"アイヌ最後のクマ撃ち"姉崎さんの語るヒグマを片山 龍峯氏がまとめた「クマにあったらどうするか」(木楽舎、2002 1600円)を読み終えた。 ただ、ヒトに対しては「変な力を持った動物」と感じ、怖れているという。それは、昔から仲間たちを弓矢や銃で倒したり、自分の倒せない太い木をヒトが切り倒す姿を見てきているからだ、と姉崎さんは語る。私たちは気づかないが、クマはヒトの行いをつぶさに観察しているのだ。 姉崎さんの鋭い観察と経験は、個人としての冷静なクマへの対処法を教えてくれる。 会わないようにするのが一番⇒クマの嫌がる空のペットボトルの音
突然ヒトに会うと襲われたものと勘違いして攻撃姿勢をとるが、最初は威嚇
いきなり襲い掛かることはない⇒興奮を鎮めればそれ以上攻めてこない
若いクマは冒険心があるので油断禁物、大きな大人のクマは悪さをしないで生きてきたので安心
逃げるのは弱みを見せる事になり、最悪の結果にも⇒できれば立って、できなければ座ってでも睨みあう 毎日のように千歳の山を歩き続けてきた姉崎さんにとっては、川・森・山の変貌は心痛むものだったろう。本書の後半では、ヒトの驕りにも鋭い批判を浴びせている。 「森から広葉樹が消え、好物のドングリ・コクワが減った結果クマが人里に出てこざるを得なくなった。」 「山奥まで車道が延び、空き缶や食べ物(の臭いのついた)のゴミをヒトが捨てるようになって、匂いや味を覚えた。(クマは空き缶やカップめんのガラをも齧る)」 「ヒトがどんどんクマの居場所に侵入するようになった結果、出会う機会が増えてきている。(山菜もキノコも、昔は村の近所で摂れた)」 「木の実が減った結果、十勝のクマはシカを餌にして生き延びている。(生存のために食性を変えざるを得ない)」 ヒトの生活形態の影響をもろに受けているヒグマが、この先ヒトにとって望ましくない性質を身につけないと断言できるだろうか。
最後に姉崎さんが述べている、「お互いに出会わない共存」には共感する。ただ、「例えきまりを作っても、それを守らないのは人間の方」という指摘は耳が痛い。相次ぐ食品偽装表示が示すように、人間同士のきまりさえ守らないのだ。「本来の目的を軽んずる傾向」をこれ以上蔓延させてはならない。 |