2008年1月上旬をもって、4年働いた職場を離れた。理由は色々あるが「予定通り」かつ「そろそろ色々な面で限界点が近かった」とだけ、ここでは述べる。4年もやればバイトなりに有給は存在しており、それの消化期間で転職活動をしよう、という目論見だった。そしてそれは意外にもそこそこ順調に(途中まではともかく)進み、2月4日から新しい職場で働き始めることになっていた。
しかし、さすがは我が人生(笑)。そんなに順調に物事が進む星の下に生まれていたなら、今ごろもう少し予定通りの辺りまで進んでいるはずなのである(ナニが?)。直前になって新しい職場から、初出勤の日取りを遅らせて欲しいとの連絡が入った――18日まで。
まる2週間である。もちろん、その分の給料は出ない。これは困った。それに、本当に直前の連絡(初出勤予定日が4日だったのに対し電話があったのは2日)には正直、些かの不信感も伴った。雇う気がないのでは、という思考も脳裏をよぎる中、しかし1点だけ、疑いようもなく絶対的なプラスになり得るかも知れない要素があることにも気づいていた(まわりくどいな〜/笑)。
実はこの時点で既に、14日のチケットは確保してあったのである。のちに某S嬢より「入社直後に休む予定だったとは・・・強者だなぁ(汗)」なんてコメントを頂いたりする訳だが、実情はそんなにツワモノではなく(^-^;)、本当にギリギリまで行けるか判らない、という様相だった。
確保できたのは14日のチケットで(ちなみに今回のライヴは13・14日に開催)、初出勤は18日。もしも僕が多少なりとも貯金でもしている真っ当な社会人だったなら、この時点で無問題。ライヴに参加できてメデタシ、だったはずだ。しかし、自慢ではないが齢30を数えるに至っても貯金額ほぼ0円の拙者である(本っ当に自慢ではないな/笑)。さすがに生活費を確保できなければライヴには行けない。食費などいくら削ろうと構わないが(こらこら)、家賃や光熱費、それに車などのローンやらに関しては、そうは行かない。時々は脊髄ハンシャ的に物事を決めたり行動することもあるが、人としての責任を放棄できる程に考えナシ野郎ではないのである。
もう少しだけでも真っ当な社会人だったなら、などと後悔しても何も始まらない(笑)。そんなことをする間に現実への対処を考える方が遥かに有効である。選択肢は少ない。雇用先(予定)の手のひら返しの可能性は、さしあたって見ないことにした。ハンコ押したわけじゃないにしろ内定を貰っている状態で就職活動が出来ない青臭さを、僕は持ち合わせているのだ(これも自慢ではないな・・・)。では、どうする? 手ごろな短期バイトが探せれば、とも思ったが結局これは実行せずに終わる。
最終的に――というか職場より初出勤日延長要請の電話があった日のうちに、僕は友人KMとメールしつつ、リスクを伴う決断を下していた。
2月分の生活費は、借金する(笑・・えないね、あんまり/^-^;)。もちろんサラ金の類いなどであるはずはなく、ごく普通のカード会社のローンである。とはいえ働き始めていない段階では、それなりにプレッシャーのかかる決断だった。もし最悪の事態として手のひら返しが行なわれてしまったら、返すアテのない借金と化すわけだ。
そして生活費削減のため、実家に事情を話して約1週間のタダ飯喰らい(別名「イソウロウ」「ゴクツブシ」「スネカジリ」など。転職先があるのでギリギリでニートとはビミョウにチガう/笑)生活を送ることになった。ちょうど実家がPCを買い換えることになったので(しかし今もあまり活用されていないと推測される/笑)、それのセットアップをしたり、長年使って劣化した家の鍵を調整したり、母親がノロウィルス疑惑の体調不良になったりしつつ、実家滞在は終わる。そこからは昭乃さんのライヴへ行き、帰って来たら残りの2〜3日は今度こそ始まるはずの新しい仕事への準備に充てる予定だった。
・・・これらは大部分が奇妙に絡み合い、のちの事象に影響を及ぼすことになるわけだが(^-^;)。
何はともあれ、人は(ねこも)可能な限り前向きに生きた方がイイに決まっている。
昭乃さんのナマの歌に触れられることを思えば、そこからたかだか十何ヶ月ばかりローン返済をする程度のことが、いったい何ほどのものと言えようか? それが仮に、雇用先の保証が確約されていなくとも同じことだ。