ジェンダーで見る「サザエさん」

 「サザエさん」は戦前の封建的家族道徳を色濃く反映するアニメであり、
憲法の視点からは許容されないアニメである。
一刻も早い「サザエさん」の打ち切りが必要だ。


 人気テレビアニメ「サザエさん」の視聴率は毎回20%を超えるという。ここに戦後50年を経てもいまだ日本人に日本国憲法の精神が根付いていないことを確認し、暗澹たる気分になる者がどれほどいるだろうか。

 結論を先取りすれば、「サザエさん」は戦前の家制度的価値観を色濃く反映した差別助長アニメである。この事実を論証するのはたやすい。

 まず、登場人物の名前を分析してみよう。「サザエさん」は、登場人物が海にいる生物の名前であるというのが特徴である。ただし、波平とフネだけは非生物であり、このことは家族の中での特権的地位を示しているといえる。そして、これは、戦前(そして、戦後も)日本帝国において特権的地位にある「テンノウ」と「コウゴウ」に対応させることができよう。つまり、磯野家はその内部に「小さな天皇制」を抱えているのである。

 さらに問題なのは、波平とフネの関係性である。いうまでもなく、「波」がなければ「舟」は動くことができない。これは、フネが波平との関係では受動的立場におかれていることを意味する。「男性に対して受け身の女性」というこの構図は、戦前の封建的道徳の根本をなす「男尊女卑」の構図そのものである。

 このように、「サザエさん」の世界を支えているのは、戦前の家制度的な家族観であることが分かる。家制度とは、戸主が家族のリーダーとして家族を統制し、家族は戸主の命令・監督に服する封建的な制度である。ここでの戸主とは、もちろん波平である。家制度は明治民法の下で定められ、戦前の封建的家族を強固にしてきた。

 戦後、新憲法における個人の尊厳(憲法13条)と、法の下の平等(14条)、両性の本質的平等(24条)に基づき、民法の家制度は廃止された。どの時代にあっても親ないし年長者を敬うことはもちろん美徳ではあるが、かかる新憲法の精神の大本は、全ての個人が対等な関係に立つということのはずだ。にもかかわらず、「サザエさん」の中では旧家制度、そしてこれを支える封建的家族道徳が延々と生き延びているのである。
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  |    ___  |  < 家制度なんてひどいや父さん
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  |    _||||||||| | < さよう、ワシが封建的家父長じゃ
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 さらに、登場人物の名前を分析を続けよう。サザエ以下の家族たちは、女性がサザエ、ワカメという海底に生息する生物を名乗り、マスオ、カツオ、タラコたち男性は水中を泳ぐ魚を名乗っている。これは女性は海底(家)に固執するものであり、男性は外で泳ぐ(働く)ものという意味づけをすることができる。

 これは、明白なる「性別役割分業」の示唆である。すなわち「男性が外で働いて家族の生活を経済的に支え、女性は家事・育児を担当して家庭を守る」という分業スタイルであり、日本社会では、男女の協力関係として、社会に深く浸透してきた。

 しかし、この性別役割分業が、女性の自由な生き方に対する強い規制となってきたことは、ほとんどのジェンダー論者が指摘するところである。ジェンダー論は、女性が「本来的」に「やさしい」性格だから家庭での家事・育児が割り振られるのではなく、性別役割分業が近代社会において形成された人為的な代物であることを明らかする。

 封建的家族にあって、性別役割分業は、家制度の堅持に分かちがたく寄与する。そして、そこで社会参画の機会を奪われ、無償の家事労働で虐げられるのは女性たちなのだ。テレビでは陽気な笑顔をみせている磯野家の女性たちも、夜な夜な涙していることだろう。

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 では、なぜ●ジテレビは、このような戦前の価値観を色濃く残すアニメを放送し続けるのだろうか。その意図は何か。ご存知、「サザエさん」のスポンサーは、「エネルギーとエレクトロニクスの東○」である。○芝のような代表的日本企業が、このアニメに金を出していることに、重大な意味があると思われる。

 ここに興味深い資料がある。『家庭人教育』(1964年)と題されたこの冊子は、関西大手電力会社が従業員の妻に向けて送付していたものである。その中に次のようなくだりがある。

「会社をひけてわが家の玄関の戸をあけただけで、ほっと心の休まるような家庭があって、今日の疲れが回復し、明日への活動源の源となる。」

 このくだりは、「仕事から帰ってきた夫の疲れを癒してやり、明日の労働力を再生産せよ」と従業員の妻に向けて言っているのである。この冊子には、他にも「夫の飼育法二十カ条――夫が妻に望むこと」と題して、「毎日にこにこ顔で送り出し、毎晩にこにこ顔で迎えること」などと、会社員の妻としての「正しい」あり方が説かれている。

 このお節介な冊子から、日本の企業が、家庭にあって夫を支える、企業の都合のよい「良妻賢母」の存在をいかに必要としていたかということを、如実にかいまみることができるだろう。

 もちろん、日本企業の躍進が、戦後の復興を支え、経済大国日本を築いた。しかし、その栄光の陰には、企業戦士たちの長時間の過重労働があり、それを家庭の妻が支えるという構図があった。そして、その帰結といえば、女性の側からみれば家事・育児負担の増大であり、男性の側では過労死・過労自殺なのである。

 女性には不自由な生き方を、男性には非人間的労働を強要する性別役割分業、そしてその維持・推進を目論む日本の企業風土――これらが今後の日本社会において維持すべきものとは見なすことはできない。

 ジェンダーの立場からは、日曜日に「サザエさん」を視聴しつづけている子供たちの頭に、知らず知らずのうちに性別役割分業の観念が刷り込まれているのではないかと懸念される。子供たちは、巨大企業を背後においた差別アニメという「暴力」に、無防備に晒されているのだから。

 われわれの社会においては、個人の尊厳(憲法13条)と法の下の平等(14条)、両性の本質的平等(24条)にもとづいた民主的家族の確立が望まれる。そのためには、一刻も早い「サザエさん」の打ち切りと、フ●テレビの真摯な反省が必要である。


タネ本/論文一覧

(c)Haruki Gakuen, 2002