眼力



 ここラージン砦では、野太い声で部下と話をするウォレスがいた。
 ウォレスはあちらこちらの砦に出向いては、各地の情報収集に始まり、果ては部下の人間関係にも耳を傾けていた。時には一緒に飲みに行ったりもする。「自分は上官ではない、仲間だ。」というのが、将軍になった今でもウォレスの持論である。

 そんなウォレスの所に訪問者があった。
「ウォレス。」
「よう、ホープか。」
「こんにちは、ウォレスさん。」
「こんにちは。」
「ルイセとティピも一緒か。」
ウォレスの所にやってきたのは、ホープとルイセとティピである。
「どうした3人揃って。こんな所まで何の用だ?」
「母さんが新しい魔法の目を作ってみたから、ウォレスに試して欲しいそうだ。
 いくつか預かって来たから、良さそうなのを暫くしてみてくれってさ。」
そう言ってホープは手にした箱をウォレスに差し出した。
「わたしは勉強がてら、試作品の具合を聞きにきたんです。」
ルイセはノートを片手に書く真似をして見せた。
「そうか。なら早速試してみよう。」
ウォレスは口元から白い歯を覗かせて笑った。



 ウォレスは箱を開き、1つ1つ新型魔法の目を取り上げては掛けてみる。
「これは悪くはないが、今までと変わらんな。」
ウォレスが外した魔法の目をティピが受取りルイセに渡す。ルイセは一生懸命メモを取る。
「…『タイプC:今までと変わらない』と…。」
「これは明るいところはハッキリ見えるが…暗いところが全く見えん。」
「…『タイプF:暗いところがだめ』と…。」
いくつか試していると、ウォレスの声の調子が変わった。
「ん?お?♪」
どうも、いい感じのモノがあったようだ。
「これはいい♪ うむ、よく見えるぞ!」
そう言って振り向いたウォレスを見て、3人は3様の反応を示した。
「うっ…!」
と絶句するのはティピ。
「………。」
と声を失ったのはルイセ。
「ぶっ……。」
と思わず吹き出したのはホープ。

 ウォレスが掛けていた魔法の目は、どう見ても似合わない赤いハート型眼鏡であった。

サンドラの眼鏡





 ホープは腹を抱えて声にならない笑いを続けている。ルイセはそんなホープを肘で突っついて、小声でたしなめる。
『お兄ちゃん、笑っちゃだめよ!』
『くっくっく…だってよぉ〜……。』
『なにあれ〜!マスターの趣味?!』
ティピも顔を崩して笑いを堪えている。目尻には涙が浮かぶ。

 そんな3人の表情までは見えていないのか、ウォレスは上機嫌で言った。
「これを暫くしてみるか。」
「えっ!?そ、それを!?」
反応に困るルイセとは裏腹に、ホープは完全に面白がっている。
「おお、いいんじゃないか♪」
「お兄ちゃん!」
ティピも調子に乗ってウォレスを担ぎ上げる。
「似合うよ、ウォレスさん♪」
「ティピまで!」
ウォレスは更に機嫌を良くして言った。
「そうか♪ なら、これに決まりだ!」
ホープはルイセが何か言い出す前に口を塞ぐと、ニンマリ笑って言った。
「じゃあ、1週間したらまた来る。」
「むぐぐ……。」
ルイセはホープに引きずられるようにして連れて行かれた。





 部屋を出て廊下を曲がり、ようやっとホープはルイセの口を塞ぐ手をどけた。ルイセは激しくホープを抗議する。
「お兄ちゃんっ! ホントにこのまま帰るつもりなの!」
「そんなわけないだろう。」
ホープはニッコリ笑って言った。
「ホッ…そうよね。そんなのウォレスさんに失礼だもんね。」
「こんな面白い見ものを見ずに帰るなんてもったいない。」
「お兄ちゃん?!」
「あの姿を見た部下の反応を見てから帰ろうぜ。ルイセ、静かにしてろよ。」
「うぐぅ……。」
そう言ってホープはまたルイセの口を塞ぐと、ウォレスが部屋から出て来るのを待ち構えた。



 程なくして出て来たウォレスの後を、ホープとティピがこっそりつける。ルイセはホープに無理やり連れて行かれる。すると、直ぐに期待の場面となりそうな状況となった。
 ウォレスの正面から1人の兵士がやってくる。兵士はウォレスに気付くと話し掛けてきた。
「ウォレス将軍。先日購入の物資についてですが、この点が…云々…」
「それはいかんな。これの代わりにこれを…云々…」
「はい、ではそのようにします。」
「頼んだぞ。」
兵士はペコリとお辞儀をして去って行った。

 あまりにあっけない展開に、ティピとホープは拍子抜けだ。2人は目を見合わせた。
『ちょっとぉ〜、普通に会話してるよ?』
『あの部下、目が悪いのかな?』

 2人がひそひそ声で話していると、また1人兵士がやってきた。今度こそと、2人は息を潜めてウォレスと兵士を見守る。
「ウォレス将軍。砦の補強工事に当たっている者で…云々…」
「そいつは、すぐに配置換えをしよう。そうすれば…云々…」
「宜しくお願いします。」
「うむ。」
兵士はそのまま歩き去った。やはりウォレスの眼鏡には無反応であった。

 1人だけではなく2人までも無反応となると、どうにも不思議である。
『??? ここの人って感情に乏しいの? 全然笑わない。』
『よっぽど見慣れてるのか、ウォレスが怖くて何も言えないか…。』


 2人は首を捻りながらも、尚ウォレスの後をつけていると、また1人の兵士がやってきた。兵士はニコニコしながらウォレスに駆け寄ってくる。
「あ、ウォレス将軍! 先日はご馳走様でした。」
「おおっ! また朝まで飲もうぜ!」
「その眼鏡、おニューですか? 似合いますね。」
「そうか、ありがとう。」
兵士は挨拶だけして仕事に戻って行った。もちろん笑って噴出すことはなかった。

『フレンドリーな付き合いみたいだけど、笑わないね。本気で誉めてるよ。』
『おっかしいなぁ〜。どうなってんだ???』
こうなるとどうもおかしい。3人も見ていながら、あのハート眼鏡を笑いもせず驚きもせずである。

 ホープとティピはウォレスを目で追った。するとウォレスが廊下の角を曲がる時に、ちらりと横顔が見えた。そしてホープが驚きの声を上げる。
「あれっ?!」
ティピもそれに気付いた。
「デザインが変わってるよ!? あれじゃ普通のサングラスじゃない。」
2人がちらっと見たウォレスの眼鏡は、明らかにデザインが違っていた。あのハート眼鏡なら遠目でも判断がつくから見間違えるはずが無い。
「どうなってんだ?いつの間にすり替わったんだ?」
ホープは残りの魔法の目が入っている手元の箱を開いてみた。ティピがそれを覗き込む。
「でも、ここにはあのハート眼鏡入ってないよ?」
「よし!ウォレスに聞いて確かめてみよう。」
ホープは箱をルイセに押し付けると、ルイセを置いてティピと2人でウォレスを追って行った。


 残されたルイセは半ばホッとしながら、手元の箱を覗いてみた。そして箱の底に入れられた紙片を見つけ、取り出して開いてみた。
「あ…これ…取扱説明書?」
ルイセはその紙片を読んでみた。





 一方ウォレスはどうなったかというと、別の部屋に入ったところで部下の訪問を受けていた。
「失礼します、ウォレス将軍!
 酒に酔って酒場で喧嘩した兵を2名連れてまいりました!」
「入れ!」
「「…失礼しまぁっす。」」
これから叱られようというのに、反省の色全く無しで、軽い調子の2人の若い兵士に、ウォレスの叱責が飛ぶ。
「貴様ら、酒に酔って喧嘩をするとは何事だっ!!
 その上、一般市民に迷惑をかけるとは、国に仕官する兵にあるまじき行為!
 反省してるのかっ!」

− ビィィーーー! ボムッ! −

「どわぁぁぁっ!」
「ひえぇぇぇっ!」

 ウォレスが怒鳴った途端、強烈な光線が炸裂しドアが吹っ飛んだ。2人の若い兵士は腰を抜かしている。光線の出所はどう考えてもウォレスのようだが、ウォレス本人は何が起こったのか分かっていない。ウォレスは何事だと身構えつつ、みんな無事かと目をやる。2人の若い兵士はウォレスと目が合うなり平伏して謝った。
「「申し訳ありませんっ!もう二度としませんっ!!」」
ウォレスが壊れたドアに目をやると、そこにはやはり腰を抜かしてへたり込み、呆気に取られてウォレスを見るホープとティピがいた。ホープの髪は少し焦げて縮れている。
「何だお前ら、まだいたのか?」
ウォレスが白い歯を見せて笑った。その笑顔に、誰もが震え上がったのは言うまでも無いことである。





 「えっと…」

騒動とは離れたところでルイセは説明書を読んでいた。そして、あのハート眼鏡の説明をみつけた。

『タイプH…この眼鏡は使用者の気分がそのまま眼鏡の形となって現れます。』

「ふ〜ん…そっかぁ。
 ウォレスさん、よく見えるのが嬉しくて眼鏡がハート型になってたんだ。
 …それで、なになに?」

『怒りのエネルギーが増大するとレーザー光線となって発射されます。
 これは眼鏡に溜め込まれたエネルギーが許容量を越えた為に放出される
 ものであり、故障ではありません。』

「うわぁ〜、それはちょっと危ないかなぁ…。
 ん〜まあでも…、ウォレスさんは本当に怒るべき時にしか怒らないから…
 大丈夫よね♪」


 怪我人死人は出なかったが、全然大丈夫ではない。約1名には10円ハゲができたとか…。





 タイプHは即刻回収され、お持ち帰りとなったのである。








    

うにら様のイラスト「サンドラの眼鏡」の挿話です。
あまりウォレスを笑い落とせなかったなぁ〜。
オヤジを落とすのは難しい…。

ウォレス


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