彼は篤く仏教を信仰していますが、また子どもが大好きで、自分の子がほしくてそのために悩んでいました。こういったことでお悩みになられたことはありませんか? あなたは子ども好きでいらっしゃるでしょう?

ダライ・ラマ: 好きですよ、子どもたちには偽りというものがなく天真で心が開かれていますからね。だからとてもつきあいやすいし、子どもが好きなんです。わたしの子ですって? おやおや、まあ考えても御覧なさい、ある人は子どもができないと言って医者を尋ねまわり、ある人は子どもが多すぎて困り果て、避妊薬を飲んだり人工流産します。いまの社会では、人は子どもがいるかいないかではなく、子どもができてからその子を学校にやる十分なお金があるかどうかで心を悩ませるのです。よい学校に入るということはよりたくさんのお金がかかるということです。子どもが卒業すればまた就職できるかどうかで心を悩ませることになりますし、こういった心配にはきりがありません。こういう意味のない不必要な問題が親たちを悩ませているんですよ。

曹 長青: あなたにはこういった複雑な悩みがないのでいつもよくおやすみになれるわけですね。いままで睡眠薬をお使いになられたことは?

ダライ・ラマ: ありません。横になるとすぐに眠ってしまうので、いままで睡眠薬のお世話になったことはありませんよ。


(死と恐れについて)

曹 長青: 数日前、インド人ジャーナリストの取材を受けられたとき、「いつかニューデリーとダラムサラを結ぶ山道で自動車事故に遭って死んでしまうかもしれない」とおっしゃられたそうですが、あなたは死を恐れていないのですか?

ダライ・ラマ: あれは半分冗談のつもりで言ったのですが、いずれにしてもありうることではあります。もしわたしが死んだら、チベットの自由を求める闘いにとってはダメージですが、しかしそれはけっしてこの闘いが終わることを意味しているわけではありません。ダライ・ラマがいなくなってもチベットという民族はなお存在し、新たな世代のチベット人たちがこの闘いを引き継いでいくことでしょう。しかしそれはあなたが著作の中で言われているように、「ダライ・ラマが健在のうちはチベット問題はまだ解決しやすい。彼が亡くなることがあってもチベット人の闘いはなお続くだろう。しかし若いチベット人たちは武力に訴えるかもしれない」ということになるでしょう。
  わたしは死というものをそれほど恐れてはいません。人はいずれは死ぬものですし、死は生命の一部分なのです。あなたのこの質問は或いはわたしが死に直面する準備ができているかどうか、ということでしょう。仏教の僧侶として、わたしは死を迎える訓練を多く積み、死ぬ準備、即ちよりよい来世に入る準備をしています。わたしはすでに一通りの準備をしています、というかこうした準備はすでにわたしの生命の一部分になっているのです。大切なのは、生きているうちに有意義な人生を送るということです。ラマ僧として、わたしは子どももいなければ家庭もなく、この身ひとつでなんの心配もありません。これはわたしが死を恐れない原因の一つです。もちろん、もしきょう死ぬということになれば心配の種はありますよ。チベット問題解決の道筋はいまだついていないのですからね。

曹 長青: それではいままで恐れというものを抱いたことはなかったのですか?

ダライ・ラマ: 二度ほどありました。一つは1954年、ラサから北京へ毛主席に会いに行ったときです。北京側の接待係はわたしの扱いに非常に神経質になっており、毛に会う時の細かい指示をいちいち出して、そのとおり行い間違えないようにとわたしに要求しました。入室したら十歩以上歩かないうちに傍らに腰掛けるとかいったことです。当時、わたしの古参の家庭教師さえひどく緊張していました。わたしは前列に立ち、後ろにパンチェン・ラマが並びました。その後ろに毛への贈り物をささげ持った年配の家庭教師、そしてもう一人若い先生が並び、さらにその後ろに少なくとも十五人、毛への贈り物を携えた者たちが続きました。はじめて見も知らぬところであのような大物に会うのですから、いささか恐ろしさを感じてしまいました。
  けれども、ほんとうに恐ろしいと感じたのはあの1959年3月17日の晩のこと、わたしはラサから脱出してインドへ行く決心をしていました。小さな川を渡っているとき向こう岸にたくさんの中国兵の姿が現れ、その手にした銃剣がことごとく目に入りました。そのときばかりはほんとうに怖かったですよ。わたしたちは皆殺しにされるかもしれなかったからです。しかし同時に一種の勇気が沸いてきました。いかなる危険にも困難にも立ち向かっていこうと決心していたからです。それは何日もかけて相談し、何度も考えたあげくの決定でしたから。わたしはいまでもあの決定を後悔していません。それはチベットの未来に関わりチベットの歴史に連なっているのです。

曹 長青: 悪夢にうなされたことはありますか?

ダライ・ラマ: ありますとも。ときどき、1959年のあの時、ラサのノルブリンカ宮を離れてどうしてもインドへ行かなければならないその情景が夢に出てくるのです。


(次のダライ・ラマは?)

曹 長青: 前回のインタビューの折、これから先のことについていろいろお話しくださいましたね、あなたがたぶん最後のダライ・ラマになるかもしれないと。ところが数ヶ月前、西側のジャーナリストには、次のダライ・ラマはチベット以外の自由な国に転生するだろう、と言われたそうですが、お考えを変えられたのですか?

ダライ・ラマ: いいえ。あの時あなたにあのようにお話ししたのは、ダライ・ラマの存在はチベット人が決めることだからです。もしチベット人がダライ・ラマといものの存在を必要としないなら、おそらくわたしで最後になるでしょう。チベット人がこの伝統を続けていくことを望むなら、問題はどうやってこの伝統を受け継いでいくかということになります。ローマ教皇のように選挙で選んだり、資格や経歴に基づくことも可能でしょう。その時がきてチベット人たちが引き続き伝統的な方法を採りたいなら、転生霊童を選ぶという過程がありますから、チベット人がいまだに今日のような他国で難民生活を送っているような状況下では、次のダライ・ラマはチベット以外の場所に生まれうるのみです。わたしの転生者として十五世ダライ・ラマは十四世が求めてきたことを完成するためにこそ存在するからです。十四世ダライ・ラマが“五項目の和平案”とチベットに高度の自治を求める“中庸の道”というその望みを達せられないとすればの話ですが。

曹 長青: チベットの歴史上、一人のダライ・ラマはチベット人ではなくモンゴル人ですね。次のダライ・ラマがインド人或いは中国人の転生者である可能性はありますか?

ダライ・ラマ: ありえます。もし中国人であれば中共統治下ではなく自由な中国に出現するでしょう。ニューヨーク在住の中国人かもしれませんよ、或いは台湾に現れたりして(大笑)。しかし今のところチベットはまだ自由を得ていませんし、十四世ダライ・ラマも亡命しているという現実がありますから、転生者はたぶんチベット人でしょう。さまざまな事柄が内的に絡み合っていますから。

曹 長青: あなたの転生者が女性である可能性は?

ダライ・ラマ: それは大いにありうることです。もし次のダライ・ラマが女性であるならもっと有益でしょう。チベットの伝統では、高位のラマが女性に転生することはきわめてまれです。ただ一人大ラマの転生者に女性がいますが、彼女のお寺は七百年続いています。


(百歳になっても現役で)

曹 長青: インド南部のチベット人居住区バイラクッペで聞いた話ですが、あなたが八千羽の鶏を飼育している養鶏場を視察されたとき、もしここを閉じてくれれば八十歳まで長生きできるとおっしゃったそうですね。それで彼らはこのずいぶん収益の上がっていた養鶏場をたたんでしまったということですが、そうなんですか?

ダライ・ラマ: 閉めなければいけません、と言ったわけではなく、もしほかの方法で同じ収益をあげることができるならその方法を採ったほうがいい、と言っただけです。そうすれば八十歳まで長生きできる、とは言いました。

曹 長青: 第三世ダライ・ラマに始まって、五世(六十六歳)と十三世(五十八歳)を除く歴代ダライ・ラマはみな五十歳にならないうちに亡くなっています。あなたは今年六十二歳になられましたが、どのくらいまで生きられるとお考えですか?

ダライ・ラマ: 第一世ダライ・ラマは八十二歳まで生きられましたよ。専属医がわたしの健康状態から推測したところでは百三歳まで生きられるということです。わたしはいつも中国との協議が成ってチベットへ戻れることを夢見て待ち望んでいるのです。その時には、一切の政治的職務と責任を返上して自由人になることでしょう。チベット全土を旅行していろんなところを訪ねてみたいです。もちろん中国内地へも旅行して中国の仏教徒たちや非仏教徒の兄弟姉妹たちにも会って、彼らとわたしの思いを分かち合いたいですね。もちろんインドにもヒマラヤの麓の仏教徒たちに会いにまた来たいです。世界の各地に行っていろいろな友人たちと知り合いになるんです。百歳になってもわたしのスケジュールはあいかわらず目いっぱいですよ、たぶんその時には回転椅子に腰掛けて忙しいながらも楽しくやっていることでしょう(笑)。


(豚肉が大好き)

曹 長青: 南部のチベット人居住区では市場で豚肉を売っているのをほとんど見かけません。チベット人たちはあなたが“猪”年生まれだから豚肉は食べないのだと言っています。これについてはどう思われますか?

ダライ・ラマ: なんとまあ、もしほんとうにそうなら、彼らはちゃんとした考えもなしにただ愚かに盲従しているだけですよ。ダライ・ラマのこのわたし自身豚肉が好物で、これについては制限はありません。中華風に味付けした豚肉が特に大好物で、四川料理は最高ですね。台湾を訪問したとき、牛肉の唐辛子炒めが好物だと言ったのを報道されてしまいました。わたしを招待してくださった台湾のお寺のご住職がこの報道を目にされ、ファックスでご忠告いただきました、「“牛肉の唐辛子炒め”のことはおっしゃらないほうがよろしいですよ」とね(笑)。一般的に言って、チベット人、とくに若いラマ僧たちは魚、鶏、豚肉、鶏卵といったものを食べませんね。

曹 長青: でもあなたはみな召し上がられるでしょう?

ダライ・ラマ: ええ、いただきます。けれども仏教学の試験に参加する前にはいただきません。試験が済めば制限はなくなります。チベットの古文書には、こういったものを食べると記憶力に障害が出ると書かれているのです。現在チベット人居住区の住人は豚肉、魚、鳥肉類を食べません。仏教では殺生しないよう戒めていますから、それを避けるためです。仏教社会として、当然、人に殺生を薦めることはしません。


(ダライ・ラマの肖像)

曹 長青: チベット人居住区を取材して、各家庭から事務所、タクシーに至るまであらゆるところにあなたの肖像が掲げられているのを目にしました。ホメイニのようになってしまう心配はありませんか? ホメイニとどう違うのでしょうか?

ダライ・ラマ: いつも申し上げているように、わたしはいずれにしても一介のラマ僧にすぎません。人がわたしをホメイニと比較しようがしまいが、わたしには何でもないことです。またハリウッドのスターになってしまったと言われようともいっこう気にしません。わたしが心底憂いているのは、あるチベット人たちが仏教徒と自称していながら、なにがほんとうの仏教かわかっていないことなのです。あなたが先ほどおっしゃったように、わたしの干支が“猪”だからといって豚肉を食べない、これはおかしなことです。正しい仏教の知識が欠けている結果ですよ。


(同性愛と寛容の精神)

曹 長青: 最近あなたがサンフランシスコで同性愛者の性行為を批判して、多くの新聞に転載され一時話題になりました。アメリカの同性愛者たちの多くはチベットに同情し支持しているのに、あなたの批判に彼らは不愉快な思いでいます。あなたは僧侶ですから性生活の経験はないのに、どのような性行為がよくてどのようなのがよくないのかどうしておわかりになるのですか?

ダライ・ラマ: 仏教には“十の戒律”というものがあります。そのうちの三つは身体に関係のあるもので、“殺生”、“盗み”、“不当な性行為”―これには僧侶が性関係をもつこと、不倫、同性間の性行為、口交或いは肛交、自慰も含まれます。仏教の考えからすればこれらはすべて誤りです。しかし同性愛者が仏教信仰をもたず仏教徒でないなら、社会的に見て、二人が真に愛し合い互いに尊重しあい幸福である場合、どんなタイプの関係であってもよいというものです。いずれにせよ、暴力よりはずっとよい。しかし一部の同性愛者たちはわたしの賛同を得ようしています。わたしにどうしてそんなことができますか? 観音菩薩(ダライ・ラマ自身のこと)はこの点はっきりと言います。こういう性行為は間違っています。これは譲るわけにはいきません。一部の社会が同性愛者たちを差別している、これも間違っています。行きすぎです。もしエイズの危険がなくて双方が同意しているなら、同性愛は社会にとってなんの害もないからです。

曹 長青: チベット人の90パーセント以上は仏教を信仰しています。仏教の立場から同性愛を“不当”とみなすなら、チベットが自由を得て独立したとき、チベット政府は同性愛者たちにどのように対処するのでしょう。

ダライ・ラマ: チベットは仏教社会です。しかしチベット人たちはみな仏教を信仰しなければならないという規定はありません。けれども敬虔な仏教徒なら“十の戒律”を守って当たり前です。もちろん“不当な性行為”を行った仏教徒がいたとしても、その人が引き続き仏教を信仰できなくなるというわけではけっしてありません。仏教の“十の戒律”の三つは心の内奥に関わるもので、“欲望”、“憎しみ”、“誤った考え”です。“誤った考え”とは来世と観音菩薩を信じないことを指しています。これは戒律に背くもっとも重大な行為です。しかしたとえそうであっても、その人が仏教徒でないと言うことはできません。わたしたちはすべてのチベット人が仏教を信仰しなければならないと規定することはできません。なぜかといえば、社会というものはさまざまな人から成り立っており、ある人は信じ、ある人は信じません。寛容であるべきなのです。同性愛者たちを受け入れることも含めて。

曹 長青: 自由を得たチベットはさまざまな宗教が共存する社会ということですか?

ダライ・ラマ: そうです。


(台湾との関係)

曹 長青: ちょっと話題を換えたいのですが。あなたは毛沢東にお会いになられた時恐れを感じたとおっっしゃいましたが、数ヶ月前、台湾を訪問して李登輝総統にお会いになったときはどのような感じを受けられましたか?

ダライ・ラマ: 李登輝総統は選挙で選ばれた人です。わたしに対してはとても友好的で、彼がチベットの現状を説明してくれた時、そのまなざしに彼の偽らざる思いと関心を感じ取ることができました。彼の話す英語はけっして流暢とは言えないものでしたが、わたしより上手でしたよ。彼はいつもできるだけそのけっして上手とは言えない英語でわたしと話そうと努力され、こうして互いに知り合い近づきになれたのです。こんなにすばらしいことはありませんよ。

曹 長青: インドへ来る飛行機の中で、奇遇にもチベット亡命政府の台湾代表タクラご夫妻にお会いしました。ご夫妻には少し前にロンドンで取材に応じていただいたことがありますが、あなた方は台湾との関係をどのように進めていかれるおつもりですか?

ダライ・ラマ: 主に次の三点です。第一に、台湾人といってもやはり中国人であって、ただ自由な社会に生活しているだけのことだと思います。そこで、交流を通じて台湾の中国社会にチベット問題に対する関心を引き起こし、彼らを通して中国大陸に影響を与えることができたらよいと願っています。第二に、わたしども亡命居住区の農業に援助と技術指導をお願いしたいです。三つ目は、台湾の仏教界との交流を盛んにし、相互に仏教文献を交換し漢語とチベット語にそれぞれ翻訳し合い、分かち合うことを通してさらに豊かになることを望んでいます。

曹 長青: ある人の推測では数年しないうちに民進党が台湾の政権を執るだろうということですが、その時、もし台湾政府があなた方ダラムサラ政府を承認したら、あなた方はそれを受け入れますか?

ダライ・ラマ: これは非常に複雑な問題で、わたしたちもこの問題について考慮することでしょうが、しかしわたしの主眼は北京にあって台北ではありません(笑)。受け入れる前にその複雑性ともたらされる結果についてよくよく考慮することになるでしょう。


(チベット問題進展への糸口)

曹 長青: 三年前にはじめてお会いしてから今日に至るまで、ダラムサラと北京の関係にはいささかの進展もありませんが、問題はどこにあるのでしょう?

ダライ・ラマ: 当時わたしどもは“十七条協定”に調印し、それはチベットが中国の一部分になったことをも意味していました。当時は百パーセント中国に留まりたいと考えていたのです。しかし北京側はチベットは以前も中国の一部分であったと言い、常に“昔から”とか“ずっと”という言いかたまでしているわけです(笑)。これは歴史的事実に反しています。歴史は歴史であって誰も変えることはできません。わたしの考えでは、チベットの過去の政治的地位については歴史学者に任せ、わたしたちは未来に目を向けるべきなのです。

曹 長青: 昨年ドイツのボンで開かれた“第二回チベットを声援する世界大会”の席上、あなたは挨拶の中で、北京があなたにチベットは昔から中国の一部分であると公に宣言するよう要求してきたけれども、自分は「ラマ僧は嘘が言えない」と言った、とおっしゃいました。この点において、妥協ということはありえますか?

ダライ・ラマ: 実際のところ、チベット問題はダライ・ラマ問題ではありません。北京側にはこの点を理解しようとする姿勢が必要です。彼らのために働いているわずかのチベット族幹部ではなく、チベットの大多数を占める一般の人々がなにを求めているかを理解すべきなのです。チベット人たちの声に耳を傾け、チベット人たちの思いを感じとってから政策変更をするべきです。もし中国政府がダライ・ラマばかりにとらわれなくなるなら、進展への糸口が見つかります。


(大切なのは仏教文化を保護すること)

曹 長青: チベット人居住区を取材していて気づいたことですが、僧尼、一般チベット人を問わず、みな心の中でチベットの独立を望んでいますね。一方、あなたは高度の自治を主張しておられます。あなたとチベット人民、どちらに実権があるのでしょう?

ダライ・ラマ: もちろん人民にあります。これには言うまでもないことです。しかし責任を担っている一人の指導者として、わたしは“中庸の道”のほうがよりよくチベット問題を解決できると考えています。もし大多数のチベット人がこの方案をまったく受け入れないという結果になったなら、わたしは人民に従いましょう。しかし今のところわたしは、どうして“中庸の道”を採らなければならないか説明を試みているのです。率直に言って、チベット独立を求めるという考え方は感情的な域を脱しておらず、理性的でもなければ現実的でもありません。

曹 長青: チベットに高度の自治を求めると言っても、それは一種の便宜上の措置ではありませんか?

ダライ・ラマ: そうではありません。これは長いこと考え抜いたあげくに定めた目標なのです。仏教文化はチベットの政治や独立よりももっと大切なものだと、わたしはずっと考えてきました。仏教文化を保護することは国家ではなく人に関わることです。もしチベットへ戻ったら、チベットを一つの平和区域にして、最低限必要な警察を除いてはいかなる軍隊も置きません。そうすることでわたしたちは強大な中国の保護を必要とし、また中国の物質的援助を必要とします。わたしたちは他の国々の援助を得ることもできますが、チベットが中国の一部分であるなら、中国がわたしたちを物質的に援助する責任を負っているのです。一方、わたしたちは中国に仏教文化を提供します。こうして相互に助け合って互いに益を得るのです。中国には現在数百万人の仏教徒がいます。将来、さらに仏教が必要とされるでしょう。チベット仏教はもっともすばらしい仏教です。もちろん仏教が唯一の宗教ではありません。わたしは他の宗教も非常に尊重していますが、チベット仏教はチベット人にとって有益であるばかりでなく、十二億の中国の兄弟姉妹たち、とりわけ若い人たちの精神を立て直すのに信仰は有益です。中国の仏教徒と他の中国人たちがこの一点を認識すれば、こういった仏教文化が滅ぼされないように自ら関心を抱くようになります。
  中国人がチベット文化を尊重し、チベットの環境を大切にし、チベット人を自分たちの兄弟姉妹とみなすなら、どうして分離独立しなければならないことがありますか? まさにわたしにとって仏教文化はチベットの政治的地位よりも大切であるからこそ、わたしはチベットが独立することではなく、真の自治を獲得することを求めるのです。

曹 長青: あなたのおっしゃる高度の自治とは、“一国二制度”のようなものですか?

ダライ・ラマ: まったくそうであるとは言えません。ただ一つの意味において“一国二制度”であると言うことができます。つまり、わたしたちは自分たちの文化伝統、自分たちの言語、自分たちの生活様式を保持し、中国の他の地区がどのようであるかに関わらず、チベットにおいて真の民主選挙を実施し、チベット議会と指導者は選挙によって選ばれなければならない、ということです。


(二十一世紀に向けて)

曹 長青: 最後に一つ質問します。二十一世紀はどんな時代になるでしょうか? もっとよくなりますか、それとももっと悪く?

ダライ・ラマ: 今世紀において人類は多くの教訓を学び、さらに成熟しました。いまやたくさんの兆しが現れ、共存の精神、非暴力の精神は以前より影響力を増しました。同時に、国連の“人権宣言”に世界価値の概念が言及され、民族自決の権利、少数民族の文化保護といったものが以前より受け入れられやすくなりました。もちろん人々は生態環境にもさらに関心を寄せています。中華人民共和国でさえも民主を口にするようになり、江沢民は党会議の席上、さらに多くの民主が必要であると語りました。これらはすべて積極的なサインです。世界では、異なる宗教の間でも以前より多くの交流と理解がなされるようになってきています。こういったところから、二十一世紀はもっとすばらしいものになるだろうとわたしは考えています。


−ニューヨークより−


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