ハレップへ

最古のスークと最高のハマム


山坊主


 まえがき
 オープンチケットでトルコへ向けて旅立った筆者は、イスタンブールから地中海沿いに南下し、ローマンカソリックの聖地の一つ、アンタクヤ(アンティオキア)へやって来た。

7/29
 早朝、夜行バスで降り立ったアダナから、エアコンの効かないバス(40000トルコ・リラ[TL]=400円)でアンタクヤへ向かう。今日は珍しく曇天だ。やがて埃っぽい道の両側が建物で埋まりだし、アンタクヤのオトガル(バスターミナル)に到着。降りた途端、ハレップ行きのバスに乗り継がせようとする客引きに取り囲まれるが、今日は勘弁願う。

 夜行明けときつい陽射しで疲れきっている。Lonely Planetに出ていたIstanbul Hotelを見つけると、早速荷物を放り込んだ。背水の陣(イスタンにて)

 夜の早いアンタクヤでは、8時には店は殆ど閉店。オトガルの近くで飯を食っていたら、東部のディヤルバクル付近でのテロが報道されていた。予定の東部行きに暗雲か。

7/30
 8時に目が覚め、何かに急かされるようにオトガルへ向かう。アンタクヤの居心地が悪かった訳ではない。国境越えで充足感を味わいたかったのだろうか。オトガルには、メッカ、メデイナ、アンマンへのバスも勢揃いし、アラブの民が溢れている。

 私の乗るハレップ行き(90000TL=900円)には8人しか乗っていない。ガラガラのまま国境へ。運ちゃんに乗客全員のパスポートを預け、出国手続きをしてもらう。ここで、余ったトルコリラを両替しておかなかったことが、シリアに入って大きな焦りを呼ぶことになる。

 国境を越えると、アラビア語圏である。全く理解できぬ。トルコ語にローマ字表記を導入したケマル・アタテュルクの偉大さをつくづく実感する。横柄な入国審査官にパスポートとビザを差し出す。バスもチェックを受けている。TLの両替を試みるが、「できない」との返事。「ハレップの銀行に行けばなんとかなるだろう」、このときはまだ余裕だった。

 風景は相変わらず砂漠で、確実に変わったのはミミズの這ったような文字。二時頃、ハレップの街中に降り立つ。

 まずは、一文もない現地通貨(シリアポンド=£)を手に入れようと辺りを歩き回る。人に尋ねると、「今日は金曜日だ」との答え。路傍のパン屋(ダマスにて)すっかり忘れていたが、今日はイスラムの休日だったのだ。銀行はおろか、ツーリストインフォメーションも休み。途方に暮れていると、怪しげな自称「ガイド」氏が話し掛けてきた。藁にもすがりたいが、こんな輩に取り合っては駄目だ。

 バスターミナルに戻れば、トルコ行きの旅行者が捕まるかもしれない。彼らに少し替えてもらおうか、と踵を返しかけた時、誰かがこちらに手を振っているのが見えた。イスタンで出会ったM氏との奇跡の再会は、正に天の助け。体中の力が抜け落ちた。

 10日振りに口を突く日本語に違和感と喜びを覚える。M氏の助けで宿探し。売春婦が滞在している妙なたたずまいだが、泊まれれば文句は言うまい。何しろ、尋常でない暑さなのだ。しばし横になった後、M氏と街へ。外に出ると、熱風が纏わりつくようだ。さびれた両替商で換金し、一安心。

 夕食の鶏モモは大きいが、パサパサ気味。チャパティは、やはり味気ない。これで70£(175円)だから、噂どおり物価は安いが、最後にピーマンと間違って頬張った唐辛子で、舌が麻痺する。現地で大流行だというソフトクリーム(5£=13円)でなんとか中和する。装飾品としても素晴らしい水タバコが居並ぶ喫茶店には、数時間かけて吸う老人達。

7/31
 窓の外で誰かが寝ていて薄気味悪い。蚊の羽音も手伝って、浅い眠りでシリアの第一夜を過ごす。朝方、停電でファンが止まり、寝ていられなくなる。

 ここでは、「朝・昼・夜」の概念は成り立たない。昼・夜の区分で十分と思える位、朝から陽射しが強い。世界最古のスークM氏と同じホテルに移り、夕方までホテルで過ごす。近くのタイヤ屋から漂ってくるゴムの臭気を、ファンが虚しく掻き回す。昼間は動き回れないから、寝るより他はない。

 4時過ぎにハレッポ城へ。暗く、ひんやりとした廊下を上っていくと展望が開けた。単調な、白一色のハレップの町。一瞬、川のように見えたのは道路の照り返しだった。そして、大きな看板に描かれているのは為政者アサドの肖像だ。

 ハマム(公共浴場)の男性時間(午後7時)まで時間があるので、世界最古というスーク(市場)に入る。迷路のように入り組む真っ暗な石壁の廊下に沿って、無数の店が軒を連ねている。紀元前から続く不思議な空間に圧倒された。

 いよいよ待望のハマムだ。入ると中心に噴水のある、宮殿の雰囲気漂う休憩所。服を脱ぎ、迷路のような廊下を進む。蛇口と小さな湯槽で、狂喜しながら水や久々のお湯を心行くまで浴びる。続いて、屈強な三助に組み敷かれ、タワシとスポンジの垢すりとマッサージ。上がった後はタオルを体中に巻きつけ、心の芯からリラックス。これで125£(313円)だから、安いものだ。

 シリアの旅も苦しいだけではないようだ。