遥かポッパ山

遥かポッパ山


山坊主


 まえがき
 ビルマの首都ラングーンから北へ200kmのピーを経て、私はナッ神信仰の中心、ポッパ山へ向かった。が、物理的距離よりもはるかに険しい道のりが待ち受けていた。
 


懐かしい風景
 朝4時に起床し、ピー発マグウェ行きのトラックバスに乗り込む。座席が狭いのには慣れっこだ。車掌はカレン族の渋いおっさんで、軽業師のように屋根の上も自在に動き回る。車窓から見える一面の白い花はジャガイモか。現地で知り合った同行のH氏によれば、途中の小さな村には少数民族も多いらしい。揺り籠を外に出しっぱなしにしている、なんともおおらかな光景。

悲劇
 マグウェ到着は1時過ぎ。「ニァンウー、ニァンウー」と声を掛けてくるバス停の客引は無視するのが常道。が、ここから悲劇が始まる。先のバスの運転手が教えてくれたチャオパトゥン行きの切符売り場に並ぶが、待たされること30分。その間に悪人とも善人ともつかぬ輩が沢山集まってきては笑顔を投げかける。誰に尋ねてもはっきりした答えが返ってこない。デカイ原色の大仏(ピー・シュウェサンドウパゴダ)こちらを無視しているような窓口のオヤジにしびれを切らし、飯を食いに外に出る。が、食堂らしき店さえ見当たらない田舎町で、英語もカタコトの中国語も通じない。結局、何屋かわからない店で店員の賄いのようなスープを恵んでもらい、急場を凌ぐ。

 その店に居た連中に「ポッパに行くバスは?」と身振りを交えて聞いてみるが、どうやら「バスはない」と言っている様子。彼らが嘘を言っているようには見えないが、こんな所で一晩過ごすのは御免だ。少し値は張るが二人で車をチャーターしようか、と相談していると、車があるような雰囲気。雨の中ついて行くと、チャオパトゥンまで1500K(チャット、実勢レート1チャット=1円)と言う。さらにポッパまで行ってくれ、と交渉していると英語を操る怪しげな男が登場。

 この曲者が、まずパスポートを見せろ、と言う。気が進まないが渋々見せると、番号や名前が彼のノートに書き留められる。この時H氏に交渉を任せてしまったのが悔やまれる。しばらく話した後、地元の人が沢山並んでいる普通のバス停に連れて行かれ、「さあ、このバスだ。」見事にやられた。たかだか100Kの路線バスに、一人500Kも払わされたのだ。曲者は権力を傘に着て私欲を貪る公安の手先だったのか。「外国人を素通りさせるな」と街中に御触れを出しているのか。怒りは収まらない。

宿無し
 ともあれ、チャオパトゥンまではたどり着いた。この街からポッパまでは、すんなり800Kで車をチャーターできた。ポッパは大きな山の中腹に突出した巨岩塊、ということを初めて知る。到着は7時過ぎ、あたりは既に暗い。我々部外者の泊まれない宿坊はいくつか見えるが、周りの人に聞いてみても、ある筈のゲストハウスの場所は不明。

 「Monastery(僧院)」なら泊まれるかもしれない、との情報を得て、丸一日窮屈な体勢でくなくなになった体に鞭打って夜道を登りだす。途中で行き会った僧侶に声を掛ける。「政府は外国人の宿泊を許可していない」と繰り返していたが、何とかしてくれそうなのでついて行く。冷えてきたので寝場所が欲しい。

僧院
 僧院に通され、階段を上る。俗人には無縁の世界なので緊張していたら、女性の歌声。なんと二階にはテレビが置かれていた。招福ミミズク(ラングーン・シュウェダゴンパゴダ)少年僧を含めた何人かが、正座する訳でもなくくつろいでいて、拍子抜け。

 そのうち、日本居住歴のあるトゥントゥン氏が現れ、話をつけてくれた。夜間外に出なければ何日居てもいい、しかもお金は取りません、とのこと。「地獄に仏」とは正にこのこと、有り難い好意に甘えさせてもらう。食事まで用意してもらうが、異常に体がだるくて喉を通らない。

 トゥントゥン氏は3年位前まで日本に居たが、ギャンブル漬けの生活だったという。帰国後、反政府運動で目をつけられて僧侶になった経歴はお国柄だ。ここでの生活で改心したんだ、と本当に嬉しそうに語る晴れやかな表情が忘れられない。

 この僧院には、彼を含め一時的に出家・修行して又俗世に戻る僧侶も多いらしい。最初に話し掛けた僧侶も、家に帰れば酒飲みだとか。赤い袈裟を纏うと皆厳格なお坊さんに見えるが、実は人間臭いと知って少し安心した。

 夜中から腹が下って体調は最悪だが、翌朝、トゥントゥン氏に案内されてパゴダのある岩山に登る。性質の悪い猿の食いカスや糞だらけの階段でも、聖なるパゴダに土足で踏み入ることはできない。

 もがきながらも、なんとか風鈴の涼やかな音が鳴り響くパゴダに辿り着く。一面の霧が、パゴダを一層霊験あらたかに見せている。当たり前だが、膝をついて祈りを捧げるトゥントゥン氏の表情は真摯そのものだ。偉い僧侶の寄進で作られたという階段を下り、僧院の皆さんに通じない言葉と動作で謝意を伝える。トゥントゥン氏がパガンのニァンウーまでのトラックバスをおさえていてくれたお陰で、無事にパガンまで行けそうだ。「アノ、ナントカ」と頭を叩いて日本語を思い出そうとする彼の姿は忘れられない。