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《北京之春》第66期−74(1998年11月)より

亡命チベット人たちと語る

−ダラムサラの人々の本音−

茉 莉(モー・リィ)


  ここに収録されているのは、《ダラムサラを訪ねて》の著者、茉莉女史が折に触れて現地で取材した亡命チベット人たちの生の声です。“自治”と“独立”をめぐって揺れ動くかのように見える彼らの願いがただ平凡な幸福への憧れであることが、かえってチベットという民族の置かれている状況の複雑さを際立たせているようです。



取材に応じてくれた人たち(登場順)

  • クンサン・ベンジョル(“チベットの声”放送記者)
  • ゴロク・ルギャル(チベット亡命区発行の中国語雑誌《牛飼い》編集者)
  • トゥプテン・ギャツォ(青海チベット族芸術家)
  • ソナム・ダポ(亡命政府外信部事務長補佐)
  • テンバ・ツェリン(亡命政府外信部事務長)
  • ダワ・ツェリン(《チベット通信》編集者)
  • ラサの娘さん(北京で漢化教育を受ける。ダライ・ラマの法話を聞きに密に訪印しているため姓名は伏せる)
  • ヤンキ・テンカル(女性、チベット青年会議幹事長)
  • ツルティム・バンデン(米国留学経験を持つ。現在、チベット亡命政府の公務員)
  • ソナム・ワンギェル(ダラムサラ図書館中国語部主任)
  • ジャムヤン・タルギェ(学生、インドからの帰路国境で逮捕、一年あまりの拘留中にひどい拷問を受ける)
  • アンドゥクツァン・タムディン・チュキ(亡命区チベット婦人会主席)


【目 次】  



  “帰郷”、それはこの四十年近くにわたって亡命チベット人ひとりひとりが思い焦がれてきた夢です。“帰郷”、この言葉は長い間さすらいの身であるチベット人の心にどれほど待ち遠しく恋しく、また当惑と痛みをもって響くことでしょう。わたしは今年(98年)3月、北インドのチベット亡命区を訪れて、かの地の友人たちと“チベットに帰る”というデリケートな問題について率直に語り合いました。

  いま、時間と場所のそれぞれ異なるところでさまざまな階層のチベット人たちと語り合ったことを、以下にまとめてご紹介しようと思います。



一、戻って改めて中国人として出直すことを望んでいますか?

茉 莉:
  もしダライ・ラマが中国政府との平和的話し合いに成功してチベットが自治を獲得するなら、故郷に帰って改めて中国国民の一人として生きていかれることを望まれますか? 皆さんはどうお思いでしょう?

クンサン・ベンジョル(“チベットの声”放送記者)
  わたしは帰りたいです。中国の管轄下にあろうとなかろうと自分の故郷に帰りたいですね。法王が中国と話し合いをされることに大賛成です。
  いずれにしてもインドはわたしたちの祖国ではありません。ここでは結局、わたしたちは難民にしかすぎないのです。やっぱり自分の故郷がいいですよ。
  亡命政府の統計では、65パーセントのチベット人がダライ・ラマ法王とともにチベットに戻り、改めて中国国民になることを望んでいるということです。残りの35パーセントは一部の若い人たちで、気持ちの上で改めて中国人になるという将来を受け入れかねているのです。ある人は、たとえこのまま海外で亡命生活を続けようとも中国人の管轄下にある故郷には戻らない、とはっきり言っています。彼らにも当然、選択の権利はありますからね。

ゴロク・ルギャル:(チベット亡命区発行の中国語雑誌《牛飼い》編集者)
  もしほんとうにそんな日が来たら、わたしは他の国に亡命します。無念の思いを抱いてため息をつきながら一生さすらい続けるでしょう。

茉 莉:
  ほんとうにその日が来れば、チベットはダライ・ラマ法王の指導の下、完全な自治を実現し平和な生活を送ることができるでしょう。皆さんにとっても祖国再建のチャンスでしょう。それなのにどうして帰らないと?

ゴロク・ルギャル:
  その時がきて、どうしても中国国民にならなければならないというなら、わたしはやはり「ノー」と答えます。わたしは永遠にチベット人です、今生でも、また来世でも。わたしは自分なりに我が民族を愛し、我が祖国を愛しているのです。

トゥプテン・ギャツォ:(青海チベット族芸術家)
  もし中国人が魏京生さんのように自分たちチベット族のことを理解してくれるなら、中国のパスポートを申請して今すぐにでも帰りますよ。

ソナム・ダポ:(亡命政府外信部事務長補佐)
  こういった状況下にあっては多くを望むわけにはいかず、なるようにしかなりません。チベットの歴史においてわたしたちの世代は最もつらい目に遭っています。わたしたちはまさに亡国の時代に生まれ、国を離れてさすらっています。子どものころから自分たちを侵略したのは中国人だと知っていながら、いま戻って中国人になろうとしているのです。でもこれはしかたのないこと、自ら望んでそうするわけではないのです。わたしたちチベット人はこれが運命なのだと思っています。
  もしチベットに戻って“中庸の道”、“一国二制度”を行うとすれば、たぶん自分たちの子孫からはチベットの主権を売り渡した売国奴だとみなされるでしょう。たとえ最大の努力を払い苦しみを嘗め尽くしたとしても、やはり“藏奸”だと思われるでしょう。ちょうどわたしたちが自分たちの前の世代の人たちを責めて、「あの時国土を失って片隅に追われていながら世界に訴えてチベットを守ろうとしなかった」と言っているのと同様です。


二、ダライ・ラマが亡くなったらどうなるのでしょう?

茉 莉:
  いま国際世界においてチベット人の声が強いのは、一人の偉大な指導者のおかげですね。中共側は、ダライ・ラマが亡くなってしまえばチベット人は烏合の衆同然でその事業も崩れると考えています。ほんとうにこんな悲観的なことになってしまうのでしょうか?

クンサン・ベンジョル:
  わたしたちは難民とはいっても、すでに民主主義を知っている難民です。1960年からすでに民主制度を行っていました。わたしたちの事業はまったくひとりの方に頼りきっているわけではありません。法王によるものが90パーセントとはいえ、残りの10パーセントはチベット亡命政府と人民によるものなのです。
  いま世界の各国がわたしたちを支持してくれており、その対象はダライ・ラマをリーダーに戴くチベット亡命政府にあります。もし法王がいらっしゃらなければ、たぶんわたしたちの事業には今のような勢いはなくなってしまうでしょう。けれどもその炎が消えることはありません。

トゥプテン・ギャツォ:
  いつか法王様が亡くなられたら…、法王様とて人間ですからいつかは亡くなられます、でもわたしはそんなことを口にしたくありません。けれどもほんとうにその日がきたら、漢族とチベット族の間に開かれている平和への大門はすでに閉じられてしまい、そうなればわたしたちは戦って血を流して死ぬほかありません。その時わたしたちチベット人が目指すものは、もはや平和でも、独立、自由、幸福といったものでもありません。数十年来鬱積してきた鬱憤をはらすのです。
  もちろん中国が原子爆弾や近代的な核兵器を持っているのに対して、わたしたちには何もありません。しかし強い愛国心があります。その時わたしたち民族はもはや何も語ることなく、まさに暴力的になってソンツェンガムポの時代に戻っていくことでしょう。中国とインドが戦争したとき朱徳はこう言いました、「われわれ中国側は三十人の兵士でようやくひとりのチベット人と相対することができる。しかし中国兵一人いれば二十人のインド人を倒すことができる」。これは当時の中国軍総司令官の言葉です。わたしもこの言葉を信じています。

ソナム・ダポ:
  法王が亡くなられたらどうなるか予測がつきませんが、今よりひどい状態になるのは確実です。その時になってたとえ中共が誠意を示したとしても、パキスタン問題のように解決の道がなくなってしまうのです。またアフリカの武装暴動のように組織があちらこちらにできて、話し合おうとしてもその相手を見出せないことになるでしょう。


三、西側の人々はなぜチベットを支持するのですか?

茉 莉:
  一部の中国人たちの考えでは、西側の人々がこのようにチベットを支持し、チベット人たちの国際的なアピールが成功しているのは、西側諸国の高度な近代化が多くの弊害をもたらし彼ら自身の精神面に問題が生じてきたので、彼らはその視線を東洋に向けるようになり、かくして神秘的なチベットとその仏教が彼らの病んだ精神を癒すものとされたためで、だからこそ彼らはチベットに心から同情するのだ、ということですが。

ソナム・ダポ:
  そういう考え方にもまったく道理がないというわけではありません。一部にはそういう人もいます。しかしそれが主な原因というわけではありません。というのもドイツで開催されたチベットを支持する会議には六十数カ国から代表が集ったわけですが、そのうちあなたのおっしゃるような精神的な問題を抱えている西側先進国はせいぜい三十ヶ国で、それ以外に発展途上国も参加していたのです。このことをどう説明したらよいのでしょう?
  チベットに好意的なのは単に西側諸国の人々だけにとどまらず、ほとんど全世界にわたっています。例えば、南米やアフリカの国々−彼ら自身もとても貧しい国々ですが−もみなチベットを支持しているのです。またもともと社会主義国であったエストニアもチベットに好意を示してくれています。中国人もチベット問題の真相を知りさえすればチベットを支持してくれるのです。例えば台湾です。台湾独立を支持しない人たちもチベットを支持しています。それはチベットが罪もないのに抑圧されていると思うからです。ですから、彼らがチベットを支持する最も主要な原因というのは、やはりわたしたちの側に真実があるということなのです。人の心にはみな弱いものを助けようとする気持ちがあって、強い者が弱い者いじめをしているのを目にすれば憤りを感じるものです。中国はわたしたちチベットをいじめているのですから。

テンバ・ツェリン(亡命政府外信部事務長)
  それはわたしたちに真理と正義があるからです。現在、全世界の七十数ヶ国には、四百近くのチベットを支持する組織があって、そういった組織はみな善意の寄付金によって成り立っているものです。それはわたしたちの側に真実があるからに他なりません。もし真相をすべての中国人に話したら、彼らもきっとわたしたちを理解し支持してくれるでしょう。


四、チベット人は西側諸国の反中国人感情を利用しているのでは?

茉 莉:
  一部の中国人たちは西側の人々の強烈なチベット支持にやりきれない思いを感じており、チベット人が西側の反中国人感情を利用しているのだ、と考えているようですが、皆さんはこの問題についてどう思っていらっしゃるのでしょう?

テンバ・ツェリン:
  わたしたちチベット人は亡命してきた身です。みなあの時、着の身着のままで逃れてきた遊牧民と農民にすぎず、来たばかりのころは外国の文字一つ知らなかったのですから、西側の中国に対する態度を利用しようなどという大それた力などあるわけがありません。60〜70年代頃は、チベット問題はけっして世界に広く知られていたわけではありません。わたしたち自身にそういう力がなかったからです。中共にはむしろ世界を欺く力がありましたけれど。
  しかしチベットは一民主国家に亡命してきました。外の世界は自由な世界で、みなチベットで起こったことを知り調査にやって来ました。ことの真相を知った彼らは、チベットが被害者でありその民族は殺戮の憂き目に遭っていると感じとり、こうして道義上チベットを支持するようになったのです。
  このように国外のアピールはすべて自由世界の人たちが自発的に行ったことなのです。わたしたちは一銭も出していません。あなたも参加された“民族蜂起記念日”のセレモニーには外国からたくさんの歌手が来ましたが、、彼らはみな自費で来たのであって、亡命政府には彼らを招待する経済的余裕はまったくないのです。ご存知のように、わたしたち外信部の事務所は貧しさのあまり一部の中国語新聞、一冊の雑誌さえ購読できないほどです。幸い、《北京之春》、《開放》といった雑誌は無料で送っていただいています。インドの夏は暑くてたまりませんが、事務所には扇風機を買うお金さえありません。
  それから西側における宣伝ですが、いずれも亡命政府が自ら行っているものではありません。多くの外国人がダラムサラを訪れますが、彼らはまた自由にチベットへ行くことができます。その多くはチベットを訪れてみてはじめてチベットを支持するようになるのです。チベットを知るようになると一種の道義心からチベットを支持するようになります。こうして彼らは自発的にチベットのために世界に向けてアピールするのです。実際、こうしたことはすべて彼らのおかげであって、チベット政府が骨折ったことではありません。亡命政府にこれほど多くの人の力やお金があるでしょうか?
  ここダラムサラではいつでも数千人の金髪の白人を目にすることができます。彼らはみな自ら大金を使って飛行機に乗ってやって来たのであって、わたしたちが招待したのではありません。彼らはここへ来て実際に状況を理解し、さらに多くの困難を乗り越えてチベットへ行きます。中国のビザがなかなか取れなかったり、チベットへ行っても自由にチベット人と交流できないという人もいます。にもかかわらず彼らはチベットにあいかわらず関心を持ちつづけ、チベットの真相を理解しようと努めているのです。

ダワ・ツェリン(《チベット通信》編集者)
  西側は誰でも利用したいと思えば即使えるような銃とはちがいます。チベット人にそんな力はありません。西側の人々はチベット人に基本的人権を保証するよう中国政府に求めていると言うべきでしょう。中共のチベットに対する抑圧に言及すると、一人一人の中国人はみな、あたかも自分は無関係であるかのように孤高を決めこみます。ところが、一旦西側の人たちが中共にチベット人の自由を求め、そのチベット人抑圧を責めれば、こういった中国人たちは自分のことを言われているように思い、チベット人は西側の人々を利用して自分たちにプレッシャーをかけていると感じるのです。これはどういうことなのでしょう? 
  いま漢族のインテリたちは西側の輿論圧力を前にしてやりきれない思いをしているということですが、しかし西側の人々がこのように大きな力でチベットを支持してくれる以前に中国の軍隊はチベットを踏みにじったのです。彼ら漢族のインテリたちになにが言えるでしょう。まさかチベット人はただ手をこまねいて死を待つしかないというのですか? いったいどうしたらよいのでしょうか?
  わたしたちが西側の人々を利用して中国にプレッシャーをかけているなんてまったく遺憾です。実際、チベット人にはなすすべがないのです。1959年から1979年まで、わたしたちチベット人は中共と対話しようとしてきたのに、わたしたちを理解してくれる人はずっといませんでした。二十年の間、わたしたちは中共と連絡をとる方法もないままに行き場を失った状態で、ようやく西側の民主国家に助けを求めたのでした。わたしたちが中共に求めていることはただただ平和的な話し合いを通して、共に平和な尊厳ある生活を保証してもらうという、ただこの一点にすぎないのに、中共はそれを承知しないのです。

茉 莉:
  一部の中国人は西側諸国で詰問を受け、なぜ中国はチベットを侵略したのかと責められるので。海外在住のある華人たちはこれに反感を抱いているのです。

ダワ・ツェリン:
  彼ら海外在住華人たちは中共を責めてしかるべきでしょう。

茉 莉:
  わたしの理解しているところでは、ダライ・ラマとチベット難民がインドへ逃れてきたばかりのあの最も困難な段階で、まっ先にマレーシアを首長とするアジア・アフリカ諸国会議の一致した支持(訳注:1961年、第十六回国連総会に提出された“チベット問題に関する決議案”のことか)を得たのでした。たぶん中国政府がこういう態度をとったのは、西側諸国がチベット問題を重視してはじめてチベットを一つの問題とみなす必要が出てきたからではないかと思います。


五、一般の人々はほんとうに“自治”を望んでいるのですか?

茉 莉:
  一般のチベット人たちは、ダライ・ラマのチベット自治という考えを心から受け入れたいと思っているのでしょうか? ダライ・ラマが打ち出しているのが“自治”であっても、多くの漢人たちが海外で目にするチベット人たちはみな“独立”のスローガンを掲げています。それで一部の漢人たちは、いったいチベット人たちは本気で自治を受け入れようと思っているのかどうか疑いを持っているのです。

ソナム・ダポ:
  こうした独立を求めるスローガンはチベット人の真の望みを表しているのです。チベット人自らが選択するとすれば、当然、独立することを選びます。自分の土地でその主となることを望まない者がいるでしょうか? しかし現在の問題は、自分がその望みを持てばそれを実現できるということではありません。かつて満州という民族は強大な勢力を誇っていましたが、後に消え去り同化させられてしまいました。
  法王はまさにチベットが第二の満州族になる可能性を見て取られ、この危機に際して同じ悲劇の道を歩まないため、そしてチベット民族が存続していけるように “中庸の道”を提唱されたのです。これは現実に即してなされた一つの選択であって、けっしてチベットの人々の望みを完全に満足させるものではありません。

ラサの娘さん(北京で漢化教育を受ける。ダライ・ラマの法話を聞きに密に訪印しているため姓名は伏せる)
  もし真の自治であるなら受け入れてもよいと思います。チベット独立への望みはわたしたちチベット人みながもっているものです。ただあまりに長い時が経ってしまい希望を失いそうです。中共の高圧的な政策のために表立って闘うチベット人は少なくなりましたが、心に鬱積された憎しみはますますつのっていくばかりです。
  いまわたしたちは、法王様と中国政府との話し合いに大きな望みを抱いています。あのお方がこの世においでになる間にチベット問題が解決されることを願っています。

ヤンキ・テンカル(女性、チベット青年会議幹事長)
  この問題は具体的な統計数字では表わせません。例えば、一部の国務大臣たちは法王の“中庸の道”に従って、人々の間ではそれに忠実であるようにすすめていますが、しかし彼らも内心ではおそらくチベットの独立を支持しているでしょう。


六、“自治”は単に独立要求へのステップにすぎないのでは?

茉 莉:
  自治と言ってもあなた方がつくりだした選択にすぎません。ということは、一旦あなた方チベット人が高度の自治権を獲得してチベットの地に戻り、そこで栄え発展していくなら、もう独立を求めることはないと言えるのでしょうか? 一部の中国人たちは、あなた方が自治を求めるのは単なる時間稼ぎにすぎないと考えています。

ソナム・ダポ:
  大切な点は、チベット人が自治を独立要求の前段階とするかどうかということではなく、自治であれ独立であれ、いかなる制度もすべて人民の自由と幸福のためであるということです。チベット人が自由と幸福を得るならチベットは独立を求める理由がない、と法王ははじめからおっしゃっておられます。信用できないというなら、中国の民主化運動活動家の方々が打ち出されておられるように、二十年、三十年後に投票を行って人々に選んでもらう、というのも一つの方法でしょう。
  重要な問題はそういうことではありません。ポイントは、中国人がほんとうにチベット民族を尊重してチベット人に自治の権利を与えることができるなら、それによってチベットの伝統文化が守られチベット人自身に自由が生まれるということなのです。そうなればチベットはどうして独立する必要がありますか? 法王が常におっしゃっておられるように、中国は大国、強国であり、経済、文化各方面にも大きな力をもっています。誰でも強大な家庭を頼みとしたいものです。小所帯は大所帯に頼りたいと思っています。この大所帯が保護としかるべき権利を与えてくれるならの話ですが。もし中国がほんとうにチベットを保護してくれるなら、それに異論のあろうはずがありません。しかし、もし中国がチベットを滅ぼす意図であるなら、中庸の道であれなんであれ何の役にもたちません。中国はチベットをいじめてはいけないのです。一切はここに起因しているのです。自治でも独立でも、肝心な点はチベットをひどい目に遭わせてはならないということです。そんなことをすればどんなことでも起こりえます。よい関係を保てればたいした問題は起こらずにすみます。というのも大部分のチベット人の支持を選られないでしょうから。

茉 莉:
  まさにおっしゃる通りですね。ジブラルタル海峡のスペイン人と同じですね。国民投票を行えばやはり彼らはイギリスの統治を選ぶのですから。
  現在の問題は中共という政権そのものにあります。わたしたち漢人でさえ中共を信用していません。彼らはわたしたち漢人の自由と幸福をまったく顧みることなく、わたしのような者は追われて他国へ逃れるほどですから、チベット人の自由と幸福を保証することなど望めるわけがありませんね。

ソナム・ダポ:
  そのとおり、まったく信頼が置けませんね。もともと中国人はチベット人と十七条協定を結んだのですが、これはチベット軍が敗北を喫してから調印を迫られた協定です。この協定によってチベットは主権を失いました。しかし、もし中国人がこの協定を守っていたなら、チベット人も武力抵抗しなかったでしょうし、不本意ながらもその協定を守り通し、こんにちのようにかくも多くの問題が生ずることはなかったでしょう。
  いまの香港の一国二制度はたぶん当時のチベットの十七条協定とあまり変わらないものでしょうが、チベットで実現しなかったものが香港でうまくいくでしょうか? 多くの人が疑いを抱いています。まあ疑いは疑いとして、いまや世界はまさに発展へと向かっています。共産世界はかつて一つの潮流として世界に覇を唱えていましたが、いまでは縮小の傾向にあり、ただ中国一国を残すのみとなりました。もっとも影響力をもたないいくつかの小国も残ってはいますが。こういうことから香港の一国二制度はチベットのようなものとはならないでしょう。歴史は前に向かって発展しているのですから。

(茉 莉:それが歴史というものです。人は同じことを繰り返してはならないのです。江沢民は毛沢東と同じではありません。)

  そこで思うに、中共という政権が信用の置けないものであっても、まったく融通が利かないというわけでもないのです。

トゥプテン・ギャツォ:
  わたしどもの法王様は心から話し合いを求めておられますが、目下のところ中国の統治者はそれに応じようという誠意がありません。わたしたちの亡命政府は国際社会、たとえば米国議会の調停の下での話し合いを望んでいます。というのも結局は仲介者が必要だからです。

茉 莉:
  それでは、すべてがダライ・ラマの提唱しておられるようになったら、つまり話し合いを通してチベットが真の自治を得られたあかつきには、もう独立を求めなくてもよいということですか?

トゥプテン・ギャツォ:
  法王様が北京政府と話し合われるのであれば、いずれにしても前提条件があります。両者が話し合いによる取り決めを拠り所とするなら、わたしたちの気が変わって再び独立を叫ぶようなことは決してはありません。もちろん、北京政府が協議に違反するようなことがあれば、民族をあげて反抗するでしょう。それはなにもチベット族に限ったことではありません。

茉 莉:
  チベット青年会議は徹底してチベット独立を主張している民間組織ですが、中国がチベットに真の自治を与えるなら、あなた方は自分たちの独立という目標を放棄してもよいと思いますか?

ヤンキ・テンカル:
  そうなったらどうしようもありません。チベット亡命政府が独立を放棄するなら、わたしたちは当然がっかりするでしょう。その時には会議を召集して決定を出すしかありません。どんな決定かは今のところ予測もつきませんが。
  わたしたちは青年会議に入会した第一日目にこう誓いました;「一、すべてのことにおいてダライ・ラマ法王に従うこと。 二、チベット民族の独立のためにすすんで生命を捧げること」 法王様が中国との話し合いに成功されたら、わたしたちはもちろん受け入れます。でもそうなると第二条の誓いに背くことになるので、そうなれば青年会議は解散せざるをえなくなるでしょう。そうすればこうした誓いに縛られることもないからです。


七、方 覚(ファン・ジュエ)の民主派綱領にはどんな意味があるのでしょう?

(訳注:方 覚(ファン・ジュエ)は1955年に生まれ、北京大学卒業後、福州で計画委員会に加わり副主任などの職務を歴任、改革に関する主張で政府の上層部から注目されていたが、1998年始めに《中国に必要な新たな転換−民主派綱領意見》を発表、国内外にセンセーションを巻き起こした。これによって当局にマークされることになったが、自らは相変らず政治改革に関する講演会などに積極的に参加していた。クリントン米大統領訪中後の7月22日、突然失踪。その後、当局によって拘留されていることが明らかになっている。)

茉 莉:
  方覚ら中共内部の民主派が発表している《民主派綱領意見》の一節にはチベット問題について言及しているところがありますが、みなさんはどうお考えになりますか?

ソナム・ダポ:
  過去においては中国人がチベット問題に関心を払うことはほとんどなく、誰もこの問題を取り上げませんでした。多くの人々にとってチベットは辺鄙なところ、ただそれだけでした。いまや法王が打ち出している中庸の道は多くの中国人の支持を勝ち取っており、方覚のみならず、王希哲(ワン・シージェ)、劉暁波(リウ・シアオボ)の《二十の宣言》もあり、中共内部にも民間にももはやチベット問題を放っておくわけにはいかないという認識がすでに生まれています。この問題は取り除いてしまうわけにはいかず、ただ直面する他ないからでり、それは非常に大切なことなのです。
(訳注:王希哲、劉暁波はともに反体制の民主活動家。王希哲は十四年の獄中生活を経て現在米国に妻と在住。劉暁波は天安門事件で逮捕され数年間服役。98年10月、江沢民に当てた意見書《二十の宣言》−その主な内容は「人民解放軍は中国共産党の絶対的な指揮下にあるもの」との江沢民の言に反駁したもの−を発表したことで労働教育三年の判決を受ける)
  現在、中国の政府も民間もチベット問題に向き合うようになり、さまざまな解決方法を打ち出しています。こうしたチベット問題に対する関心はまさに一つの進歩と言えましょう。方覚の意見とダライ・ラマ法王の中庸の道には多くの類似点があり、双方ともに解決の道を探し始めているということです。

ツルティム・バンデン(米国留学経験を持つ。現在、チベット亡命政府の公務員)
  わたしはアメリカでたくさんの中国人に会いました。彼らに「将来、民主国家を打ち立てるのですか?」と尋ねたところ、みな正面きって答えようとはしませんでした。自由な社会にあってさえ一部の中国人はこんなにも臆病なのです。
  中国人の多くは中共の圧制を受けており、敢えてチベットの真実を知ろうとはしません。盲従していればまず安全だからです。ですから、わたしは、漢族もチベット族もお互いよく付き合ってほんとうのことを知ることがとても大切だと思っているのです。中国の人たちにはチベット問題について勇気をもってその本音を語ってほしいものです。


八、亡命政府の役人が職を失うことにはどう対処するのですか?

茉 莉:
  一部の漢人たちは、あなた方チベット亡命政府がほんとうにチベットに戻ることになれば、現在中共の下で働いているチベット族幹部たちとポストをめぐる利害衝突が起こり、そうなればあなた方チベット人は必ずや大きな内部矛盾を抱えこむことになるだろうと考えています。

ソナム・ダポ:
  いまチベット内地の人たちは亡命政府こそが自分たちの政府であると考えています。それで彼らはさまざまなルートを通じて亡命政府の情報を受け取り、すすんで亡命政府の指導を受けているのです。現チベット自治区共産党委員会書記の陳奎元(チェン・クイユアン)は会議の席上幾度もこう言っています;「君たちは共産党に養ってもらっていながら、その心はダライに向けられ、彼のために仕事をしている」と。これは内地のチベット人たちがチベット亡命政府を認めているということでしょう。
  将来のチベット民主共和政府の組織構成について、法王は《チベットの未来の政治路線と憲法の真髄》の中ですでに次のようにおっしゃっておられます。「将来のチベット政府は主に現在のチベット内地のチベット族、とりわけ各機関でそれぞれの要職に就いているチベット族幹部によって構成される」と。

茉 莉:
  それでは、その時になってあなた方亡命政府のお役人にポストがなくなれば失業してしまうではありませんか? そのことに焦りは感じないのですか?

ソナム・ダポ:
  焦りはありません。わたしたちチベット人は運命を信じています。前世でこの原因がなければ今生でこの結果は生まれないということです。

ダワ・ツェリン:
  現在の亡命政府の役人たちは理想によって仕事に励んでいるのです。少なくとも大部分の人は役人になるのを目的としているのではありません。彼らを動かしているのは自分たちの民族に対する一種の連帯と希望なのです。チベット人の数十年来の奮闘が実ったあかつきにはチベットは自由を手にするのですから、ポストがあろうとなかろうと彼らはそれほど考えることなくチベットの今後の問題に向き合うでしょう。自分たちのポストがどうのこうのなどということはあまりにも小さな問題なのですから。実際のところ、ポストはなくてももしかすると仕事の世話はしてもらえるかもしれません。これはわたしの考えですが。


九、力によってチベット問題を解決できるのでしょうか?

茉 莉:
  あるチベット人たちは暴力やテロ活動によってチベット問題を解決しようと考えていますが、どうしてなのでしょう?

ゴロク・ルギャル:
  それはおそらく問題解決への一つの道と考えているからでしょう。暴力やテロ活動は連鎖反応を引き起こし、中国社会に不安定要素をもたらします。そうすることで一般中国人の不満をあおり国際輿論を高めれば、中共も話し合いの席に着かないわけにはいかなくなるでしょう。

茉 莉:
  一昨年のこと“東トルキスタン”、つまり新疆ウイグル族の人がテロ行為に訴えましたが、なんの効果も得られませんでした。中共も話し合いの席に着くことなく、しかも彼らウイグルのテロリストたちは輿論の批判を受け、また大きな報復に遭ったのでした。中共の彼らに対する取り締まりと刑罰は一層激しさを増したわけです。彼らはとてもチベット人を羨ましがっているそうです。あなたがたは国際社会からこんなにも多くの支持を得ているのですから。彼らもあなた方チベット人を見習わなければいけませんね。

ゴロク・ルギャル:
  それは逆です。わたしたちにはウイグル人たちのあの有言実行の勇気ある精神が羨ましい。わたしたちチベット人は多くの原因によってみな仏教を信仰し、しかもわたしたちの精神的指導者であるダライ・ラマ法王は非暴力を主張されています。それでただ消極的に待つことしかできないのです。
  わたしたちはもうすでに我慢できなくなっているばかりか、暴力は問題解決の一つの道であるかもしれず、なんらかの作用を生み出すかもしれないと信じるようになっているのです。

茉 莉:
  何パーセントくらいの若い人たちが暴力は問題解決への道だと信じているのですか? 青藏高原からこちらへやって来た血の気の多い若者たちも仏教の教えに馴らされたと聞いていますが?

ゴロク・ルギャル:
  わたしの考えがすべてを代表しているとは言えませんが、少なくとも一つの階層は代表しています。仏教による教化は絶対的なものではありません。わたしにはたくさんの友人がいますが三十歳を超えてもまだ結婚していません。その原因は、チャンスがあればすぐにでも故郷へ、チベット本土に戻るつもりだからです。こちらの民家がとても粗末なのをご覧になったでしょう。彼らはみな、“必ず故郷に帰るぞ、法王様とともに帰るのだ”という磐石の如く堅い信念を抱いているのです。

茉 莉:
  家を修理しないのは理解できるとしても、結婚しないとはどういうことでしょうか? 奥さんと子どもを連れて帰ればよいではありませんか。

ゴロク・ルギャル:
  戦いに加わろうと思っているからです。いつか戦争になる可能性があれば、結果はどうであれ、わたしの周りの亡命している友人たちはみんな言っています;「どんなに遠く地の果てに落ちのびていようともチベットが我らを必要とするのであれば、いつでも戻って戦いに加わろう」と。自分たちが目の前にしているのは非常に強大な敵であることはわかっています。おそらくこの戦いに勝利することはできないでしょう。しかし、民族の、そしてチベットの男としての尊厳のため、愛のため、母のためにわたしたちは必ず戻ってきます。

茉 莉:
  まさか男の尊厳が戦いであるなんて? いつかダライ・ラマが話し合いに成功されたら、チベットは真の自治を得るのですよ。そうなれば、どうしてその男の心意気を以ってチベットに帰り平和に祖国建設に励むことができないのでしょうか?

ゴロク・ルギャル:
  わたしは自分の考えを述べたまでのことです。話し合いが成功したその時には、申し上げたように、わたしは一生涯流離うことでしょう。国籍を持たないチベット人として生涯放浪します。わたしは永遠にチベット人なのですから。

茉 莉:
  それでは、あなたはダライ・ラマ法王のチベットの自治についての主張を受け入れないと考えてもよろしいのですね。

ゴロク・ルギャル:
  いいえ、そうではありません。わたしは法王様を大切に思っています。あの方はわたしたちの精神的指導者なのです。けれどもわたしはもう一つの仕方で、わたしなりに祖国を愛し、我が民族を愛しているのです。

茉 莉:
  あなた方のこうした痛み、相矛盾する思いといかんともしがたい感情はわたしにもよくわかります。先ほどのあなたのお話はいかにも詩人らしいおっしゃりようでした。しかし多くの一般庶民にとって、チベットそして中国のほとんどの人々にとっては、独立であろうと自治であろうと平穏な日々を送りたいということなのです。

ゴロク・ルギャル:
  チベット民族が他の民族と異なるところは、チベット人はみな信仰をもっており、ダライ・ラマがその精神的な支えであるということです。だから平穏に暮らしたいという以外に、その上師、精神的指導者とともにいることを望むのです。この基礎があってはじめて平穏な日々を送ることができるのです。中国人はいつも、自分たちはチベットにどれほどの文明をもたらしその発展を助けてきたことか、と言っています。表面上は確かにそのとおりでしょう。しかし50年代以来、彼らはわたしたちの土地でチベット人が命ともみなして大切にしてきたもの−上師、ラマ、寺院をことごとく破壊してきたのです。

茉 莉:
  チベット青年会議は、一貫して暴力を用いることも辞さないと表明しているそうですね?

ヤンキ・テンカル:
  そうです! その可能性は大いにありえます。必要なときが来ればわたしたちも暴力に訴えることでしょう。

茉 莉:
  あなた方が暴力やテロ活動を行う対象が一般の漢人だとすれば、それはわたしたち一般の漢人にしてみれば不公平というものです。それにあなた方の仏教の教えにも反していますよ。

ヤンキ・テンカル:
  それは残酷ですね。わたしも暴力は好みません。チベット人に暴力を好む人はいないでしょう。それに中国とチベットの実力格差はあまりにもかけ離れています。暴力を用いるのはよい選択とは言えません。けれども人々が暴力を用いると決めたならそのようになるでしょう。わたしたち青年会議のメンバーの多くはこう考えています。暴力を用いることで中国人を脅しその手を緩めることができると。もちろんこれが唯一の選択というわけではありませんが。

茉 莉:
  チベットで暴力行為に訴えたことはありますか?

ヤンキ・テンカル:
  いいえ、ありません。

茉 莉:
  もしあなた方が暴力に訴えたなら中共は喜ぶことでしょう。というのも、彼らはさらにチベット人民を鎮圧する口実を得るわけですから。中共に口実を与えるようなことはなさらないでいただきたいものです。

ヤンキ・テンカル:
  暴力に関する考えは一般のチベット人の間に自然発生的に生じてきたものなのです。わたしたちはここで暮らしていてインド政府から数えきれないほどの恩恵を頂戴していますが、結局この土地はわたしたちの祖先の地ではありません。会議を開くたびに、一部の若者たちは感情が高ぶってコントロールできなくなるのです。そんな時暴力を主張する人がいるとみんなそれに共鳴するのです。


十、内地のチベット人に独立を求める声が一層強いのはどうしてですか?

茉 莉:
  内地のチベット人たちのほうが亡命して海外に在住している人たちより独立への要求が強いということですが、これはどういうことなのでしょうか?

ソナム・ワンギェル(ダラムサラ図書館中国語部主任)
  どういうことかと言えば、内地のチベット人たちは中国人の統治下で生活しているわけですから中国人の残酷非情な面をより身をもって知っているわけです。中共がどんな連中かわかっているので、一層強く独立することを求め、いつの日かそうなることを望んでいるのです。

ジャムヤン・タルギェ(学生、インドからの帰路国境で逮捕、一年あまりの拘留中にひどい拷問を受ける)
  わたしは以前、蘭州にほど近い青海中文学校で学んでいました。チベット族の学生は四、五十人ほどいましたが、自分たち民族の言葉を学ぶ機会はありませんでした。顔を会わせればいつも、「独立したらいいのに、そうすれば中国人に強制されながら生活しなくてもすむじゃないか」とみんな言っていました。話すことといえばいつも“独立”という二文字が欠かせませんでした。

ゴロク・ルギャル:
  チベット人は中国人をずっと隣人とみなしてきました。わたしたちの生活はとても貧しく立ち遅れたものでしたが、それに引き換え彼らの生活は発達したものでした。彼らはわたしたちのところへ来て商売などをしました。それによってわたしたちにある程度の益をもたらしてくれたことも確かです。ところがある日、この隣人はわたしたちの家に居座ったまま立ち退かないどころか、さらに従わせようとしてわたしたちに平手打ちを加えたのです。
  チベットにもかつて輝かしい時代がありました。もちろんチベットは物質的には劣っていますが精神的には非情に豊かです。中国人はずっと、救い主、サンタクロースのような存在としてわたしたちにこう言っています;「どれほどの幸福とお金を恵んでやり、いかにチベットを建設してやったことか」と。
  彼らはわたしたちのために九十九のよいことをしたかもしれません。しかし最後の一件は、わたしたちを殺そうとしたことでした。わたしたちはなおも彼らに感謝しなければならないのでしょうか? その恩恵をありがたく思わなければならないというのですか?

ラサの娘さん:
  内地のチベット人が海外在住のチベット人より独立を求めているというのは、彼らが共産党をよく知っており、さらに中共を信用していないからです。

茉 莉:
  皆さんのお話では内地のチベット人の多くが独立を望んでいるということですが、しかし漢人の中には、もしあなた方を独立させたら経済的にどうやって漢人に頼らずに自分たちでやっていけるのか?と疑う人もいます。

ラサの娘さん:
  苦しみなくして幸福を得ることはできません。1959年以前、わたしたちチベット人はずっとこうやって生きてきたのです。わたしたちはやや立ち遅れていますが、十三世ダライ・ラマはすでにチベットに改革が必要であることを感じておられました。続く十四世ダライ・ラマ猊下は今までのどの法王方とも異なって、誰よりも現実に世界に積極的に関わっていく勇気と改革意識に恵まれたお方です。そのお方が率いてくださるチベットにわたしたちは自身をもっています。
  もちろんチベットは独立しても中国に比べれば劣っていることでしょう。ですから、わたしたちはいま漢人の優れたところを学び足りないところを補うように努めているのです。
  いま最も恐るべきは、中共がチベットに“愚民政策”(訳注:人民を無知の状態に置いてその批判力を奪おうとする政策)を採り、自分たちがチベット人であることを忘れさせ漢人に依存するようにさせようとしていることです。子どもにたくさんの飴を与えて、その子の歯を虫歯にしてしまうようなものです。


十一、中国語が上手なことがどうして恥なのですか?

茉 莉:
  亡命チベット社会で、中国語のとても上手な一部のチベット人たちは自らの漢化に苦しみ自分を責めています。わたしには彼らの気持ちが到底理解できません。わたしども海外在住華人の子どもも同じように欧米の影響を受けていますが、みな外国語がうまく話せることを誇りに思っています。それに、中国を研究している欧米の学者たちに「中国語がお上手ですね」と言えばそれは最高のほめ言葉であって、そう言われた人はとても喜ぶでしょう。中国語はこのように美しく優れた言語であり、チベット人は漢化されてこそ発展するのだと考えている華人さえいるほどです。あなたがたの法王も、亡命区の学校には中国語課程を設置すべきであると指摘されています。それなのになぜ一部のチベット人たちは中国語ができることで苦しみ、また中国語が上手だとほめられて怒るのでしょうか?

ラサの娘さん:
  わたしたちチベット人にしてみれば、漢民族の言葉をむりやり押し付けられているようなものです。中国語ができなければ仕事にもありつけず、郵便局のような公共の場所へ行くにも不便を強いられるのですから、これはわたしたちにしてみれば屈辱です。それは弱小民族としての屈辱感と自分たち民族の言葉と文化を失うことへの恐れでもあるのです。
  いまやラサでは三十歳以下の人たちの約半数はチベット語ができなくなっています。彼らもそれを恥ずかしく思っているのです。

ゴロク・ルギャル:
  わたしは中国語を無理やり学ばされたからなのです。チベット人として、子どもの頃に自分たち民族の言語を学ぶ機会もなく、始めから漢文化を受け入れるよう無理強いされ辱めを受けました。こうしてわたしは我が母なる文化−チベット文化から切り離されたのです。だからどんなに外国語に通じ流暢に話せるとしても、それはあくまでも外国語にすぎず、自分の言語ではありません。踏みにじられた気分です。
  わたしたちの世代は同化されて自分たちの根っこを失い、そしてそれを捜し求めている世代です。こういった特殊性ゆえに自分たちの文化を失う痛みは一層激しく、それでチベットに対する愛もより深く、抵抗も一層激しいものとなるのです。

茉 莉:
  わたしたち華人の子どもの多くはその住んでいる国に同化し母国語を忘れてしまっています。でもわたしたちにはけっして踏みにじられたという感じはありません。ある子どもは泣いて母国語を学ぶことを拒否し、中国へ帰っても適応できず、欧米に戻ってようやく自分の家に帰ったように感じるのです。こういった人たちは“皮は黄色く中身の白いバナナのような人”と呼ばれています。彼らは中国のパスポートなど要らず、中国語も話そうとせず、果ては中国人と交際しようとさえ思わないのです。
  民族の価値というものは至高のものではなく、そこで最も大切なものは一人一人の自由と幸福ではないでしょうか。

ゴロク・ルギャル:
  自ら望んで同化したのと強制的にさせられたものとはちがいます。わたしたちにとって同化を強いられたというこの思いは耐え難いものなのです。

茉 莉:
  わたしの子もどうしようもない情況のもとで母であるわたしと共に中国を離れましたが、スウェーデンではそのような同化を強いられるという苦痛も感じず、快活にこの現実を受け入れています。

ゴロク・ルギャル:
  それはあなた方十二億の中国人みなが海外へ亡命したわけではないからです。どうして海外にいるあなた方の子どもたちがまた同化を強いられることがありましょう。彼らの国はちゃんと在り、民族文化もしっかりと存在しています。けれどもわたしたちの祖国と民族はいまや滅びようとしているのです。


十二、中国人自身がひどい目に遭うのは当然のことですか?

茉 莉:
  亡命している者としてわたしたちは共に同じ苦しみを味わっており、“亡命”はわたしたち共通の名前です。ところが、わたしたち漢人の異国での亡命生活も筆舌に尽くし難いものがあるのに、あなた方チベット人はまるでわたしたちとは違う感じをもっているように思っていらっしゃる。

ゴロク・ルギャル:
  あなた方の苦しみはあなた方の兄弟姉妹、つまりあなたの同胞がもたらしたものです。しかしわたしの苦しみはあなた、あなたの同胞、あなたの兄弟姉妹に無理やり押し付けられたもので、あなたの苦しみと同じものではないのです、わたしはチベット人であり、あなたは中国人なのです。

茉 莉:
  というと、投獄され亡命するというわたしがなめたこの辛酸はわたし自身の同胞によって引き起こされたものだから、当然その報いを受けているのだと、そうおっしゃるのですか?

ゴロク・ルギャル:
  当然だというのではありません。わたしは異民族にひどい目に遭わされ、あなた方の場合は自分たちの内部で引き起こしたということです。

茉 莉:
  しかし人命はみな尊いもので、人権という考え方からすれば、そこには国境も民族の別もありません。わたしたち中国人が受けている苦しみはあなた方が感じておられる苦しみと同じなのです。どうしてそんなに大きな違いがあるとお思いになるのですか?
  わたしは、抑圧されている苦しみは同じだとみんなそう受けとっているものと思っています。人間性はみな同じです。わたしたちが直面しているのは人権を侵害している同じ政権であって、チベット人には、とくに外部民族にひどい目に逢わされている弱小民族としての屈辱感があるというだけのことです。

ソナム・ダポ:
  わたしたちチベットは中国人の統治下で百二十万人の犠牲者を出しました。あなたがチベット人一人一人に聞いてみれば、ほとんどすべての家庭に被害者がいることでしょう。以前は中国人に殺されたのだと考えていましたが、いまはダライ・ラマ法王から中共の政権と一般の中国人とをはっきり区別するよう教えを受けています。これは大きな転換です。


十三、チベットで進められている計画出産政策の問題

茉 莉:
  チベット亡命政府は一貫して中国政府がチベットで計画出産政策を行っていることを非難していますが、産児制限はこの人口過密化している地球に必要なことではないかとわたしは考えています。中国政府がチベット人に提示している産児目標指数は二人ないしは三人で、わたしたち漢人の一人っ子政策より緩やかです。

アンドゥクツァン・タムディン・チュキ(亡命区チベット婦人会主席)
  わたしどものチベットは土地が広い割に人口がまばらなので、産児制限の必要はまったくありません。それなのにいまやチベット人は避妊手術を強制され人工中絶する人たちが多くなっています。制限がかなり緩やかだった時でもチベット人は三人までの出産を許されていただけで、それ以上生むと重い罰を課され、その子は戸籍のない子になってしまうのです。

茉 莉:
  わたしたち中国内地では、計画出産に従わない者が処罰を受けるというのは早くから行われていたことです。

アンドゥクツァン・タムディン・チュキ:
  それは中国人自身の事情です。チベット人はもともと人口が少ないのですから、このような産児制限を行えばいずれは民族滅亡ということになってしまうでしょう。

茉 莉:
  チベット人は少数民族として二。三人の子どもをもつことができ、実際にはもっと多いかもしれません。けれどもわたしたち漢人女性は一般に一人しか産めないのです。まるで漢族であるがゆえに出産の権利を奪われているようなものです。人権という点からいえば、わたしたちは母親として同じ出産の権利があって当然ではないでしょうか。

クンサン・ベンジョル:
  世界中どこでもみな計画出産を必要としており、わたしはこれにまあまあ賛成しています。というのも人間の素質を高めることができますからね。しかしそれを人に強制することには反対です。選択の自由があってしかるべきです。
  中共がチベットで行っている計画出産のやり方はよくありません。それに携わっている多くの人たちに問題があり、技術の上でも劣っています。

茉 莉:
  チベットの男性にはラマ僧になる人がとても多いですが、これも人口が少ない一つの原因になっていると思います。もし、あなた方チベット人の一部がラマ僧になって子どもを成すことができないということで、他の人たちがより多くの子どもを設けて人口の不足を補う必要があるというのなら理解できますが。

ラサの娘さん:
  計画出産は仏教を信仰しているチベット人にとっては、“殺生”の問題でもあるのです。人工中絶を強制することは仏教の教規を犯しています。チベットは現在、仏教信仰等の原因で人口が減少してきています。わたしたちのチベット高原は土地は広いけれど人口はまばらです。人口密度は一定したものでなければなりません。チベットの生態系を守るのに、いまのところ計画出産はまったく不必要なのです。
  もし将来、チベットが計画出産を必要とする日が来たら、わたしたちも自ら進んでそうすることでしょう。


(1998年6月、録音に基づいて整理)


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