【ダライ・ラマと北京政府、対話の行方】
以下にご紹介するのは、VOA(The Voice of America)の中国語番組《中国論壇》がチベットと中国の将来について、それぞれゲストを招きリスナーの意見も交えて対談を行ったもので、98年11月、ダライ・ラマ十四世がアメリカ訪問を終えてまもなく放送されたものです。
ダワ・ツェリン:
双方が公に発表しているところではなんら大きな不一致はありませんので、すぐにでもなんらかの進展があってしかるべきだと思われます。しかしそれも中共側の意志しだいです。中共が望んでいるのは、チベットが中国の一部分であること、台湾が中国の一部分であることを公に認めることです。実はこれはまったく問題とはなりません。チベットが中国の一部分であること、それはチベットが歴史的に中国の不可分の領土の一部であると言っているわけではありません。なぜかといえば、ダライ・ラマはすでに数年前に、自分が求めているのはチベットの独立ではなく高度の自治である、と公表されておられるからです。台湾が中国の一部分であるということは、台湾政府と中国政府、双方ともが認めていることです。台湾は中国の一つの省であると言う時、もちろんこの中国とは中華人民共和国を指すというわけではなく、台湾の国民によって選ばれた政府もこの点には同意しており、ダライ・ラマがこの問題を否認される理由など当然ないわけです。
司会者: それで近い将来にはまだ不可能だとお考えなのですね。劉凱申先生はどのようにお考えになりますか?
劉 凱申:
わたしも同感です。大きな変化をもたらす可能性はあまりありません。双方とも今のところまだそれぞれの陣営で叫んでいるという段階で、正式に接触をもっているわけではないようです。正式に接触し始めてから大きな変化が顕れるまで、ダライ・ラマが北京、或は五台山を訪れるというようなプロセスがあるでしょう。しかし目下のところ全体的な環境は将来の進展へ向けて整っているようです。
司会者: 現在、双方における主な不一致はどんなところですか?
ダワ・ツェリン:
さきほど申し上げたことに加えて “分割してこれを治める”という言い方を用いるなら、これは清朝以来ずっと受け継がれてきたやり方です。チベットをいくつかの部分に分割するということは、チベットにいかなる動きもとらせず文化圏を築けないようにして、実際のところまさしく消滅させるための方策なのです。ですからチベット側は三地区(訳注:西藏自治区に該当するウ・ツアン、四川省と雲南省の一部にあたるカム、青海省全域及び甘粛省の一部にあたるアムド)の統一、すなわちチベット人居住区の統一を打ち出しているのです。
司会者: 双方ともこうした問題についてまだ本格的な話し合いをしていないのですか? ダワ・ツェリン: 話し合いました。ダライ・ラマの代表団が何度か北京へ赴き、中国側の“分割統治”に対して全チベット区域の統一を提案しました。道理から言えば、「“チベットの独立”以外は何でも話し合える」ので、チベット代表が“独立”を除いてチベット三区統一の問題を出すと、中国側は、四川、青海、甘粛、雲南に分割されたチベット人たちは当地の人民と厚い友情で結ばれており、当然それを維持していくべきである、と言いました。次にチベット人による自治の問題をとりあげると、先週の中国大使館での記者会見で語られたように、チベットではすでに高度の自治が行われており、ダライ・ラマの言っている意味が分からない…、こうした問題はすべて話し合い済みだ、とされて中国側から否決されてしまったのです。「“チベットの独立”以外は何でも話し合える」とは中共側のいわば“隠れ蓑”であって、実際には何も話し合うことはできません。ただ、「ダライ・ラマよ、あなたが戻ってくるなら副委員長になっていただこう」といったことを言うだけなのです。少なくとも公の視点からはこういったものです。 劉 凱申: 現在のところ不一致であれ困難であれ最大の問題は相互不信ということでしょう。過去四十数年にわたって多くの不愉快な想いをしてきたわけですから、双方とも相互理解のプロセスにおいては大きな隔たりがあり、お互い交流していく中で多くの誤解を生んでいるのです。わたしが思うに双方ともにあまり相手を信用していないようです。例えば、ダライ・ラマは独立ではなく自治を求めていると言っていますが、中国側は終始一貫してそれは口先だけのことであって内心では独立を望んでいるのだ、と受け取っているようですし、またチベット側は、中国側はずっとチベットに自治を与えると言っておきながら、今までチベットにほんとうの意味での自治権を与えたことはなくただ形式だけだ、と考えています。双方とも“自治”についての解釈と考え方の尺度に大きなずれがあるので、この隔たりが縮まらない限り両者の間にはあいかわらずかなりのずれが存在し続けることになるでしょう。 司会者: 目下のところ双方の隔たりが縮まる兆しはあるのでしょうか? 劉 凱申: 今のところ鍵となるのは中共がチベットに対して与える自治権です。この自治権を与えてもよいのか、与えようと思っているのか、与えることができるのか、どれくらいの自治権を与えようとするのかということです。香港に与えたような大きな自治権をチベットにも与えてもよいというなら問題はありません。しかし中国側はおそらく自治権を与えたくないし、与えようとも思っていないでしょう。 司会者: どうしてですか? 劉 凱申: それはチベット自身、数十年にわたる独立運動を続けてきているからで、この点、香港とはやや異なります。 司会者: もう一つお尋ねしたいのですが、江沢民は「現在対話の門は大きく開かれている」と言っています。双方の対話と交流のルートは開かれているのではないのですか? 劉 凱申: 確かに交流はありますが、開かれているとまでは言えないでしょう。しかもただ開かれていないというだけでなく、間接的、非公式、非公開のために誤解を生む可能性もかなり高いのです。 ダワ・ツェリン: 例えば、江沢民は双方が接触するルートはあり、その道は大きく開かれていると言っていますが、チベット亡命政府側はそのようなルートはないと公言しています。しかしダライ・ラマはその後、「ある」とおっしゃいました。もっともこれは非公式のもので間接的なものです。すべて人が間に入って進められるので、時にいくつかの話を持っていってもなんの音沙汰もないとか、“一言も語られない”或いは“新たな意見はない”で終わってしまいます。こういった間接的で、なんの拘束力もない接触なら、“ある”とも言えますしまた“ない”とも言えるでしょう。これをルートと考えるなら“ある”わけです。しかしそう考えないなら無視することもできます。これはダライ・ラマや亡命政府、或いは平和的話し合いによる問題解決を望んでいる人々にとって、また平和的話し合いを進めていく点から言っても有利とは言えないものです。 司会者: わたしたちがいま話題にした重要な問題について、チベット或いは亡命している人たちの内部で異なった見解がありますか? ダワ・ツェリン: もちろんあります。 司会者: どのようなものでしょうか?
ダワ・ツェリン:
実は、ほとんどの考え方は一致しているのです。もしわたしが選ぶなら当然、“独立”を選択します。わたしはチベットが独立することを望んでいます。他民族に支配されたくはありません。自分たちのことは自分たちでやりたいのです。しかし問題はまさにここにあるのです。こんにちの世界は道理や正義にかなうものばかりとは限りません。道理に照らせば当然のことながら実現できるとはいえ、強権は道理よりなお力を持っているのです。この道理が支持されたとしてもそれが強力な力を持たないなら勝利は得られません。道理が強権に勝利するということはけっして普遍的なことではなく、多くの場合妥協が必要なのです。チベットは独立する権利を持っていますがそれを実現する能力は持ちあわせておらず、相手である中共の力は非常に強大です。ですから妥協を選択する必要があるのです。それにダライ・ラマは暴力やその他の手段に訴えることに断固反対され、ただ非暴力の態度を守っておられるのです。非暴力の最大の特徴は双方とも妥協すべきであるということです。
司会者: 劉凱申先生、何かご意見はありませんか?
劉 凱申:
わたしはただ強調したいのですが、チベット亡命政府内部には当初国を逃れた数十万人の人々がおり、これまでに数十万人が亡くなっています。彼らはもう一つの生活を選んだのです。その心の内には独立への願いが込められています。しかしダライ・ラマは人々の独立への願いを抑えて、高度の自治が得られればそれでよいと言いました。これは容易なことではありません。しかもその崇高な地位によってこのことを可能にしたのです。中共側にはダライ・ラマのこの言い分を受け入れるよう努力してほしいのです。世界中で起こっている独立運動の多くはあまりに血生臭く暴力的ですが、チベットにおいてはそういう情況は見られません。世界のその他の地域は言うまでもなく、新疆(訳注:新疆ウイグル自治区。ウイグル族をはじめとするトルコ系民族が大半を占めるこの地域は清朝末期に中国に編入され、1955年中華人民共和国の一自治区となる。1933年と45年に民族国家樹立が試みられたがいずれも鎮圧され、いまだに分離独立運動の火種が絶えない)に目を向ければ、分離独立運動はこんにちに至ってもなお暴力的な手段をとっています。
司会者: 劉凱申先生、先ほど、全体的な環境はチベット問題の解決に有利であるとのお話を伺いましたが、この点で国際社会はさらにどのような役割を果たすことができるとお考えですか? 劉 凱申: 現在に至るまで国際社会は主に二つの役割を果たしてきています。一つは、中国はチベット問題を内政問題であると言い続けていますが、しかし数十万人が海外へ亡命し亡命政府をたてた以上は国際問題であるということです。二つ目は、二十一世紀を迎えつつあるこんにち、およそ“宗教の自由”と“人権”は国際的に関心の高い問題です。もしチベットの情況がよくないなら、国際社会は自ずと中共にとって圧力となってくるでしょうから、人権及び宗教の自由といった点ではもっとゆるやかになるはずです。別の角度から見ると、各国の政治指導者たちはみなチベット問題に関心を寄せており、理に適った方法で解決されることを望んでいます。クリントン大統領が現在、中国とチベット双方の対話に積極的に介入していることもその一つと言えます。 司会者: 中国内部から見て、目下の情況は以前と比べればチベット問題解決に有利になってきているのではありませんか? もちろん香港に比べればまだまだでしょうが。 劉 凱申: 主としていくつかの大きな問題を例に挙げれば、香港はすでに解決しマカオも心配ありません。台湾はすでに解決への途上にあり、その次に直面しなければならないのがチベットです。おおかたの状況は中国側がこの問題に直面しやすいように整えられているようです。とくに今は新疆の分離独立運動が激しいので、チベット問題が早期に解決できれば情況は多少よくなることでしょう。
李氏(北京)−電話にて: 中国では1840年の阿片戦争まではチベット独立の問題はなかったと思います。チベット独立は1840年の阿片戦争以降、西側諸国の侵略を受けるようになって生じた問題ですが、1840年以後も清朝政府とその後の中華民国政府はチベットに駐留軍と駐藏大臣をおいて一種の管轄制度を採っていました。ですから歴史的に現在に至るまでチベットは中国の一部分であり、この点では問題ないとわたしは考えています。次に、チベットのこの数十年をみればその政治と経済は著しく発展しています。わたしには“同化”とはどういう意味かよくわかりません。《ケサル王叙事詩》(訳注:ケサルという伝説の善王の生涯を仏教説話風に描いたものでチベット最古の英雄叙事詩とされる)といったものも中央政府の肝いりで出版されていますし、チベット地域では主としてなおチベット語が話されていますから。 司会者: ダワ・ツェリンさん、あなたはもともとチベット区域にお住まいでしたね。李さんの先ほどのお話では、チベットはこの数十年来政治経済方面で大きな変化を遂げたということでしたが、あなたのご意見はいかがですか?
ダワ・ツェリン:
まず、“チベットは昔から中国の領土である”という言い方には同意できません。チベットの独立という問題も阿片戦争後に始まったわけではないのです。1904年にイギリスがチベットを侵略してから、清朝政府はこの機に乗じて四川からチベットに攻め入り、チベットのカム地区全域を占領し康定(カンディン)府を打ち建てました。“康定”とはまさしく“チベットのカム地区を征服した”という意味です。これに始まり彼らは引き続きチベットに攻め入りました。これは清朝とチベットの二回目の衝突で本格的なものでした。これによってダライ・ラマ十三世はインドへの亡命を余儀なくされました。駐藏大臣に至ってはチベットを管轄していたわけではなく、清朝の欽差大臣(訳注:清代、官制に定めのない臨時特設の官職の一。皇帝から臨時に権限を与えられ、特定事項の処理にあたった三品以上の官。外国へ派遣される外交官にもこの称を用いた。−《広辞苑》より)であって、皇帝とダライ・ラマの間の連絡係でした。チベットに駐留していた軍隊というのもチベットを対象としたものではなく、欽差大臣の護衛軍でした。
劉 凱申: ダワ・ツェリン氏がいまお話しになった通りです。チベットはただ物質面に限れば比較的速い変化を遂げましたが、宗教の自由という点ではいまだに多くの制限があります。しかもこれこそチベットの人々が心から求めているものなのです。
楊氏(天津)−電話にて:
わたしは、チベットが中国の領土の一部であることは当然のことであり、独立して中国から離れるべきではないと考えます。ダライ・ラマもチベットの人々の生活水準がこの数十年で大きく高まったことを認めています。わたしどもの天津市とチベットの昌都(チャムド)地区は姉妹都市の関係で、天津は毎年チベットに千元以上の物質的援助をしており、彼らの地域的発展を手助けしています。
ダワ・ツェリン: 楊さんのおっしゃることには二つの問題があります。まず第一に、チベットはどうして中国の一部分であってチベット人のものでないのでしょうか? まるで物か奴隷のように自分に属していると言うことができるのに、チベット人はどうしてチベットではなく中国に属さなければならないのでしょうか? これはあまりに不条理なおっしゃり様です。それに楊さんは、チベットでは一国二制度は行えないとおっしゃる。なぜ香港で可能なものがチベットではできないのでしょうか? 彼はその道理にまだ言及しておられません。 司会者: 一つお尋ねしたいのですが、チベット人の立場から彼らのこういった考え方を理解できるものなのでしょうか?
ダワ・ツェリン:
それはなんとも言えません。というのもチベット人はもともと被害者であって理解させようとするならそれは不公平と言うものです。チベット人ではなく中国人がチベットを理解すべきなのです。どうやって理解するのでしょうか? わたしが被害を被るのはあたりまえのことでしょうか? とんでもないことです。もちろん経済は発展しました。これは事実です。独裁政権はみな「今は以前よりもよくなった」と言いたがるものです。なぜかと言えば、こうした発展の成果を自らに帰することができるからです。しかし事実はそうではありません。時代の発展とともに全世界がみな発展したからです。もともとネパールはチベットより劣っていましたが、今やその生活水準はチベットよりずっとよくなっています。ネパールには共産党がないのにです。ブータンもそうです。どうしてでしょう? それは時代が進歩しているからです。チベットだけではありません。全世界の生活水準はみな高まっています。かつての西欧諸国もその植民地の人々に、「かの地の経済と生活水準をいかに高めたか」と言ってきたのです。
劉 凱申: ダライ・ラマの未来のチベット構想に関しても少し付け加えたいと思います。彼自身、将来は宗教的な役割のみを果たし政治的役割は返上することを望んでいます。過去の政教一致についても将来はそれぞれ別々に分けたいと望んでいます。未来のチベットで民主制度を行うことについては彼自身の考えがあるのです。民主は一つ一つ学んでいくものです。現在の条件は難しいかもしれませんが、香港がこれまでの十数年間でうまく学び取ることができたとすれば、いまチベットにもその機会を与えるべきでしょう。アメリカは二百年前に民主制度を実行しました。その頃の一般の教育程度は低く、経済的な条件も整っていたわけではありませんでした。 司会者: では、江蘇省の周さんにご意見を伺いましょう。
周氏(江蘇省)−電話にて:
わたしは、チベット問題は間違いなく中国の国内問題であると考えています。ただ海外に亡命しているチベット人だけが考える問題ではなく、すべての中国人が自分の意見を発表すべきなのです。わたしたち一般の中国人はみな現状維持を望んでいます。現在の状況はわたしたちにとって受け入れられるものです。
司会者: 海外に亡命しているチベットの人々に、いまのリスナーのお話しにあったような感覚を抱いている多くの中国人や大陸の漢人のことが理解できるでしょうか? ダワ・ツェリン: 当然理解していると言うべきでしょう。大陸出身の中国人とは出会う機会が多いですし、わたしはもともとチベット本土出身ですからたくさんの中国人の友人がおります。彼らのものの見方はとてもよくわかります。こういった見方は実はチベット問題の解決にとって一種の障害となっているのです。中共はしょっちゅうこう言います;「もしチベットがチベット人のものでなければならないなら、上海は上海人のものだというのか? そんなことをすればばらばらに崩れてしまうではないか」と。実は、こういう言い方は、もともと望んで結びついたのではなく強制的なものであったと認めているようなものなのです。ひとたび選択の自由を得ればすぐに分裂することでしょう。結婚のようなもので、強制的な結婚は、一緒になっても一度離婚の自由を得れば離れてしまうでしょうが、しかし自ら望んで結ばれたなら、離婚の自由を与えられても離婚はしないでしょう。だからといって「離婚の自由は認めない、さもなければ全世界の夫婦はみな離婚してしまうだろうから」とは言えないのです。 司会者: 劉凱申先生、この点でチベットの人々の心情がおわかりになりますか?
劉 凱申:
わたしは海外でたくさんのチベットの方々とお付き合いがありますので、彼らが自分たちの文化、言語、歴史を持っていることを比較的理解しています。実際、過去の中国とチベットの関係は分かれたりくっついたりというものでした。西側の観点ではあまり歴史を探求しません。もしアメリカの歴史を深めていくなら、それはインディアンということになります。
劉氏(北京)−電話にて:
漢人とチベット人の間には相互理解が欠けており警戒心があります。漢人はチベットに行くと、チベット人の多い地区ではいつも身の危険を感じ恐怖感を覚え、漢人の多いところではじめて安心するのです。ほんとうは互いに往き来すべきなのです。
李氏(江蘇省)−電話にて: ダライがチベットに帰ることはあるのでしょうか? 李嬢(甘粛省)−電話にて: ダライ・ラマの言う“高度の自治”とは具体的にどういうものですか? ダワ・ツェリン: 高度の自治とは具体的に言えば、チベット人自身が自分たちのことは自分たちでするということです。その方法としては主にチベット語、宗教と伝統文化及び経済を保持し発展させ、こういった方面でチベット人が主人公になるということです。しかし経済においては、チベットは非常に小さな国で人口も少ないので、中国に留まるとすれば当然中国のお世話になることでしょう。しかし文化、宗教、言語、伝統、風俗習慣などを発展させていくことで中国人がチベット人に取って代わることはできません。高度の自治とは主としてこの点を指しているということになります。 劉 凱申: 先ほどリスナーのお一人がダライ・ラマの台湾訪問について触れられたことについて、ちょっと説明させていただきたいと思います。中国当局はこの事をかなり懸念していますが、台湾はけっして独立派のものでも李登輝のものでもありません。台湾は数十年来にわたって中国文化を保持し発展させていくことを願ってきました。この十数年で仏教徒は数十万から数百万人に発展したので、ダライ・ラマが一宗教者として台湾の仏教徒と接触するのは自然なことなのです。実際、彼が台湾訪問中に会った多くは宗教界の人々です。もちろん政界の人士たちとも接触しないわけにはいきませんが、このことはただ政治的角度から見てはいけません。ここ数年来、ダライ・ラマは海外で漢人たちと多く接触する機会をもっています。台湾であれ、香港、シンガポールであれ、いずれも華人社会全体の一部です。わたしどもの基金会も漢人とチベット人の対話の集いを二度行いました。チベット問題を解決するためには華人がチベット人といっしょになって相互理解と交流を深め、共にひとつのことをやっていく必要があります。ただ単にダライ・ラマと中共指導者の間でなされることばかりではないのです。 (江蘇省のリスナー王氏が電話で、チベット文化が被っている被害と同化の具体的事例を尋ね、中国国内のリスナーはこういった状況をまったく理解しえない、と語る。) ダワ・ツェリン: 同化政策に関しては少なくとも1990年以前のことになります。というのもわたしは1992年に国外に出たので92年以前のことはよく知っています。中共は、チベット語を教える教師を一人も養成せず、中国語を教える多くのチベット人教師を養成しているのです。要するにたくさんのチベット人がチベットで中国語を教えることになります。チベット語専門学校の大学生が学ぶのは実際には文法だけで、それも小学校三年程度から教えられるようなものなのです。
(以上、放送録音より整理)
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