まえがき 日本語 落胆を慰めてくれたのが、野菜炒め付き卵焼き載せご飯の昼飯。太いバナナとスープもついて45K(約45円)は大満足。食堂の主人は、日本軍占領下で覚えさせられたカタコトの日本語を話してくれる。この国では、かつて自国を蹂躙した国からの旅行者に親しく接してくれる彼のようなビルマ人に数多く出会った。彼らの寛大さゆえなのか。 四姉妹 高床の家に上がると、なんと白人旅行者が4人、食事をしている。ここはゲストハウスか?と訝っていると、先の女性ミンさんがアルバムを見せてくれた。丸木舟に乗ったり、パゴダでミンさんと写真に収まっているツーリスト達。新手のガイドか?旅人をもてなすのを楽しみにする奇特な人種が居る筈がない・・・などと困惑していると、食事をしていたフランス人の一人が日本語で話し掛けてきた。彼は以前日本に留学していたとのこと。曰く、彼女達は親切でやっているらしい。 家事をしている顔の良く似た4人は、果たして四姉妹だった。強い驟雨が落ちてきて、お暇するタイミングを失った。そのうちに後続のフランス人2名がやってきたので、私を入れた3名で丸木舟に乗ることにした。 足漕ぎ舟 ミンさんとその姉、竹笠をかむった清楚なセイン・イーさんが櫂を取る。初め、例年なら仏像の際まで水があるというパゴダに立ち寄る。崩れかけた仏像が水面に浮いている様子を想像すると、不謹慎だが絵になりそうだ。途中、ミンさんに有名な「足漕ぎ」を披露してもらう。 付近の交通路はすべて水路で、家の玄関も水路に面している。行き交う舟とにこやかに挨拶を交わす風景が、何故か懐かしい。 姉妹の親戚の家で茶をすすってから、舟で姉妹宅に戻る。最初の勢いはどこへやらで、「いくら請求されるか」そればかりが頭を占め、楽しむどころではない。何となく乗せてもらってしまった自分が悪いのだが、結局は取り越し苦労だった。「好きなだけ置いていって下さい」と言われると却って困るものだ。他の2人が一人400K!もの法外な金額を払ったこともあり、予定の100Kを上回る150Kを支払った。 金額の多寡は別として、彼女達の暖かいもてなしに感動した反面、最後まで素直になれず疑ってしまったのが悔やまれる。どのみち馴染みのない旅先なのだから、少しくらい騙されても出会いを楽しむ余裕が欲しくなった。 晩餐 翌日の晩、ゲストハウスで知り合ったイギリス人のジュリアンを誘い、同じ舟に乗ったフランス人達と共に姉妹宅で晩餐の席に連なる。薄暗い屋内で、いんげんやカリフラワー炒め物など、野菜を中心とした地元料理に舌鼓を打つ。みかんの皮を燻した蚊遣火の香りに包まれ、ビルマ滞在中で一番楽しい宴の時間が過ぎていった。 |