武装中立地帯

武装中立地帯


紺野 圭太


 まえがき
 シリアに入った筆者は、24時間有効のパーミッションを手に、シリア南西部・ゴラン高原のクネトラへと向かった。

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 ダマス発の派手なバスに揺られ、一路南西に進む。車内は座りきれない位の乗客で溢れている。パーミッションのチェックポストを通過し、クネトラの一つ手前の村へ。

 苦労して見つけたミニバスに乗り換える。標高が増した分涼しいし、川や緑も豊かに見えるが、白地に水色でUN(国連)と記された車がちらほらし、緊迫した情勢が伺われる。バスには我々を案内する軍人が乗り込む。約20分でクネトラ到着。

 バスを降りるとすぐ、辺りに廃墟が広がる。現代の遺跡はるか遠くに、この地を占拠しているイスラエルの、発電用と思われる風車が見える。

 かつての市街地では、コンクリートの建物もぐしゃぐしゃに潰されている。無残としか言いようがない。ゴーストタウンを10分程歩くと、らせん状の有刺鉄線が現れた。更に5分ほど行くと、現在の「国境」であった。こことイスラエル側の「ボーダー」の間に、国連が緩衝として入っている。水色の国連旗の向こうに、六角形の「ダビデの星」をあつらえたイスラエルの国旗が小さく見える。

 67年の「6日戦争」におけるイスラエルによる侵攻・占拠後、73年の第4次中東戦争でも紛争の種となったこの地には、その後国連監視団が駐留し、両国側に設けられた「兵力引き離し地帯」及び「兵力制限地域」の監督にあたってきた。

 不毛な土地の広がるシリア側に対し、イスラエル側入植地は一面の緑で、経済力の差を目の当たりにする。廃墟

 引き返す途中に見た、ゴラン病院の廃墟が最も衝撃的だった。壁一面に銃弾の跡。建物の中も正に「蜂の巣」で、瓦礫の山が築かれている。生々しすぎて、言葉も出ない。

 生まれて初めて「戦争」を身近に感じ、動揺している自分に対し、シリア人は高原の休日を楽しみにやってきて、廃墟脇の木陰で涼んでいる。

 居住地を追われた人たち−パレスチナ全域に当てはまるが−は今、どんな気持ちでいるのだろう。ゴラン高原といえば代表的な「平和維持活動の成功例」らしいが、運が悪ければ命を落としかねない国連監視団は貧乏くじとしか思えない。「民族紛争」だろうが何だろうが、惨い殺し合いには変わりない。