MENU           Home

村上春樹の本を読んでの話し

1999年4月18日(日)記

<アンダーグラウンド>(初版:1997年・講談社)

このアンダーグラウンドは、1995年3月20日に起きたオウムの地下鉄サリン事件で被害にあわれた、もしくは被害にあわれた方のご家族、関係者の62人にインタビューを重ねまとめられたノンフィクションである。
村上春樹はずっと好きで読んできたのだけど、この本は何故か手にしないまま2年近くの歳月が流れてしまった。小説でないこの本を、村上春樹という自分のくくりに含めることができなかったのが読まなかった理由のひとつでもあるように思う。たぶんそれは「オウム」という部分での拒絶反応もあったからかもしれない。

その頃私は、札幌で派遣会社からとあるコンピュータ会社に出ていた。
今より前に一度だけ東京に住んでいたものの、地下鉄駅の関係もわからなかったので、しっかりとした把握はできていなかった。ただテレビから伝えられる惨劇を見つめているだけだったと思う。

「オウムじゃない?」
そう思ったのは、事件の半年ほど前に「サンデー毎日」の「オウム」の恐ろしさと、松本サリン事件も「オウム」だと素っ破抜いていた記事をたまたま読んでいたので、家でも「きっとそうだ」と話していたから。

この本を読みながら最初に思ったことは、「どうしてこんなに読む速度が遅いのだ」ということだった。
書き方も文章自体も難しい訳ではないし、「『人々の語った言葉をありのままのかたちで使って、それでいていかに読みやすくするか』という一点のみに集中された」ということだったので、読みやすさには相当気を使われていたのだと思う。しかし、読むのにとても苦労した。
何故か。
そこに登場される方々の思いのようなものがどどーっと自分の中に流れ込んでくるからではないか?1行ずつを身体にしみ込むように、血肉として取り込まれるようにしか読み進むことができなかった。

個人的な背景にありありと浮かび上がる被害者達の日常が、読み進む度に自分の中でオーバーフローを起こす。
当時、テレビニュースや雑誌などで知ったその事件の記憶は、村上さんが書いていたように「傷つけられたイノセントな一般市民」というイメージであり、被害者も確かに「通行人A」という感じだったと思う。週刊誌で書かれた「出産直前に夫を失った妻」というのもネタのひとつとしか残っていなかった。
その当事者和田嘉子さんに村上さんが、インタビューが終わり別れ際に「『元気で幸せに生きてください』としか言えなかった。言葉というのは無力なんだなとその時ふと思った」と書いていたけど、作家としての「言葉」に対する頼り無さを一瞬感じたのかもしれないと感じた。
またあるインタビュイーに「現代はモラルが低下していると思いますか?」ときいたら「あなたはどう思いますか」と逆に尋ねられ、村上さんは「さあよく分かりません」と答えていた。そうしたら相手に「じゃあもっと勉強した方がいいですね」と返されたのは、もしかしたらそれは彼の今までの弱点だったかも…と思う。
どんな時代であってもいざっていうときには自分自身の意見を求められ、曖昧さはそこには通じない。自分に併せて考えてもそれはとても厳しいことなのだと思う。

さて、いくらいろんなことを考えてみても、そこにある体験というリアルなことを前にしてはその考えの何をも真実にはなり得ない。
今もなお後遺症に悩む多くの人々に自分自身のこの1年半をそっと重ねてみる。
もっと早くに読めればよかったよな。でも時間がたって読んでも良かったと思えた本だった。


GigaHit