カムイエクウチカウシ考

カムイエクウチカウシ考

(2002.9.29)

ヒカタ風(南西風)は増水の前触れです・・・


  またまたカムイエクウチカウシの話。今度は山名について。一般に知られているカムエクの意味は、「熊が転げ落ちる」とされている。日高の中でもひときわ長いこの山名が気になってしまう。

無名峰?

 「山頂の覘標」でも触れたが、カムエクはもともと無名だったようだ。明治政府発行の「植民地状況報文」にも、主稜線の東に位置する「サツナイ岳」が載っているだけだ。まあ、当時の里から余りにも遠くて、目印にもならなかったのかもしれないが。

 吉田 勇治氏は「ふるさとの山と川」の中で、「三角点埋定作業時にアイヌが登攀コースを『熊でも転げ落ちる険しさ』と表現したか、滞在中にそのような熊を目撃したか、それが語源になったのではないか。但し、「熊を神聖な『カムイ』と考えていたアイヌ自身ではなく、和人がこの語源から山名を付けたのだろう。」と述べている。

熊落としの崖?

 興味深いのは山田 秀三氏の「ユックチカウシ物語」。平取にある「ユックチカウシ」という地名にまつわるこの稿は、アイヌの鹿狩に語源を見出している。両側が切り立った崖に鹿を追い込み、急に驚かせて落としてしまう「鹿落とし猟」に使われた崖が「ユク・クッ・イカ・ウシ・イ(鹿が・帯状に岩層の露出した断崖を・こぼれ落ちる・[繰り返し]・処」転じて「ユックチカウシ」と呼ばれているのだ。やっぱカムエク

 こうなるとアイヌ自身が名付けた可能性も捨てきれない。

 伊藤 秀五郎氏の「北の山」(続編)によれば、芽室のアイヌ水本文太郎の談として、「カムイ・エクウチカ・ウシ・ヌプリ(熊・転ばした・処・山)」としている。氏は、「昔アイヌがここで熊を射止めたか、手負いの熊が転げ落ちるのを見てこう呼んだのでは」と述べている。

狩人の地名?

 面白いことに、同じ文章に「水本はサツナイ岳(現札内岳)のことを知らなかった」とある。これは明治政府の「報文」や吉田氏の著書とは対照的だ。芽室から現札内岳は頭しか見えないから、アイヌの生活範囲によって近しい地名が異なっていたのかもしれない。古の時代に、果たしてこんな山上で熊を狩ったかどうかは疑わしいが、類似地名がある以上、少なくとも狩人など一部のアイヌには「カムイエクウチカウシヌプリ」と呼ばれていたのだろう。

ピリカペタヌ岳?

 伊藤氏ら北大山岳部は「ピリカペタヌ」の響きに惹かれ、一時札内岳をピリカペタヌ岳と名付けていた。が、後に、「札内川源流の山には札内岳がふさわしい」との水本氏の意見もあって、「札内岳」に戻った。

 最初に三角点が埋定されたカムエクが当初「札内岳」と称されていたことを考えると、現カムエクが「札内岳」、現札内岳が「ピリカペタヌ岳」となってもおかしくなかったのである。でも、急峻な南西稜や北東尾根はやっぱり、「エクウチカウシ」の名にふさわしい。       


カムエクや札内について、何か知っている方は山坊主まで