「この冬はピリカヌプリに。」シーズン前にそう思い立ち、二度トヨニから国境稜線往復を試みたが届かなかった。三度目は日高仲間のYさんから聞いた、ヌビナイからの東尾根。季節風の影響が小さい分、気が楽だ。年末に途中まで入ったYさんから「林道にハンターのモービル跡があるかもしれない」と聞き、その気になる。
2/6
火曜日の雪が吹き溜まっていて、カリブでは除雪終点の取水場まで突っ込めない。最終人家から約1kmの地点に車を置き、スキーを履く。
朝の気温は-14℃と、鼻先が痛むものの風はない。大きな吹き溜りが数箇所。車を置いてきて正解だ。
除雪は取水場の先、229までだ。轍に沿って右に折れてしばらく進むが、どう考えてもヌビナイから離れてしまうので分岐点へと引き返す。この先はモービル跡がうっすらとカマボコ型に凹んではいるが、基本的には自分頼みのラッセルとなる。
さすがに2月、日が射すと暑いくらいだ。対岸に烏が群れている。見下ろすと、雪の上に鹿の骨格。しかも2頭並んでいる。撃たれたのか餓え死にしたのか、ここではごく普通に全てが土に還っていく。

5km余り進み、昭徳左岸林道に入る。相変わらずヌビナイの川音だけがこだまする。ブリッジなど想像できない位川幅が広く、渡渉が心配になる。行く手には、今日取り付く尾根らしき地形が見え隠れ。
左岸林道も2kmを過ぎると積雪が増し、スキーが重くなってくる。足の親指が痛いような気もするが、無心で歩く。林道終点まで、4時間半。ここでスキーをデポし、スノーシューで辛抱のラッセルを続ける。
この先は小規模だがデブリが目立つようになる。鹿の足跡に助けられ、クマの沢出合へ。見るからに急そうな尾根に取り付く。
屹立する岩盤上に不安定な積雪。どちらから巻こうにも倒木上に雪が被さり、極めて不穏だ。450直下と576直下の20mの雪壁では頼りにならない潅木を掴み、沢登り様の体勢で身体を持ち上げる。ここまでの疲労も手伝い、手足の指がつる。全くはかどらぬ。
結局、600までしか届かずに幕。なんと取り付きからの標高差230mに3時間を要した。ある人から「ストイック」と形容されたことがあるが、これも「克服する充実感」への第一歩か。
夕方からは雪。初日から戦意喪失気味だ。消耗しすぎて酒も通らない。
夜半、寝る前に大量摂取した水分が猛烈な尿意となって眠りを破る。外は晧々たる月夜。眼下には白く輝くヌビナイ、そして目の前には立ち塞がる薮。
車6:25-7:402297:45-8:45昭徳左岸林道分岐-10:50林道終点
11:00-12:00クマの沢出合-15:14600
2/7
朝の気温は-7℃。力のない朝焼け。手足がつらないことを祈る。690までは相変わらず腕力勝負を強いられる。ソエマツから延びる対岸尾根からは、幾筋もの雪崩道がヌビナイへと落ち込んでいる。

690でようやく薮との格闘から解放され、眼前にソエマツが現れる。ここを「ソエマツ平」と勝手に命名し、一息つく。地図ではほんのわずかだが、取り付きからここまで合計4時間半だ。
孤独なラッセルを続けて標高を上げるにつれ、雪が締まってくる。樹林帯ゆえ風は避けられるが、展望はない。
1080までの急登に耐え、雪堤上に飛び出す。太平洋上空には雪雲が覆い被さり、西からは季節風の唸りが轟く。
北に横たわる特徴的な凹凸は早大尾根だ。一瞬、自虐的な自分の姿を当時に重ね合わせてしまう。
ここまでの消耗具合と季節風から、ソエマツ東尾根への周回は不可能と判断し、ピリカ往復に計画を修正する。
尾根の西側は地面が見える位風が強い。次第に野塚から楽古、広尾にかけての南日高が浮かび上がる。1266まで上がると、ようやくトヨニ、1512、ピリカと続く稜線が見渡せる。
強行軍だが1354まで行程を伸ばすと、眼前にピリカが迫り、1449の向こうではソエマツの頭が雪雲に煙る。やっとここまで達した喜びに包まれる。
一旦1340まで下るが、適地がないので1354まで引き返し、風下の斜面を掘り崩して幕。この時期に、尾根上でキツネに出くわしたのには驚いた。
6007:22-8:34690-9:00765-11:45112012:00-13:181266
13:23-14:501340-15:151354
写真:どんつきはトヨニ北峰
2/8
風はやや強いものの、昨日同様基本的には晴れている。1438までは朝日を背に浴び、快適に進む。途中からは1512の眺めが良い。
1438から西は暗い。特に1500より上は雲がかかって見えない。が、歩いてみると風はなく、案じていた程ではない。クマの沢川を挟んで、もう一つの1438が大きく迫り出している。

1544から西も尾根は広く、風も弱い。クラストもないのでスノーシューのまま淡々と標高を上げる。視界のないピリカヌプリでは、赤テープだけが迎えてくれる。気温は-11℃。昨日頬張っていた煎り大豆には飽きてしまったが、今日の甘納豆は水分も多くて食べやすい。しばらく待つが、ガスが晴れないので引き返す。
1438から、北の1449コブを目指す。意外にも、この尾根の西風が一番強い。カンバ帯を縫って巨岩の転がる1449に立つと、そこは吹きさらしだ。
ヌビナイ源流部は幾筋もの純白な襞を形成している。雪雲の間から浮かぶソエマツは人が立てるとは思えない位幻想的だ。ヌビナイを見渡す格好の展望台だけに、もう少し晴れて欲しいが欲張らないでおこう。再訪を心に誓い、テントに戻る。
午後からは降雪が激しい。今回初の昼寝を満喫し、「よしのとも」を口に運ぶ。キンキンの冷やよりも10℃前後の方が芳醇だ。
ラジオからは関学ワンゲル部の遭難ニュースが流れてくる。低体温症の部員もいるとか。他人事とは言え、良い気分ではない。
13547:03-7:5714388:00-8:531544-9:16ピリカ9:25-143810:25-10:56144911:20-11:431438-12:081354
写真:ヌビナイ幻流
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朝、一晩中降り続いた雪が止んで国境稜線が晴れ上がる。強風の中、赤く染まった峰々に圧倒される。このひと時だけで、これまでの三日間全てが報われてしまう。
長い下山路が始まる。1266付近からは、白いペテカリのお出ましだ。間近からは迫力溢れるソエマツも、遠くからだと「なで肩」に見える。早春の陽光の中、1080まで気分良く下る。
あれほど苦しんだ取り付きまでの尾根を、実にあっさりと下りきってしまう。下降に抱いていた危惧は杞憂に終わった。
あとは明るいうちに車まで戻れるか、だ。雲が出てくるとやや寒い。自分のトレースをなぞるので楽な筈だが、疲労からか思うようにはかどらない。いつものように、振り返りながら余韻を楽しむ余裕もない。
西日を背に受けて長い影が伸びる。一瞬だけ体内の時間が止まり、懐かしさにとらわれる。
229を過ぎると、明瞭な轍が現れる。荷物を置いてから車で回収しても良いのだが、体に馴染んだザックを下ろし難くて、背負ったまま歩き続ける。なんとか明るいうちに車に辿り着き、臭気と充足感に包まれる。
13547:44-8:3012668:50-9:3510809:50-10:50690-11:10600
11:16-クマの沢出合12:00-12:32林道終点12:50-14:32
左岸林道分岐-15:2222915:32-16:33車写真上:これで満足 下:どこまでも続くよ
('04/2/6〜9)