礼文島にて

礼文島にて


山坊主


 まえがき
 若さに任せて歩いた礼文島。ある意味では私の山歩きの原点です。今もやってることは変わりないって?
 


 1991.6/28
 京都を出て32時間後の午後6時、ようやく香深港に降り立つ。「民宿なぎさ」のページから拝借しました!幸い、稚内で降っていた雨は止んでいて、「雨さえ降らなきゃ大丈夫!」と意気込んで今日のテン場予定地、知床へ向かう。歩いている途中、見知らぬ車が止まる。「民宿なぎさ」の方が、親切にも薄汚い旅人を知床まで乗せてくれた。勇気百倍だ。

 知床から少し東へ登る。辺りはササ原で吹きっさらし、風がびゅんびゅん音を立てる。おまけに暗くなってきた。こうなると不安で仕方ない。平坦ではないが、やむを得ず登山道の真上にテントを張る。

 テント(*当時は自分のテントを持っておらず、ダンロップの3テンを借りていた)に入っても、突風がテントを揺らす。ペグを打ってあるので大丈夫だとは思うが、もしも飛ばされたら持ち主の友人に何と言ったらいいか・・・それ以前に自分の身が危ういのだが。

 こうなったのも、自分の地図の見方や経験が不足していたためだ。「水場」と読んでいた川はちょろちょろでとても水など取れないし、「平坦」だと思い込んでいたこの辺も、しっかり傾いている。一番まずかったのは、「のどかな島だからなんとかなるだろう」と高を括り、風の強さを全く想像していなかったことだ。

 風が強まる度にフライやポールが無気味な音を立て、恐怖感を煽る。テントの外で何やら物音が。まさか野犬では?コッヘルを叩いて「ワンワン」と怒鳴るが、ただの風だったようだ。なんと馬鹿げたザマ、と苦笑いするうちに「怖がっても仕方ない」と開き直る。

 外に出てみると、月明かりに照らされた利尻山と麓の夜景が感動的だ。北側に目を転ずると、暗い草原を一定の間隔で元地灯台の光が照らしている。

 それにしても、一人の野営がかくも孤独なものとは。「自然に抱かれて眠る」などという雄大なイメージとはかけ離れている。自然はそんな甘ったるくない。人間なんて自然の中では無力でちっぽけな存在だ、などと考えるうちに夜は更けていった。暁の利尻

 6/29
 風は一晩中吹き荒れ、朝方になっても止む気配がない。テントもわが身も無事だが、これでは落ち着けない。寝不足のまま、4時半に歩き出す。空は快晴で、期待を胸に元地灯台へと登っていく。

 灯台の常か、昨夜とは比べものにならない暴風。風が恐ろしくて、周囲の崖に咲き乱れる花々にも近づけない。早朝で誰もいないせいもあって、不安が募る。軽装でもバランスを崩しそうな風の中、30kg近い荷を背負って、断崖沿いの道を歩くのはかなりハードだ。なにしろ数m海側には100mはあろう崖がスッパリと切れ落ちているのだ。美しい花々を愛でる余裕もない。

 難所を越えるとようやく桃岩展望台。道がついているのになぜか「登山禁止」の表示。ここまででかなりへばっているのであっさり諦める。展望台から望む利尻も見事だ。

 カセットコンロ(*登山用コンロを購入する金を惜しんで、家から持ってきていた)のボンベがなくなったので、香深に下る。動き出したばかりの町に下りると、あの強風が嘘のように止み、春が来たような暖かさを噛み締める。

 有名な「8時間コース」の逆を行ってやろう、というあまのじゃくな発想から歩き出したのだが、既にそんなことはどうでも良くなっている。地形図に従って、香深から三角山への道を使って礼文林道に合流しようと登りだしたが、なんと廃道(薮)になっている。この重荷を背負って突っ込むのは無謀なので、仕方なく一度香深に降りて車道沿いに登り返す。

 林道の交通量は少ないが、シーズン中は土煙が凄そうだ。国立公園の貴重な生態系のど真中に、何ゆえこのような車道が通っているのか、怒りと悲しみがこみ上げる。花園

 荷物が体を押し潰しそうになるが、花と景色で自分を励ます。なだらかで褐色の草原は原始の姿。周囲の海の深い蒼も異国情緒たっぷりだ。途中、礼文滝への分岐から荷物をデポして走る。途中の斜面にはレブンウスユキソウ、レブンシオガマ、エゾカンゾウの見事な群落。見渡す限り、山々には道さえついていない。こんな人の手が入っていない自然の中に居られるなんて、と感動する。

 谷間を流れる礼文川は、幅2m位で海に注ぐ。名前の割には辺鄙な所を流れている。海辺の滝は暖かく、眠気を誘う。もっと昼寝したくなって、ザックまで戻って横になる。疲れも吹っ飛ぶ最高の気分。

 荷物の重さに閉口しながら林道を歩きとおす。初め道端に張ろうとしたが、向かいが火葬場なので香深井のキャンプ場まで下りる。その晩は安心して眠りに着いた。

 6/30
 10時間以上眠り、8時過ぎに歩き出す。肩の筋肉痛が辛い。今日一日もつかどうか。雲一つない天気だが、さすがに北海道、立ち止まれば涼風が吹き抜ける。西岸の宇遠内に出る。ここには山道しか通じていないので、冬には海からしか近づけないだろう。後継者がいなければ、廃村になってしまいそうだ。三方を崖に囲まれ、透明な海が目の前に広がる。海辺のせいか、陽射しが暖かく、またまた幸せな昼寝。

 道のない西海岸は岩場続きで歩きにくいが、海、空、崖のすべてが自然のままで心和む。宇遠内の北にある廃村アナマは、地形図では集落のように書かれている。最近まで人が居たのだろうが、今では漁具や材木、石垣が散らばるだけだ。抜けるような青空と寂寥とした廃墟が妙な感覚にさせる。これぞwildernessだ!

 アナマの先が通称「砂すべり」という蟻地獄の巣状の急斜面だ。一気に150mほど登るのだが、ただでさえ滑り易い上にこのクソ重い荷物だ。休もうにも休めず、息が切れて仕方がない。下りてきたおっさんに、「逆コースとはなかなかやりますね。」と声をかけられ、8時間コースの向き(北から南)の理由を悟るが、今更遅い。形容しがたい苦しさの中、ようやく登りきる。

 その後は平坦な道を辿る。北のスコトン方面からやって来る人達と結構すれ違う。一昨日知床まで乗せてくれたお兄さんとも再会。が、北上するのは自分だけか。キャンプ予定地の久種湖目指して、涼しい林の中を行く。林を抜けると風が強まるが、もはや恐怖感はなく、涼風でしかない。

 この辺りは、低い丘陵地帯なのに全然人の手が入っていないのが素晴らしい。宅地や農地開発の対象にもならず、細い山道がただ一本通じるだけなんて、今の日本では本当に貴重だ。

 地図では久種湖への近道が分岐する筈だがそんな気配もなく、真っ直ぐ進むうちに車道にぶつかった。やや遠回りだが、地図を信用し過ぎたのが悪かった。途中、レブンアツモリソウの群生地を通りかかる。ここは盗掘がひどいために柵で囲わざるを得なくなっている。こんな殺風景は悲しいとしか言い様がない。

 荷物の重さに体の限界が近づく。半分潰れかけながら久種湖畔に辿り着く。昨日と違ってテントが数張り。やはり人間は一人では寂しいのだろうか、なんとなくほっとする。夜、焚き火の輪を見るうちに睡魔に襲われ、8時頃横になった。