戸蔦別林道をひた走る。エサオマン登山口の標識から1kmもいかないうちに、崖崩れで行き止まりだ。稜線が、はるか遠くにくっきり見えている。
エサオマントッタベツは、前から気になっていた。まずその名前がおもしろい。山の名前とどう関係あるかはわからないが、「エサオマン」はアイヌ語でカワウソ、の意味だ。
登山ポストのある広場から沢に入る。かなり水量が多く、渡渉も緊張する。1時間近く進んで愕然とする。なんと、右岸から林道跡が合流している。ここまでは、沢を歩く必要はなかったわけだ。かなり時間と気力をロス。
823二股までは水量が多いが、腿よりは下。この上流になると、巻き道が明瞭になり、歩き易くなる。時折、雪渓の向こうに稜線が輝く。997二股を右に入る。所々にテープがついていて、迷う心配はなさそうだ。かなり気温が上がって、体力を消耗する。
1100m以上で、沢は完全に雪で埋まる。照り返しが眩しすぎる。今日は暑いので草鞋でも登れるが、登山靴の方が有利かもしれない。傾斜がきつくなり、滝状の地形となる。しばらく登ると、水しぶきが上がっている。一枚岩の階段状の滝が一部露出しているのだ。水量も少なめで、岩も滑りにくいので爽快そのものだ。
滝は再び雪に隠れる。急斜面を喘ぎながら登ると、真っ白な北東カールだ。
エサオマンの尖ったピークがまるで倒れてきそうな迫力で聳えている。青空と雪の織り成すコントラストも素晴らしい。水は、50mほど登った斜面に露出した岩肌から取れそうだ。が、テン場に適した平坦地はない。
ここまででかなりへばっていたが、視界の利くうちにルンゼを詰めておきたい。かなり遅いが、登山靴に履き替え、無謀にも稜線へと登りだす。一応、JPの東側を目指したが、目測を誤って予定より西側の雪渓に入ってしまう。自分の無謀さを実感するのに、さほど時間はかからなかった。荷物と急斜面と雪。この三重苦に、まず足が痙攣しだした。アイゼンもすぐにずれてしまい、すぐにツボ足に戻す。
かなりのろいペースだ。西日が傾き、戻ることは考えられない。
後半は、どう考えても夏道とは違うルートと確信するがどうしようもない。急斜面のヤブに突っ込み、腕で体を引き上げる。永遠かと思われたヤブを抜けると、そこはJPだった。しかも、ちょうど一張り分の空き地。思わず倒れこむ。
腰が自分のものとは思えないくらい重い。南側の稜線は雲の中だが、勝幌・札内はよく見える。そして、三角形のエサオマンが間近だ。
食欲も湧かない位疲弊しているが、達成感はひとしおだ。一年で一番遅い日没の後には、カムエクやピラミッド、1839のシルエットが浮かび上がる。北は、1967を初めとした山並みだ。下界の街は、芽室だろうか。いつまで眺めても、飽きることがない。
明日の下りを心配するうち、眠りに落ちる。
目覚めると、全身の筋肉が悲鳴を上げている。空は快晴だ。国境稜線の朝焼けを満喫し、エサオマンまでの贅沢な散策に出る。高山帯らしい道のりには、しっかり踏み跡がついている。ヒダカゲンゲの紫が鮮やかだ。ピークからの眺めは申し分ない。
名残を惜しんで撤収。JPから東に3分、ルンゼへの下り口はすぐに見つかった。しばらく明瞭な踏み跡を辿るが、やがて雪に覆われ、潅木と雪の境目をへっぴり腰で下る。かなり急だが、視界があるのでまだましだ。慎重に下り、北東カールに立つ。思わず、「エサオマン、ありがとう」とつぶやく。これで無事に帰れそうだ。('00/6/24・25)
写真上:札内のシルエット 中:十ノ沢カール(手前)の朝 下:ヒダカゲンゲ